siso_leonids
2020-07-27 00:21:34
5659文字
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来し方行く末雛芥子の花散る時

【グラ学】バレットのお話

 ふわりと金木犀の香りがする。顔を上げるとそこには予想通りの人物が立っている。
「よう、眠れないのか?ステラリア」
 談話室にやってきたのはステラリアだ。
「うーん、ちょっとね」
「あれ、使わないのか?」
……色々考えたけど、まだ使うべきじゃ無いかなって」
 オレンジ色の小さなガラス瓶は、ステラリアの手の中には無かった。仕舞いこんだガラス瓶の中身は、使われる時を今か今かと待ちながら水面を揺らしているに違いない。
「ふーん……
 ステラリアに暖かいミルクの入ったマグカップを渡してやると、両手でマグカップを包んで、もにょもにょと唇を動かした。何か言いたいんだな、と黙って言葉を待っていると、ステラリアはミルクを一口飲み込んで、一分ほど悩んでから口を開いた。
……バレット先輩は、俺に『話しておけばもっと簡単に解決に進んだかもしれない』って言ってたじゃないですか。……そんな体験したことあったんですか?」
「今それ掘り返す?」
「いや、だって……バレット先輩にも似たような何かあるのかなって」
「あのな、いや、あぁ……うーん……あるような、ないような」
「教えて下さい!オレ……なんか、オレ、考える内に色々とわかんなくなってきて……
 思い切った!という感情を顔全体に表れた後、萎れて子犬のような顔になる。
 あ、無理、逆らえない。強かな策士ステラリアの意識的なのか無意識的なのか、それはわからないが構わずにはいられないような仕草にバレットはあっさりと敗北した。
 寝物語にあまりに向かないのだが、どちらかというと雑談の方がいいタイプなのだろうか。
 バレットはうぅん、と唸ってから嘆息し、隠すような事も無いか、と諦めて、ぼやくように口を開いた。
「えぇー何から話そうかね……
「バレット先輩って実家が魔法使いのお家ですか?」
「ぐいぐい質問してくるね、ステラリア。……今の家は外れた家だな」
「今の家?」
「そう。ベイエルスベルヘンっていうのは、魔法使いの血を引く家系ではあるが分家の分家みたいな感じで、元々俺がいた実家からはすごく遠い親戚なんだ」
……昔の家は?」
「ベドナジークっていう、優秀な魔法使いを輩出している家だよ。まぁ、今もそうなのかは知らないんですけどねぇ……



 ベドナジーク家に生まれた者は、本家の子も分家の子も、一度本家に集められ幼少期から厳しい魔法の修行と教育を施される。バレットの毒や薬に耐性が強いというのも、この修行によって身体に慣れさせるのを何度も行った結果だった。
 修行と教育を終えた後、最終的には競い合わせ、一番優秀だった子どもを本家の跡継ぎの子どもとする選別を行っている。ベドナジーク家に伝わる昔からのしきたりを重んじて今でも密かに続けられているという。
 バレットは元々ベドナジーク家の分家に産まれた第三子であり、分家の中では優秀な成績だっただけに期待も一心に受けていたし、バレットも勉強は好きだっただけに努力をしていたが、選別と呼ばれる跡継ぎ争いに敗れたのだ。
 かけられた期待に応えられなかった分、バレットは罵られた。そしてバレットは遠い親戚であるベイエルスベルヘン家に養子に出されたのだ。
 バレット自身、当時、幼くして挫かれた自分を捨てたかった。しかし、許されなかった。生まれ持った力は当然持ったまま。使わない選択は出来ても、捨てたくても捨てられない事実に打ちのめされた。好きだった勉強も、手に付かなくなった。
 どこまでいっても、その血が、その身体が、何もかもがあの家を忘れさせないのだ。
 ベイエルスベルヘン家で出会ったレイスベトは心を塞いで引きこもっていたバレットを外に連れ出してはよく遊んだ。
 あまり応えるのが上手くない自分が謝れば、レイスベトは首を振り、
「無理しなくてもいいよ。どんなバレットちゃんでも、私の友達のバレットちゃんだよ」
 笑い飛ばしたレイスベトのなんと眩しかったことか。今思えば、あれはレイスベトが言って欲しかった言葉なのだろう。
 それでも。そう言ってくれたレイスベトを信じ切れなかったのはバレットだった。
 魔法が使える得体の知れない奴だと知られることが、レイスベトに怖がられて忌避されることが、バレットにはあまりにも恐ろしかった。今目の前で笑うレイスベトの顔が恐怖の色に変わってしまう夢を見て。彼女を傷つける夢を見て。
 一緒に過ごせば過ごす程、本来の実家の出来事や夢を思い出して、現実と重なって、過去と夢による苦痛が心をすり減らしていく。
 普通の人間として見てくれているレイスベトを裏切ってしまったら、自分は耐えられるだろうか。
 弱かったといえば弱かったのだろう。否定は出来ない。わかっている。
「ごめん、レイスベト」
 傷つけたくないからと言って遠ざけて、彼女の手を離してしまった。
 そして。数年後、自身の過ちを知るのだ。



「もっとちゃんと話しておけば良かったって何度も思った。あまりに眩しくて、レイスベトのこと見えていなかったんだ」
「レイス先輩は、そのことを……
「もう知ってるよ、全部。再会して三年経つしなぁ」
「え、バレット先輩ちょっと時系列わかんなくなってきました」
「本家招集が四歳、選別を受けたのが六歳、養子に出されたのとレイスベトと出会ったのが七歳、離れたのが九歳、ここに俺が三年生として編入して再会したのが十四歳、一年留年して今十七歳ってとこかね」
……聞き出す方法というのは……え、なんですかその顔、大丈夫ですか、そんな恐ろしいことあったんですか?」
……まぁ…………うん、ソウダネ………………



バレットが二回目の四年生、レイスベトが四年生の時。ある日、突然レイスベトが言い放ったのだ。
「バレット、本気で戦り合いましょう。すべてを賭けて、戦いましょう!」
「何が!?」
 バレットの突っ込み虚しく、あれよあれよという間に模擬戦に持ち込まれ、外野が煽り立てる中で戦う羽目になったのだ。
 魔法の実力は、バレットの方が上手だ。しかし、レイスベトは物理の方が強かった。
さらに純粋な魔法で圧倒しようとも、レイスベトの得意な魔法は様々な制限があれども空間転移が入っている。それがあまりにも厄介だった。
バレットの魔法は出力と規模の大きさで勝負する完全なパワータイプだが、レイスベトはある程度バランスが取れているが若干、魔法自体がテクニカルタイプに寄っている。
目を開いて挑戦的にかつ楽しそうな笑みを浮かべて、魔法や剣術、体術を駆使して襲いかかるレイスベトは恐ろしかった。
空を切り裂いて襲いかかる足を払い、魔法で編み出した糸を操って動きを止めては燃やされ、容赦無く切り込んでくる短剣を寸でのところで避けながら、飛ばした水弾を防御魔法で弾かれ、二人ともボロボロ、瞳孔は開いている、気がつけばお互い遠慮無しだった。
反転する世界の中、顔に鮮血が降り注ぐ。見上げればレイスベトの左目付近。大きな裂傷からしたたる血。
幼い頃の悪夢が蘇る。ずっと怯えていた苦痛が今目の前にある。鮮明に重なる映像にぞわりと冷たい汗が背中を伝っていく。
バレットの身体に乗り上げたレイスベトが身を屈めて、短剣をバレットの首元に当てていた。しんとした静寂の中でレイスベトの髪がカーテンの様にバレットの顔を周囲から覆い隠している。
 レイスベトの短剣が引き抜かれたその一瞬。レイスベトが凪いだ表情で微笑んだ。
 決着がついた、と知らせるように短剣を収める澄んだ音が響く。
「こうやって、全力で遊ぶのも久々ねぇ、バレット」
懐かしむような声色に、バレットは思わずレイスベトの傷に構うことなくその顎をめがけて、頭突きをかまして体裁も忘れて叫んでしまったことを鮮明に覚えている。
「こんなズタボロの遊びがあってたまるかよ!!」
「だってバレットどんな魔法使うのかなって」
「好奇心だけでこんなことしたのか!?うっそだろ!?」
 額を抑えながら立ち上がったレイスベトがけろりとした様子で発言する姿にバレットは頭を抱えたくなった。
 今、目の前の女は左目付近に大きな裂傷で今もだらだらと血を流しているのにも関わらず平然とした様子なのがそもそもおかしいだろうし、そんなノリで懐かしむような言葉を投げかけるのもおかしくないか、とバレットはただひたすら困惑する。
 しかし、バレットの困惑を鎮めたのもまた、レイスベトのたった一言だった。
「二年」
「は?」
「二年しかいなかったわ。私は仕事もあったから、いつもいつも、とまではいかなかったけど子どもの二年って、随分と、長いと思わない?」
 バレットが目を丸くする姿にレイスベトは夜明け色の瞳を少し細めた。
「でもね、バレット。再会してからずっと一緒にいても、幼い頃一緒にいたとしても、わたし貴方のこと、ほとんど知らなかった」
「レイスベト」
「聞かなくていいって思っていたのは本当。バレットがバレットであることに変わりが無くて、私の友達だって思っていたのも、本当。わたし、貴方のこと何も知らなかったのよ。おかしな話よねぇ、バレットの好きなお菓子は覚えているのに、貴方がどんなことが好きだったのか覚えてないの」
……
 レイスベトの言葉を聞きながら、バレットは当然だ、と思った。
 当時好きだった魔法の勉強は、実家を思い出させるから、離れていた。
 養父は、何がしたいのか、何でもいいぞと言いながら、釣りや薪割りなど色んな事に連れ出してくれた。養母は、ピアノや料理、機織りなど様々な手伝いをさせてくれた。レイスベトはかくれんぼ、花冠作りなど色んな遊びを教えてくれた。
 実家では魔法のこと以外何も知らなかった。だから、ベイエルスベルヘン家に来てからいろいろな事を知るようになって、あの時は養父や養母に誘われるがまま色々な事に挑戦していた時期だったのだ。どれも楽しくて、好きなものを探しながら過ごしていた。
「バレットちゃん。もっとバレットちゃんのことが知りたいわ、もっと、話がしたいの。大丈夫、大丈夫よ、バレットちゃんは、ずっとバレットちゃんよ」
 手を取られて握られた瞬間、じわりと目頭が熱くなる。レイスベトには、叶わないなと思ったのも、敗北を悟ったのもその言葉一つだった。
 もっとちゃんと話をしておけば良かったと思いながら踏み込めずにいたバレットを知りながら、自ら話す時を待ち続けていたのだ。レイスベトは手を差し伸べるどころか握ってそのきっかけを作った。
 その身を挺して、その苦痛を『大丈夫だ』と言って笑い飛ばした。
レイスベトは無自覚にバレットを救っていくのだ。今も、昔も。
……あぁ。俺も、話したいことがいっぱいあるんだ」
 今度こそ、ちゃんと報いたい。手を離さないように、守りたい。
バレットは誓うようにレイスベトの手を握り返した。



「バレット先輩今めっちゃ死にたそうな顔してますね」
「恥ずかしいんだよ、察しろ」
 そばかすのある頬に僅かに朱が走っている。通った鼻筋を覆う両手の中から重いため息が聞こえて、ステラリアは僅かに苦笑した。
「なっさけない話だよ。笑えよ」
「あっはっはははっ!!」
「マジで今度覚えておけよ、お前」
「笑えって言ったのに!……でもその後ちゃんと話すことは出来たんでしょう?」
「じゃなきゃ言えないだろ、こんな話……
 重いため息をつくバレットを横目に、ステラリアは言いづらそうに顔を歪めながら、口を開く。
……バレット先輩ってずっとレイス先輩と一緒にいるから、ちょっと盲目的にこう好いているとか従っているんだと思ってました」
「よく言われる。けど案外そうでもない」
「違うんですか?」
「そりゃ、レイスベトには救われたし、報いたい恩義があるから、こうして従者の真似事をして傍にいるってだけだ。何も思いつかなかったしレイスベトも別にいらないけど、それでいいならいっかみたいな状態だったしな」
「すごく雑な感じで出来てるのはわかりました」
 ステラリアがじとりとした目で見てくるが、素知らぬふりしてバレットは続ける。
「俺には俺の生き方がある。あいつにはあいつの生き方がある。いつか道を違える日だってくるし、物理的に一緒に居られなく日も来るだろうよ。それはしゃーねぇさ。でもそれでいいんだ。救われて得た自由で、俺は俺のやりたい生き方をするんだ。もう、悪夢に怯えなくても大丈夫なように」
 バレットには、明確な救いがあった。
 本家に居たままだったら無かったであろう自由。辛いことを越えた先の自由。
 でも救われたからといって、自由を得たからといって。全ての苦痛が消えるわけではなく、感情による毒が消えることも、ましてや悪夢も夢もまた消えることは無い。
 いつか必ず、自由の中で自分の答えを出さなければならない。
 どこにも救いは無いからこそ、救いは自分で決められるのだから。
 自分の世界で、自分の生き方をするしかない。
 毒を飲み込みながら、救いを見つけて、苦痛の中でもがきながら、自由という幾多の選択肢の中から答えを考え続けて前に進み続ける。そして、その選択肢を、未来を、過去を、答えを、決して否定したくはない。
 自分の生き方に胸を張って好きだったと言えるように。楽ではないが、後悔しないように生きたいと思った。
(しかしまぁ示した本人が気付いてないのか、無自覚なのか。だからこそ救いが無いんだろうかね)
 一息ついて、隣の様子を伺えば、ステラリアが俯いて、白い水面を見つめている。その頭にぽんと軽く手を乗せて、撫でるように滑らせた。
「結構な長話になってしまったな、早く寝な、ステラリア」
「最後に聞いて良い?」





「オレは、間違ってない?」
……間違いなんか無いですよ、きっと」