フォンタラ

タラッタさんが眠っている間に水浴み

 雪が音を吸い込んでしまうことを知ったのは、いつの頃であっただろうか。
 前日に降った雪はすぐに溶けるわけもなく、翌日になっても深く積もったままである。大聖堂は広大なので、雪掻きも追いついていない。
 フォンソはただでさえ静かな夜の廊下がいっそう静まり返っているのを感じながら、両手の指先を擦り合わせて歩いている。
 先程まで水浴みをしていたが、フォンソが冷えたままの聖水を使うことは少ない。湯船に浸かるように温められた聖水に身をひたすのが常であった。許可されていることである。フォンソはしなくていいいいのであれば、したくないことを態々しようとは思わない。義務であるのなら粛々と行うので、不真面目なのではなく手の抜き方が上手いだけだ。
 水浴みを終えた直後はほこほこと温まった体であるが、部屋まで戻る途中でどんどん冷えていく。年齢のせいとはあまり考えたくない。
 以前であればこの程度の寒さにいちいち気を払うことなどしなかったフォンソだが、いまはなるべく体に熱が残るよう、残っている間に戻れるよう、部屋へ向かう足は早かった。しかし、部屋の手前まで来ればフォンソは歩調を緩める。
 自室のものとは思えぬほど慎重にドアを開け、部屋のなかを進んだフォンソはゆるりと目を細めた。
 タラッタがベッドのなかで規則正しく寝息を立てている。深く眠っている姿に無理をさせてしまったな、とフォンソに何度目か数え切ることのできない反省を促す。改められたことはない。
 フォンソが部屋を出たときとは姿勢の違うタラッタは、伸ばされた腕が上掛けからはみ出しているのが寒そうに見える。悪魔の体は人間の感覚とは違うのかもしれないが、想像し切れぬものを「大丈夫だろう」などと楽観的に片付けるのは浅慮であるし、タラッタのことであればフォンソはどこまでも気にかけて心を配る。夜にもきらきらと眩い金糸の髪、その先まで手を入れているように。
……可愛いなあ」
 いつまでも見ていられる寝顔にしみじみ思い、吐息に紛らせて呟いた。胸が蕩けるような心地のままそうっとタラッタの腕を上掛けのなかに戻し、フォンソもまた冷えた空気が入らぬうちにベッドへ潜り込む。
 やはり、体は冷えてしまったらしい。ベッドのなかは随分と暖かく感じた。
 憂慮した通り、これではタラッタが寒くなるかもしれないと抱き寄せたくなるのを堪える。
 せめて、もう少し体温が戻るまで、とフォンソが思っていると、もぞもぞと身動ぎしたタラッタが冷い体から逃げるどころか寄ってくる。ぴたりとくっついたタラッタの寝顔がへにゃりと緩むのを、フォンソの色素の薄い目は見ることができた。
 フォンソは両手で顔を覆いたくなった。だらしないほど笑み崩れている自覚がある。
 眠っていても、無意識の状態でもタラッタから望まれていることが嬉しくないわけはなく、フォンソは堪らぬ気持ちで今度こそ彼を抱き寄せた。肌だけではなく胸の奥までも暖かくなり、フォンソもまた求めるようにタラッタへ擦り寄ればもぞりとタラッタの僅かな身動ぎする。起こしたかとフォンソが危惧すると、上掛けが一瞬だけ浮いた。
 もふっと柔らかな感触をフォンソはよく知っている。
 タラッタの翼がフォンソをすっぽりと包み、内側へしまい込んだのだ。
 宝箱へ大事なものをしまうように、タラッタはフォンソを翼で包み込むことがよくあった。その度にフォンソがどれほど幸せを感じているか、安堵しているか、タラッタはどれだけ知っているだろうか。少しでも多く伝わっているといいと思う。
 貴方を愛しています。
 丸ごと渡そうにも溢れてやまないから、延々と注ぎ続けたい。
(おやすみ……
 肌の熱が馴染んで溶けて、ひとりでいるよりも暖かくなるのが心地良い。
 起こさぬように、安らかな寝顔のままでいられるようにと気をつけながら、フォンソはタラッタの頬へ口付ける。
 朝は間違いなく来るだろう。
 腕のなかはタラッタがいて、自分もタラッタの翼のなかにいる。
 幸福な明日を確信し、フォンソの瞼は自然に閉じた。