らん
2024-11-11 19:32:11
6482文字
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恒星の果て

2024/12/15新刊のとみとがサンプル。獅子頭連多め
40P/正方形/疑似箔/おまけ本付き(文庫16P)/¥600予定



 風鈴とタイマンして、色んな意味で負けて、チーム内がおかしくなって、それでも残った皆でリスタートを決めてからいくらか経った頃。亀ちゃんが髪を切った。
 それはまだ新緑も青くなりきらないくらいの季節だったと思う。風鈴はみんな高校生らしいけれど、オレ達は高校に通っているメンバーの方が少ないから、集まるのも昼過ぎが多い。将来なんて知ったこっちゃないねって大人を笑い続けていたオレ達だから、風貌もどうだって良かった。
オレも亀ちゃんも見た目に対して頓着があまり無いから、髪を伸ばし始めた時の事は覚えていないし、結び始めたのもいつだったかオレには分からない。気づけば亀ちゃんの髪は長くて、柔らかい緑色もサングラスで見えなくなっていた。それくらいの認識。
 だからこそ、髪を切った事にこんなにも衝撃を受けるとは思っていなかった。
 伸ばしていた襟足の三つ編みは綺麗さっぱり無くなって、代わりに刈り上げている。すごく涼しげに見えて、よく分からない感情を隅に置くと、触ってみたくなったからしゃがんでもらった。
「撫でていい?」
 そう聞いたらビックリしてたけど、すぐにいいよって笑ってくれる。
 オレが両手を使っても全部覆えない後頭部に遠慮なく触れた。刈り上げ部分に触れるとさりさりしている。ちくちくしない。もう、どこにも縛るものがない。ああ、変わっちゃった。
 何が? なんだろう。考えるのはやめた。変えたのはどうせオレじゃないから。
 相変わらずだと皆は笑う。どこが? 分かんないや。こんなにも違うのに。
 一度壊れたものは同じ形に二度と戻らないって、皆は知らないのかなあ。同じように見えても、それはただの模倣だ。
さこっちゃんなら分かってくれると思うのに、肝心の本人は今日高校に通学中だ。あーあ、さこっちゃん、みんなに言ってやってよ。変わんないものなんか無いよ。



 まだ長いままのオレの髪を見て、亀ちゃんは言う。ライオンの立て髪みたいだねって。ねえ、ライオンの立て髪って見掛け倒しの虚勢なんだよ。本当に強いのはメスだもん。力だけが強くたってなんの意味も無いんだ。それをオレは、梅ちゃんから学んだ。
 孤高の存在って、昔思い描いてたよりダサいみたい。
 髪を切った亀ちゃんはまるで別人のように見えた。そもそもオレは後ろを振り向いた事なんてこの人生で数えるほどしか覚えてないんだけれども、その数度のうちのひとつで認識出来るほど、見知らぬ人がオレの後ろを歩いている気がした。
 サングラスは同じなのに、着ているジャケットだって変わらないのに、なんなら履いてる下駄も一緒なのに、髪が違うだけでこんなにも別人になることってあるのかな。
 昔の亀ちゃんも同じくらい髪が短かったけど、あの時は何も変わらなかったと思う。じゃあ何が違うって、オレがぶっ壊したんだった。
粉々になった砂みたいな破片を必死に拾い集めてた亀ちゃんに、水をかけて固めたら似た形に出来るよって教えた人が、今の亀ちゃんを作り直したんだと思う。
 それはあの風鈴の一年生の子で、亀ちゃんがふと話す人の中にその子の名前があるはずなのに、オレはもうすっかり忘れている。あの子、って呼ぶと亀ちゃんがいつも訂正してくれるから、覚えてなくても通じるのだ。
「ねえ亀ちゃん、あの子、一年生の強い子」
「桜だよ」
 いい加減覚えてあげなよお。笑う亀ちゃんの顔はやっぱり別人だ。そこでオレは気づいてしまった。そうか、オレは壊しただけで、結局亀ちゃんを救えなかったんだな。
 


 救えなかったと感傷に浸りそうになった事は目が覚めてから何度かある。でも、べつに救いたかったわけじゃないと今なら思う。
 オレがいなきゃだめだなんて傲慢で強欲で、けれど確かにそう思わせてくれた皆のことを守りたかった。それは本当。その守りたいと思う感情自体が傲慢だと言われたらそれまでだ。それを許してくれた皆が、オレを肯定してくれるだけで確かに幸せだったから。
 そうしてオレ達はこのコミュニティで生きてきて、この檻の居心地が好きで、だけど、井の中の蛙大海を知らずというようにオレもただの動物だったんだと気づかされただけ。
 亀ちゃんは俺を太陽だって言うけど、きっとそれは違うね。だって、その亀ちゃんもオレ以外に救われた。太陽に一番近いところを回る水星みたいなモノだ。一番近い人ほど干からびていく。「そんなこと言わないでよ」って亀ちゃんが悲しそうに笑うのも分かるから、言わないだけ。
 オレが助けたかったな。亀ちゃんのコト。それで笑ってほしかったんだ。ありがとうって。それだけで良かったはずなのに、オレと一緒に居て干からびちゃった亀ちゃんへ、今も何もあげられやしない。
 それなのに、救いたいと思っていたわけじゃないとは一体全体どういうことなのだ。納得してくれる人はきっと居ないだろうな。
 オレは亀ちゃんにとっての唯一になりたかったわけじゃない。ただ、亀ちゃんが誰かを選ぶならオレで在ってほしかった。それが正しい。
 数ある選択肢の中で最善を選ぶ結果がオレなら嬉しかったんだ。だから、オレと一緒に堕ちてきてくれたことも本当にしあわせだったよ。
誰も望まなかった結末だったけど、終わりまで一緒なんだって錯覚出来たから。



 亀ちゃんはよく笑うようになった。少し前までも常に笑っていたのは知っている。でも、あの頃とはすっかり違う笑顔だ。苦しませた元凶のオレにもその笑顔で目を合わせてくれるから、時たま「頑張らなくていいんだよ」って言いたくなる。
 頑張ってはいないんだろう。多分、亀ちゃんは今が一番自由なのだ。もしかしたら亀ちゃんが太陽になったのかもしれない。そしたら、オレは何になろうかな。惑星にはなれない気がしているし、月にでもなろうかな。兎は月に居るらしいし。
「今は亀ちゃんの方が太陽みたいだね」
 精一杯笑って言ったのに、亀ちゃんはいくらか考えてから目を伏せた。あ、オレが、また、亀ちゃんを苦しめる。
 何が正当なのか分からない。オレは梅ちゃんみたいになりたいのに、梅ちゃんみたいには中々なれない。自分勝手だからかな。我儘すぎるのかな。どうしたら、オレは皆の頭取で在れるんだろう。
「ちょーじ。オレは、お前とちゃんと隣に並びたいんだ」
 でも、やっぱりちょーじの一歩後ろを歩く方が好きなんだよ。
 切なそうに笑う亀ちゃんの言う事は抽象的すぎてよく理解できない。いつだって亀ちゃんは隣に居たよ。本当だよ。
 ただ、オレが置いてっただけなのに。


 
「十亀がスッキリしたせいか、お前の髪がモサく見える」
「えぇ〜」
 ありまがオレの伸び切った髪を何度も触って、ぐしゃぐしゃにする。パーマは伸びると確かにくるくるしすぎてモジャモジャだ。あんまり表情が見えないのが怖いと言われてしまうと、オレは何も言い返せない。
 ついこの間までこんな軽口を叩いてくれなかったから、こうしてまた気さくに話せることが嬉しくて、亀ちゃんから貰ったラムネを飲みながら皆と駄弁る時間が改めて好きになった。
 オシャレに敏感なありまは翌日すぐにヘアセットのあれそれを持ってきてくれて、前の亀ちゃんみたいに三つ編みにしてくれたり、ハーフアップだったり、ひとつ結びにもしてくれる。あーでもない、こーでもない、皆がオレを見て悩むなか、亀ちゃんはずっと笑ってた。
「ちょーじはなんでも似合うねぇ」
「そお? オレは頭取らしいやつだったらなんでもいーよ!」
「頭取らしいスタイルってなんだよ……今までも無かったろ……
 いっそ編み込んでやろうかと悩み出したありまが、そこからオレの髪に触れる事は無かった。
「ありま?」
 呼んで振り返ると、ありまは驚いて口を開けている。一体どうしたんだろう。ざわつく皆の視線を集める先にオレも目をやれば、そこにはさこっちゃんが居た。相変わらずぶすっとした表情をしているけど、昔ほど鬱屈そうでもない。強いて言えば、キラキラの金髪ではなくなっていた。
「佐狐さんが黒髪だーっ!」
 ワンコがキャンキャン嬉しそうに吠えている。オレとお揃いだなんだとさこっちゃんについて回って、ウザいって煙たがれている姿が面白い。
 さこっちゃんも変わるんだなあ。もしかして、立ち止まっているのはオレだけなのかなあ。変わらないものなんか無いって知ってるのに、前に踏み出せていないのは、本当にオレだけなのかもしれない。
「ありまー」
「あ、あぁ、悪ィ。黒髪の佐狐見んの久々すぎて」
「何色でもさこっちゃんじゃん?」
 心境が外見に出るというのなら、変えられないオレは本当に停滞している事になってしまうから。
そんな事実に触れたくなくて、強がりみたいな何かをこぼした。

(中略)

…………オレ、このチーム、嫌いじゃないですよ」
 意外な本音を聞けるまで、オレの顔は確かに真剣だったはずだ。
 オレは思わず口をぽかんと開けて、腕を振ったらコーラが小さな飲み口からたくさん溢れた。手がカラメルに包まれる。持っていたハンカチを手渡してくれるさこっちゃんはやっぱり律儀でイイ奴で、だからこそオレは心配してしまう。
「感情を優先しなくていいの? らぎちゃんとまた一緒に過ごすとかさ」
「それはないですね。――うちって、良くも悪くも放任じゃないですか。力の絶対信仰ってシンプルで、楽なので」
 難しく物事を考えずに済む。
 どうにも考えすぎるきらいがあるから、此処にいると単純で気楽なんだとさこっちゃんは初めて見る顔で言ってのけた。うっすら笑ってるような、そんな顔。
なんてことだ、オレのチームはオレが頭取になってからどうやら単純だと思われているらしい。
 そうか、そんな考えもあるんだね。呆けたオレの口はやっぱり塞がらないけど、音はもう出ない。代わりにさこっちゃんが喋ってくれた。
……オレが後悔するとか、考えてます?」
 こうかい。後悔? 繰り返したオレに、さこっちゃんはふうと息を吐く。
「鹿沼さんに聞きました。よく分からない面談があるって」
「え、なに、オレはただ話したかっただけなのに、面談だと思われてんの?」
「奇襲するからですよ」
「攻撃じゃないんだけどー!」
 ということは、ラムネを渡してきた亀ちゃんも面談だと思ってるのかもしれない。頭取の悪ノリに付き合わせる御駄賃ってコト? 失礼しちゃうなあ。

(中略)

  呼ばれても起き上がらないオレを見兼ねたのか、亀ちゃんが壇上まで上ってきてくれた。浴びるスポットライトの眩しさを遮るものがないせいか、亀ちゃんはほんの少しだけ眩しそうにした後、オレの顔にその大きな背で影を作ってくれる。
「オレとはいつ面談するのぉ?」
「亀ちゃんまで……オレ、ただ皆と喋りたかっただけだよ」
「分かってるよ。みんな、ちょーじと気さくに喋れて嬉しいから照れ隠ししてるんだ」
 へらりと話す亀ちゃんの顔は優しい。オレは体を起こさないまま続けた。
「オレのやってることって頭取として正解なのかな。オレ、梅ちゃんみたいになりたいけど、『梅宮一』に成り代わりたいわけじゃないよ。でも、……なんだか最近のオレは、オレじゃないみたいに見えない?」
……見えないよ。オレは、昔のちょーじみたいなのに、新しいちょーじだなあって思う」
「亀ちゃんみたいにちゃんと変われてる?」
「『ちゃんと』の基準は分からないし、オレがどのくらい変われてるかも分からないけどね……でも、やり直そうって決めた日からオレ達は変わらなきゃって思ったし、変わりたいって願ったし、……それこそ、ちゃんと進めてるんじゃないかなぁ。それに、別に変わらなくてもいいとも思ってるけど」
 思わず口をあんぐり開けて上体を起こした。やり直したいって、変わらなきゃいけないことだとばかりオレは思っていたんだ。それなのに、亀ちゃんがそんな事を言うから、なんだか肩透かしを食らった気分だった。
 オレの気持ちが手に取るように分かるのか、亀ちゃんはずっと笑っている。
「ちょーじのやりたいようにやろうよ。オレはそれを尊重したい」
……でも、でもさあ、オレ、やりたいようにやって一度失敗してるし……
 みんなを置いてけぼりにして、独りで強くなれる気がしていて、オレについてこれないような弱いヤツは要らないって思い込んでた。みんなのせいでオレは自由になれないし、楽しくもないっていじけて、他責で生きてた。
 獅子頭連は力の絶対信仰だ。それでも、チームに入った頃のオレは強さや弱さが全ての基準じゃなかった気がする。
 この世は何もかもがグラデーションで出来ている。強さの中には色んな強さがあるって、あの頃のオレは知らなかった。そのまま頭取になっちゃったもんだから、亀ちゃんをはじめとした皆にあんなに迷惑をかけたのだ。
 言い淀んだオレを前に、亀ちゃんはなんとも言えないような笑顔をしていた。どこか懐かしんでいるような、少しだけ哀しんでるような、それでいて、前よりも柔らかい。
「それじゃあ、ちょーじ、頭取やめる?」

(中略)

 オレの前に立ったまま亀ちゃんは首を傾げた。ああ、こうするとオレと亀ちゃんの身長がようやく同じくらいになるね。少し前まで全然見上げもしてなかったな。だからカラーグラスを掛けた亀ちゃんの顔、全然覚えてないんだ。
 あの頃のオレはただずっと前しか見てなかったな。もう此処が頂点だって、檻の中の天井を空だと誤認してたから。自由を誤解して、勝手に閉じこもってたな。あの虚しさに浸って、みんなを巻き込んで。 
「ねえ亀ちゃん」
「なーに」
「もしオレとあの子が崖から落ちそうになってたら、亀ちゃんはどっちを助ける?」
 とてつもなく唐突な質問だった。自分でも突然だと思う。それでも、一度聞いてみたかった。
 試すようなコトを聞いてごめんね。この答えはどっちだったとしても、今のオレなら受け入れられるような気がして、このわけのわからない足踏みを終えたくて、突き刺してほしかった。
 とにかく、オレはとても真剣だ。ねえ亀ちゃん、どっちを選ぶ?
 雄ライオンは子ライオンに試練を与えるらしい。ライオンのたてがみを持つオレが落ちるなんて不思議だし、きっとオレもあの子も崖から落ちるほど間抜けじゃないけど、まあそれは置いておこう。
「なぁにそれ。なぞなぞ? それとも心理テスト?」
 案の定亀ちゃんも何かの例え話だと思ったようで、少しだけ表情に柔さが混じる。
「真面目な話!」
「そっかあ」
 くすくす笑った亀ちゃんは、ひとしきり笑い終えると即答した。

(中略)

 「全然短くていいよ! なんならボーズでも」
 それは却下。ありまに即答されて、そこからは早かった。ハサミは亀ちゃんからありまに移って、髪の上を滑るように小気味よく動く感覚と音が響く。オレと目が合うように前へ回ってきた亀ちゃんはなんだか嬉しそうだ。
「ちょーじはなんでも似合うねぇ」
「やっぱそう思う? ボーズもイケると思うんだけど」
「大将がチビでハゲなのオレは嫌だからな」
「世界のチビとハゲの人に謝って!」
「もおぉ喋ってると絶対手元狂うって! ちゃんと切ってあげてよ!」 
 ぬまちゃんのその一声が効いたのか、以降ありまは真剣にオレの髪を整えてくれる。前髪を切る時、目を閉じると暗闇の中でいろんなものが再生された。こんな穏やかさを感じるのはいつぶりだろう? いつから遠ざけてしまってたんだろう。忘れたわけじゃないのに、違うんだって決めつけてたな。
 違ったっていいのに。型に嵌められることを疎んでこの自由な道を選んだんだ。学が無くたっていいやって、今が楽しいことが一番だって、そんな自分の考えに後悔したくない。後悔しても、やり直せるって笑いたい。許されるって今は信じていたい。

 続く