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siso_leonids
2020-07-27 00:13:10
4324文字
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白椿舞う彼は誰時
【グラ学】レイスベトのお話
「ステラリアは普段へらっとしてっから、わかりにくいけど、色々思うところがあるんだな」
「バレット、もう一歩行くと暴言になるよ」
部屋に戻るステラリアの背中を見つめながらしみじみと言葉を吐き出したバレットに、レイスベトは可笑しそうに返答した。
「レイス嬢さんみたいな危うさありますからね、あいつ」
振り返った胡乱げな目を受け止めるのは空虚な微笑み。
「あら、バレットほど深刻に酷くないわぁ」
「それどういう意味ですかね」
くすくすと鈴を転がすような涼やかなレイスベトの笑みに対して、バレットは呆れたようにため息をついた。
会話が途切れた瞬間、バレットは落ち着かなさそうに身じろぎをする。
「あなたが気になってるのは、私の悩みの話よね?」
「え、ええ、そうですね」
「ステラリアの話にそこまで繋がると思ってなかったけどねぇ」
「幸せな夢は見たくはないんですか?」
「夢は優しすぎるからいいの。起きた時なんとなく虚しくなるじゃない」
そう呟いたレイスベトがふっ、と一瞬、息を詰めたかと思うと目を伏せた。バレットの背筋が知らずと伸びる。
庭園に軽やかに踏み込んでいくような軽さで本題に切り込むレイスベトに、バレットはこの人は相変わらずだな、と思う。行くと決めた時、さらりと行く潔さはあまりに軽やかで時々見ていると危うく思えて仕方が無い。
ただ、今回は本当にそうそう重い話ではなさそうだ。その証拠にレイスベトの顔に影は無く、純粋にどう表現すればいいのか悩んでいる顔だった。
「そうね、悩みと銘打っているけど、別に悩んでるわけじゃないのよ。タイトル自体は深刻だけど、内容自体は別段、暗いとかそういうわけじゃないの。いつかわかるかな的な、ねぇ」
「はぁ」
「悩みや考えをある程度言語化したところで、最終的に行き着く先は決まっているもの。あとは野となれ花となれ、どうにでもなってしまえってね」
出てきた言葉は先ほど何人かに悩みを聞いてもらっていると言った人物の発言とは思えないものだった。
しかしなるほど、たとえ話からバレットにもおおよそ、理解はできた。レイスベトはある程度の答えを得ているが、悩み続けなければならないことが悩みなんだろうと。
「
……
どうしようもない悩みだな」
「まぁねぇ、でもね、多分悩んでいたことっていうのは微妙に違うことなのよ。悩んでいることや考えていることを誰かに相談できなかったことが悩みだったのよねぇ」
思い出話を語るようにのんびりとした口調で語られたのはおそらくバレットと再会するまでの話だ。レイスベトの手を離してから、この学園で再会するまでの約5年。
レイスベトは、悩みが言えなかったという。
「つまりそっちは今解決してるってことか?」
「1人にさせてくれないバレットちゃんや友達思い相棒、心配性の師匠がいるもの。他にも色んな人が気にかけてくれてるし、ぜぇんぜん大丈夫よぉ」
先ほどと同じように可笑しそうに笑うレイスベトに曇りは無い。対してバレットの苦々しい顔が晴れることはない。
「昔は
……
昔は。魔法も知らなかったし。それについても言えなかったけど。恵まれている、失っていないからこそ悩みが言えないのよ、その先が目に見えているから」
閉じた瞼の裏でレイスベトが思い浮かべているのは誰なのか、バレットには判別が付かない。
「お前は幸せだろう。成功しているくせに。恵まれているくせに。何も失ってないくせに。苦痛や不幸なんて自分たちに比べれば全然マシじゃないか。
……
何が不満なんだ、ってね」
羨望と劣等感に悩まされながら、両親の優しい重圧から助けようと手を伸ばそうとしてついには出来なかった姉と兄だろうか。
その才能と努力を信じ、期待を込めて、様々な思惑と願いを託した大人たちだろうか。
大人達の称賛を受け、妬ましそうに、年齢に似つかわしくない黒い感情を純粋な眼差しに乗せていた友人達だろうか。
すらすらと紡がれる言葉を聞きながら、バレットは気まずそうに視線を落とした。
「結果のきらびやかさ。立場や才能。能力の有無に目が眩んでしまう。なにより私自身も他人より恵まれたなんて思ったことはなかったし、他人より幸せだなんて思ったことはなかった。でも、そうじゃない」
レイスベトもまた理解しているのだ。他人と比較せずにいられないということも、羨望や嫉妬を覚えずにいられないことも理解している。
だから、そういうことを言うのは、その人自身が悪いわけじゃない。
「見えている結果が全てで、その先や過程は見えない。見えないものもあれば隠してきたものもある。それが努力であったり、傷であったりする。そして、それは私にもあれば、相手にもあって。私が相手のものを知らないように、相手が私のものを知らないのは当然なのよ。私のものは、わたしだけのものだから」
それは当たり前のことだ。当たり前の事だと理解している。
ただ、どこかで信じていたかった何かが傷ついて、削ぎ落とされるような感情が毒のように浸食する。それはちくりとした苦痛を与え、やがて苦痛を我慢することに疲れた時、1人で立ち続けることが億劫になってしまうことが稀にあるのだ。
「相談しても相手も自分も苦しめるだけならば、言わない方がマシに決まっているじゃない」
他人の感情に晒されてより疲れてしまうことより、1人で耐えながら疲れてしまうことの方がレイスベトにとっては楽だった。その理由だけで、レイスベトは悩みを他人になかなか言えなかった。それだけの話だ。
理解しているからこそ、彼女は口を閉ざした。
救いは無いんだって。ふと、スマートフォンの電源を落とすみたいに生きることを止めたくなる。そんなことが何度だってあった、とレイスベトは歌うように軽やかな口ぶりで、過去の感情を言葉でなぞる。
バレットはレイスベトから視線を逸らす。じわりじわりと、背中に伝う冷たい物の正体に気付きかけている。バレットは組んだ手を握りしめた。
「やりたいことを思うようにやれるってなった時。すごく困った。今まで大人達の願いを託されて、用意された選択肢から優先順位を見極めて選んでやっていたもの。誰かの為じゃ無くて自分で選ぶってすごく難しいなって思ったの」
顔を上げたバレットの視線の先でレイスベトは変わらず前を見ている。
ガラス玉に夜空を溶かし込んだ瞳に影を落とすものも、映るものも無い。ただ光を反射して、きらめくだけ。
「そこで、他人の目や世間体といった社会を気にせず、自分のやりたいようにやる。それも一つの答えだけど」
瞬き一つ。レイスベトの瞳が、光の反射によって星空のような深い紫色が夜明けの空のような鮮やかな紫色に変わる。
「どのような形であれ、私は他人の願いを託されて生きてきた。そういう風に出来てしまった。私は、その染み付いた生き方を簡単には捨てられない。それに別に、今まで生きてきた生き方に不満があったわけじゃないなって思ったの。結構さ、複雑なこと考えたわよねぇ」
話している内に着地点見失ったわぁ、と照れくさそうに笑うレイスベトをバレットは複雑な顔のまま見つめている。
バレットの顔を見たレイスベトは大丈夫よぉ、と明るく諭すように言葉を続けた。
「とにかく、過去の悩みは解決してて、用意された選択肢ではなく、自分で選択肢を選べるようになった時。この先どうしようっていうのが今の悩みってわけ。でも悩んでいてもいつか答えは出るし、どうとでもなるのよぉ」
レイスベトの言葉も表情も雰囲気も。暗くはなく、明るく晴れやかなものばかりだ。
だからこそ、時折ふっと遠くを見つめるような、どこかへ消えてしまいそうな微かな笑みを浮べるレイスベトに不安が隠せないのだ。今、この瞬間も。
バレットが顔を伏せると銀色の髪がさらりと流れて天鵞絨色の瞳に影が差す。
「私たちは思うように『私たちの世界』を動かせるけど、『世界』は私たちが思うように動くことはないんだから、きっとなるようにしかならないの」
バレットはレイスベトの強さに安心すると同時に危うさを覚えている。ずっと。
彼女は言う。成功すれば幸せであることはないし、恵まれていることが幸せというわけでもない。そしてそれらは救いでは無く、また同時に、それらを持っていることがその人の価値全てであるということもないのだと。
「事実はどうであれ、抱えていたい大切なことも、大事な物も、捨てられない矜持も、真実も嘘も、自分の考えは結局自分にしかわからない。明確な答えが欲しいわけじゃないよ」
彼女は言う。悩みと銘打っているけれど悩みは無いと言った。答えも得ているし、明確な答えが欲しいわけでも無い。
「現実にも、優しすぎる夢にも、どこにも救いがないわかっているから、目が覚めた時に襲う不安にだって平気でいられるんだよ」
「
……
そうか」
それだけを返すのが、バレットには精一杯だった。
夜明け色のガラス玉は変わらず優しい光を纏ってゆっくりと丸くなって揺らめいている。
レイスベトにきっとこの先、必要なものは分かる。さりとて、バレットにそれが与えられるのは相応に難しいことも理解してしまった。
彼女は、彼女が言うようにスマートフォンの電源を消すようにふっと消えて、生きることを止めてしまうのではないかという危うさを秘め続けている。
彼女を繋ぎ止める為に手を離さない人物がきっと必要なのだ。
それは彼女がもし望んでいないとしても、彼女が生きていてほしいと思う側の身勝手な願いであったとしても、願わずにはいられない。
どうか、気付いて欲しい。
大人達によって託された身勝手な欲を孕んだ願いに覆い隠されてしまった願いを。
託された願いの中にも、無理に返さなくてもいい純粋な思いがあるのだと。
お前が大切なんだと思っている人がいること。
諦めないで、救いがどこかにあると信じてもいいのだと。
救いを決めても許されるのだと。
どうか、お前がお前として救われて生きることを許してくれる人がいることを知って欲しい。
『お伽噺だと言われても夢を見ずにはいられない』
先ほどのステラリアの言葉の意味を知る。自分は一度、手を離してしまったから。あと一歩が足りない。
お伽噺のように白馬の王子様が救ってくれるなんて限らないけれど。それでも。
(だから俺たちは夢が見たいのか、選択肢を否定したくないからこそ、そうなのか)
バレットが瞬きする一瞬、瞼の裏に先ほど去って行ったステラリアの後ろ姿が過ぎった。
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