椎那わたる
2022-05-15 15:27:47
3092文字
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慢心相衣

蒼月さん、お誕生日おめでとうございます!!
リクエストのあった忘羨入れ替わりIF小説です。CQL基準!!
タイトルは「まんしんそうい」と読みます。
多大な捏造を含みますので自己責任でお読みください。

 姑蘇藍氏の二若君は、兄とあまり似ていない。
 そんな下らない噂が広まったのは、彼が雅正とは真反対の生き方をしてきたからに過ぎなかった。叔父の目を盗んでは静室を抜け出して裏山に登り、うさぎを追いかけたり川で魚を掴まえている。冷泉で水遊びをし、蔵書閣で水墨画を殴り書きしたこともあった。言わば天真爛漫、破天荒、厚顔無恥と姑蘇藍氏の名に傷がつく印象ばかりだ。
 そんな年の離れた弟を、兄である沢蕪君は大層可愛がっていた。
「あにうえ、可愛いうさぎです!」と言いながら掴まえてきた時は流石に度肝を抜かれたが、その快活さには笑みを浮かべていた。そんな子供らしさが彼には必要なのだと、幾多もの師弟や客人に説き伏せている。次代の姑蘇藍氏を担うのは彼のような新しい者なのだとも。
 だがしかし、そんな彼は藍の姓を名乗ることを赦されなかった。彼は本来、藍忘機と名乗るべきであった少年なのだ。しかし、本名は「魏無羨」である。
 彼の母は蔵色散人と呼ばれる、名のある女修師であった。同じく修師である魏長沢との間に身篭り、やがて魏無羨を生んだ。しかし生まれたばかりの魏無羨を残し、両親は他界してしまう。生前、赤子を抱えた蔵色散人は姑蘇の山奥で隔離されていた本来の藍忘機の母に子を託し、夫と共に山の中へ消えていった。その後夫妻は夜狩りの際に致命傷を負い、命を落としたとされている。子を託された藍忘機の母は秘密裡に赤子二人を育てていたが、藍啓仁に見つかり引き離されてしまい、本来の息子である藍忘機は取り違えて里子に出されてしまった。当時瓜二つだった赤子の片方が蔵色散人の子だと知った藍啓仁は激昂し、「魏無羨」を彼の両親が懇意にしていた雲夢江氏に送り付けたのだ。
 だが、それがそもそもの間違いだった。

「あにうえ!おはようございます!」
「おはよう、阿湛」
「今日は何をなさいますか!」

 好奇心旺盛な「藍忘機」として育てられた彼は、紛れもなく蔵色散人と魏長沢の子、魏無羨であった。育つにつれて目鼻立ちがはっきりしてくると、兄である藍曦臣との違いがあからさまになった。性格、行動、落ち着きのなさは藍家のものにはまったく無いもので、幼い頃から家規を覚えさせられたとは言えない育ち方をした。兄である藍曦臣の後ろを付いて回り、屋敷の中を探検しては藍啓仁に怒られる。しかしまったく懲りずに自由気ままな日常を繰り返していた。それでも母に会えない寂しさは募り、藍家の余所余所しさも相まって次第に彼を孤独の縁に追いやってしまった。

 一方、雲夢江氏にほぼ一方的に育てられた「魏無羨」、本来の藍忘機はと言うと。

阿羨、何故阿澄と喧嘩ばかりするの?」
「兄弟でない者と馴れ馴れしくするのは肌に合わぬ」
……っ、魏無羨!貴様!」

 元より雲夢江氏の嫡男、江晩吟とはどうしても反りが合わず、喧嘩ばかり繰り返していた。最も藍忘機は江晩吟に取り合わず、無視を決め込むばかりだ。義姉である江厭離には少しばかり心を開いていたが、常に彼は蓮花塢で孤独だった。実の母に会うことも、本来ならもっと静かな場所で生きていたかったと言う願望も叶える事が出来ず、街に出ては酒を呷り、寂しさを花街で埋めようとした。しかし、それも叶わなかった。
 雲夢江氏には居ない、ある種”特別”な美貌を持つ彼は常に羨望の的であったが、彼を取り合う女たちが耐えなかった。それによって藍忘機の周りには絶えず争いが起こり、街の者にまで危害が及んでしまう。女たちの醜い争いに嫌気が差した藍忘機は街に行くことも億劫になり、蓮花塢の自室に篭りがちになった。

 そんな生まれも育ちも取り違えられた二人が、運命の邂逅を果たす。
 転機は藍忘機が、江晩吟・江厭離と共に雲深不知処への座学行きが決まった時であった。


×   ×   ×


「通行証を忘れただと?」

 彩衣鎮に着いて早々、遭遇してしまった災難。それにより三人は雲深不知処内へ踏み入れることができず、門前払いを喰らってしまった。たまたま通り掛かった姑蘇藍氏の二若君が心配して三人に話し掛けたのだが、連れ立って歩いていた門弟に呼ばれ申し訳なさそうに去ってしまった。元凶だと決めつけた江晩吟が藍忘機に掴みかかるも、彼は意図も容易く振り解き薄ら笑いを浮かべる。黒衣の裾と、紅い髪紐が風に揺れた。

私が取りに行ってくる。それまでは門前で待っていればいい。義姉上、行ってまいります」
っ、おい、お前!」
「阿澄、今は彼に任せましょう」

 その後、こっそり戻ってきた二若君の取り計らいで二人は雲深不知処内に入ることができたのだが、もう一人いた筈だと問う二若君に事情を説明しつつ、もしかしたら彼は戻らないかも知れない、と江晩吟が嘯く。
 今頃彩衣鎮で酒を買い、遊びまわっているのだろう。何を考えているか分からない、麗しの風来坊が行うことなど江家の者でも予想がつかなかったのだから。


×   ×   ×

 魏無羨、としてやって来た彼は、何故か一度も来たことの無い場所なのに居心地の良さを感じた。見張りの居ない山門を符術で打ち破り、石畳を一段ずつ登っていると静けさが身体に染み入ってくる。夜遅くにやって来れば当然出迎えも無く、その方が都合いいと思いながら塀に軽々と飛び乗った。買ってきた天子笑を呷り、口端から零れた酒を手の甲で拭う。本当は酒が苦手なのに、あえてこうしているのは誰も近づかせたくないから。酒癖の悪さが流布すればおのずと誰からも相手にされないだろうと考えての行動だった。

 酒を呑むと直ぐに訪れる眠気は、少し寝てしまえばすぐに回復する。だから屋根の隅で身体を丸くし、一盞茶ばかり寝てしまおうと目を瞑った。どうせ明日の朝になれば、江晩吟たちと嫌でも合流しなければならないのだから。

おい、大丈夫か?魏、

 目を瞑った矢先に声を掛けられ、むっとしながら瞼をこじ開ける。温かい、と朧げな温もりに目の前を見上げれば、見知らぬ白装束の少年が傍らに座っていた。

……っ‼」

 慌てて彼を押しのけようとしたが、思うように身体が動かず再び彼の腕に受け止められる。まだ抜けきっていない酒が藍忘機を酩酊させて、相手の顔を両手で包み込むように掴んだ。

私は魏無羨ではない」
「えぇっ!?あ、うんなんとなく、そんな気はしてた」

 大丈夫か、と呼び掛ける藍の二若君、否、本来の魏無羨は自分の出自に薄々感づいていた。そして、自分が藍忘機ではないことも。

もしかして、おまえが本当の俺なのかもな?」
「おまえは、誰だ」
「きっと俺がおまえで、おまえが俺なんだろう。魏無羨」
わたしの、名は
 
 相手の名前を聞く前に、ごつんと額同士をぶつけて藍忘機は眠ってしまった。痛い、と小さく悲鳴を上げた魏無羨は、自分の純白の上衣を脱いで眠ってしまった少年の身体に掛けてやる。

おまえが本当の、藍忘機だよ」

 直感でそう思いながら、これからどうしようかな、と考えを巡らせる。彼が起きて、もし何も憶えていなかったらこの夜の出来事は忘れて、再び自分は「藍忘機」に戻らなければならない。しかし、もしも憶えていたら

 ざぁ、と風が一陣世闇を通り過ぎる。このままでは彼と共に風邪を引いてしまうだろう。
 しかしそれでも良いか、と、白装束の魏無羨は傍らに転がっている飲み掛けの天子笑に口付けた。

「うん美味い」

 月明りだけが、美しい少年二人を見守っていた。