フォンソとプリフさん

出会いと再会

 ひらり。
 風に乗る花びらよりも軽やかに、揺れる羽衣に透けて美丈夫がいた。
 声をかけるか悩むは須臾の間に、合うが早い視線に歩を進める。
「や。調子はどうかな」
 無難というありきたり。普遍で凡庸な挨拶を一つ向けたなら、向かいに立つ彼は鷹揚に頷いた。
「大事ない」
「それは重畳」
 空でもなければ軽くもない。フォンソが彼に、プリフへ向ける息災への安堵に偽りはなかった。
「いや。そういえば清めで──」
 あ、と言う間もなく安堵は崩れた。
 大聖堂で行われる悪魔を弱体化、消滅を図るお清めという行為。重要性と客観視に埋まらぬ溝がある勤めに関し、フォンソはプリフへ甚く申し訳ない気持ちがある。
 同時に大聖堂へは決して八つ当たりではないと主張する怒りがあった。

 フォンソがプリフと出会ったのは大聖堂の外へいた頃のこと。
 人生の半分以上を使っていようとも、世界にとっては蟻の歩幅も同じこと。到底巡り切れはしない。そこで出会い、大聖堂で再会した顔が幾人かあるのだから、どれほどの聖職者が招集されたのかとフォンソは時折呆れるやら疲れるやら。口にすることはないけれど。
 やれ懐かしやと戻った大聖堂、フォンソはここでプリフと再会するとはちらりとも思わなんだ。
 四方を照らすとも賛美されよう容貌はドラゴンにすら認められ、プリフはそれこそ至宝のように人々から大切にたいせつにされていた。そのことをフォンソは記し、大聖堂へ報告書として残している。
 当時、ドラゴンと友好的な関係を結び、繁栄する街の噂を聞いた。
 はて、今度はなにかしら。邪教も生贄信仰も胸焼けを起こしている。偏見と誹るのであれば、提出してきた報告書を読んでくれとフォンソは思っている。人間も善性も信じる心はあるとも。盲信と期待をしないだけ。
 然れど。然れどされど。あなにえや彼の街よ。
 小魚泳ぐように街を歩けば活気や豊かなる笑顔、教会へ続く列には熱心な様子の信者たち。まさに悪魔討伐へ向かわんとする聖職者の勇ましさには秩序。
 あれ。やれ。
 散歩をするよう周っただけで、街の人々が抱く深い信仰心が窺える。話に聞けば教会には大層美しくありがたき聖職者がいるとのことで、街の人々は聖職者のもとへ集い結束を強めているようだ。そこに秩序の捌け口とされる下級層は見当たらなかった。
 ははあ。街も人も自余に混ぜぬこと。
「宜しい」
 何をと判断定まれば、決まってフォンソの口は繰り返す。口癖。
 さてさて、フォンソの目がずらりと教会より伸びて果てぬ列を見やり、整えたは正式なる訪問申請。教会の対応は早く、早朝あるいは夕方にと返事を受けて申し訳なくなるほどであった。ここでも隠すに慌てる影なしやと窺える。
 さて、為った訪問。プリフという件の聖職者の顔はなるほど、秀麗にして鍾美なりやと街に賛美の鐘が鳴ることよ。その身を軽やかに透き通って覆うは、不思議の話にも聞く羽衣か。
 丁寧なもてなしに胸を人肌に温めど、職務によるものである以上は硬さが抜けない。言動を取り上げればフォンソよりもプリフのほうが自然、落ち着いているようにも見えた。慣れによるものであろうか。フォンソの脳裏に長蛇の列。
 訊きたい内容にはなめらかに応じられたが、心にこつりと小石がひとつ。
「うむ、私が死ぬまで髪を渡し続けるというものだ。魔力も半分渡している」
 ドラゴンが護るという街。契約で成った守護の条件は個人によるもの。
 街一つを、その身一つで。
 プリフの表情、声音には平然が。大したことではないのか、大したことであると思っていないのか。心身を街の安寧に直結させるプリフに、フォンソが抱いた驚嘆、敬意。案じる心に偽りはなかった。
 ならば、ならばよ。便宜のひとつもはかって悪いことはあるまいよ。
 尋ね促すフォンソにプリフが求めた内容は、自身と街の状況が共有できる環境。大聖堂へ赴き、お清めという勤めをするとのこと。
 後々に大聖堂で再会したプリフに対し、誠に申し訳ないとフォンソは詫びることになる。
 ──ナンテェコッタィ。
 この時点でプリフもフォンソもお清めという勤めに関し、ろくすっぽ詳細を知りやしなかったのだ。フォンソに知らせは届いていなかったし、プリフは周囲が詳細を伏せた様子。
 ドラゴンと契約するほどの立場であれば、独自の勤めもあって不思議ではないだろうさ。斯様な立場であれば大聖堂へ赴き滞在しても一時のことだろう。思い込んだが故に、フォンソはプリフへ大聖堂におけるお清めの説明も労りも告げることができなかった。
 悪魔と肌を重ねるという実態をなにひとつ明かさず、どうぞ励んでくださいませと事務的に見送ったことになっちまったのだ。
 しかも、フォンソは挨拶の際にばっちりしっかり大聖堂所属と名乗っていた。
 客観的に見て──クソ野郎である。
 フォンソが大聖堂へ戻り、まさか見るとは思わなかったプリフの顔に何故なにと驚くうちに判明した双方の認識不足。
「知っていたのか?」
 お清めについて。
 否。否とするのも情けない。
 詫びるフォンソにプリフは「誰もが通る道だ、仕方ない」と初対面の印象と変わらぬ鷹揚さで応えたが、それでフォンソが「わあい、よかった!」と安心して晴れやかに笑えるわけもない。
 これで事は終わらない。頭痛すら覚えるフォンソに「現在」も続く追い打ちがかかる。
「具体的にはなにをするのだ?」
 ──大聖堂のくそったれがよ。
 フォンソはプリフへ申し訳なさを感じている。
 そして、大聖堂にはキレ散らかしていた。