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みすず
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Rabbit in the RooM
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真朱と月村さん
プラネタリウム
「星があまり見えませんね」
深夜も超えて日の出前の空を見上げて、真朱はぽつりと呟いた。
恙なく今日の労働を終えて、真朱は兎織とふたり帰路についていた。
真朱の言葉に釣られるように空を見上げた兎織は「そうだね〜
……
あったかくなってきたからかな」と目を凝らしながら返す。
「ああ、季節
……
視力が落ちたのでなくてよかった」
「先輩、普段は眼鏡かコンタクトだもんね」
視線を真朱のほうへ変えて笑みを乗せながら目を細める兎織は、コンタクトが上手く嵌まらなくてあたふたしている真朱の姿を思い出しているのかもしれない。良い酒があるので朝まで酒盛りしようと退勤ダッシュをキメた今日のように兎織が真朱の自宅に泊まって過ごすことは珍しくないので、真朱は彼に鈍臭いともいえる姿をよく見られているのだ。
「もうしばらくしたら天の川見えますかね」
「よく晴れたら見えるかも。先輩は星好き?」
「ん
……
強いロマンはありませんが、冬晴れの日とか偶に見上げるとやっぱりいいなって思いますよ」
真朱は西の出身だが街明かりから離れた田舎で生まれ育ったので、故郷にいた頃は同じ季節でもいま見上げた空より多く瞬いて見える星空の記憶がある。
「
……
プラネタリウムに行きませんか」
ぽろりと溢れた提案。郷愁に駆られたというより、単純に満天の星を久しぶりに見たくなったのだ。人工のものであっても、美しい光景を兎織と共有したいなと思ったのだ。そのほうが楽しいし、嬉しい。
「いいね! そんな遠くないところにあったはずだし
……
行こ、先輩!」
唐突な誘いに悩む素振りもなく、明るく了承してくれる兎織に自然と真朱の表情に笑みが浮かぶ。
「──ええ、行きましょ!」
休日、あらかじめ調べた上映時間に間に合うように訪ったプラネタリウムはちらほらと空席があったが、その分騒がしさもなくて上映前から落ち着くことができたし、受付係から勧められたよく見えるという真ん中やや後方の席も取れた。
「なんかわくわくしてきたね〜」
隣の席から顔を寄せた兎織にひっそりと囁かれ、真朱は「ですね」と相槌を打つ。誘った手前、そう言ってもらえるのは安心した。
「間もなく上映を開始します。上映中は──」
アナウンスが入り、場内が驚くほど暗くなる。
息が詰まる前にドームが明るく照らされ、上映作品の軽い説明が入った。ヒーリングミュージックに近いBGMが流れて、いよいよ視界に星空が広がる。
見えないだけで、確かに存在する星々が姿を現す。
夜の空を藍色と感じたとき美しい自然を見出すけれど、季節による大気の影響を取り除いた剥き出しの夜空は藍色ですらなかった。
薄く紫がかった鮮やかな青に、緑と東雲色が混ざり合う。はっきりと見える天の川は眩しかった。
数え切れない星が辺りを白く埋めるほどに瞬いているのを見上げながら、それこそ自然に真朱は兎織へ手を伸ばす。ふたりともに微睡むときに似た穏やかさが意識も通さずそうさせた。
こつん。
真朱の手にぶつかったあたたかいもの。兎織からも伸ばされた手だ。丁度ふたりの間、真ん中。手を伸ばしたのは同時であったようだが、それにも意識が揺らされることはない。そのまま手を繋ぎ合うのは無意識で、当たり前だった。
星に語られる壮大な神話を、ひらがなで綴られる絵本の朗読よりも静かな心地で聞く。同じ温度になる手は安堵を呼んだ。
夢にも見れぬ輝きは幻想ではなく、現実に存在するものだと月にも手をかけた科学が歌い、やがて溶けるような意識を引き戻すように、上映は終わりに向かう。宇宙を映し出していたドームは地上へと急速に戻り、地上から見える星々を最後に魅せる。
ふつりと場内に照明が戻った。上手く調節されているのだろう、眩さに目の奥が痛むことはなかった。
「よかったね
……
」
「よかったですね
……
」
ほうけたような顔を兎織と見合わせて、語彙の乏しい感想を言う。
退場の案内をするアナウンスに促され、ふたりはシートから立ち上がる。ぷらりと手を繋いだまま出口へ向かう足取りは、ふわふわと雲の上を歩くようであった。
「プラネタリウムってこんなに落ち着くんだねー」
「落ち着きすぎて良い意味で眠くなりそうでした」
「うん、あのまま寝たら気持ちよさそう」
しかし、まさか眠ってしまうわけにもいかない。
「
…………
家庭用プラネタリウムってありましたよね」
「先輩
……
ナイスアイデア」
思い立ったら吉日。善は急げ。
真朱と兎織は頭をくっつけながら携帯端末で評価の高い家庭用プラネタリウムを調べ、たったかと電気屋へ向かった。
想像よりも科学進化を感じる機能が搭載された家庭用プラネタリウムを入手して、真朱と兎織は灯りを消して遮光カーテンを引いた暗い部屋でこどもっぽい顔をしていた。秘密基地で内緒話をするこどもとそっくりな表情。
「つけるよー」
「はーい」
取扱説明書に目を通さないと難しい高機能製品ならではの準備を終えて、いよいよ兎織がスイッチを押す。
光。
仰向けに寝転がったふたり、どちらともなくほう、と吐息こぼした。
プラネタリウムのような迫力がないだろうことは承知であったが、天井に、壁に広がる星々は十分に美しかった。針で突いたようないじらしい星の瞬き、艶やかな絹糸を閃かせたような流星、砂子を撒いたような天の川はあっと思うほどに、美しかったのだ。
暗闇から一転、星の輝きに照らされたというのに、室内は鏡湖へ沈んだかのような静寂に満ちる。圧迫感はない。
「きれいだね
……
」
「はい
……
あ、また流れ星」
「ほんとだ。なんか贅沢」
「なにかお願い事します?」
まるで誰かから隠れているかのように、ひそひそと互いにしか聞こえない小声で会話する。それさえも星に満ちた部屋の静けさを引き立てた。
「
……
叶うかな?」
「半分くらい叶うかもしれません」
「じゃ、お願いしてみよ」
くすくすと交わす忍び笑いはほとんど吐息同然で、その呼吸はどんどん規則正しく、深いものに変わっていく。
緩慢に、寒いわけでもないのに真朱が兎織へ身を寄せる。そのほうが落ち着くから。
「
……
先輩、なにおねがいした
……
」
眠たげに兎織から問われたが、最後には寝息に変わっていたので真朱は答え損ねる。健やかな寝息、兎織の寝顔は安らかだろう。重たくなっていた真朱の瞼は笑みを交えて閉じる寸前だ。
視界の端で星が流れる。幕を下ろす紐を引くように。
(いい夢を
……
)
あなたの眠りが安寧に包まれていますように。
ささやかな願い事。
──星々のなか、二人分の寝息が落ちた。
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