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siso_leonids
2020-08-18 21:50:39
5191文字
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鬼灯の明りの先で(前編)
イベント3中のステラリアの話。
子供の声が聞こえる。少女のような声が、誰かを呼んでいる。
声に導かれるように振り返ってみても、そこには人の姿は無い。
「
……
はぁ」
ステラリアは小さく息を吐き出し、スマフォを開いて地図アプリを起動した。初めて来た土地に慣れることはなく、こうしてアプリが無ければ迷ってしまう。とはいえ、駅に繋がる大通りまでたどりつけばホテルまで帰る道は覚えたのだ。石階段のあるこの神社にも何度か通い、朧気だが、ある程度道がわかるようになってきた。
それにしても暑い。お茶を凍らせたペットボトルをコンビニで買って数時間。氷はずいぶんと小さくなっていた。冷たいお茶で喉を潤し、任務を再開しようと立ち上がった。
その瞬間。
「そこの若人」
「へぁ?」
声をかけられて、口から間抜けな声が出た。声がした方を向けば、老人が一人立っている。
「あぁ、やっと答えてくれる人がいた。すまんが、この病院に行きたい、案内してもらえんか?」
「
……
えっと、俺は
……
」
「この土地の人間では無い?」
老人の口から出た言葉にどきりとステラリアの心臓が跳ねる。しかし、老人の顔から悪意は感じられない。
「
……
はい」
「かまわんよ。病院にたどりつければいいのだから。最近の若人は携帯でわかるのだろう?」
結構強引だな、と思いながら病院の名前を聞き、入力する。すぐ近くにある病院だ。これなら案内出来るだろう、と安易に引き受けたのが不味かった。
ステラリアたちは普通に迷った。
石階段のある神社からほど遠くないはずの病院になかなか辿り着かない。ステラリアはスマフォを握りしめながら辺りを見回す。
「えぇ、ここの道で合ってるんじゃないの?」
「細い路地に入ってしまったみたいだな」
地図アプリに表示されないほど細い道に入り込んでしまったようだ、と老人がぼやく。
「どんなに回り道をしても、寄り道をしても、迷いながらでも一歩一歩前には進んでいるもんさ、ちゃんと辿り着けるのならばいい」
「ごめん、お爺さん今迷子で辿り着けるかすらわからなくなってるんだけど」
「そういう時もあるさ」
強引だった割には随分とのんびり返された。案内を引き受けた手前、怒られるかと思ったがお爺さんの寛容な口ぶりに少し安心した。
方角だけわかればなんとかなるか。コンパスのアプリを起動して、地図アプリと照らし合わせる。二本隣の道が目的の病院がある道のようだ。
「道がわかったよ、お爺さん」
「最近の若者は優秀だなぁ」
「行こう、暑いし」
ステラリアは感心するようなお爺さんを引き連れて病院へと向かう。重要なことを聞き逃していることに気づかないまま、ステラリアは炎天下の中を進んでいった。
*
病院にはついたものの、お爺さん曰く、奥さんであるお婆さんの部屋で休んで行くと良い、今日のお礼がしたい、とステラリアを引き止めた。
しかし、どうやらお婆さんの病室が分からない様子のお爺さんにここまで来たのなら最後まで行くかー、とステラリアは半ば諦めで受付カウンターに向かう。
「お嬢さん、何かご用ですか?」
「なんだ坊主かと思ったら嬢ちゃんだったのか」
「違います
……
」
ステラリアがお爺さんの言葉を否定すれば看護師は目を丸くしてステラリアを見る。ステラリアは女顔だ。私服で居るとよく性別を間違えられる。レイスベトに言わせると女装が似合うんじゃないと満面の笑みで言われたことがあるが、そこで肯定されても困るのが本音である。
「あら、ごめんなさい」
「いえ、慣れてますんで
……
。あー、えっと」
そういえば部屋を探すのに、部屋の番号もわからなければ、そのお婆さんの名前も知らない。ちらりとお爺さんを伺うと、お爺さんは忘れていた、と言うように目を瞬かせた。
「白鐘」
「白鐘さん?というお婆さんの部屋を探しているんですけど
……
」
「あぁ、白鐘さん!身寄りが無いと思ってたけど、そうじゃなかったのね!良かった」
名前を言った瞬間看護師は顔を明るくして、病室へと案内してくれた。
「入院してから随分経つのに、お見舞いに来てくれる親族の方がいないから、心配していたの」
道すがら聞いた看護師の話に、じろりとお爺さんこと白鐘を見ると、悲しげに自嘲するような笑みを浮かべていた。どうやら事情ありきらしい。
病室に付き、案内してくれた看護師にお礼を言う。
看護師が去って行くのを見送り、病室にノックして入ると、個室にはベッドが一つ。そこには白髪の女性が眠っていた。
ベッドに近づくと、白鐘も続いた。愛おしい者を見るような目で、眠る女性を見つめる白鐘に、なんとなくいたたまれない気持ちになる。
「ありがとうな、坊主」
白鐘は女性から顔を上げるとステラリアに頭を下げた。
「い、いえ、俺は案内しただけで」
「いや、私だけじゃ、辿り着かなかった。本当にありがとう」
その会話が聞こえたのか、眠っていた女性がゆるりと目を開ける。
「あぁ
……
貴方
……
」
「巴乃」
女性
――
巴乃は白鐘の姿を捉えると、涙を零した。巴乃が伸ばした手を白鐘が取ろうとするが、その手は触れることなく、巴乃の手がベッドに落ちる。
白鐘は自嘲げに笑い、巴乃はわかっていたとでもいうように笑みを浮かべる。二人とも仕方が無いとわかっていたようで、唯一何も分かってないステラリアは目を見開いてその光景を見つめる。
「方向音痴の貴方がどうやって辿り着いたのかと思ったけど、助けてくれた子がいたのね」
巴乃はステラリアに目を留めると微笑んだ。ステラリアは今までのことを振り返って違和感を覚え始めた。
思えば最初からおかしかった。白鐘がわざわざ異国人の出で立ちをしたステラリアに声をかけたこと。ようやく答えてくれる人がいたと言っていたこと、看護師曰く巴乃には身寄りがいないと言っていた。その際白鐘に目を向けた時に、自嘲した笑みを浮かべていたこと。
「私は霊感があるようだから見えるけど、普通の人には見えないものね、貴方」
「あぁ、思ったより苦労したよ」
「無事にこの人を送り届けてくれてありがとう」
「どれほど会いたくても盆だけだからな、お前の元に来ることができるのは」
今の会話も、今までのことも、白鐘はとうに亡くなった人物であったのなら説明がつくのだ。
「
……
亡くなってたの、白鐘さん」
「あぁ、すまんな、坊主」
道案内だけでここまで深く踏み込むことになるとは思っていなかったから聞かなかった。
「いや、いいよ。大丈夫」
どうやら自分が知らないうちに任務は始まっていたらしい。ステラリアは困惑しながらも、状況を理解した。
*
病室で出会った幽霊こと白鐘とその妻である巴乃の話を聞いた。
「この人は銀細工の職人でね、ほら手を見て。爪の端が黒いでしょう?」
「本当だ」
「本当に仕事ばっかりでね、最後まで落ちなかったのよね
……
」
白鐘は仕事人間であり、存命中は仕事ばかりであったこと。巴乃はそんな白鐘を支えていたということ。息子が居たが、家を出たきり帰ってこないとのこと。白鐘は去年の夏の終わりに仕事場で倒れ、そのまま亡くなってしまったということ。その後を追うかのように巴乃が体調を崩し、歩くこともままならないほど衰弱しているということ。
ステラリアはじっと聞いていたが、やがて、ぽつりと疑問を零した。
「
……
巴乃さんは白鐘さんを忘れたいって思ったことは無いの?」
二人は一瞬沈黙し、言葉を探している。さすがに変なことを聞いてしまった。ステラリアは慌てて忘れて、と言おうとしたが、巴乃の言葉の方が早かった。
「あるわ」
存外、その言葉は強く室内に響いた。
「忘れたいと思うほど辛かった。心が痛かった。でもね、忘れちゃいけないほど大事だからこそ、痛むのよ。辛くても、悲しくても、痛くても。愛おしいほど、大事なほど、強く痛み続ける。でも必要な痛みなの。遺された側(わたしたち)が生きていく為の。前に進んでいくための」
皺だらけの顔で微笑んで見せた巴乃は美しかった。衰弱して寝たきりだと言っていたにも関わらず、しゃんと背筋を伸ばして立っている強い女性のように見えた。
「坊主」
白鐘に呼ばれ、ステラリアは顔を上げる。
「私も忘れて欲しいと思ったことはある。辛い思いをさせるぐらいなら忘れて欲しいと。でも、忘れて欲しくなかったのも本当だ。彼女が覚えていてくれるから、私はその【よすが】を頼りに、こうやって生きている彼女の元に帰ることが出来るのだから」
白鐘は孫に言い聞かせるような口調だった。
ステラリアは二人の言葉を聞いて瞳を彷徨わせて俯いた。
「ステラくん」
巴乃がステラリアの頭を撫でる。ステラリアの話を促すように二人はステラリアを優しく見守っている。
「
……
でも、俺は忘れて欲しい。姉さんの中に、俺を遺したら、姉さんが辛い思いをしてしまう。俺は、姉さんには幸せになって欲しい」
「お姉さん思いなのね」
巴乃の言葉に頭を緩く左右に振る。
姉思いなんかじゃない。酷い弟なんだ。姉の能力に欠陥があったことを安心してしまう弟で。【よすが】を頼りに会いに来てもらう資格もなければ、会いに帰ってきてくれることを望まない。とてもとても酷い弟なんだ。
ただ今日初めて出会った幽霊と人間。案内しただけの自分。巴乃に頭を撫でてもらうような資格も無くて、二人に優しくしてもらうなんて資格も無くて。でも振り払うことも出来なくてただ俯いて、零れそうな涙を飲み込んで唇を噛みしめるしかない。
白鐘の言うことも痛いほどよくわかる。巴乃が言った言葉も、いつか、必ずきっとわかる日が来る。
痛みを抱えて生きていく。二人のような強さをいつか自分は持つことができるだろうか。
*
「さて、そろそろ帰るかな」
病院で話すこと数時間。空が暮れ始めているのを見て、白鐘が呟いた。
「あら、もう帰るの?今日は調子がいいからもう少し話せるのに。ステラくんとももう少しお話したいわ」
「いや、面会時間があるだろ」
残念そうな巴乃に白鐘は困ったようにステラリアを見る。おろおろとするステラリアと巴乃を交互に見やって白鐘はため息をついた。
「坊主、時間があるならまた明日も来てやってくれないか」
旦那は妻に甘かった。ステラリアは「わ、わかった」と頷くと、白鐘はありがとう、としわくちゃの顔で笑った。
「送ってくれ、坊主」
「この人方向音痴だからしっかり送り届けてやってちょうだい、ステラくん」
思ったよりもあっさりした別れにステラリアは苦笑いするしかない。聞いた話以上に旦那は妻に尻に敷かれていたらしい。
「また明日ね、ステラくん。貴方も、いつかまた」
巴乃の言葉にステラリアは白鐘を見やる。その表情は見えなかった。
「
…
あぁ、またな」
震えた声に、この二人の間にまた一年、会えない時間が訪れるのかと実感する。
遺す者と遺された者。痛みを抱えて生きていく者と、痛みを連れて去っていく者。
巴乃に見送られながら病室を出て、病院を出て、白鐘と出会った神社に戻る。今度は道を間違えずにすんなりと神社に戻ってくることができた。
門となる鳥居の前でステラリアは魔法を使って鬼灯の形をした明りを、白鐘に渡した。
「おぉ、坊主、魔法使いだったのか」
「実はね、そうだよ」
目を丸くする白鐘に、昼間のお返しのように言ってやれば「通りで答えてくれるはずだ」と納得した様子だった。
「鬼灯とは粋だな。ありがとうな坊主、最後まで付き合ってくれて」
明りを受け取った白鐘は、満足そうに笑った。
「焦らなくていい。振り返って自分を追いかけて責め立てる何かを恐れることなく、一歩一歩。ちゃんと踏みしめて進め。強く生きろ坊主」
白鐘の手がステラリアの頭を撫でるように動いた。感触は無い。けれど、ステラリアは言葉とその手の温もりを確かに受け取っていた。
「じゃあな、また会える日を楽しみにしているよ」
別れ際はやはりあっさりとしていて、白鐘は向こう側へと消えていった。
神社の鳥居の前には、一人、ステラリアだけが立っている。今日一日、白鐘に振り回されたものの、不思議としんどいといった疲労感はない。明日は任務の傍ら、巴乃に会いに行こうと思いながらステラリアは踵を返した。
「
……
の
……
って
……
」
子供の声が聞こえる。少女のような声が、誰かを呼んでいる。
声に導かれるように振り返ってみても、そこには人の姿は無い。
真っ黒い自身の影だけが、道路に映っている。
夕暮れに染まる神社の鳥居の前には、一人、ステラリアだけが立っている。
今度こそホテルに戻るべくステラリアは足を踏み出した。
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