su7ga0
2024-11-10 23:15:57
5932文字
Public 孫さに
 

choke chain vol.1

首輪(物理)を付けてくれと審神者を強請る孫六さんの孫/さ/にです。続きます。




 レベルのカウントがストップしたから、お祝いに何か一つ希望を聞いてあげるよ、と孫六へ言うと、彼は、何とも例えようのない渋い表情になった。
 そして、私の言葉を噛み締めるような間を持ったのち、しょぼくれた様子で肩を落としたのだ。
「なんだ、意外と早かったな。俺はてっきり——
 孫六がこぼした独り言の続きは、気の抜けたため息と共に消えていった。だが、彼が何と言いたかったのかは大体分かる。執務室へ呼ばれたことで、何か喫緊の出陣の打診でも、と期待していたのだろう。あいにくだが、その期待に添うことはできそうにない。
……力量が上限に達した奴はさ、遠征か内番に回るんだろ?」
「うん、そうだね……
 孫六は再度ため息を吐いた。へな、と落ちた太い肩から、襟巻きがずれて落ちそうな幻覚すら見える。
 ソファーに座る孫六は、大柄の体をしおしおと曲げて意気消沈していった。物静かに読書をし、美味い物に目がない男ではあるが、やはり本性はどこまでも刃物なのだと私はしみじみ再確認した。現に、希望をひとつ叶えてやるという、私の言葉が響いた様子は微塵もない。
 彼から確認されたとおり、この本丸はレベルが上限に達した刀の出陣を抑え、後進の刀へ出番を譲る仕組みをとっている。しかし、こちらも、「戦場に出て敵を斬ることこそが己の本分」と強く自認しているタイプの刀が、出陣の機会が無くなると猛烈な不満を抱くということは理解している。孫六の日頃の言動から推測するに、彼もこのタイプに当てはまるだろう。こういった刀へのこちらからの提案として、できる限りではあるが、戦闘に出られる機会が巡ってくるように調整をしている。それだけで納得してもらえなければ、演練への出陣枠を、希望者内で行われる手合わせで勝ち取ってもらうしかない。
 それに、いつになるかはまだ全く分からないが、政府内で調整が取れて許可が降りれば、孫六が修行へ赴く日も来るだろう。そうなれば、今までよりもキリキリと働いてもらうことは必定だ。その日まで、刀にとっては束の間の休息を大いに楽しんでほしい。とりあえず一旦お疲れさま——という旨を説明すれば、目の前の黒い刀は「ふぅん」と唇を尖らせ、ひとまずは納得した顔をし、薄布で覆われた方の指で顎をさすった。
「分かったよ。それじゃあ遠慮なくお願いしようかな」
「何か希望はある? 何でも言ってよ」
「えーと、そうだな。俺がここに来た時、主人が初めて作ってくれた料理が食いたい」
「料理?」
「殊更寒い日があってさ。ほら、夜戦から帰って来た時に、夜食で出してくれたやつ。あれは嬉しかったなあ。もう一度食べたい」
「去年か……ちょっと覚えてないな。どんなのだっけ……
「あー……確かクリームぽくて、野菜と肉が入ってたな」
「料理の名前は?」
「洋食の名前はなかなか覚えきれなくてな」
 孫六は考え込むように目を閉じた。そのまま思案するように黙り込んでしまう。
 私も頭の中で、孫六の言う料理のおおよその検討を付けながら、去年の記憶を掘り起こした。時間に余裕がある時は、夜に帰還する刀たちを労うために夜食を作っているのだが、有り合わせの材料を使っての思いつき料理が多い。そのため、名前も付かないような品を出すこともある。しかし、寒い日に作るクリーム系の料理で、肉と野菜が入っているものといえば、選択肢はそれほど多くない気がした。私は口を開く。
「なんだろう、シチューかな」
 私の言葉を合図にしたように、孫六は片目だけをぱちりと開けて、にやりと笑った。
「主人がそう思うんなら、それかもな」
 ——孫六とそんなやり取りをしたのちの、後日の夕食どきのことだ。
 私は彼を自室へ招き、要望に応えてクリームシチューを作って出した。
 孫六はとても喜んでシチューを平らげた。おかわりを数回して、山盛りに用意した付け合わせのサラダとパンも綺麗に完食し、大変満足してくれたようだったのだが。
「これじゃないんだよなぁ」
 と、食後に出したデザートのアイスを食べている最中に、信じられないことを呟いた。
 目を丸くする私へ、孫六は記憶を振り返るように目を細めて唸った。唸りつつも、アイスを掬う匙は止まらない。
「野菜と肉が入ってて、クリームぽいけど、なんかこう、もっと食べ応えのある料理だった」
「えぇー……?」
 今度は私が肩を落とす番だった。これではシチューの食わせ損ではないか。私の様子を見た孫六は、うん、とひとり頷き、口を開く。
「よし、じゃあお願いを変更しようか」
……そうしてもらえると助かる」
「ならば、主人。俺に首輪を付けてくれ」
……はい?」
「だから、首輪を付けてくれと言っているんだ。この首に、主人の選んだ首輪が欲しい」
 
***

「次、俺が訪うまでに、似合いそうだと思う首輪を準備しておいてほしい。きちんと、俺が付けられる大きさで。そこだけは頼む。俺は、主人が選んだ物なら何でも嬉しいよ。ああ、でも、あんまり可愛いのはちょっと困るかな……どうしても、って言うなら構わないけどさ。他の奴に相談なんてせずに、ちゃんと主人が自分で考えて選んでくれよ? 主人がどんな首輪を選んでくれるのか、楽しみにしてるから」
 あの日、シチューを平らげた孫六は、再び部屋を訪うと言い残し、呆然とするしかできない私を置いて去っていった。
 それにしても、孫六は、なぜこのようなことを頼んできたのだろう。
 首輪が欲しいだなんて、まるで私に所有されることを願うかのようではないか。いや、孫六の本性は刀なので、所有されたいという思いはあるものだろう。しかしその願いの発露の仕方がどう考えてみてもおかしい。それに首輪など付けずとも、この本丸に降りた時点で、孫六が私の持ち物という事実は決定しているのだ。もしかすると、孫六は、見た目にも分かり易い証を望んでいるのだろうか……もしもそうだったら、首輪ではなく、私の本丸のナンバーを本体へ書いてあげるのでは駄目だろうか……
 孫六が、「首輪が欲しい」と言い残して部屋を去ってから、数週間が経過していた。
 私は、あの日、彼へシチューを振る舞ったテーブルにつき、とめどなくあふれる思考をまとめようとしている。あれから私は、孫六は何故首輪を欲しがるのかという疑問を払拭することができず、思考に余白ができるたびに、彼と首輪のことばかりを考えては悶々としていた。……今日などは特に、仕事をしていても身が入らず、近侍を勤める刀が怪訝そうな顔をしていた。
 ——俺に首輪をつけてくれと言う孫六との、約束の日が今日なのだ。
 一日の業務を終え、自室の時計はそろそろ孫六との約束の時間を示そうとしていた。あと少しで孫六がやって来ると思うと、正体の分からないプレッシャーを感じて背筋 せすじが粟立つ。
 孫六はどうして首輪を欲しがったのだろう。いくら考えても答えは出てこない。答えなど出てくるはずがないのに、頭の中ではずっと首輪に対しての疑問が駆け巡っている。ひょっとすると、「首輪」というのは私の聞き間違いで、孫六が望んだ物は何か別の物だったのかもしれない。そうであってほしい。
 私は憔悴した心地でテーブルの上の紙袋を見つめた。紙袋の中には、孫六が所望したとおり、私が彼に似合いそうだと自分で考えて購入した首輪が入っている。ちなみに、選んだ首輪は超大型犬用である。
 あの日、孫六が部屋を去った後、私は、彼が首輪を欲しがる理由がよく分からないまま、とりあえずは約束の日までに用意をしなければと、焦って私用の端末を操作し、首輪を探した。布製の柔らかなもの、チャームの付いた愛らしいもの、本革製、有名ブランドのもの、七色に光る夜の散歩用……端末が画面に映すどの首輪も、孫六へ付けることを考えると、あまりしっくりと当てはまらないように思えた。
 皮や布製のものでは、きっと、戦闘に出た際にすぐ破れてしまうだろう。同じ理由で、綺羅 きらめかしいチャームは孫六にとって邪魔になるはずだ。彼自身が最上のブランドなのだから、銘柄品を付けることは避けたい。七色に光らせることには少々興味が湧いたが、やはり絵面を考えると厳しいだろう。
 瞬きも忘れて端末を凝視するうち、私は、彼が付けるのならば、あの容姿に溶け込んで馴染むものでなければ……と考えだしていることに気が付き、ぞっとして検索する手を止めた。孫六は、私の与えた肉の身を持つとはいえ、精神は付喪神である。人間の始めた戦争のために降ろされた刀の神様。そんな存在へ、自分の意に従わせるような印を付けて良いものだろうか——いや、駄目だろう。
 端末で首話を探した翌日、私は孫六へ話をつけに行くことにした。やはり首輪は駄目だ。倫理的にも、見た目にも、私の精神衛生にも良くない。金一封を渡すから、この話はこれで終わりにしてほしい。そんな話をする心積りで、私は、当番を終えてちょうど昼休憩へ入る孫六へ声をかけた。
 しかし。
「やあ主人。良い首輪は見つかったか?」
 笑顔で手を上げた孫六の大きな声に、彼の近くにいた古今伝授の太刀が、不思議そうな眼差しをして静かに振り返った。私は慌てて、ひらひらと揺れる彼の内番着の左袖を掴み、紅葉 こうように赤く染まるナンキンハゼの元へと引きずった。必死な私と違い、孫六は呑気そうに木を眺めていた。
「お、下からみると、陽に透けて格別に綺麗だな。畑仕事をしながら、この木の紅葉はひときわ見事だと思っていたんだよ。主人、俺と一緒に少し眺めていこう」
「うん……それよりも、あの、例のお願いの件なんだけどね……やっぱり」
 私は孫六を上目で見遣り、心の中に準備してきた提案を打ち明けようとした。
 しかし、私が口を開いた途端、孫六の表情から、溶け消えるように感情が霧散した。
……何だ? 今更になって、やっぱり止めたい、は無しだからな」
 怒気を孕んではいないが、平坦で腹に響く、温度の無い声で孫六は言った。
 浅葱色の鮮やかな瞳は何の心の動きも見せず、逆にこちらの胸の内を探るかのように冷たく私を刺した。敵を斬る時とも、真剣に本を読んでいる時とも明らかに違う、孫六の無表情な顔は恐ろしかった。
 全く感情の読み取れない孫六から見下ろされ、私は動けなくなってしまった。
 どこからか、風が細く鳴る音がしたかと思ったが、その音は、私の喉がか細く呼吸を紡ぐ情けない音だった。
……ち、ちが……あの……やっぱり考えるのが難しいから、孫六の、好みを、聞こうと思って……
 恐怖のあまり、考えてきた内容とは全く別の言葉を咄嗟に口走ってしまった私は、自分の言葉に動揺し、敗北を悟った。あの時の孫六は、「首輪を付けるのはやはり無理があるから、金一封で我慢してほしい」などと言い出したら、どうなってしまうかわからない空気を漂わせていた。不穏さを乗り越えて彼と交渉する度胸は、私には備わっていなかった。
 私の偽りの言葉を聞いた孫六は、氷が真夏の日差しに熱されるように表情を取り戻し、快活に笑って私の背を軽く叩いた。
「何だよ。言ったじゃないか。俺は、主人が選んでくれたら何でもいいって」
 孫六は機嫌良く言い放ったあと、長身の身を屈め、私の耳元に唇を寄せてきた。
 長くて張りのある真っ直ぐな黒髪が頬に触れ、大浴場の備え付けのシャンプーの香りと、男の人の汗の匂いがしたかと思うと、孫六は、楽しそうな声で囁いた。
「俺はね、主人が、俺を思って選んでくれた首輪が欲しいんだよ……俺は、今生のこの身が有る限り、この人間の忠犬として働こうって心に誓っているからさ」
 ——忠犬。
 犬とは一体どういうことだろう。孫六は、己のことを「犬」と自認しているから、首輪が欲しいのだろうか。そんなバカな……
 私はもう、理解が追いつかなくなっていた。この時、孫六を見上げた私の眼差しは、胡乱なものだったと思う。孫六は私の顔を覗き込み、続けて言った。
「俺は、主人の命令ならどんな敵でも斬るし、汚れ仕事も喜んでやるよ……だから、そのかわり、しっかり首輪を付けて綱も ゆわえて、俺がやり過ぎた振る舞いをしないか見張っていてほしい。言う事を聞け、飼い主に従え、犬の分際で主の手を噛む真似はするな……そういう気概を持って、お利口さんに頑張る俺の たがが外れないように、厳しく躾けてくれ。もし、俺が我を忘れて命令に背く事があったら、容赦なく蹴り飛ばして、捩じ伏せてくれて構わない。どんな首輪を付けてもらえるか、楽しみにしてるよ……主人」
 孫六は、放った言葉の物騒さとは真逆に、とても嬉しそうな表情で微笑んだ。にっこりとんで持ち上がった頬は、精悍さの中に愛嬌がある。
 思えば、何かを企んだ風に笑うことの多い彼の、穏やかな微笑みを初めて見た気がする。しかし、よく見つめ返せば、孫六の瞳は妖しく発光しそうな気配を秘めていた。彼の浅葱色の瞳は危うい歓びに満ちていて、紅く色付いて燃えるようなハゼの木の下で、青い灯が揺らめいている幻覚が見えた。
 それからどうやって母屋へ戻ったのかはよく覚えていない。私の肩を抱いて陽に透ける紅葉を眺め、ああだこうだと楽しそうに何かを語る孫六の声を聞いたような気もするし、ふらふらと一人でハゼの木の下から帰路を歩んだような気もする。
 ——かくして、私は孫六を説得することを諦め、彼の要望を呑むことにしたのだ。
 しかし、孫六から改めて話を聞いた後も、彼は何故首輪を求めているのか? という疑問が完全に払拭できたわけではなかった。
 首輪を求める孫六の言い分はまあまあ分かったが、「首輪」というのは概念の話ではないのか。孫六が言ったことは、自分の行動が行き過ぎないよう私に見張っていてほしいという、例え話のようなものだったのでは。孫六は、所有されていることを示す物理的な証を、本当に欲しがっているのだろうか。こんなに悩むことになるならば、あの日食わせたシチューを返してほしかった。
 ——私は、ハゼの木の下で聞いた孫六の言葉を思い返しつつ、首輪の入った紙袋を前に、孫六の来訪を待っている。
 約束の時間から、三分ほどが過ぎていた。
 このまま孫六が来ること無く、何も起こらないまま明日になってほしい……という願いは、「主人」と、部屋の扉の外から微かに聞こえた声に掻き消された。
 私は立ち上がり、扉を開ける。
 扉を開けた先には、薄暗い廊下に溶け込むように、孫六が立っていた。