ミスルンさんとともに寝て、初めて知ったことはたくさんある。欲がないくせに少し恥ずかしがり屋であるところとか、案外俺のわがままを許してくれるところとか、それから小さな声で俺に愛していると伝えてくれるところとか。俺はそれを知るたびに彼が愛しくなり、俺もです、俺もですとできる限りの熱を込めてつぶやく。そんなのでは彼が差し出してくれる愛の形には敵わないと分かっているけれど、言わずにはいられないのだ。どうか俺の愛を分かってくださいって自分勝手に伝えたくなって、彼の思いなんて気にしないで、ただただ愛をつぶやき続け、俺は彼を求め続ける。まるで母親の乳を求める赤子みたいに。
目を開けた瞬間、寝室の夜の空気が変わった気がした。そしてさっきまでミスルンさんを求めていた身体は自然と重くなり、反して彼を抱いていた腕からは体重が消える。ミスルンさんが俺から離れたのはついさっきのことで、俺はそれを寂しく思い、彼のゆるやかになびく髪を撫でた。ミスルンさんの髪はうっすらと汗で濡れていた。普段体臭がしない彼も、今ばかりは身を清める時のハーブの香りと、汗の匂いがする。
「……カブルー?」
俺の名を呼ぶ声は甘く枯れていて、俺はそれに独占欲を覚える。さっきまで俺の腕の中で俺に抱かれ、俺の名を呼び、涙をこぼした彼に刻みつけたものが、今も残っている気がして。
「疲れましたか? 水でも飲みますか?」
俺はそう言って、天蓋から伸びるカーテンをかき分け床に降り立ち、窓から降り注ぐ月の光に照らされた飴色のサイドテーブルから、水が入ったピッチャーを取った。そしてそれをやはりサイドテーブルの上に置かれたグラスに注ぎ、彼の答えを待たず、レモンの香りがするそれを差し出す。するとミスルンさんは軽く頷いて受け取って、小さな口で水を飲み始めた。
カーテンが再び閉まったベッドには、さっき見えた月の光は届かない。俺たちはあの光から身を隠して、そして交わっていたのだった。まるで誰かから逃げるみたいに、誰かが俺たちを探していて、その手から逃げるみたいに。
俺は一思いに水を飲み干し、あまりカーテンを開かないようにしてサイドテーブルに空になったグラスを置く。あたりは薄暗かったけれど、夜目の効く俺にはミスルンさんの姿はよく見えた。そして彼が細い首に確かにある喉仏を上下させて水を飲んでいる姿は、どこか官能的ですらあった。俺はいまだ残る甘い空気を吸い込み、愛しい男を見つめる。今日は仕事が早く終わり、些細なアクシデントも起こらず、おまけに明日は遅出でよい日だった。だから俺はこうやってミスルンさんの家を訪ね、彼とともにベッドにいる。それは信じられないくらいの幸せだった。彼がいて、俺がいて、それだけ。それだけで俺は天にも登るような心地になった。
「カブルー……」
水を飲み干したミスルンさんが、俺に向き合って言外にキスをねだる。こういう彼は珍しかったので、俺は喜んでミスルンさんの肩を抱き、薄く、唾液でふやけた唇の粘膜に自分のそれで触れる。レモンの爽やかな味がして、さっきまでは彼の匂いや味しかしなかったのにと、ちょっとだけ寂しくなる。もう終わってしまったんだろうか。そう思いながら、俺は後戯を意識して彼の身体をさする。でもそれが気に入らなかったのか、ミスルンさんはグラスを俺に押し付けて、寝転んでしまう。恥ずかしいんだろうか? また熱を持ちそうだから? そう思うけれど、彼が何を考えているのかは分からない。ミスルンさんは俺よりもずっと大人で、俺を子どものように思っている節があったから、俺に振り回されるのが嫌なのかもしれない。
「ミスルンさん」
それでも俺は寝転んで背を向けたミスルンさんの肩に触れ、背中に触れる。そして多くの傷が走る肩甲骨のほくろに口付ける。
普段服で隠されているそれは、いくつも集まってまるで美しい星座のようだった。俺はだからそれを唇でたどり、きっと俺にしか見せない、俺しか知らないそれを愛しく思い口付ける。でもミスルンさんはくすぐったそうに身をよじって、俺に向き直る。そしてまた、俺たちはレモンの香りのするキスをする。
「私の背中がそんなにいいのか?」
「えぇ。あなたが見えないところにほくろがあって、それがまるで星座みたいなんです。今度鏡に映すといい。とてもきれいで、俺の言っていることも分かると思うから」
俺はそう言って、ミスルンさんの身体に見つけたそれを告白する。でもミスルンさんはいまいち俺の意図を分かっていないみたいで、俺がどれほどあなたが美しいと語っても、取り合ってはくれなかった。
「お前にも、首筋にほくろがある。お前が見えないところに」
「え? そうなんですか? どこかな」
「いつも私が口付けてるところだ。たとえば、こことか……」
ミスルンさんが俺を見つめ、俺の首筋を指先でたどる。それは甘い愛撫のようで、俺は何も言えなくなる。ミスルンさんは静かに俺の首の左側の付け根の、肉の柔らかいところに唇を乗せる。俺は近づいてくれた彼を抱きしめたかったけれど、それはできずに(どういうわけかもったいなくて)、ただ甘い感覚を覚えた。
ミスルンさんは、まるで赤子のように俺の首筋に吸い付いていた。でも、舌を押し付けて皮膚をたどるそれは子どものものじゃなくて、俺はその甘い後戯に身体が震えかけた。多分ミスルンさんは意図していないのだろうけれど、それは俺の身体を再び熱くさせる。そんなふうに愛されては、またあなたを抱きたくなる。
「ミスルンさん、駄目です、もう今夜は……」
「どうして? 明日は遅いんだろう?」
「そうですが……」
「なら、私にお前をくれ。明日まででいいから」
そう言うミスルンさんがいじらしくて、俺は彼をぎゅっと抱きしめる。そして背中に見つけたほくろをたどり、彼の唇を吸う。皮膚がぴったりと重なる。俺はその尊さに静かに震えて、ミスルンさんを抱く。月の光が届かないベッドで、静かに静かに、彼を抱きしめ続ける。まるで俺たち以外は誰もいない世界で、離れたら命を失ってしまうと言わんばかりに。そんな馬鹿げた空想を抱いて、俺はミスルンさんを抱くのだ。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.