いを
2024-11-12 17:45:58
3985文字
Public 刀神
 

あばら屋の存在証明

菊司
・優雨ちゃん【yasuinokikaku】
・螢さん【EBIFLY_72】
・(お名前だけ)定之さん、雪月さん【higasa_onink】
お借りしています

 籠目瑞雪が生前言っていた。「どうしてお前たちはわたしたち刀神を使うのかしらね」と。菊司は困り果てて「僕らが生きるためです」と答えた。「それが廻ってあなたがたを生かすことにもなる」。籠目瑞雪はそのことばを待っていたかのように笑って、「人間もわたしたちも全部なくしちゃったら愉快なことになるかもしれないわね。あとにのこるのは何かしら。妖魔? 妖魔だって人間たちがいなければ死ぬでしょう。だったらずっと昔から住んでいた野生の動物たち。その子たちが人間に代わってピラミッドの頂点にくるかも」。彼女はそういって鈴を転がすような声で笑った。「そんなのもう遅いですよ」と菊司は答えた。「人間に代わって動物が支配するなんて。人間が地球上に遺した根は深すぎる。動物は支配することなんて考えていない。本能的な知識があっても知恵はありませんからね。獣は」。籠目瑞雪は目を細めて、「そう」と言った。「籠目瑞雪。こんなことを言う僕を傲慢だと言わないんですね」。まるで責めるように問う菊司を、彼女は面白そうに見上げた。「わたしも人間だったからね。お前を、お前たちを傲慢だと笑えないわ。だってわたしも傲慢だもの。箱入り娘のお姫様。それが籠目瑞雪という太刀よ」

 ギッとベッドの軋む音で目が覚めた。
 仮眠をしていたのだけれど、まだ30分もたっていなかった。眠った心地がしないのは当たり前だ。研究室のすみのほうに置いてある簡易ベッドは名の通り簡易なので毛布もなければシーツもないし、むき出しのポリ塩化ビニルのベッドに硬い枕では仮眠すらままならない。のそりと体を起こして、デスクの前に置かれた背もたれの折れたオフィスチェアを見上げた。
 螢たちがこれを回収にくるまであと約30分。
 大きく伸びをしてケーブルに足を引っかからないようにデスクに向かった。左足がこうなってからかなりたつ。籠目瑞雪の仇をとった、と聞こえはいいが復讐なんてただの自己満足だ。それでもその自己満足で自分を納得させられたのだから構わない。
 背もたれのない椅子に座ってパソコンを起動させる。デスクに肘をついてパスワードを入力してから、ぼんやりとデスクトップの液晶を見つめた。
……刀神の修繕、ねぇ……
 刀神はもう生まれない。鍛冶屋が刀神を打つ手段も百五十年前に消えた。せめてなにかしらの文献が残っていればよかったのだがそれすらない。天照が「ない」と公言しているのだから「ない」のだろう。嘘だったとしても天照側の戦力の減少に繋がるのだし、なんの得にもならない。
 金庫からCD-ROMを取り出す。15年分のデータがここに丸々入っている。プラスティックのケースを持ち上げてフラフラと揺らした。〝これ〟がなにかの力になれたらよいのだが。特に、優雨。折れた刀神を復活させたいという意思は強い。無難だが、目をみれば分かる。何年、何十年かかろうと彼女はきっと諦めないだろう。
 螢もそうだ。小康状態が続くことで満足はしていない。
「はぁ、眩し。おじさんには眩しくてたまんないね」

 ゴンゴンと扉を拳で叩く音が聞こえる。いつものように、はぁいと声を張り上げると、扉が軋んだ音をたてて開いた。
「旦那、約束のモン取りにきた」
「お、お邪魔します」
「椅子、明日にはできるけど」
 螢が壁に立てかけられている背もたれをちらりと見ながら確認するように呟いた。
「ああ、僕いなかったら研究室ここの前に置いといて。で、はい。これ約束のやつ」
 プラスティックのケースをしっかりと受け取ったのを見て、ふっと笑う。籠目瑞雪のデータも使わせてもらった。折れたときの天気、日時、気温と気圧。これを渡せば籠目瑞雪を本当に手放すことになる。でも、それでいい。
「旦那?」
 不審そうに螢が首をかしげる。
 菊司が手を離すと、彼は優雨にそれを受け取らせた。すこし緊張した面持ちでその手の中のものを見下ろしている。
「前も言ったけど、ソレ参考にしたって役に立つのかどうかは知らないよ。僕、五十鈴どのがメンテしてる刀神に嫌われそうだし、かんっぺきに折れた刀神を直した前例なんて一件もない」
 螢曰く、〝平然と嘘を吐く〟
 そう思うならそうで構わないけれど。平気で嘘をつくように見えるのなら、彼にとって菊司はそう・・なのだろう。人は鏡、というやつだ。
「役に立てたら何よりだけど。的外れでも恨まないでね」
「分かってるよ」
「清陵院さん」
 言葉の端がすこし固い優雨の声に、ん、と口を閉じた。
「これ、ありがとうございます」
「お礼なんていいよ。言わせないために椅子直してって言ったのに。お互いWin-Win、でしょ?」
……はい」
 小さなくちびるをぎゅっと結んで、うなずく。やっぱり眩しい、と思う。こんな真っ直ぐで純粋な目、菊司はとっくの昔に捨ててしまった。 
 螢を視界のすみで見ると、やはりすこし眩しそうな顔をしていた。
「ま、データは嘘つかないからね。人間とちがって」
 もっとも、嘘をつこうと根元から捻じ曲げているデータは論外だけれど。きっとそんな捻くれた研究者はいないだろう、峰柄衆に。良くも悪くも。そんなことをしたって時間の無駄だ。
「データには好かれようなんていう感情はない。いつも正確無比な答えを叩き出してくれる。僕のこと信用しなくても、そのデータは信用してあげてほしいな」
「旦那は好かれようなんていう感情ないってか?」
「えー、どうだろ。一人くらいいるかもね。そういう人」
 ふとオレンジ色の髪の子がちらついた。
 一瞬目を伏せたあと、じゃ、と手のひらを彼らに見せる。
「椅子、よろしくね。明日の昼くらいまでにはここにあることを願うよ」


 オフィスチェアがなくなったのでパイプ椅子を引きずってデスクの前に置いた。
 無論オフィスチェアより背が低いので、いつものように猫背でキーボードを打つことはできない。
 ぱっと見、名前のないフォルダをクリックすると刀の画像が画面に映し出される。無理やりデスクに肘をついて、ぼうっとそれを見つめた。
 ふたりを焚きつけたのは菊司である。その責任も、もちろん菊司にある。けれど彼らはきっと、こちらに責任をなすりつけるようなことはしないだろう。それもふたりの強さだと思う。15年間のデータで彼女だか彼だかを救うということ。人間側の傲慢は果たして神にとって〝良いこと〟となりうるのだろうか。いや――そう思うこと自体、神たちにとっては無意味なものなのかもしれない。
 たかが人間に数百年生きた神の心の内など知ることなどできない。だから菊司は元人間であろうとも籠目瑞雪の心を知ろうとはしなかった。踏み込めなかった。それでいいと考えていた。たぶんこれからもその考えは消えないだろう。そう・・だから、劫罰狐をバディとして選んだのだ。
「そうだね。さようなら、だね。籠目瑞雪」
 映し出された、折れた刃の写真。籠目瑞雪の刀塚にも、最近まったく行っていない。
「もし折れたきみを俺が直そうとしていたら、きみはどう思うのかな。キレて一発くらいいっちゃうのかな。うん、きっとそうだ。……って、もうきみは死んでいて、本心なんか分かんないけど。死に目にも会えなかったし」
 ふ、と軽薄そうに笑う。
「でも籠目瑞雪がいなければあの時、俺は間違いなく死んでいたよ。死んでたらあの子たちにも会えなかった。でも、刀神と人間の命を天秤にかけたらどっちが重いかなんて明白だろ。それでもきみは俺を庇った」
 こんなどうしようもない、ろくでなしの人間を。たかだか当時肆段の、どこにでもいる面白くもない刀遣いを。
「だから俺は生者にしかできないことをする。生き残った責任は取るつもり」
 フォルダを閉じ、パイプ椅子から立ち上がった。
「この年になって恋だの愛だのに振り回されるなんてね。相手は8歳も年下の子だよ。清陵院の家、俺がゲイだって噂必死に鎮火して回っているみたいだけど、まあよく踊らされてること。家族を大事にしろって誰にも言われなかったし。今さら言われてもねぇ」
 菊司自身、欠けているところがあるなんて前々から自覚している。けれど欠けている人間など天照に山ほどいるだろう。狂ってる奴ほど強いし、生存率も高い。
「でも定之くんは雪月どののこと大切なんだろうし。雪月どのも定之くんのことちゃんと大切なんだろうな。こういうのが家族っていうのかな。やっぱり何年たっても俺には分かんないや」
 大切にされなかったから大切にしないというのはおこがましい。それは菊司も理解している。
 だから、〝一緒に生きたい〟という言葉は菊司にとって今まで感じたことのない感情を芽吹かせた。一緒に生きたい。一緒ではなくては意味がない。どちらか片方が欠けたら〝一緒〟ではないのだ。そんな当たり前のことを思い知った。
……やっぱり、家族って必要なのかな」
 ひとり、ぽつりと呟く。
 今さらだ。本当に、今さらだ。生みの父と母から、どこで番号を知ったのか時折電話がくる。金の無心だった。「これでもう仕舞い」と言った菊司の言葉は右から左だったらしい。渡した四百万はどうしたかなんて聞かなかった。無駄なことだ。仕方ないので給料の内、3万を仕送りしているが、結局湯水のように使っている。金は時間と同じく無限ではないことを彼らは知らないのだろうか。
 
 ――ずっと他人のままでいいの、と。籠目瑞雪が昔言っていた。
 名前のつく関係にならなければいけない?と訊ねると、彼女は珍しく困ったような顔をしていた。
 もしかすると傷つけてしまったのかもしれない。彼女にも家族がいたらしいから。

 けれど、この関係に名前がついてほしいという感情を俺は今、きっと痛感している。