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ミイ
2024-11-10 17:06:17
6235文字
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静なつ
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ハロウィン④
(
……
寝過ごしたな。まあいい。今日のは半分くらい、いや、半分以上は静留のせいだからな)
くあ、とあくびをこぼして体を起こしてみれば少し肌寒い。そろそろコートも検討せねばなるまい。荷物が増えるのは嫌だけど、風邪を引いてしまうのだけは避けたい
……
。葱を片手に迫り来る恋人の姿を思い出し、なつきは身震いをした。
携帯の待受を見て時間を確認すると、ちょうど六限目が始まったくらいの時間だった。
……
今から行けば終わる前には間に合うが、さてどうするか。教科書は、教室に置いていたっけ。
一応持ってきていた薄いカバンを引き寄せて、中身を確認しようとしていたら。
「誰だっ!」
「げ、ラード女。なんであんたがここにいるわけ?」
ぴし、と小枝が折れる音。警戒しつつも振り向けば、そこには鮮やかな赤髪を輝かせる後輩が立っていた。授業中だというのに、鞄も持ってもう帰り支度は万全。なんだかんだうまく言いくるめててサボってきたのだろう。シスター業の方はサボれるのだろうか? このあとまた連れて帰られそうだが。
「奈緒。今帰りか? 随分と早いようだが」
「よけーなお世話よ。あんただってサボってんでしょーが。
……
ははぁん、なるほどね。アンタ、あんなことしたら追いかけ回されるって、なんでわかんなかったの? やっぱ救えないバカよねぇ
……
」
「うるさい。静留からそうしろって言われてただけだ。じゃなきゃ誰がやるかあんなこと。おかげで私の休みが潰れたんだぞ」
「ご主人様の仰せのままにってやつ? あんたってほんと
……
根っからの犬っころよね。藤乃もご愁傷様だわ」
「何が言いたい」
「さあ、そのご大層な頭で考えてみれば?」
「
……
はぁ、よく回る口だな。ん? 珍しく、やけにでかい袋を持ってるじゃないか」
既視感を覚えて声をかけてみれば、無視されるかと思ったのに、奈緒は口を開いた。存外あたたかい瞳をしているくせにうんざり、とでも言いたげな声で奈緒は話しだす。
「あたしはいらないって言ったのに、命に押し付けられたのよ。ご丁寧に中身のやつイチゴばっかりだし
……
ほんといいめーわく」
「そういう割には全然迷惑そうじゃないな、おまえ」
「はぁ? あんたどこに目ぇつけてんの? やっぱバカ?」
「ここにふたつ
……
ってバカにしてるのか!?」
「今更気づくなんてほんっとバカね」
「バカバカ言うなバカ!」
「はー
……
もう付き合ってらんない。あたし帰るから」
「おお、帰れ帰れ。
……
ってそっか、おまえ、もう寮じゃないんだな」
「よけーなお世話。プライバシーの侵害よ。勝手に詮索しないで」
「ああ、なるほど」
少しだけバツが悪そうに目を逸らした奈緒の横顔を見て、得心したように、なつきが手を叩いた。
「あの命がそんなにたくさんよこしたのは、奈緒が母さんと一緒に食べるためか。おまえ、かわいいやつだな。楽しみで早く帰ってるんだろう」
「はぁっ!? 何言ってんのあんたバッカじゃないの!?」
「あははっ。いちごは入ってなかったが、私のお菓子も美味しかったぞ。静留が用意してくれてたんだ。いくらでも渡したいところだがもうあいにく持ち合わせがなくてな。すまない」
「なんであんたが謝ってんのよ
……
ほら」
「ん?」
ぱしり、と奈緒が放り投げてきたそれをキャッチして見てみれば、ハロウィンパッケージのいちご味のお菓子らしかった。かわいらしい黒猫が魔女の帽子をかぶって魔法をかけているらしい。
「あんたには勿体無いけど、一個くらいならあげてもいいわよ」
「ああ、ありがとう奈緒」
「ふんっ。追い回されてばっかなのがかわいそーだからあげただけよ」
素直になればいいのに素直になりきれない。そんな気持ちがよくわかるから、なつきは奈緒を見つめながら穏やかな笑みを浮かべていた。
(私も帰るか
……
いや、あんまり早すぎると怪しまれるし、でももう囲まれるのはごめんだし
……
)
もう少し休んでから帰ろう、そう決めて、なつきはまたころりと落ち葉の上に寝転がった。
「あいつ、バッカじゃないの?」
少し頬を赤らめた山猫が、足早に去ったのには気づかないまま。
◇◇◇
「ただいま
……
」
「
——
っ!」
なつきの帰りは、思っていたよりも早かった。あのお菓子は放課後までもたなかった、ということだろうか。あともう一袋、渡しておくべき、だったかもしれない。居間を後にしながら時計を確認すれば、自分が帰ってきてからもうすでに一時間近くが経っていた。
なつきを待つ時間は、他に時間がすぎていくのとは全く別ものだ。急かされるのは嫌いなのに、早く時間が過ぎてしまえと願ってしまう。そのくせにゆっくりとしか進まない秒針に、柄にもなく憤りを覚えてしまう始末。
(うちも大概やなぁ)
パタパタとスリッパを鳴らしながら玄関に辿り着けば、げんなり、という言葉がぴったりなほど、疲れ切った顔をしたなつきが靴を脱ぐこともなくぼんやりと立っていた。
「おかえりやす。あら、そない疲れた顔しはって。お菓子たらはった?」
「ああ
……
ギリギリな。というかおまえ、なんであんなことしたんだ」
「あんなことって?」
「おまえがお菓子を持たせたから、私は大変な目にあったんだぞ!」
「あら、堪忍」
「休み時間もないし、ずっと知らないやつにお菓子をくれって言われるからお菓子をあげ続けて」
「ああ、それで早よ帰ってきはったんやね」
「そうだ、私は
……
って、え?」
「ふふ。さる筋の方から連絡もろたんよ。なつきが午後から見当たらへんって。大方花園か林の中でお昼寝してはったんやないの?」
(な、なぜわかるっ!? 落ち葉でもついていたか!?)
わたわたと自分の手やら足やらをぱたぱたと払う恋人に、静留は愛おしさを募らせる。少しのハッタリでも、なつきはすぐにのってくれる。そんな素直なところも、静留が好きなところだ。別に、休んだって構わない。それよりも。
「と、とにかく、おまえのせいで私は酷い目にあったんだからな! なんであんなことをしたんだ」
「やって
……
」
「なんだ、言ってみろ」
「
……
なつきがうち以外のもんにいたずらされんの、いややったんやもん」
「は?」
「はろうぃんって、そういうもんやろ? お菓子もってへんやったらなつきがいたずらされてまう、思てうち、心配で心配でたまらんで
……
」
「
…………
なんでおまえはそうなんだ」
「
……
堪忍。学園内はうちがずっとそばにいられるわけやないし、うちがくっついとったらなつきも嫌かも、思て。
……
うち、我慢できひんで堪忍な」
しゅん、と肩を落とした恋人を見ながら、なつきははあ、と深いため息をついた。この、誰より頭のいい恋人は自分のこととなると、非常にIQが下がってしまうらしい。
「
……
もう疲れたから寝る」
ようやく靴を脱いで上がり、ジャケットを放って居間のソファに寝転がるなつき。
「あら、なつきご飯は?」
「起きてから
……
ってなんだその手は」
「そないいけずなこと言わんと
……
うち、まだなつきに言うてへんことありますしなぁ」
「
…………
何をだ」
「とりっくおあとりーと、どす♪」
「
……
はぁ?」
「お菓子くれへんかったらいたずらしますえ。
……
って言うても、なつきええ子やから全部配ってくらはったみたいやし、早速いたずら」
「ある! あるぞ、お菓子なら
……
ってあれ?」
「鴇羽さんと結城さんにもろたやつなら上着のポケットに入ってましたけど」
「それだ! ってお前なんで知ってるんだ」
「
……
細かいことはええやないの。さっさと観念しよし」
「ちょ、静留おまえ目が怖」
「うちかてなつきに会えへんの我慢して気張ってたんやから少しくらいいたずらさせておくれやす」
「うわぁあああ
……
! ってそうだ! おまえ! あれ!」
「なんどすか?」
もうすでにソファに押し倒され、指を絡められて唇が迫ってきている最中、なつきは勢いよく起き上がった。流石の反射神経でぶつかることは避けたが、静留は不思議そうに首を傾げている。
拒絶された、いうんと違うみたいやけど
……
なんやそないにおめめきらきらさせて。かいらし。
「清姫とデュランだ! おまえのおかし。私のはないのか!? 私もあれが欲しい!」
「はい?」
目を白黒させていれば、なつきはきょろきょろと周りを見回して、静留に向き直った。
「あれ、おまえが描いたのか? すごくその
……
かわいくてな。また会えたみたいで嬉しかったんだ。
……
デュランとは長い間一緒だったし
…………
清姫も、ほら、私の子供みたいなもんだろう」
「
…………
っ」
なつきのデュランとはかけ離れたような。自分の熱く醜い欲から生まれたあの子を。自分でさえ恐れるほど大きくなったあの子を、この子は自分の子だと、呼んでくれるのか。自分で言っておきながら、白い頬を真っ赤に染めて。
「あれで全部だったのか? おまえのことだからいくつか保存してるはずだろ?」
「
…………
」
「静留?」
「おおきにな、なつき」
「
……
? おおきにはこっちのセリフだぞ、静留。きっと、あいつらも喜んでるはずだ!」
ニッと無邪気に笑う顔が、眩しい。片手で自分の体を支えながら、もう片方の手で彼女の前髪を流せば、くすぐったそうに微笑む。
「あれ、どうやったんだ? どこかに頼んだのか?」
「ええ。風華学園と懇意にしてるお菓子メーカーさんがあってなぁ
……
」
学園の公式グッズを出す前に一度お試しで何か頼んでみてくれないか、と現会長に頼まれて、あのパッケージをお願いしてみたというまんざら嘘でもない経緯を話していれば、だんだんとそういう雰囲気から離れていってしまって。
まあ、嬉しい言葉も聞けたしいいか、と思っていれば、不意になつきの匂いが近くなった。
抱きしめられている、と気づいたのは、彼女の肩に顔を埋めてからだった。
「なぁ、静留」
耳元で囁かれる声は甘く、穏やかに自分の鼓膜を揺らす。その声がどれだけ小さくとも、静留はなつきの声だけは、絶対に見失わない。
「きっと、大きくなってるぞ。ふたりとも」
「
……
せやね」
「私のデュランだっておまえの清姫には負けないんだからな」
「ふふ、楽しみにしてます」
「むっ、なんだその余裕は。こうしてやる!」
「ちょっ、ふふっ、堪忍、なつき。ふふっ」
脇腹のあたりをくすぐられ、思わず身を捩ればさらに距離が近くなる。
「
……
元気かなあ」
「うちらが元気やし、二人とも元気にしとるんや違います?」
「それもそうだな。それに
……
」
「なつき?」
「今日はハロウィンだから、私たちのそばに来てくれてるかもしれないな」
「せやねぇ。
……
なつき、はろうぃんのこと、知ってはったんやね」
「知識としてはな」
「
……
清姫もうちも
……
なつきのそばに居られて幸せどす」
「私もだ。デュランだってきっと、ぶんぶん尻尾を振ってるはずだ」
「ふふ。なつきに似てえろうかいらしんやろうねぇ」
「清姫だってお前に似て綺麗なんだろうな」
綺麗、だなんて。
ああ、もう、ほんにこん子は。
「なつきにはかなんなぁ
……
」
なあ清姫。あんたにはいろんなもん背負わせてしもて堪忍。やかてうち。
今、幸せです。
◇◇◇
「そうだ。私も言っていなかった」
「どないしたん? なつき」
「トリックオアトリート! ははっ。おまえお菓子持ってないだろう」
ニヤッと楽しそうに笑う恋人が可愛くて、静留の胸はきゅんとときめく。
「今ここには、持ってませんなぁ」
「ふふん。じゃあいたずらだな!」
恥ずかしがり屋のなつきがどんな悪戯をしてくれるのだろうとワクワクしながら待っていれば、鼻にちょん、とキスが落とされる。
「いたずら
……
て、これどすか?」
「こ、これとはなんだ! びっくりしただろ?」
「ふふっ。なつきあんた
……
いたずらやなくて、うちを誘ってるんとちゃいます?」
「え? いや、そういうわけじゃ
……
って、静留! ちょ、その手は!
……
っ、そこ、は! し、しずっ」
「うち今お菓子持ってへんし
……
たぁっぷり、甘いんを、なつきにあげたるさかい。楽しみにしといてなぁ」
◇◇◇
「晴れて十一月になったっていうのに疲れた顔しちゃって。
……
なつき、この度はご愁傷様」
「ああ
……
」
「会長さん、昨日はどうだった? なつきのいたずらはうまくいったの?」
「そう見えるか?」
「見えないわね」
「じゃあ聞かないでくれ
……
」
机に突っ伏したままだけど、ちゃんと愛妻弁当を抱えて学校に出てきているということは、昨日は文字通りお楽しみだった、ということだろう。
「久しぶりにデュランたちの話ができて嬉しかったのもあるが
……
いや、今回は全面的に静留が悪いな」
「あははっ。そんなこと言えるの、学園でもこの世界でもあんただけよ、なつき」
はい、と手渡されたチョコを、なつきはぱくりと口に放り込む。
「ん。久々に食べたけどうまいな。静留も好きそうだ。どこで売ってたんだ?」
「さっき購買にあったわよ。半額コーナーにあったから、早く行かないと売り切れるかも」
「わかった。助かる」
ちらりと時計を見ればまだ次の授業が始まるまでに時間はある。鞄は教室の中に置いたまま、なつきは歩き出した。
誰かと一緒になにかをしたい、誰かに何かをあげたい、なんてことは数年前では考えられなかった。
人と人との間で交わされる情のあたたかさを、おまえが私に思い出させてくれたんだ、静留。ずっと一人でいいと思っていた。氷のように冷たく閉ざして、何も聞こえないふりをして。そのままでいいと思っていたのに。
今では何かを見るたびに、なつきの頭には静留の顔が浮かんでくるようになった。
静留は好きかな。
静留と一緒に行きたいな。
静留はどう思うかな。
縛られることは嫌いだ。だけど自分から静留のことを考えて行動するのは案外窮屈ではない。むしろ心地いいくらいで。
今日は家に帰ったら静留とチョコを食べて。それからどうしよう。まだクリアできていないゲームもあったし、読みたい漫画もあるな。あぁ、でも静留と買い物に行くのもいい。いつも大学の帰りに行っていると言ってたっけ。迎えにいったら、一緒に行けるのかな。
どこでだって、何をしていたっていい。その時間が、静留といられるあの時間が、私は好きだから。
なあ、デュラン。おまえには迷惑ばかりかけたな。最期の最期までおまえは私を、私たちを想ってくれていた。ありがとう
……
私はおまえを、誇りに思うよ。
おまえが戻ってきてくれた時、嬉しかったんだ。私の想いが、想いの強さが、力になって、おまえがあんなにも大きくなって。そして。おまえと私を強くしてくれたあの気持ちを、他の誰でもない静留に、伝えられたから。
デュラン。元気でいるか?
私は今、幸せだぞ。
購買から戻る途中、あの出来事が起こった教会の方を見やると、青く澄み渡る空が視界いっぱいに飛び込んできた。眩しくて美しい空を見上げていれば、デュランと清姫も、今は笑ってくれているような気がした。
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