siso_leonids
2020-08-22 00:59:53
4441文字
Public
 

鬼灯の明りの先で(後編)

イベント3中のステラリアの話。

 白鐘を送った翌日、巴乃に会いに行く。
 病室のドアを開ければ、ベッドから起き上がっている巴乃が、柔らかな笑みでステラリアを出迎えた。
「そう、ちゃんと送ってくれたの、ありがとう」
「どういたしまして……?」
 ふわり、とした香りにステラリアがちらりと巴乃を見れば、彼女は悪戯っこのようにふふふ、と笑みを浮かべた。
「ローマンカモミールだね」
「あら、よくわかったわね」
 ほのかな甘酸っぱいフルーティーな香りのするローマンカモミールはリラックス効果があり眠れないときに最適なアロマオイルだ。
「私、昔からこの香りが好きなの」
「そうなんだ、良い香りだもんね」
 ステラリアの言葉に巴乃はふんわりと笑みを浮かべて口を閉ざした。どうしたのかとステラリアが首をかしげると、巴乃は言葉を零した。
「わたしたちに会ってくれたのが、あなたでよかった」
 これから会えなくなることを予期させるような巴乃の言葉にステラリアが困ったように眉をよせる。今生の別れのような言葉に嫌な予感がじわりと思考の端に滲む。
「そんな顔をしてくれるあなたが、あの人を連れてきてくれてよかった」
 巴乃は言葉を重ねる。
「オレ、まだ日本にいるし、また、明日も会いにくるよ?」
「ふふ、ありがとう」
 巴乃はベッドサイドのテーブルに手を伸ばし、何かを取ったかと思うとステラリアの手にそれを乗せる。
 ふわりと香るローマンカモミール。手渡された物を見ると、花の細工が施されたアロマペンダントだった。刻まれている花はカランコエだろうか。おそらくフィルターにアロマオイルを染みこませた物を入れるタイプのものだ。
「あなたにこれをあげるわ。あの人が最後に作ったものなの」
……そんな大事なもの、もらえないよ」
 白鐘の形見。それを巴乃はステラリアに渡したのだ。ステラリアが頭を左右に振るが、巴乃は微笑むだけだ。
「あなたに持っていてほしいの。ほんの少しの時間だったけど、貴方とお話していると孫が出来たみたいで楽しかったわ」
 日の光が差し込む、ローマンカモミールの香りが満ちた穏やかで白い病室。巴乃の言葉が、ステラリアの中に落ちていく。それと同時に、どうしようもない事実が、迫っているような気がしてぎゅうとアロマペンダントを握りしめた。
 ステラリアはなにか言わないと、と言葉を探すが見つからず、口を閉ざしたまま巴乃の言葉を聞いていることしか出来ない。
 ステラリアが握りしめたことを巴乃はどう捉えたのだろう。彼女は少しだけ申し訳なさを滲ませながらも、優しく、とても綺麗に微笑んだ。
「どうか健やかに生きてね。あなたの中に私たちとの思い出が遺っているのなら、私たちはまた、この季節にあなたに会えるわ。だから――
 


 病院からの帰り道、真夏の昼。炎天下を歩くだけで体力が持って行かれそうだ。木陰に入って汗を拭うと、見知った顔の人物。
「ステラリア」
「きらら先輩」
 彼きららは、ステラリアと姉のアマリリスを何かと気にかけてくれる人物だ。任務に入る前も、彼から「何かあったら呼んで」と連絡用の魔法石を渡してもらっている。
「任務は順調かい?」
「はい」
 涼やかな彼を見ながら、姉を思い出す。初めての異性の学友(?)をお祭りに誘っていいものかどうかで悩んでいたが、無事に誘えたんだろうか。
「そういえば、きらら先輩、姉になにか言われませんでした?」
「うん?あぁ、先輩とは祭りの案内をする約束をしているよ」
 何気なく直球に聞いて、返ってきた答えに無事にほっと胸をなで下ろし、思わず苦笑する。
「あはは、姉をよろしくお願いします」
「それは大丈夫だよ。……ステラリアはいいのかい?」
「俺は……任務が終わってから疲れてなかったら参加しようかなって。疲れてると人混みで酔うんで」
 きららの問いに遠回しに辞退しつつ、ペットボトル飲料を一口飲み込む。
「任務に戻るのかい?」
「はい、もし何かあったら呼びますね」
「ステラリア、気をつけて」
 世間話の終わりに落とし込まれたきららの忠告はどこか重みがあった。しかし、ステラリアはその言葉の真意に気付くこと無く笑顔で振り返って返答する。
「心配ありがとうございます!」
 木陰から一歩踏み出して炎天下の中を進む。
 きららが無表情でステラリアの影を見つめていたことに、ステラリアは気付かなかった。



 翌日、病院に行くと、夜明け頃に巴乃は亡くなったと聞いた。眠るように息を引き取ったとのことだった。
 遺品はほとんど無かったらしく、結局ステラリアが首から下げているアロマペンダントだけが、唯一の遺品らしい遺品だったようだ。
……でも、最期にあなたに会えて良かったと思うわ」
「そうだと、いいんですけど」
 初日に案内してくれた看護師の言葉を聞きながら病院を後にする。
 気まぐれに魔法で鬼灯の明りを飛ばしながら病院から神社までの道を歩く。祭りがあるのだろうか、遠くで賑やかな人の声と気配がする。
 姉は大丈夫だろうか、でもきらら先輩と一緒なら大丈夫だろう、とぼんやり考えながら強く輝く西日に照らされた道路を歩く。
 もうすぐ日が沈む。オレンジ色に染まる空の下。
 子供の声が聞こえる。少女のような声が、誰かを呼んでいる。
 声に導かれるように振り返ってみても、そこには人の姿は無い。
 真っ黒い自身の影だけが、道路に映っている。
 夕暮れに染まる神社の鳥居の前には、一人、ステラリアだけが立っている。
 前を向けば、髪の長い少女が一人立っている。
 少女と目が合ったかと思うと、彼女は駆けだした。追いかけなければ。なぜか、そう思い引き寄せられるように追いかける。
 森に囲まれた石階段を登り、石畳を走る。古い注連縄がかかる石鳥居をくぐった瞬間、ざぁ、と木々がざわめいた。
 少女を追いかけて、色褪せていく森の奥へ奥へと進んでいく。躓きかけた拍子に、ポケットに入れていた魔法石が転がり落ちる。それを拾ってまた走る。
「待って!」
 ようやく追いついて、少女の方を掴もうとした瞬間。虚ろな顔と光の無い瞳がぐるりとこちらを振り返った。
「あなたもわたしをいじめるの?」
 怯えたような姉に似た声に、思わず手を離して仰け反りかけたところをどうにか耐えた。かと思えば、急に足元が不安定になり足取りが重くなる。ばしゃり、と水が跳ねた。
 周囲を見渡すと先ほどまでの景色はなく、夜明け前の暗さの中、川のような、湖のような場所にステラリアは居た。
 捕まえたはずの少女の後ろ姿が遠くに見える。
「あなたもわたしをいじめるの?わたしをわすれるの?」
 聞こえる言葉と姉の声が重なる。違う、姉はそんなことを自分には言っていない。言っていたのは別の誰かで、でも確かに聞いたことがある姉の言葉で。あまりにも声が似ていて、フラッシュバックしそうになる過去がステラリアを混乱させる。
「違うよ、お姉ちゃん!」
 早く答えなければ、と返した言葉にしまった、と思うも咄嗟に出てしまった言葉は戻らない。
 逡巡した瞬間遠くに居た少女が目の前にいた。ほんの一瞬で目の前に来た少女の顔。瞳があるであろう場所にはぽっかりと黒々とした穴が開いている。口は縫われたかのような痕がある。
「じゃア、ズッといっショに居てクレる?」
 ぞわり、と悪寒が走る。姉がこんなところに居るはずが無いのだ。冷静になれば、姿が重なるはずはなかった。なのに何故、あのとき追いかけなければならないと思ったのか。なぜ咄嗟に答えなければならないと思ったのか。
 混乱する思考と、行ってはいけないと思う自分の意思とは裏腹に姉によく似たその声に、引き寄せられるように、足が動きかけた。
 その時、鬼灯の明りに照らされた手が二つ。ステラリアの視界を遮るように、伸ばされた手。爪の端が黒く染まった細工師特有のしわしわな手とそこに寄り添うこれまたしわしわの少し小さな手。
『この人は銀細工の職人でね、ほら手を見て。爪の端が黒いでしょう?』
 見覚えがあった。少しの間だったけれど一緒の時を過ごし、そして見送った人々の手だとステラリアは確信できた。
 息が詰まった。出そうになった声を後ろから伸びてきた手が遮る。
 視界の端で揺れる青い髪。きららだ。後ろにいるので表情はわからないが、ステラリアを助けにきてくれたのだろう。拾った際に握ったままだった魔法石はほんの少しだけ熱くなっていたことに今気付いた。
……
……までウらギるの。また、ワたしヲ、ヒトリに……
 手の向こう側からまだ声は聞こえている。
 もう、姉の声と重なることはなかった。今度は惑わされることはない。
 口元を覆うきららの手に触れて、一つ頷く。彼に導かれながら、門をくぐり、視界が切り替わる直前。
『どうか健やかに生きてね』
『強く生きろ、坊主』
 白鐘と巴乃の言葉を鮮明に思い出して、視界が滲んだ。

 瞼を開けると、神社の鳥居の前にいた。
 無表情だったきららが、口を開く。
「あれほど気をつけろと言っただろう。うっかりじゃ済まされないが?」
「いや、ほんともう返す言葉がありません、すみませんでした、ありがとうございます……姉にはこのこと言わないでください……
 きららの視線から逃れるように顔を逸らす。きららから返ってくる言葉は無く、静寂に包まれた。
……
……
 その静寂を切り裂くようにキンッと高い音が響く。
 視線を向けると巴乃からもらった銀細工がステラリアの足下に転がっていた。首にかけていたチェーンが切れてしまったのだろう、銀細工を守るように残骸が散らばっている。
……
 拾い上げたカランコエが刻まれたペンダントトップは、少しだけ温かくて、思わず握りしめた。
「それはなんだい?」
 きららの問いに答えを返すことができないまま、ステラリアはぼろぼろと瞳から花びらを零す。きららが目を見張ったことにも気付かず、ステラリアはぎゅうぎゅうとアロマペンダントを握りしめた。
……あ、……うぁ……
 あの瞬間。誰の手が自分を守ったのかわかった。きららと、あの手が無ければ自分は戻ってこれなかっただろう。
 もうここには居ないのに、鮮明に思い出せる。白鐘と巴乃が寄り添って微笑む面影。
 ステラリアは優しい記憶と柔らかい痛みを抱くように体を丸めた。痛みを抱えて生きていく。二人のような強さをいつか自分は持つことができるだろうか。
 声にならない慟哭が黄昏の中に響く。
 夕暮れの瞳から零れ落ちたカランコエの花びらは夏特有の温い風に攫われて空へと舞い上がっていった。

『あなたの中に私たちとの思い出が遺っているのなら、私たちはまた、この季節にあなたに会えるわ』

『だから、来年の盆の宵、鬼灯の明りの先でまた巡り会いましょう』