siso_leonids
2020-09-04 00:08:23
2500文字
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イベ3後日談の裏話

タイトルまんまです。 レイスベトお話の後日談の裏話です。
本編裏話【https://privatter.net/p/6322072】

【イベ3、レイスベト編後日談】
総合テーマ
・強さと弱さ
・感情の行き先、言葉の届く先

【天の川を超えていけ】対師匠/ユージンくん編
テーマ
・守るということ
・強さ

正直すごく難しかった。
なんというか文章がすっきりしなくて、ぼりぼりんとたくさん削りました。
前半と後半と分けていますが、投下時は繋いだままです。なぜなら前半と後半、続けて読まないとレイスベトの言葉の真意が行方不明になってしまうからです。

【前半/虎徹先生編】
 師匠と弟子という決定された上下関係という変えようのない事実がある、また、守り守られるがある程度確定した関係に焦点を当てています。TLでネタサルベージした時に二人とも、それはすごく理解しているんじゃないかと思ったので芯として使わせてもらいました。解釈違ったら申し訳ないです。

 今回、レイスベトは「自分だけで解決するのが筋」と考えて行動していたこと、また不意打ちによって不利な状況に追い込まれたことが怪我をした大部分の理由となっています。
 しかし、その思考の隅には虎徹先生が自分のことでいっぱいいっぱいなんじゃないか、と思っていることも確かにありました。それは夕星カンパネロの冒頭にも実は記述があります。

 TLで拾えている分だけでしか見ていないので考察でしかないのですが、虎徹先生は守れなかった/救えなかったという過去の出来事が結構大きく影響している人物だと思っています。なので『手の届く範囲にいる(はずの)人たち』を守ることに一等強い思いがあったりするのではないかと思います。
 TLで拾った台詞の端々に『手の届かない範囲にいってしまった』レイスベトに立場の責務以上の罪悪感を感じているのでは思って、レイスベトは必要以上の責務を負う必要は無いと言います。
 また、相談すれば意図しているしていない関係なく、自らを省みず『守る』『助ける』『救う』という行動に出てしまう(体が勝手に動こうとする?)ような予感がしたので、レイスベトは虎徹先生に相談することもせず、声に出すこともせず、怪我を隠し通して自ら離れるという選択をしたのかなと思っています。

ぶっちゃけ理解していてやる辺りがレイスベト、相当質悪い。

【後半/ユージン君編】
 相棒(になっているのかなっていないのかこの時点ではあやふやですが)であり、対等に気兼ねなく話せる関係を芯として本格的に【守る】というテーマに焦点を当てています。

 前半部分ですごく地味ーーーーな形で伏線引いています。書いた本人ですら見失うレベルでわかりにくいので割愛します。

 大部分の理由は虎徹先生のとこで書いたので割愛しますが、レイスベトはユージンくんが気落ちしていることを明確に察しているので、ユージンくんにも相談することをしていません。
 また、ユージンくんが【守りたい】という思いが強いことを知っているし、気落ちしている分、普段以上に自らを省みず『守る』『助ける』『救う』という行動に出るんじゃないかなと思って言いませんでした。
 虎徹先生とユージン君を似ていると言っているのはこの部分を指しています。
 余談ですが、「冗談キツいわ……」という部分は二人とも【守る】という思いが一等強いし、レイスベトが本人たちがそういう人たちだと知って受け入れているから、何を言っても必要以上に背負い込もうとするんじゃないかなって頭を悩ませている感じで出た台詞です。あと本編で使った台詞を後日談でも使うなんとやらです。

 実は虎徹先生に聞けなかった言えなかったことをユージンくんには言っています。これは関係性(大人たちと子供たち、師弟関係と相棒関係など)の対になる部分かなと思って盛り込みました。

 レイスベトは虎徹先生やユージンくんとは別の【守る】形を持っているんじゃないかなと思います。
 後編は割とその部分に尺を割いているので地の文が長い長い。正直ばっさり削ってやろうか迷いました。
 この時点でユージン君のお話はまだ聞いてないという想定で書いたので、レイスベトが守ることに関してのはっきり言及したのは実は三つだけです。


【薄明を超えていく/霎くん編】
テーマ
・弱さともう一度向き合う
・我慢することを止めてみる

実は霎くんの親御様であるこうさんのツイート見て思いついた話です。

 素敵な漫画で霎くんが「痛いときはちゃんと言えよ」って言ってくれたのと、ちゃんと聞いてくれる人だって知っていたので、レイスベトが自分の痛みを少しだけですがはき出す話でした。
 あまり明言してないのですが、「天の川を超えていけ」の部分で心配してくれている人にも目を向けないといけないことはレイスベトもわかっていました。
 ですがレイスベトは自分のこと、特に自分の弱音や痛みを吐き出すことをものすごく躊躇います。理由は作中の通りです。
 弱音を吐き出すことは難しい。
 どんな理由であれ、一人で立って、我慢して強がっているのなら尚更。
 どんな理由であれ、吐き出した弱音に追撃されたり、何気ない当たり前の言葉に傷ついたりしたのなら尚更。

 『痛みを抱えていくに相応しい強い姿』『一人でいられる強さ』というのはレイスベトが子役として生きていく上で自分で作り出した偶像(生き方)であり、少女たちが憧れたものでもありました。それは確かに、痛みを抱えて生きていく為に自分で作り出したものであり、レイスベトの痛みの抱え方(やり方)なんだと思います。
 でも痛みを抱えて生きていくことを選択したから、それを吐き出してはいけない理由にはならない。
 本来の自分、弱音を吐く自分、偶像の自分、それら全てをひっくるめて、自分だと受け入れて認めることが出来たのなら、レイスベトは強さと弱さに向き合った上で本当に強くなれるんじゃないかなと思います。
 霎くんがきっかけをくれたので、レイスベトが本格的に偶像というレイスベトを受け入れて抱えて生きていくためにほんの少しだけど一歩踏み出したという感じで書こうと思ってめちゃくちゃ試行錯誤しました。