siso_leonids
2020-07-27 00:10:58
3880文字
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金木犀の降る誰そ彼時

【グラ学】ステラリアのお話

 繊細な装飾が施された小さなガラス瓶。中で揺らめくは透明な液体。
『幸せな夢が見られる魔法の薬』
 疲れを取るための1種の睡眠薬だというそれは、身体に害は無いという。
 ただ幸せな夢を見ることが出来る。注意する点があるとすれば。幸せな夢を見続けている間は眠り続ける。それが、何時間になるのか、何日になるのかは、人によって変わるのでわからない。その副作用は、本人が目覚めたくないからか、はたまた別の要因なのか。それもわからないらしい。
 一応だが、目覚める為の薬も無いことは無いので、安全ではある、と説明しつつ譲ってくれた友人の試作品。
 材料となった花を提供したため、特別に手の中に収まったそれをじぃ、と見つめる。
「何してんですか?」
 顔を上げると銀色の髪の青年。天鵞絨色の瞳がこちらを見つめている。その脇にはにこりと、かわいらしい笑みを浮かべた夜明け色の瞳の少女。
「バレット先輩、レイス先輩」
「面白い物を持ってるね、ねぇバレット」
「んー?……って、何かわかってないだろ」
「ステラリア、なぁに?それ」
 息の合った掛け合いにぼんやりしかけた途端話を振られ、一瞬言葉に詰まる。
幸せな夢を見ることができる薬です」
「精神安定剤プラス睡眠薬的な?」
 レイスベトはきょとんとした顔で薬を見つめる。ふぅん、と言いながら見つめ、天気を聞くような気軽さで尋ねた。
「ということは、ステラリアは幸せな夢が見たいの?」
 投げかけられた純粋な疑問は、ステラリアの心に小さな波紋となって広がる。
……わからないんです。幸せな夢が見たいとは思うんですけど……
 幸せな夢を見ることが出来る薬。幸せな夢を見たいという思いがあったからこそ、自分は材料となる花を提供した。
 だから、見たいとは思う。でも、何かが引っかかっているのか喉から言葉が出ることはなく、ステラリアは言い淀んだ。
「ステラリアには、叶えたい夢があるの?」
……叶えたい夢……そうですね、姉さんが自由に生きて幸せになってほしいなって思います」
「そう、ステラリアはお姉さん思いだね」
 レイスベトはにこにこと笑いながらステラリアの頭を撫で、バレットはどこか複雑そうな表情でステラリアを見つめた。
「姉思いなんかじゃないですよ」
 ステラリアの言葉にレイスベトは一瞬目を見開くと、すぅっと目を細め、バレットは気まずそうに視線を少しだけ逸らした。
「オレは今まで恵まれて生きてきた。愛されて生きてきた。望まれて生きてきた。その立場にいた対価を払わなきゃいけない。一族に信じて託された願いの為に、この身を捧げないといけない。それがオレの責務だから。俺にはそれしか出来ないから」
 足の上で拳を作って、ぎゅうと握りしめる。そこにいつか芽吹く種が育って、足の内部を浸食し、やがて外側にも絡みついて、動かなくなる。それがステラリアの決められた未来。
 真っ当に能力を受け継いだだけにステラリアは生まれた時から、期待されていた。
 『商品』価値があるからこそ恵まれて、愛され、望まれた。それに報いる為に、外の見聞を広めて、そして一族の元に帰る。その未来を納得して受け入れた。
「でも、姉さんはそうじゃない。今まで色んなものに苛まれてきたし……、一族は姉さんに価値を見出そうとせず、ただ虐げて傷つけてきた」
 能力に欠陥があったから姉は両親に罵詈雑言を浴びせられ、虐げられてきた。でも、例え、姉の能力に欠陥が無かったとしてもその役割は今の姉には向かないだろう、とステラリアは思う。
 姉はどこまでも優しくて、きっと切り捨てられないから。狭い箱庭の中で潰れてしまうぐらいなら、一族を捨てて箱庭の外に出た方が、姉の幸せになれるはずだ。
 ステラリアの前で、ただにこやかに微笑む姉の姿。ステラリアは、その顔しか知らない。
 しかし、微笑みかける姉は知らないだろう。
 姉から才能や愛情を奪ったのは自分だ。
 姉から役割を奪ったのは、自分だ。
 自分が生まれなければ、姉はそこまで虐げられなかったかもしれない。
 姉から全てを奪い、姉の能力に欠陥があることに安心してしまう酷い弟。
 姉は知らないまま優しく微笑み、弟は素知らぬ顔で無邪気に笑うのだ。
「苛まれてきた分だけ幸せになって欲しい。このまま姉さんが傷つくだけのあんな家に帰ることなく、自由に幸せになって欲しい。姉さんには姉さんなりの価値……うぅん、外の人間なら魅力っていうのかな。良いところや美しさがあるから」
 外に出れば出るほど、色々な価値があると知れば知るほど、そう思ったのも本当だ。
……きっと俺も姉さんを傷つける要因だったし……姉さんから色んな物を奪ったのもオレなんです。要因のオレじゃ駄目だから、オレも色んなしがらみも忘れて、幸せになってほしい」
 何を言っても弟であるステラリアの言葉が、姉の心を救うことはなく、そして慰めになることも無い。届くことはなく、ただ花が散るようにこぼれ落ちていく。
 弟の自分が姉を救うことなど出来無いのだと、今の今まで、嫌と言うほど思い知らされている。
 周りの空気を読んで、上手く立ち回れば周囲は満足そうに笑みを浮かべるのに、たった1人の姉が本当に笑わせることは上手くいかない。
 自分じゃ駄目なんだ。他の、誰かじゃないと。そのことに気付いてからは、誰かがここから連れ出してくれないか、と毎晩祈った。
 そして、連れ出された先が、グラスター魔法学校。それなら次はきっと、姉を救い出してくれる王子様が来るんじゃ無いかと夢見て、ひたすら祈っている。それがお伽噺のような夢物語だと言われたとしても祈らずにはいられない。
「俺のことなんて気にしないで、素敵な人と出会って、恋をして、幸せになってほしい」
 口からでるお綺麗な大義名分を背負ってどこまでも酷くなれる弟なんだ。優しい姉には、酷い弟など不釣り合いだ。捨てていけばいい。
 元より一族の元に帰る些細な理由などなりたくはないし、姉が幸せになれない理由になんて一番なりたくない、とステラリアは言葉を零す。
「今だろうと、未来だろうと、その時、姉さんがどこに居ても健やかに生きていてくれるなら、オレが『オレ』として生きてきた意味があったと思えるし……オレはそれを希望として支えに生きていけるんです」
 他人に頼らなければならない自分の力不足と姉の能力に安心する自己嫌悪と姉を救うことが出来ない罪悪感。そんな感情の毒によってじわりと降り積もる苦痛が、ステラリアの奥底で存在を主張する。でも、その苦痛に耐えることが、姉の幸せに繋がると信じたかった。
 ステラリアの言葉は偽りでは無い。今も昔も、確かにそう思っている。
「でも、最近、少しだけ、思ってしまったんです。夢なら夢のままでもいいんじゃないかって」
 ふと、苦痛に耐えるのがしんどくなって生きることを止めたくなる。自分で背負った大義名分のくせに、どうしてそんなことを思うのか。そして疑問にまた、身体が重くなる。
 停滞することが、救いだなんて思わない。それでも、停まってしまいたくなる。動きたくないとしゃがみ込んでしまいたくなる。
 夢の中ならば、こんな苦痛などないのだろう。苦痛を感じないことは、救われていることと同じなんだろうか。疑問を繰り返しながら、苦痛を感じないことが、停まることが、抗いがたい救いのような気がして手を伸ばしたくなる。
 ぎゅう、と握れば、手の中でガラス瓶が存在を主張した。これは、きっと、自分を救ってくれるものなんじゃないかと赤い瞳が揺らめいて、ガラス瓶が反射した光だけを映した。
「ステラリア」
 バレットがステラリアを思考の海から引き摺り出す。言いづらそうに、バレットは口を開いて、固い声でステラリアに言葉をかけた。
「夢が幸せとは限らないんだ。幸せな夢だったとしても、それは実は悪夢かもしれない」
……、」
 息が詰まったステラリアの肩に手を置いてレイスベトが微笑みかける。
「他人の答えは、他人のものであって、他人が決める事よ。ステラリア、貴方が言うような幸せが、お姉さんにとって幸せだとは限らない。ステラリアが夢を見ている間、ずっと起きなかったら、お姉さんが幸せになれないかもしれないじゃない」
 レイスベトの言葉にステラリアが唇を噛みしめた。レイスベトはそっと手を離して、バレットに目配せした。
 バレットはがしがしと後ろ髪をかき回しながら、あーとかうーとか唸りながら、それでも気を遣っているのはわかるような声でステラリアに言葉を投げかける。
「まぁお前さんが決めることではあるっちゃあるが……、一人で抱え込むな、なんて言えた立場じゃないけど、話しておけばもっと簡単に解決に進んだかもしれないってことはある。もしくは、別の道もあるかもしれないんだ。話しやすい奴に相談するのもいいし。答えは出してやれそうもないが、俺たちも、いつでも話を聞くさ」
 バレットの言葉に、ステラリアの手に篭もっていた力が抜ける。ガラス瓶は手の中に収まったまま、水面を揺らしていた。
「ありがとう、ございます」
 ステラリアはへらりと、笑ってみせるが、すぐに表情が崩れそうになって思わず俯いてしまった。
……救いがどこにも無いことなんて、わかってたはずなのになぁ」
目を伏せてそう呟けば、頭と肩を暖かい掌が慰めるように撫でる。鼻の奥がツンとして、花がひとひらステラリアの足元に落ちていった。