スサ
2024-11-12 00:21:17
3259文字
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【ゲタ水】瓢箪から駒

三日続けて午前様のむすこっちにさすがにきれるお義父さんからのゲタ水です。ちょっと過ぎちゃったけど11/11に寄せて…!ついでにどうにかしてちゅーも…。若干モブ女のにおわせがありますが、ゲタ水です。

 今日で午前様も三日目だ。
 さすがに一言言ってやらなければ気が済まぬ、と水木は普段ならとっくに寝ている時間だというのに起きていた。あぐらをかき、腕組みをし、スパスパと煙草を吸いながら。
 養い子は確かに人間ではなく、妖怪「のようなもの」である幽霊族という種族の子で、年少の頃から妖怪と人間の諍い事などの仲裁をよく行っていた。そんなことおまえがしなくたっていいじゃないか、まだ子どもなんだ、と水木は親として口を挟んだこともあったが、当人が首を縦に振ることはなかった。
 最近ではにょきにょきと背が伸び、幼い頃の面影を残しつつも、随分背丈の大きな青年に育った。高校にも通っている。そう、学生だ。確かに人間より遙かに強靱な肉体と超常的な霊力を持っているが、それでもまだ、子どもだ。水木から見たら。だから、こんな遅くまで連日出歩いているとなったら小言のひとつもくれてやらねば気が済まぬ。本心は、心配しているのだけれども。何しろ義息ときたら、水木が出勤する時うんともすんともいわず眠りこけているのだ。果たして学校もちゃんと通えているのか、それも心配ではあった。勉学どころではない時代に青春を過ごさざるをえなかった水木は、養い子にはできるだけのことをしてやりたかった。
 気を抜くと眠ってしまいそうなので煙草も相当な勢いで吸った。おかげで部屋の中が白っぽいような気さえする。
 さすがに換気をと腰を上げた時、玄関が開く音がした。そこで水木は、窓ではなく廊下につながるふすまを開ける。顔を出せば、そこにはどうにも疲れた様子の義息──高校では田中ゲタ吉を名乗っている息子がいた。
「何時だと思ってるんだ」
 た、の形で口を止めたゲタ吉に、水木の声が飛ぶ。眉も跳ね上がり、ここまで怒ったのは久しぶりだと水木自身どこか他人事のように思っていた。
 ゲタ吉の視線が泳ぐ。ええと、と口ごもる姿に業を煮やした水木だったが、ずんずん近づいた所で目を丸くした。
……なんだそれ」
 水木の視線の先には、ゲタ吉の頬にくっきりついた手形があった。ちょうど頬を思い切りひっぱたかれたかのような。ああと嘆息し、ゲタ吉は肩を落とした。
…………なんでもないです」
「なんでもないわけがあるか! 誰にやられたんだ」
 連日の遅い帰宅を責めるはずが、水木もそれどころではなくなる。大きくなれば小さな頃のように素直とはいかないが、それでもかわいい息子であることに変わりはない。
……ええと……、端的にいいますと、お付き合いを迫られている方に
「はあ?」
 水木が絶句するのを見て、だよなあ、とゲタ吉はため息を堪える。
「しつこくて。でも、女性にやり返すわけにも行かなくて
……………。こんな時間まで一緒にいて?」
 男女がこんな遅くまで一緒にいて、男の方が平手を張られてこの時間に帰ってくる。それは勘ぐらないでいるのが難しいのではないだろうか。水木は眉をひそめる。しっかり育てたつもりだが、もし何か間違いがあったら、とぎゅっと奥歯を噛みしめる養い親を、いつのまにか追い越した背丈を活かし、ゲタ吉はのぞきこむ。
「あの、一応言っておきますけど、何も。水木さんに恥ずかしいことは、していません。僕、まだ高校生ですし
 最後に照れくさそうにはにかんだ顔を見たら脱力しかけたが、いやいや、と水木は気を取り直す。そしてはたと気づいた。
「おまえのおやじさんはどうしたんだ。目玉のは。一緒じゃなかったのか」
「父さんは森で酒盛りです」
…………人生を謳歌しすぎだろういや、妖怪生?」
「水木さんが肩肘はりすぎなんですよ」
「俺は普通だ」
 ふん、と水木は鼻を鳴らし、生意気にも自分より上の位置にある顔を軽くにらみ付けた。
「まったく、そんな派手はもみじくっつけて。この色男め。高校生が百年早い」
 ふん、とそっぽを向く水木に、ゲタ吉はとりあえず下駄を脱ぎ、家に上がる。水木に並べば、もう頭一つは余裕で大きい。
ったく、背ばっかりでっかくなりやがって。夜だって、俺はちゃんと用意してるんだ。帰ってきてから食ってるみたいだが」
 ぼそりとこぼした水木の言葉に、あっ、という顔をゲタ吉はした。水木は甲斐甲斐しくも朝食と夕食を用意してくれるし、昼間学食を使うための小遣いも渡してくれている。しかし背ばかりのびてひょろりとしているゲタ吉に思うところがあるのかもしれない。
「いつもありがとうございます。美味しいです」
……たまには、俺が帰ってきた時にいろよ」
 夜歩きを窘めているのか、さみしがっているのか、ちょっと判断に迷う表情と台詞だった。本心は寂しさが勝っていて、普段は完璧に押さえつけているはずの理性が、時間帯のせいで働かなくなっている。そんなところだった。
 ゲタ吉は目を見開き──がば、と水木を抱きしめていた。
?!」
 驚いたのは水木だ。何が起こったのかわからず、ゲタ吉の長い腕の中で固まる。そうして抱きしめられて気づいたのは、見た目よりもどうやらしっかりした体つきを義息がしているかもしれない、ということだった。着痩せするのか、猫背のせいか。
寂しい思いさせてすみません」
「は、はあ?」
 しみじみした物言いに、水木の頭にかっと血が上る。
「寂しくねえ!」
 そもそも、と水木はぐっと飲み込む。幼い頃のゲタ吉──鬼太郎と呼んでいた頃の彼は、水木の出勤時には後追いして泣いて、帰宅時には突進してくる勢いで喜んで、しばらくずっと膝の上を離れなくて、こんなに大きく育ってしまったらもうそんなことはないのはわかっていても、幼い頃の様子が印象深く、寂しがっていたのはおまえだったじゃないか、と言いたくなってしまう。
…………本当のことを言うと」
……?」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめてきて離す気配のないゲタ吉は、水木の頭に自分の頬をくっつけながら言った。
「あの、誓って何もないですから、それは信じてください。僕、寝ぼけて水木さんの名前呼んじゃって
………
「映画館行ったんですけど、暗くて眠くなってそれで寝言言ってたんですって。夢見てたのかも覚えてないけど。水木さんて誰って突っ込まれて、僕の大好きな人、初恋の人、ってつい、──で、コレです」
……………え、
 水木の頭が真っ白になった。何を言われているのかわからなくて。
 初恋? 誰が?
 固まる水木を、上からゲタ吉がのぞき込む。あれ、と水木は思う。この子は、こんな顔をしていたのだっけ。呆然と、蛇に睨まれた蛙のように固まっていると、ゲタ吉の顔が近づいてきた。それでも、動けなかった。唇が重なるまでわけもなかった。
………僕、本当に、水木さんが帰ってきた時、家にいて、いいんですか?」
 ゲタ吉の両手が水木の貌を包み込む。その手もいつの間にかとても大きくなっていて、知らない、と水木は混乱する。水木のゲタ吉──鬼太郎は、もっと小さくて、おとなしいのにきかん坊なところがあって、おすましかと思えば甘えたで、それで
 唇がもう一度重なりそうになった所で、水木は渾身の手刀をゲタ吉の顔面にお見舞いした。
「ったあ!」
 不意打ちに顔をしかめたゲタ吉に、水木は声がうわずるのを抑えながら言った。
「ちょ調子に、のるな!」
 額と鼻の頭あたりを抑えてうめきながら、ゲタ吉はなんとも情けない顔で水木を見る。叱られた犬のような顔だった。
「と、とにかく! こんな時間までほっつき歩くのはやめなさい、それから朝は早く起きて、朝食の手伝いをしてくれ! 学校も遅刻せずいきなさい!」
 わかったか、と早口にそこまで言い立てると、水木はくるりと背を向け「おやすみ! 早く寝ろよ!」と言い捨てずかずか寝間へ引っ込んでしまう。
…………
 そのぷんぷんする背中を呆然と見送りつつ、これは棚ぼたというものでは、とゲタ吉は思ったのだった。