【カブミス25のお題】6.共闘/共犯者はあなた

執務室で宴の席次表を作っているカブルーと、王に報告書を届けにきたミスルンの話。

 ミスルンさんには欲がない。自分をよく見せようとか、他人をコントロールしようとか、そういった欲がない。それらは俺にしかなくって、時折俺はそんな自分を恥じる。でも、この国の政治に関わると決めた時から、そういった欲から逃げられないことは分かりきっていた。ライオスさんは王らしくない王で、そんな人を支えるならば、俺は汚らしい部分を担わなくてはいけなかったのだから。そしてそれを望んだのは、他でもない俺自身だったのだから。
 
 
 その日、俺は宰相補佐に与えられた執務室で、朝からずっといつものように書類と奮闘していた。というのも、ヤアドはただの補佐である俺をどういうわけか(黄金郷に連なる者でもないというのに)自分の後継者のように思っており、何かにつけ仕事を寄越したからだ。それは予算編成って国の一大事である重要なそれに始まり、多種多様な人種の子どもたちの教育や、来月催される宴の予定の作成にまで至った。まぁ、というわけでとにかく忙しかったので、俺は昼も食べずに羊皮紙にインクで文字を書き連ねていたわけである。途中侍女たちが軽食を持ってきてくれたというのに、それにすら一切手をつけずに。
 これほどまでに忙しいのになんとなく寂しいのは、多分今朝ミスルンさんと別れた時、急いていていて、きつく抱きうあこともできなかったからだろう。いつもなら夜の雰囲気を残したままキスをするところだが、それもできなかった。だから俺ははしたないと分かりつつも昨日のミスルンさんを反芻して、どうにかこうにかやり過ごしていたのだった。
 俺は羽根ペンを走らせながら思い出す。傷跡が走る、雪みたいな真っ白な肌。火照ったそれは俺が動くたびに赤く染まり、夜目の効く俺は薄闇の中で揺れる彼の輪郭を何度もなぞった。彼が嫌がっても、恥ずかしがっても気にしないで、隅々までキスをして、あちこちに歯形をつけた。カーテンを引いた天蓋の中で、ミスルンさんが喘ぐ姿は可愛らしかった。俺を飲み込んで、震える様には感動すらしてしまった。俺はああいうとき、彼をいっとき支配できた。俺はそれに喜んでいた。大切にしたいとあれだけ言ったくせに、自分の思うようにして、支配するという原始的な欲に飲み込まれていた。
(早く会いたいな……
 この仕事が終われば、あの人に会いに行ける。もうそろそろ夕闇が城を包む頃合いだったし、ヤアドに与えられた仕事も終わろうとしていた。のだが、この時俺は、来月の宴の席次表を作っていないことに気づいてしまった。それは一番ややこしい、俺の頭を悩ませる問題だった。外交は割合得意分野と言えたけれど、宴は華やかな見た目に反してどろどろしているのが常だ。誰が歓待されているとか、軽んじられているだとかから外交問題に発展したりするのだからややこしくもあり、俺の腕の見せ所でもある。いや、やっぱりすごくややこしいな。世界では人種間の争いもいまだあり、多人種と交易をしている我が国は、彼らの背景にも気を配らねばならなかったから。
 俺は席次表をどうするか紙の切れ端に外交官や大使たちの名前を書いて並べ、そして頭を悩ませつつ、今日は帰れるだろうか、と弱気、というよりは呑気なことを考えた。それだって、今夜あの人に会えなかったら頭がどうにかなってしまいそうだって思う。昨日もミスルンさんに溺れたっていうのに、一体どうしてなんだろう。俺はあの人の前ではいつまでたっても砂漠で喉を枯らした獣のようで、それが恥ずかしくもあるのだけれど、でもそんな俺をミスルンさんは優しく許してくれる。俺がどれだけ荒っぽくあの人を求めたって、俺よりもずっと年上のあの人は、俺を幼な子のように見て何もかもを許してくれる。俺はそれに甘えて、いつだってあの人に溺れているのだけれど――
「なんだ、そんなに眉を寄せて。まだ仕事が終わらないのか?」
「え? あ? ミスルンさん? どうしてここに?」
 うまく気配を消していたのか、それとも転移術を使ったのか、俺のすぐ側に愛しい人が立っていた。あぁ、扉が少し揺れているから、俺の知らぬまにノックでもしたのかもしれない。集中していたとはいえ、この人のことを考えてもいたから俺は少し恥ずかしく、彼に悟られないよう咳払いをした。
「出し忘れていた報告書を王に渡しに。お前は何を悩んでるんだ?」
「あぁ、そうなんですか。俺はえぇと、席次表をどう作るか悩んでて……
 俺がそう言うと、机の上に置いた名前が書かれた紙切れを見たミスルンさんは、いつの間にかそれを人差し指で動かして、完璧な座席順を作ってしまった。俺の悩みなんて、今までなかったかのように。
「これは……
「駄目か? それじゃあこれは?」
 ミスルンさんの指がまた動く。俺が昨日口付け、噛みつき、しゃぶったそれが政治をかき回す。ミスルンさんはまた違った座席順を作ったが、それもまた完璧で、俺はこの人はそういえば貴族の出だった、と思った。面子を重要視する貴族だからこそ、こういう重要だが取り止めのないことが得意なんだろう。俺はそう勝手に納得して、ミスルンさんが作った座席表を羊皮紙に写してゆく。すると彼は小さく腹を震わせて、俺の髪をなぞった。
「私が役に立ったみたいでよかった、愛しい男のためになれてよかった」
 甘いその台詞に、俺はペン先を滲ませて、動揺してしまう。ミスルンさんがこんなことを言うなんて、それこそ夜じゃないと変だったから。俺にそういうことを囁くのは、決まってベッドの中でだけだったから。
「ありがとうございます。俺はまだ、情勢を把握しきれなくて……
「まだまだ時間はある。ゆっくり覚えていけばいい」
 ミスルンさんが机に腰をかけ、俺の額にキスをする。妙に積極的だ。何か含むところがあるのだろうか? 俺はそう考えたが、それだけだった。彼がともに俺と戦ってくれる気がして、疑いよりも喜びが先にきた。多分ミスルンさんは気づいちゃいないだろうけれど、彼が作ってくれた席次表は、西方エルフよりもメリニ国に優位に働くものだったから、共犯者のようで嬉しかったのだ。
「あなたの感じるところはすぐに覚えられたのにな」
「よく言うよ」
 ミスルンさんが口付けをしてくれたところをさすって、俺は彼の首筋に腕をやり、唇にキスを落とす。するとミスルンさんは小さく肩を震わせて、「仕事が終わったんなら帰ろう」と言ってくれた。俺はやっぱりそれが嬉しくて、この愛しい人を抱きしめたくなる。でも迷う。ここは執務室で、誰が入ってくるかもしれないから。でも俺は抱きしめてしまう。誰にバレたって構わないと思えるから。
 ミスルンさんが笑う。ベッドの中でというより、草原の真ん中でほほ笑むように笑う。俺はそれが嬉しくて、彼を自分のものにしたくなる。もう自分のものだっていうのに、より強く引き寄せたくなる。俺はミスルンさんに口付ける。強く抱きしめ、そして口付ける。この共犯者の男がずっとともにいてくれることを願って、唇を重ねる。深く深く、唇を重ねる。ずっと離れないと誓って、唇を重ねる。