なりさ
2022-10-17 00:28:20
8145文字
Public OEDO2022
 

風と空気

ある夏の夜の殿山と椿の話。2012年に作ったコピー本のweb再録です。

 殿山充は夜道を走っていた。

 その日は朝から何だかついていなかった。
 目覚ましの音が聞こえずギリギリまで寝過ごし慌てて練習に行ったり、不注意で蓋が開いたままのペットボトルを倒して周りに迷惑をかけたり。
 他にもいろいろとあったが、とにかく『ツイテイナイ』の連続で、最後には皆に同情される始末だった。そして最大の『ツイテイナイ』は、ロッカールームに財布を忘れたことだろう。普段は気を付けているのに、時たまこういう大ポカをしてしまう。明日の練習まで財布を使うことはないとはいえ、何かあった時に財布がないと困ると思い慌てて取りに行く始末である。
 やはり、今日はいろいろと『ツイテイナイ』。
 そんな思いを胸に、街灯に照らされた道のりを軽いランニングがてらクラブハウスへと向かっていた。



 クラブハウスにはまだ誰か残っているらしく、事務室のあるフロアは明かりが灯っている。
 よかった、まだ戸締りはしてないみたいだ、と殿山は入口のドアを開いた。
「失礼しまーす」
 小声で挨拶を言いながらクラブハウスに入り、非常灯で照らされた廊下を一路ロッカールームへ急ぐ。そしてロッカールームに入り殿山は堂々と置き忘れたままの財布を見つける。触った感じではどうやら中身も無事なようで安堵の息を吐いた。
 ひとつの仕事が終わった達成感を胸に、早く帰ろうと来た道を引き返しているところで練習グラウンドの方からボールを蹴っている音がかすかに聞こえた。
 誰か居るのかな。
 いるとしたら誰だろうという好奇心に抗えず、グラウンドへと足を延ばす。
 グラウンドの闇の中に誰かいるようだ。近づくにつれ、その姿があらわになっていく。
 あれは……椿くんかな。
 暗闇に目が慣れていくに従ってはっきりしていく人影に、疑問が徐々に確信へと変わる。
 殿山はゴールに向かってボールを蹴っている椿の邪魔にならないよう、練習場を囲うネットの向こうには入らずに姿を眺めることにした。
 シーズン中盤の補強選手候補として大学生チームの中でプレーをした時から思っていたが、椿は不思議な魅力を持っている。
 彼が動くと周りの空気は風と変わり、それまで空色だった色が青に変わるように、その場にとどまっていた空気をガラリと変えてしまうような気がする。
 今まで2部所属だったとはいえ色々な選手を見てきているが、彼のような選手は見たことがない。最初に感じた印象は『現役時代の達海監督と似ている』だった。何がどう似ているかはうまく説明ができないが、そう思ったのは間違いない。
 自分には持ち得ない魅力と実力。
 そして誰もを黙らせてしまうほどの風。
 そんなことを感じながらボールを蹴る椿を見ていると、どうやら向こうも視線を感じたらしい。
「うわわわっ……すみません、今片付けます!」
 どうやらスタッフの誰かと思い違いをしているらしい。慌てて殿山はグラウンドに入り、椿のもとへと向かう。
「あれ、殿山さん……?」
 どうやら椿が思っていた人物とは全く違う、意外な人物の姿だったらしい。丸くした目で見つめ返される。
「やあ、椿くん。こんな時間まで練習?」
「あ、はい!」
「すごいね。こんな遅くまで」
「ボール蹴ってないとなんだか落ち着かなくて」
「そっか」
 椿は内緒にしていたことを見つけられてしまった恥ずかしさなのか照れくさそうに頭の後ろをかいている。
 こんな夜遅くまで一人で自主的に練習してたんだなあと素直に感心した殿山は椿の様子からいつもこうやって練習しているのか疑問に思った。
「椿くんっていつもこうやって自主練してるの?」
「はい、えっと……あの……たまに監督に見つかったりしてるんですけど……
 思った疑問を素直に口に出してみると、椿は更に照れた様子で歯切れ悪く返事をした。
「そうなんだ」
 ETUの監督である達海はクラブハウスに住んでいるので、練習を見つかる確率は高そうだなと思いながら、監督はそこも評価して椿をレギュラーにしているのかもしれないと同じミッドフィルダーではあるがベンチ外になることやベンチを暖めていることが多い殿山はひと合点がてんする。
「と……殿山さんはこんな時間にどうしてここに……?」
「ロッカールームに財布を忘れたんだ」
 今度は自分が照れる番だと思いながら、その理由を告げる。
「なんか珍しいですね……あ、えっと……変な意味じゃなくて……殿山さんってしっかりしてるように見えるんで……
「そうかな。実際は結構ぬけてるけどね」
 慌てる椿を殿山は微笑ましく見ながら言う。存在感の無さであまり気づかれないが自分自身では結構ぬけていると殿山は思っているのだ。
 何といえばいいのか思い当たらず「え……」とか「あ……」とか言葉にならない言葉を発しながら視線を様々な方向に向けている椿をその状態のままにしておくのは可哀想だなと思い、殿山は話を変えることにした。
「椿くん、まだ練習するの?」
「あっ……いえっ……
 ボールを蹴る時間を中断させてしまったし、いくら夏とはいえ汗の始末を怠ってしまえば風邪だってひいてしまう。そろそろ失礼すべきかなと思って言ってみたが、椿の反応が中途半端のように感じられたので、思わず口に出た。
「もし帰るなら一緒に帰ろうか」
 ほんの少し椿とじっくり話をしてみたい、そんな好奇心に駆られて出た一言。断られても別に気にはしない気軽な誘いだった。
「あっ、はい!すぐ支度してきます!」
 椿はそう言うと使っていたボールをまとめてロッカールームへと全速力で向かってしまった。
 その背中を見ながら、強制じゃなかったんだけどな……と思ってももはや遅く、悪い事してしまったかなと思いながら、殿山は椿を追ってその場を離れた。



「殿山さん、おまたせしました」
 クラブハウスの入口で待っていた殿山のところへ大急ぎという様子で椿はやって来た。思ったよりも早く息を切らせてやって来た椿は、きっと汗の始末もそこそこに帰り支度をしてきたのだろう。
「慌てさせちゃったかな、大丈夫?椿くん」
「うっす!」
 元気だ。歳の差とかそんな問題ではなく、元々が元気なのだろう。どちらかと言うと大人しめな──悪く言えば存在感のない──自分にはない部分がちょっとうらやましい。
「そういえば殿山さんと二人で帰るなんて初めてかもしれませんね」
「そうだね。同じ寮に住んでいるのに二人で帰ることなんてほとんどないよね」
「いつもガブくんや宮野みやちゃんが一緒にいますもんね」
「そういえばそうだね」
 たまに世良や湯沢が加わってみたり、湯沢の部屋に遊びに行くらしい赤崎がクラブハウスに車を置いて一緒に歩くこともある。一人で帰ることもあれば大人数の目もある、そんな寮への帰り道を椿と二人で帰っているのはなんだか不思議な感じだ。
「そういえば、この間の川崎戦で殿山さんと初めてボランチを組んでみて、俺すごく勉強になりました」
「え……そうなの?」
「はい!」
 先日の川崎戦、村越が怪我でベンチ外になり堀田もその前の山形戦でレッドカードを食らって出場停止になったためボランチは殿山と椿の二人という状況になった。
 チーム戦でもだいたいは相手方になるし、殿山は山形戦で初めてETUのベンチ入りをしたので、ほとんどいきなりという形で組むことになった。
 監督曰く『この頼りない二人』であったので、開始直後は交錯したり──それは自分の存在感の無さが成した結果だとは思わないことにする──攻撃に転じた時にどちらがまず上がるかを注意深く確認していたり、出だしからして早い椿の動きにどう合わせていけばいいのかを考えたりしていたので、試合の入りはバタバタしてチームの足を引っ張ってしまったような気がする。
「いつも村越さんとだったんで、最初はどう対応していいかわからなかったんですけど……後半中盤の底にいて村越さんがどんな感じで試合をコントロールしているのか少し分かった気がするんです」
「そうだね、僕も後ろにいた時は試合をどうコントロールしていけばいいのか、そこに気を取られていたような気もする」
 どちらかと言えば、ボールを奪い取って相手の攻撃を潰すよりも奪い取ったボールを受け取って何処に出せばいいのかを判断するほうが得意だと殿山は思う。それが攻撃を組み立てるという意味であればボランチというよりもレジスタというところだろうか。典型的なレジスタだと殿山が勝手に思っている川崎の八谷のプレーとは試合をしてみて違うような気がしてはいるのだが。
「やってみて、殿山さんはひとつ前の位置にいるほうがいいって分かったことも大きかったです」
「そういえばそんなこと言ってたね」
 確か後半がシドロモドロのまま、じゃあよろしくというように終わってしまった会話。あの時を思い出したのか椿はまた恐縮してしまった。
「えっと……あ、あの……偉そうなこと言って……すいません」
「謝らなくていいよ。言われた時にはびっくりしたけど、僕とガブくんの連携はそのおかげでスムーズになったと思うし、椿くんこそしっかりと役割を果たしていたと思うよ」
「全然です。もっと判断を早くしないといけない場面ばかりでした」
 元々椿は前に出るタイプだ。ボールを持った時も前線にボールが通った時も相手チームもなかなか追いつけない早い足で駆け上がり攻撃に参加していく。川崎戦の2点目はまさしく椿らしい動きでもぎ取った点だ。ところが後半は殿山にどんどん上がるように伝え中盤の底でプレーをするという慣れないことをしていた。そういえば一度シュートにいこうとした相手の足が横腹に当たっていたっけなと思い出す。殿山には想像することしか出来ないが、思うようにボールを奪えなかったりした場面が多かったのかもしれない。
 だが、殿山にも反省点はたくさんあったことは自覚している。
「そんな事言ったら僕はフィジカルに弱くてボールを取られてばかりだったから、椿くんに相当の負担をかけてたと思う」
「いえ、殿山さんは拾ったボールを前線に繋ぐ役割をしっかり果たしていたと思います」
 そうきっぱりと椿に言われ、今度は殿山が目を丸くする番だった。
それと同時に、認められたような、嬉しいような、そんな思いが体中を駆け巡る。
「ありがとう。椿くんにそう言われるとなんだか嬉しいな」
「あ…………また偉そうな事言ってすいません!」
 恐縮していく椿を見ると、ピッチ上とそうじゃないところで本当に差があるなと感じずにはいられない。自分相手に緊張することもないんだけどなと殿山は思いながら話を続ける。
「椿くんが後ろにいてくれるから、後半は自分の仕事が出来たと思う。後半の形はお互いにとっていい形でボランチとしての機能が果たせてたんじゃないかな」
「俺もそう思います」
「実戦で初めて組むから最初はやっぱり杉江さんの言うとおり気負ってたと思うんだ。椿くんのようなタイプの人って今まで自分の身近にいなかったし、自分もすごく勉強になったよ」
「あざっす!」
 いきなり立ち止まって礼をされ殿山は驚きつつ焦る。
「ちょっと……そんな礼をされることじゃないよ」
「あ、つい……
 ははは、と乾いた笑いをしつつ後頭部をかく姿を殿山はしげしげと見つめる。
「椿くんって不思議だね。サッカーをしている時はものすごく強気なのに普段はそんなに強気じゃないよね」
「そ、そんな……強気だなんて……!いつもガッチガチで試合に出てるんです」
 慌てた様子で発せられた否定の言葉を聞きながら、その姿につい笑ってしまう。
 確かに普段はどうしてここまで小心者なんだろうとは思う。殿山も試合に出る時はやっぱり緊張する。自分でさえ緊張するのだから椿はどれだけ緊張するのだろう。
 そういえば、札幌戦を観戦していた時に世良と宮野が『最初に比べて少しはチキンが直ってる』というようなことを言っていたので、初めの頃は相当ガチガチだったのだろう。
 本当に不思議だな、と正直に思う。なぜならフル出場した川崎戦で王子とも村越とも杉江とも違う存在感を椿に対して感じずにはいられなかったのだ。
 若手の頃から1部で活躍する選手というのはこういうものなのかもしれないと2部経験が長い殿山は冷静に分析しつつ心の何処かで眩しく思ったのだ。プレーヤーとして自分には足りない何かの理由がその部分にあるような気がしたのも事実だ。
 それは椿が元々持っている資質なのかもしれない。
「一緒に試合に出て、やっぱり椿くんはすごいって思ったよ」
 だからこその本心をそのまま椿に伝える。
「椿くんは試合になるといつもとはまた違った気合というか存在感を持ってるなって思ったんだ」
「存在感……ですか?」
 どうやら思ってもみないことを言われたのか、驚いた声色で椿は聞き返す。
 殿山は外から見て思ったこと、一緒にプレーをしてみて感じたことを言葉にする。
「一陣の風のようにフィールドを変える……っていうのかな、ひとつのプレーでスタジアムの空気を変えてしまう、そんな感じがする時があるんだよね。練習の時よりもすごい気合を感じたし」
「え、ええ……っ!」
「ゴールの時もだし、宮野みやくんに出したパスもそうだったし、試合の空気を変えるだけのプレーをしているんだよね」
「俺、ただ必死でやってるだけなんで、殿山さんにそう言われると……う、嬉しいです」
 いたたまれなさそうな椿は照れくさそうな声でそう返すと更に縮こまる。
 そしてそのまま話題は途切れ、二人は無言で歩を進めていく。
「殿山さんの……
「えっ?」
 沈黙を破る椿の声がか細く自分の名前を呼んだ気がして思わず聞き返す。
「殿山さんのパスって独特のリズムっていうか、呼吸みたいですよね」
「え……?」
 椿の言葉の意図が見えない。
「上手く言えないんですけど、パスをどこに出したらいいのかを一瞬で判断してなおかつ正確にパスを出して、ボールはそこにあるように足下に転がってる……っていうか……えっとなんて言ったら……とにかくすごいっていうか……
「独特のテンポでボールを出してるっていうのはよく言われるよ」
 言葉を選べなくなってしまいシドロモドロになってしまった椿を助けるように殿山は優しく返す。
「パスの出しどころを一瞬で判断してそこに向かって正確にパスを出せるってなかなか出来ないことだなって思います」
 真っ直ぐと殿山を見て放っ一言。暗い夜なのに何故かキラキラした世界が見えたような、そんな一言だと殿山は感じた。
「ありがとう、なんかまた椿くんに褒められちゃったね」
「あ……また偉そうに……すみません」
「そんなことないよ。むしろ嬉しいくらいだよ、ありがとう」
 褒められて嬉しくない人間がいるわけない。
 そして、今までやってきたことは決して無駄じゃなかったと心から思えた。だから話してみたくなったのかもしれない。
「前のチームでね、『誰と組んでも面白いところに阿吽の呼吸でパスを出せる奴はそういるもんじゃない。お前にしかないその能力を大切にしろ』って言われたことがあったんだ」
 椿は殿山の言葉を聞いたあと一呼吸置いて話し始める。
「そう言ってくれた人の気持ちは分かるような気がします。殿山さんがそこにボールを出してくれるのを分かってるから、ガブくんはそれを目指して走っているんだと思います」
 椿の言葉は純粋に自分のプレーを見てくれているからこそ出た言葉なのではないかとちょっと自惚うぬぼれてみたくなる。まるで魔法の言葉だ。
「そうだといいね」
 そうであってほしいな、と殿山は願う。それに応えるだけのパスを出すために自分はもっともっと練習しないといけないと気持ちを新たにする。
 そうか。殿山の中でひとつの考えが浮かぶ。
「椿くんが『風』なら僕は『空気』なのかな」
「えっ……?」
 突然殿山の口から出た言葉に、もしかしたら気に触ることでも言ったのだろうかと椿は目を白黒させている。
「あ、ごめん。独り言。それぞれのプレーってそんな感じかなって思っただけだよ」
 悪い意味じゃないと殿山は表情で伝える。試合の空気の中に溶け込んで呼吸のようにパスを出すプレーが出来るのも自分の武器なのだから『空気』じゃないだろうかと殿山は思っただけだが、抽象的な殿山の言葉をどうやら椿は理解出来ず、視線を空中に泳がせている。
 思っていることをうまく伝えられる自信もなく特に返事を求めていない殿山は慌てて「気にしないで」と言おうとしたが、それよりも早く椿は言葉を発した。
「た、確かに殿山さんはたまに何処にいるのか分からない時はありますけど……っ。じゃなくて! ……く、空気ってなかったら呼吸も出来ないし風も出来ないじゃないですか。殿山さんが『空気』だっていうのなら俺は殿山さんのほうがよっぽどすごいんじゃないかと思います!」



 時間ときは永遠ではない。始まりがあれば終わりがある。目的地に到着したところで、椿は最後にこう言った。
「いつか殿山さんのパス、受けたいです」
 殿山は椿に言われた言葉をそのまま返事として返す。
「そうだね、そこにいるって信じて渡していくよ」
「うっす!」
 そして殿山はレギュラーを掴むまではまだまだ遠いかもしれないけれど、少しでも近いところにいるはずだという願いをこめて言う。
「僕はまた一緒にボランチ組めたらいいなって思ってるけどね」
「はい!」
「次は杉江さんが言っていた『噛み合ったら面白いコンビ』にもっと早い時間からお互いなれたらいいよね」
「頑張ります!」
「うん、頑張ろう」
 二人の視線がしっかりと合う。その瞳には次こそはという誓いがこめられているのを互いに感じ頷いた。
「それじゃ、殿山さんおやすみなさい。また明日」
「椿くんもおやすみ。今日は色々話せて良かったよ」
「はい、俺もです。ありがとうございました!」
 椿は笑顔を見せると自分の部屋へと帰っていく。その背中をその場に立ち止まったまま殿山は見送る。
 椿くんは『空気』という言葉を悪い意味としてじゃなくいい意味として捉えてくれたんだな。
 殿山はその言葉を悪い意味のつもりで浮かべたわけではなかったが、心のどこかで否定的な概念がなかったとは言えない。だからこそ椿が肯定的な概念で捉えてくれたことが嬉しかった。
「ありがとう、椿くん」
 誰に聞こえるように言うわけではなかったが、自然と言葉が出ていた。




 部屋に着いてやれやれなどと思いながら歩いているとベッドの脚で足の小指を強打してしまったが、そんな痛みはへっちゃら……だ。
 一日なにかと『ツイテイナイ』ことばかりだったが、椿と話た時間を思えば今日一日がいい日だったと思えるのだから、巡り合わせというのは妙なものである。
 一緒に話してみて、椿という選手はサッカーに対して真摯にそして貪欲に向かい合っているのかもしれないと殿山は感じた。決して殿山自身がサッカーと真摯にそして貪欲に向い合っていないわけではない。椿と同じくらい、いやそれ以上に殿山もサッカーと真摯にそして貪欲に向かっている自負はある。だが、椿は殿山には計ることが出来ない大きさでサッカーを見ているような気がした。
 何よりも椿と話をして、決して他人には悪い言葉を使わない──受け取る側にとって心地良い言葉をくれる──ということに気がついた。話しているうちにもっと努力をしようという前向きな自分を引き出されたことに殿山は深く感じ入る。
 椿くんは僕が思っている以上に頼もしいのかもしれない。
 それがフィールド上で見せる存在感の一つの理由なのかもししれない、と殿山は合点がてんがいったような気がした。

 短い時間だったけど、椿くんと話せてよかった。
 充実した時を過ごした後の満足感が心から広がっていくのを感じている殿山の顔は自然と微笑んでいた。