昔々、村や都に度々現れては悪さばかりする恐ろしい鬼が居ました。困り果てた人々は鬼を退治しようとしましたが、どれも上手く行きません。ある日、一人の女将が鬼退治に名を上げました。そうして数名の供を着け女将は鬼の住む山へ向かいます。鬼は女将を一目で気に入り、こう言いました。お前が俺の妻になるなら人に手出しはしない。女将はこの言葉に怒り、刀を抜きましたが終ぞ鬼にその刃が触れることはありませんでした。そうして幾日か経った時、貴族の娘が鬼に狙われました。女将の件を聞いた貴族は必死で頭を下げます。今まで浚われた女はどれも死んでしまった、だが妻として向かえると言うのならあなたはきっと大丈夫。女将の主も言います。輿入れの振りをして首を取れ。女将は渋々承諾し鬼の妻となりました。それからと云うもの、人里に鬼は一度も下りて来ることはありませんでした。めでたしめでたし。
【鬼の妻となった女将は毎日の様に鬼の首を狙いましたがどれも軽くかわされてしまいます。鬼は女将の刃を笑って除けると強く抱きしめ、言いました。お前が俺の首を落とすと俺がお前の心を落とすとどちらが早いか見物よな。恐ろしい鬼は女将の前ではただの悪戯好きの青年で有るように見えました。鋭い爪も剛腕も牙もそのどれもが女将を傷付ける事はありません。女将は鬼の霊力でとても長生きしました、ですが人は人。床に伏せる女の隣で鬼は背を丸め、浅く息をする女の顔を覗き込みます。まだ心を貰っていない。俺の首も此処にある、何時もの威勢はどうした。女は笑います。わからないかい?女は大きく咳き込み、じゃあ首は後で貰いに来るよ。そう言って静かになりました。】
女が居なくなり鬼はまた人里へ下り、悪さをするようになりました。一体どれだけの月日が流れたか、鬼の元へ一人の若い将が退治にやってきました。数名の供を連れた将は勇猛果敢に鬼へと立ち向かいます。しかし、鬼は強く。ただただ疲弊していく将達。鬼は何時もどこか遠くを見ていました。目の前の若い将など全く見ていません。相打ち覚悟で放った切っ先が鬼の首を掠め、巻かれていた古い紐が切れて落ちました。鬼の目が若い将へと向けられます。するとどうでしょう。鬼はその場でぴたりと止まり、将をじっと見つめるではありませんか。好機とばかりに若い将は鬼の胸へと刃を突き立てました。こうして鬼は退治され人々は平和に暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
【刃を突き立てる瞬間、青年は鬼の声を聞きました。何だ、そこに居ったか。恐ろしい爪が一瞬頬を撫でた気がしました。青年の体は傷だらけでしたが、その頬にはひっかき傷一つ無かったそうです。】
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