108utata
2023-07-19 19:14:22
3996文字
Public 一般
 

包帯の下の愛

むひさんのツイート
https://twitter.com/otitukunda/status/1680894840241025029?s=20
を元にした太敦です!
年齢操作とか色々しています

 太宰は常に右目を隠した。厚い包帯の檻に閉じ込めるかのように。
 その理由を知る者はいない。そして問う者もいない。
 右目を愛し気に撫でる太宰の姿が目撃されることが時折あったものの、誰もそれに触れることはない。否、触れてはいけないと、誰もが本能で感じた。


 それは或る任務の時だった。
 それは太宰と中也との共同任務のときだった。
 近辺で無法者の集団が現れたらしい。しかも何人かは強力な異能を所持する者が含まれているという。そこでその二人が鎮圧することになった。
 いつものように太宰が策を立て、中也が倒す。
 この任務は想定していたより呆気なく全うされようとしていた。
 そのはずだった。
 
「チッ」
 中也は舌打ちをした。
 最後の一人がなかなか潰せなかった。
 特殊な異能の持ち主のようで、するりと躱して逃れていた。
 しかし、相手が悪かった。そんな調子も時間が経てば経つほど急下降し、そしてとうとう太宰の罠にハマって身動きが取れなくなっていた。
 あんなにすばしっこく逃げていたそれは、今では中也の真ん前で真っ赤に染まって蹲っていた。それを太宰は少し離れたところから眺める。何も語らない。
 塊からうっ、と声が上がった瞬間、中也の手元から赤色が溢れる。
 流れる血と共にその塊は脱力していく。
 そんなものには興味がないかのように、中也は視線を他所に移した。
「嗚呼疲れた疲れた。さー帰ろ」
 足取り軽く、太宰は歩きだす。
「オイ、俺にばっかりやらせておいてなんだよ」
「ははは、聞こえなーい」
 振り向きもせずにそう云った。そんな態度にムッとして少し悪態をついてやるけど、そんなものが太宰に効かないことは疾うに知っている。
 ひとつ溜息を吐いて、中也も立ち去ろうと足を動かす。
 その刹那、鋭く光る何かが顔の脇をすり抜けていった。反射的に腕を伸ばしたものの、気にも留めぬかのようにするりと逃げ去った。
「オイ太宰!」
 咄嗟に忌々しい名を呼ぶ。同時に、舌打ちをして中也が振り返ると、それを放ったであろう本人は既にピクリとも動かない。ただ、手元に細長い刃物が散らばっていて、瀕死でありながらも反抗しようとしたのであろう。
 再び頭を戻せば、飛んできたそれは、太宰の髪に少し掠って、そのまま地面に吸い込まれるように駆けて行ったのが見えた。掠めた部分の髪はぱらりと揺らめきながら地に落ちた。
 少し遅れて、まるで皮が剥けるかのように、はらりと包帯が落ちた。
 太宰は落ちた包帯を見遣ってから、後ろに振り向いた。
 その時だった。
 信じられないものがそこに現れた。
「手前。その目
「嗚呼、これ? 綺麗でしょ」
 噫、一番見せたくない奴に見せてしまったよ、と太宰はぼやく。夕焼けのような色合いの宝石のような輝く目がこちらを見遣る。だが、歪だ。太宰がこんな瞳を持っていることが不似合いなだけではない。
 少し考え、中也は気づく。どうにも焦点が定まっているようには見えないのだ。こちらを覗くのは、濁った鳶色の瞳だけ。
その目、手前のじゃねえだろ」
 太宰はニッコリと笑みを浮かべた。
 じゃあだとしたら、何なのだ。真っ先に考え得るものとしては、義眼だろう。だが、可笑しい。わざわざ隠しているのにもかかわらず、そんなものをつけようと思うのか――しかも太宰が。太宰の立ち位置を見れば誰も触れようとはしないだろうし、太宰もそんなものを気にする質には到底見えない。じゃあなんなのか。
「義眼じゃないよ」
 そんな中也の思考を読み取ったかのように答えた。
「これは替えの利かない、大事なものだから」
 傷が付かなくて好かった、と先の声とは違い、甘ったるい声で云い、その右目に慈しむように優しく手を触れる。
「真逆ホンモノってことじゃおい」
 太宰の甘さと反比例するかのように、苦々し気な声が漏れた。
「君の想像する通りだよ。だからといっても、別に無理矢理じゃない。これは同意の上でだからね」
「俺が云いてぇのはそういうことじゃねえ。何があってそういうことになったんだよ」
「何が? 別にそうしたかっただけだから。この一言じゃ不満?」
「納得は出来ねえ」
「納得してもらうために云ったわけじゃないからね」
 そう云ってカラカラと笑った。
 そうして、太宰は何処からかまた包帯を取り出して、元のように巻き付けた。
 ちらとみえたその顔には、何時ものように光混じらぬ瞳がひとつ伺えるだけ。
「さ、殲滅も完了した訳だし早く首領に報告するよ」
 立ちすくむ中也を置き去りにしながら、太宰は背を向けた。
 中也は何もそれ以上問うことは出来なかった。
 ふいにくるりと太宰は中也の方を向いた。中也は無意識のうちに少し身構えていた。
「嗚呼、そうだ。このことを口外したら許さないからね」
「誰が云うかよ」
 そう吐き捨てた。
 視線は重ならなかった。


********************

 敦は自分の目が嫌いだった。敦を見る者は口を揃えて、その目を気味悪がって罵った。
 初めて違う言葉をかけたのは、太宰だった。
 太宰は敦の恩人だった。
 孤児院で酷い日々を送っていた敦を、こうやって太宰は救い出してくれた。
 あまり自分の仕事に関しては話したがらない人ではあるけれど、敦のこととなれば、敦自身が申し訳なさで居た堪れなくなるほどに気にかけてくれた。最初は矢張り不安だったけれど、今はもう、太宰に十分に気を許していた。屹度この人には利益はないのに、それでも好意で敦を養ってくれるのだ。敦は太宰に感謝の念でいっぱいだった。それだけではない。
 敦は包帯で包まれた右目に、そっと手を置いた。
ここに太宰さんが居る」
 そう思うだけで、敦は嬉しさと安心感で胸がいっぱいになるのだ。

「迚も綺麗な目だね」
 初めて出逢ったとき、あの人は敦を真っ直ぐに見てそう云った。
貴方の目の方が、よっぽどいいと思います」
 敦がそう答えると、太宰は目を丸くした。
「そんなこと云われたのは初めてだね。君はその目が嫌い?」
「嫌いです。この目を見て皆気持ち悪いって云います。だから嫌いです。僕だって欲しくてこんな目を持った訳じゃないのに」
 俯いて唇を噛んだ。太宰は敦をじっと見つめた。
「じゃあ、私と取引しない?」
「取引?」
「君は君の目が嫌い。私の目は良い。そして私は君の目が好き。自分の目は如何だっていい。
 なら、交換しちゃえばいいんじゃない?」
 敦は目を大きく見開いて、太宰の方を見た。
「物々交換だよ」
 敦に微笑みかけて云う。
 敦は一寸顔を顰めて、首を傾げた。
「如何いう、意味ですか」
「そのまんまの意味だよ。目を交換しないかい?」
「そんなこと本当に出来るんですか」
「私ならね」
 敦は不安げに太宰を見つめる。
「流石に両目は無理だけど、片目なら出来るよ。両目が見えなくなってしまったら、君も困ってしまうだろう?」
 “でも勿論、君が望むのなら両目でも善いのだよ”と、太宰は付け加えた。
「僕はでも、そしたら貴方は」
「私は構わないよ。そうじゃなければこんな取引は持ちかけない」
………本当にいいんですか。僕は、何も」
「君だから好いんだ」
 太宰はそう云って、手を差し伸べる。
「私のところへ来ないかい? 君はこのまま此処に居たら、じきに死んでしまう。でも私は君に死んでほしくないのだよ。
 君も死にたくないだろう?」
 妖しく目が光る。
 敦は黙りこくったままだ。
そう云っても君は頷かないのは分かってる。だから代わりに君に頼みごとがあるんだけど、良いかい」
「僕に出来るなら」
「君が欲しい。だから、君のすべてを私にくれるかい?」
 敦は逡巡した様子を一瞬見せた。
「僕で、いいのなら」
「ふふふ、じゃあ交渉は成立だ」
 差し出した手を、もう一度差し出し直すと、小さな手が軽く乗せられた。それを優しく包み込むように握ると、太宰はニッコリと笑った。
「これからよろしくね、敦君、、

****

「敦君、ただいま」
「お帰りなさい! 太宰さん」
 今日も太宰はにこやかな表情で帰ってきた。
「夜明け前に帰れなくてごめんね。寂しくなかったかい」
「いいえ、だって、太宰さんは何時も此処に居てくれますから」
 太宰と同じように自分の顔に巻いた包帯に、そっと触れた。
それは嫉妬してしまうね」
「一時凌ぎですから。でも、本当の太宰さんじゃないと厭ですよ」
 その言葉を聞いて、太宰は嬉しそうに敦を抱き締めた。
「それに、」
「うん」
「太宰さんにも僕は居るんですから、同じでしょう?」
「そうだね。家に帰っても仕事に行っても、何処に行っても君と一緒に居る」
「嬉しいです、太宰さん」
「敦君、私もだよ」


 ――あの日、太宰は問うた。
「本当に両目じゃなくていいのかい?」
 敦は太宰を見据えて力強く、はいと答えた。
「本当は、この目が厭です。だけど、そしたら太宰さんが見えなくなってしまうから。それも厭なんです。自分の目は大嫌いだけど、でも、太宰さんが綺麗って云ってくださったから、少しだけ我慢できます。だから」
「そう」
「それに、太宰さんとお揃いに出来て、それを見れるのも、嬉しいかなって」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「太宰さんにだからですよ」
 敦は心の底から湧き出たような笑みを浮かべた。
 太宰は答えるかのように敦の頭を撫でた。




 だから今日もこうして包帯を巻く。
 この宝物は、誰にも見せも渡しもしない。好奇な目に晒されぬように。盗まれぬように。汚されぬように。
 決して知られたくない。
 ――私だけのものなのだから。