koto
3792文字
Public れめしし😈🦁
 

フラグメントを集めて

DC戦終わったあとの後日談
はじまりかけてるれめしし😈🦁の話です

 それじゃあ、またね。
 そう口にして帰路に着く面々を獅子神は玄関先で見送った。家の中へと引っ込み、目の前でドアが閉まり切るのを待ってサムターン錠に指をかける。カチャン、という金属音が思った以上に響いてた。踵を返し今さっき通ったばかりの廊下を戻っていく。耳の奥に残っていた喧しさの余韻が薄れて消えたのと、ダイニングのドアノブを握ったのはほとんど同じくらいのタイミングだった。

 室内にはさっきまで騒ぎ散らかしていた名残がそこかしこに伺える。しんと静まり返った部屋の中でそれをいちいち寂しがりそうになったのは初めの頃だけで、今となってはあまりに頻繁に訪れるものだからそんな気も起きやしない。
 獅子神はダイニングをつっきって真っ直ぐ隣室へと向かう。部屋を覗いてまず視界に入るのはガラス製のローテーブルとL字型のソファーだった。そこで更に目を引くのはソファーの大部分を占拠した叶の姿だ。座面に長く伸びた叶は目を閉じ、胸元を小さく規則的に上下させている。獅子神はすぐ側まで近寄ると床に腰を下ろしその顔をじっと眺めた。見慣れた顔だというのに、こんな風にまじまじと一方的に見るのは初めてかもしれないなと思った。瞼が下ろされた顔は、いつもと印象が違って見える。
 獅子神自身容姿を褒められることは少なくないが、叶の場合は自分とはまた少し違ったものに思えた。造作が良いのはもちろんだが、その印象の大半は叶自身がどう見せるかを計算し演出している節がある。それが常にそうなのか、要所要所でのみなのかまでは獅子神には分からないが、それでもこうしている今は、その瞳の強さに呑まれることなく好き勝手に眺めることができた。目元にかかった紫の髪はどういう仕組みかは知らないが指通りの良さそうな艶を帯びている。この短期間で間を置かず痛めつけられたとは到底思えない。獅子神はそのまま下方へ視線を滑らせる。纏っているのは馴染みの白いパーカーで、パンツもいつもどおりの紫色。全部いつもどおりの姿で今日叶は現れた。

 叶との一戦から数日が経過して、獅子神はあの時のことを思い返せば思い返すほどわからなくなった。叶黎明という男の思惑も在り様も確かに燦然とした苛烈さで目の前にあったはずなのに、その実態はまるで煙に巻かれたみたいに掴めない。あの場で起きたことを反芻し、少しでも己の糧にしようと思うのにいろんなことが引っ掛かってしまう。

 見えるモノが増える程、同じくらいわからなくなるモノも増える。以前真経津にかけられた言葉が思わず脳裏をよぎった。
 厄介なのはわからないことそれ自体ではなくて、知りたいと思い始めてしまっていることだ。この男は今、なにを思い、どう感じているのかを。



「なあ、起きてんだろ?」
 獅子神が声をかけて数秒後、力の抜けていた口元がニヤっと弧を描き、その目がパチリと開いた。そこには眠気なんて微塵も感じない。
「敬一君、よく分かったね。ちゃんと見てる」
 そう言って叶は満足そうに目を細める。今日はこういうことが多かった。他愛もない腕試しやら、からかい半分の戯れやら。そのことに気付いて初めて、それは今日だけじゃなく実は少し前から行われていたことにも思い至ってしまった。またわからないことが増える。
 本当になにを考えているのか。なんであんなことをしたのか。
 あの場所で向き合ったときほんの少しだけ垣間見えた叶の内側は木のうろのようで、その真っ暗ながらんどうがどこまで深く広いかなんて少し覗いたくらいじゃ窺い知ることはできなかった。怯んでしまったその先に、この男が抱えていたのはなんだったのか。
「オメーはさ、しんどくねぇの?」
 ずっとゆらゆらと獅子神の頭の奥で揺蕩って消えない疑問の一端が、思わず口から零れる。するつもりのなかった問いに叶の目が意外そうに少しだけ見開かれた。
「その訊き方は褒められないな」
 オレに投げっぱなし過ぎるだろ?続けてそう指摘される。確かにそのとおりだった。どうとでも取れる質問だ。漠然としすぎたそれをよりによって叶に委ねるのは怠慢とも言えるだろう。自分が何を知りたいのか、獅子神自身上手く言葉にできないものを汲んで答えろなんて真似は手抜きと言われても仕方ない。
 ただ、叶は獅子神を咎めたものの気分を害したわけではないらしい。だらりと脱力していた叶の腕が動き出したかと思えば、伸びてきた手が獅子神の右手を掴む。されるがままで成り行きを見守ると、叶はそのまま獅子神の手を自分の顔のそばまで持ってきて眺めながら他とは色の違う部分をそっと撫でた。
「ココ、痛い?」
「ぁ?いや、別に今はそんな」
 傷を負った時ほどの鮮烈な痛みはもうない。湿度や気温差、疲労などの要因が重なって時折鈍く痛んだり引き攣ることはあっても、その痛みは既に身体の一部として馴染んでいた。
「そんな感じだよ。言ってみれば持病みたいなものかな」
 持病なんて言いながらも、そう言う叶の声は微かにだが焦がれてるみたいな熱を孕んで獅子神には聞こえた。
 もしも病であるのなら、それは不治の類のものなのか。それとも本人に治す気がそもそもないのか。それはいつから患っていて、原因はなんなのか。一つ教えて貰って、またわからないことが増えていく。
「特別サービスはここまで」
 さっきまで掴まれていた手がパッと放られた。
「敬一君相手だとつい喋りすぎちゃうね」
 そう言って叶はむくりと上体を起こした。もうそろそろ帰るのだろうか。どうしてかはわからないものの、獅子神は今、このタイミングを逃してはいけないような気がした。
……なあ、叶。ゲームしねぇ?」
「ゲーム?なんの?」
「なんでも良いけど、チェスとか」
 辛うじて自宅にあって二人で遊べるのがそれくらいしか浮かばない。トランプでも良かったが、そうなると見るべきものが多すぎる。チェスならさすがにイカサマもなにもないだろう。
「オレと遊びたくなっちゃった?」
「おう。そんでオマエ負かしてご褒美が欲しくなった」
「随分ストレートなおねだりだな」
 獅子神の提案を面白がっていることは叶の顔を見れば一目瞭然だった。
「でもさー、それってオレにメリット無くない?勝ち負け以前にまずオレをテーブルにつかせる為、敬一君はオレになにを差し出せる?」
 ニヤニヤと笑う叶相手に獅子神は多少芝居がかったように腕組みをして仰々しく口を開く。
「ゲーム中の軽食含めて滞在中の食事、オマエのリクエスト全部応えてやる」
……敬一君、オレがそれで応じると本気で思ってる?」
 叶は表情に不満を滲ませるが獅子神は泰然と笑ってみせた。
「ああ、思ってるね。オメーら、オレが作ったもん相当気に入ってんだろ? オマエに至っては普段菓子とかエナドリしか口つけねぇくせにオレが出した飯は食う。好きな物しか入れねぇんだよな? オマエのとこには」
 自信満々に言ってのけた獅子神の言葉に、叶は少しの沈黙の後で吹き出した。
「大正解! オレの言ったことちゃんと覚えててエラいなぁー、敬一君は」
やたら機嫌の良さそうな叶は、獅子神の頭の上に手を載せると髪の毛をわしゃわしゃと掻き乱す。
「おい、止めろよっ」
 その手から逃れるように獅子神は立ち上がるとソファーから少し距離を置く。
「嫌じゃないくせに」
「嫌じゃねーけど、落ち着かねぇんだよ」
 獅子神はぐしゃぐしゃになった頭をきまり悪そうに掻く。からかう言葉が続くかと少し身構えるも意外にも黙っているものだから、獅子神は訝しんでソファーの叶を見下ろす。
「あ、嫌じゃないって自覚はあるんだ」
 目が合ってそう言われ、獅子神は先ほどの自分の言葉を思い返す。ほぼ無意識に言った言葉の意味を改めて突きつけられ動きがピタリと止まった。一度考え始めたら、それこそ四六時中頭を離れなさそうな予感がして深く考えることをギリギリのところで踏み留める。
「......え? あ、そういう?」
「うるせぇな! やめろよ、オマエがそういうとか言いやがるの」
 他でもないこの男が口にした瞬間、ほのかな可能性の一つでしかないものが途端に確定事項になってしまいそうで獅子神はそれを堰き止める。
「いや、だってさ、それ」
「あー! 聞こえねー! 聞こえねー! 茶化してねーで、チェスやるぞ! とりあえずつまめるもん作ってくるからオマエはそこの棚から出して駒でも並べとけよっ」
「誘ってきた割に人使い荒くない!?」
 叶の苦情を背中で受け流しながら獅子神は大股でキッチンへと向かう。叶が称した「そういう」が果たしてどういうものを指しているのか。知りたいという欲求が何に由来するのか。不確かなものを今は一旦全部横に避けておく。

 ゲームをしようなんてつい勢いで言い出したものの、果たして何ゲーム重ねたらご褒美を得られるのか獅子神はとんと見当もつかない。それでも幸いなことに明日は日曜日だ。耐久戦に持ち込めばあるいは?と思うが、そのためには遊び続けても良いと思えるくらいに叶を楽しませる必要がある。実はなかなかに難易度が高い挑戦を自分がしていることに今更気付くものの、それはそれとして単純に叶と勝負をすることに獅子神がどこかワクワクしているのもまた事実だった。


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マシュマロ
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