来羅
2024-11-11 13:58:33
1307文字
Public 職ボル
 

Don’t say ……(職ボル)

マッカランのCMの職人さんと「遥か群衆を離れて」のボールドウッドさん。職人さんにはまだ名前がない。

 目を引いたのは、その端正な顔立ちというわけではなかった。
 彼の、その憂いを帯びたヘーゼルの瞳。
「あ、…………
 思わず手が伸びたといったボールドウッドの狼狽に揺れる瞳に、息を呑む己の姿が映っている。
 ランプの照らす灯りのせいか、今夜は赤みの強いライトブラウンがちらちらとグリーンにもブルーにも色を変えた。
 この瞳がいけない。
 彼がここを訪れるようになってから、否、彼と初めて会った品評会のあのときから、おそらくは。
 気づいたときにはもう、どうしようもないほどに、この瞳に囚われていた。
……ボールドウッドさん、」
「っ、いや、ああ、すまない、なんでもないんだ」
 掴んだ袖を慌てて離し、ボールドウッドが口元を覆う。その指の隙間から震える唇が、確かに己の名前を形作ったのが見えた。
 彼に何があったのかは詳細は知らない。本人が気にしていることを根掘り葉掘り聞くつもりもない。けれども口さがない噂というのはどこにでもあって、この誠実で優しい人がどうやら服役していたらしいことは事実らしかった。
 人を殺したらしい、と。
 見かけによらないと大袈裟に体を震わせ笑う仲間たちの輪から離れて顔を顰めたのは最近のことだ。
 人を殺したらしい。服役していたらしい。
 まさかと思うが、ボールドウッドが人目を気にするのも、人と深く関わりを持たないようにしていることも確かだった。その中で、このちっぽけな存在はどれだけ彼の心を占めているのだろう。そんなことの方が気になって、だから、それがもう答えのような気がする。
 困惑気味に、それでもなんとか笑みを取り繕おうとするボールドウッドが視線を逸らす。瞳が伏せられる。昏いアンバーだ。
 だからそれは一瞬のことだった。
 腹の奥からぶわりと湧き出したこの感情をなんと呼べばいいのだろう。焦燥か。激情か。憤怒か。哀願か。
「────っ」
 行き場を失って膝に落とされた手を掴んで引っぱる。突然のことに呆気なく腕の中に倒れてきた体を抱き留めて、その背に回した手で強く抱き寄せた。
……ボールドウッドさん」
 乾いた麦の香り。そこに嗅ぎ慣れたスコッチのスモーキーな匂いが混じる。
 躊躇うように触れる手が背に縋った。吐き出す息が震えている。
「こんなことは、」
「わかってます。許されない」
 見つかれば懲役を受けることは確実で、すでに一度犯罪者のレッテルを貼られたボールドウッドはさらに重い罰を受けるかもしれない。
 許されることじゃない。わかっている。
 わかってはいたが、それでも抱きしめる腕に力を込めた。首を覆う柔らかなスカーフに鼻先を埋め、深く吸い込む。その布一枚すら奪い取ってしまいたくなる衝動を何度となく呑み込んだ。
 ドクドクと早鐘を打つ鼓動が互いの体から響き合わさって重奏を奏でる。騒つく心とは裏腹にその音はどこか心地良い。
 温かな体。いつだってどこか陰りを滲ませ、儚く笑みを浮かべる人がこの腕の中にいる。
 許されない。
 ゆるされない。
「ボールドウッドさん……
 その先は言葉にしてはいけない。
 奥歯を噛み締め、ただただ抱きしめ続けた。