駆動マキナmk-2
2024-10-26 11:45:47
2581文字
Public hrak
 

最果ての空席/#2 ネバーエンドラブ納豆ご飯

hrak夢/💥/名前変換なし

───面の皮が角煮並みの分厚さだな。発言ライン超えてんぞ。てめーは妖怪雪見だいふく二つ寄越せ野郎だ。常識も道徳も倫理もママの腹に置いてきたか? この恥知らずがよ。

「ッ! ……ハァ………ハァ……

 あいつの顔が俺の声で罵ってくるという訳の分からねえ夢で目が覚めた。枕元の時計が示す時刻は午前3時13分。なんつー時間に起こしやがった。

「あああああ……! 誰が妖怪だクソが!」

───BOM!!

 憂さ晴らしとでも言わんばかりに右手を一発爆破させ、俺は再度眠りについた。



───納豆ご飯。

 その料理が手軽な物か、手間のかかる物か。なんて質問をされたら大抵の人は前者を選ぶだろう。無論私も前者を選ぶ。

 だが、手軽であるそれにあえて手間をかけることでその美味しさは何ランクも上がるのだと主張したい。ブリトーを一口サイズに切ってチーズソースを付けて食べた時のように。まさにRUMランクアップマジック。私はレベル4のご飯と納豆、更にちょい足し食材でオーバーレイ。エクシーズ召喚。かっとビングだ。RUMなのにオーバレイネットワークを再構築していないのはご愛嬌ということで。

 そして雄英の寮生活においてそのような行為は時間的に余裕のある日曜日の朝か昼くらいにしか許されない訳で。つまり手間を加えた納豆ご飯は大変に贅沢な料理。好きな惣菜発表ドラゴンもそうだそうだと言っています。

「なにやっとんだ」
「あ、爆豪くんおはよう。何をしてるかと言われればネギを刻むところですとしか」
……テメェ何食う気だ」
「納豆ご飯」

 爆豪くんがキッチンにふらりとやって来たものの今から私はワックワクのクッキングタイムなのだ。特に親しくもない彼に割く時間リソースは有していない。

(ごーはーんー、ごーはーんー)

 まずはネギを刻む。輪切りにしてから細かくみじん切り。こいつとごまとわさび醤油をネギトロやマグロのタタキに混ぜてもまた美味いのだ。ネギトロとマグロのタタキがどう違うのか私にはよく分からない。ちなみにネギトロのネギは野菜のネギではないらしい。でもネギ合うし。美味しいからでぇじょうぶだ。

 次に納豆。付属のタレと辛子を加える前にかき混ぜるのだがパックに入った状態で混ぜようとしたら箸の圧にパックが耐えられず穴が空いてしまったことがあって以来、お皿に出してから混ぜている。ぐるぐるぐると無心で混ぜる。

 タレと辛子、刻みネギを納豆に投入。そしていりごま、濃縮2倍かつおだし、醤油、マヨネーズ、味の素も少しずつ投入。更に混ぜる。

 ここで炊きたて熱々のご飯を大きめのお椀によそって600ワット30秒でチン。何も知らず口に入れたら大火傷待ったなしな危険物の出来上がり。

 卵をお皿に割る。黄身はスプーンで掬い取って納豆へポイ。白身は熱々を超えた灼熱のご飯へポイ。ついでにご飯にはごま油を一滴垂らして混ぜ合わせる。ご飯の熱で白身が固まることで人を選ぶあのデュルデュル感が消え去るのである。

 そして納豆とご飯を丁寧に、心を込めて、美味しくなぁれ萌え萌えキュンと言わんばかりに愛を以てかき混ぜる。料理は愛情とはよく言ったものだ。この場合の愛情は自己愛に区分される。だってこれは私一人が食べるやつなのだから。

(ウッヒョーごま油の香り)

 最後に黄身が混ぜ込まれたことで黄色くふわふわになった納豆を白身&ごま油ご飯にかけてまた混ぜていき───

 ここに一つのアートが完成した。題名は「一日の始まり」で。バナナはおやつに入るのか? 料理は芸術に入……ると思う。

(おなかすいた)
「ハァ

(おなかすいた)
「ハァ……!」

(おなかすいた!!)
「ハァッ………!!」

 逸る気持ちを押さえ付けながらコップに冷たいお茶を注いで納豆ご飯のお椀と一緒にテーブルへ持っていき、ようやく私は「一日の始まり」をスプーンで自身の口内へ運ぶ。

「っ…………ぬふゥー………

 タレとかつおだしの旨味。辛子のささやかな辛味。刻みネギの爽やかさ。いりごまとごま油による二重の香ばしさ。卵のまろやかさ。醤油のしょっぱさ。味の素とマヨネーズが何やかんや。そしてそれら全てを受け入れる白米の包容力はまさにオカン級。何より油分ほぼなしでこの満足感。ごま油もマヨネーズも少々だからノーカン。年取って揚げ物や炒め物が受け入れられない身体になったら一日三食納豆ご飯になってもおかしくないと思う。

───フライドチキン。Lサイズのポテト。チーズインハンバーグ。クリーム系のパスタ。大盛り豚骨ラーメン。そういうモノは若い内に食べておくんだよ。お父さんはもうあまり食べられないからね……

 その割には蕎麦屋に行けば大盛の蕎麦をペロッと食べる我が父の言葉が脳裏を過った。

「手間かけんだな」
「?」
「ネギ切って、卵割って、黄身と白身分けて、納豆だってパックから皿に移して混ぜて。洗い物増えるとか気にしねえんか」

 ……あの爆豪くんが? 他人の調理方法なんかを気にする? うわ怖。この人本当に爆豪くんか? 寮に憑いた怪異か何かが化けてるとかじゃないか?

 何にせよ私は納豆ご飯という名の食べる彼ピとランデブーしたいので率直に申し上げるとする。

「うん……まあ。『洗い物面倒』と『もっと美味しくしたい』を天秤に掛けたところで私の場合はいつだって後者に傾くだけだからね」
……そーかよ」

 生き物は皆、食べなければ生きていけない。私たちは生きる限り動物であれ植物であれ多くの命を犠牲にした上で【食べる】という行為に縛られ続ける。なら、生きている間に口に入れる物は可能な限り美味しくして、美味しく平らげたい。それだけだ。

 そしてその考えをわざわざ爆豪くんに伝える気はない。ああそれよりも納豆ご飯おいしい……。食べたらなくなってしまうのが唯一にして最大の欠点だろう。この欠点はあらゆる食べ物・料理・食事に共通する。ダグザの大釜に俵藤太の米俵と鍋。知れば誰もが夢見る宝。

 だが宇宙の法則が乱れる無限増殖栗まんじゅうは流石の私もノーサンキュー。フォアグラはアヒルさんやガチョウさんがなってくれるものであって人間がなるものではない。まんじゅうこわい。