108utata
2021-11-23 21:55:38
6299文字
Public 一般
 

それでも

短編の予定だった中太



 「ふふふっ,そんなに照れちゃうんだねぇ〜?」
 「五月蝿ェわ!」
 「ふふっ,冗談冗談〜!」
 「………
 何も云えず,中也は荒々しく,グラス一杯の酒を煽った。
*****
 「やっほう,相変わらず此処に住んでるんだねぇ」 
 思いもしなかった声が,久々に部屋に響いた所為で,中也は手に持っていた皿を思わず落としかけた。その所為で,皿は,がちゃがちゃと大きな音を立てた。
 「はァ!?糞ッ,手前なんで此処に居んだよ!?」
 「はいはい,お邪魔しまーす」
 中也の動揺なんぞお構い無し。太宰は右手にレジ袋,左手はひらひらとさせながら,部屋に上がっていった。
 これは彼此数刻前の出来事。
 長期に渡る出張を終え,久々の休暇を取れた中也はゆっくりと寛ぐ筈だった。
 然うだ,然う云えば新作のデザインの帽子も出たっけな。束の間の休息を如何にして有意義に過ごすか胸を高鳴らせて居た。そう,その筈だったのに。
 折角ならば何をしようか考えつつ,一旦のところ皿を洗っていた所で,唐突に寒気——然も幾度も感じた事のあるような——に襲われた。真逆とは思っていた。もう四年も経つというのに。いいや,たったの四年か。邪念を頭を振って吹き飛ばしつつ,泡を落とそうと水を勢いよく流した。その時だった。
 何故か,元相棒の声が耳に届いたのだ。忌々しい言葉と共に。
 如何やって来たんだよ,という疑問が浮かぶより真っ先に行成の訪来に嫌気が差して,なんとしても追い出そうとした。折角の休みが!と思いつつ。だがしかし,太宰は中也の攻撃を何時もの様に,のらりくらりと交わし続け,結局リビングに坐って仕舞った。これでは暫くはもう,帰ってはくれないだろうと,長年の付き合いから中也は察した。
 「で,手前は何が目的だ?」
 中也は咄嗟の判断で包丁を右手に握った。
 「目的だなんて,私が泥棒みたいな扱いで非道いなぁ。私はれっきとした客人だよ?もっと丁重に扱ってくれなきゃ!」
 あと,その何処からか取ってきた右手の物,ギラギラと私に向けるのは止めて呉れないかなぁ?と太宰は云う。
 「れっきとした客人なら,唐突に家に押し掛けては来ねェよ!?で,何したいんだよ?」
 「これ見れば分かるでしょ?」
 太宰はニヤニヤと右手に持って居た袋を中也に見せた。その手元からはガコッと聞き覚えのある鈍い音が鳴った。
 それを見た中也は何も文句を云えずに,
 「………分かったよ,そこに坐っていやがれ」と外方を向いた。
 「——あれぇ?私,客人だよねー?」
 「………取り敢えずそこに,坐って待ってろ!!!!!!!」
 太宰は何時もの様に,ケラケラと笑った。
*****
 斯うして,現在に至る。
 ふたりのが対面して居るその机上には,ゴロゴロとふたりが作り上げた空き缶が無造作に置いてある。
 中也は何時に無くハイスピードで其れ等を作り上げていた。
 こうやって無理にでも酒を煽ってなければ,中也は何かが可怪しくなりそうだった。段々とクラクラと,世が廻る。最初はグラスに酒を入れていたが,もう面倒になって仕舞い,終いには缶から直接もう呑んでいる。
 一方の太宰はと云うと,探偵社で国木田という奴が色々五月蠅いだの,最近よさそうな自殺方法を新たに思いついただの,様々な言葉を中也の相槌やら反応やら関せずに滔々と語り続けていた。勿論嫌がらせもお裾分けして。だが,何時もの太宰にしては酒の量は多めだと,薄ら気な意識で中也は思うのだった。何時もと違って頬が赧らんで居る。だからといって,如何ってことはない。まア屹度何かしらあったんだろうと中也は茫然と思うのだった。
 少なくとも自分が首を突っ込む話ではない。
 今は唯,早く帰って呉れと望むだけだ。
 そうでなければ——
 「それでさぁ,非道いと思わないかい!折角の休日だったのにさ」
 中也はすっと目の前の話に引き戻され,同意を求められて居る事に気付いた。
 「あーそー,知らねェよ」
 だが酔いも回って,相手も相手で面倒になり中也は適当に受け流した。
 それに太宰が気付いて居るのか気付いていないのかは中也には検討も付かないが,何時もは乗っかって来そうなその空返事であっても,太宰が尚連綿と話すのを止めないのをみると,今は然程気にはしていないのだなと伺える。中也は,その事実に一先ず安堵を覚えた。これで大分扱いが楽になる。
 その後も,徐々に太宰の呂律が曖昧に,そして可怪しくなっていきながらも,恐れて居る“アレ”は中々見えないので,大丈夫なのかもしれないと,中也は遂に全身の力を完全に抜いた。
 だが然し,中也のその安心は次の瞬間には打ち砕かれていた。
 軈て,太宰は次第に中也に非道く違う方向で絡むようになった。
 (げ,真逆)
 と中也は苦々しく思った。

 昔から何故か然うだった。
 太宰は中也に比べ,大分酒に強い。だから此処まで酔っ払う事は,よっぽどのことが無ければ中也が見る事はない。抑,それを見る前に中也がやられて仕舞うからである。
 そんな太宰であっても,偶にこのようなことになっていた。
 どれくらい呑んだら太宰がそうなるのか,中也には想像も付かないが,偶にふらりと中也の家に寄っては,そのように酔っ払うのを昔から度々繰り返していた。そんな太宰を何時も今日のように中也は迎えていた。だから斯うして来られるのは厭だが,慣れて居ると云っても強ち間違いではない。
 それにそれは未だ十分耐えられた。太宰が帰るまで,只管に忍べばいい。
 だが問題であるのは,その後の事だ。
 「ふふふっ,そんなに照れちゃうんだねぇ〜?」
 「五月蝿ェわ!」
 「ふふっ,冗談冗談〜!」
 「………
 斯うして,徐々に可怪しな方向に太宰は行動を進めていく。勿論,太宰も未だ追加で呑んで居る。
 暫くしたなら。
 「ちゅ〜やぁ〜,顔真っ赤だぁ〜」
 「五月蝿ェ………
 「うふふ〜」
 ——異常なほどに絡んでくる。それも中也から見て,厭なくらいに艶やかに思えるように。
 長身痩躯の躰を生かしたと云えよう,気づけば太宰の長い腕に雁字搦めにされて,中也は身動きが取れなくなる。体術も,筋肉も,中也の方がある筈なのに,何時もこの時ばかりは如何にも抜け出す術がない。
 ニヤリと顔を真っ赤にして笑って,太宰は益々ぎゅっとその腕に力を込めた。
 此処まで行くと,如何にも斯うにも中也の調子は崩壊する。だから,尚更太宰が振り解けない。
 そんな様子を見ると,太宰は分かって居たかの様にまた動きを進めて,その手が,段々,下へ,下へ,意思を持つ蛇の如く滑り落ちていく。其れが中也の“そこ”に到達する前に,流石に中也は,ふっと酔いを軽く飛ばす間もなく,危機感から殆ど反射的に太宰のその手を掴んで勢いよく持ち上げた。
 「あれ〜?駄目なの〜?」
 太宰がきょとんと上目遣いで尋ねる。
 「否,あのな………
 「今迄は厭じゃないのにー?」
 「…………………
 その問いに中也は黙り込んで,太宰から視線を逸らした。
 太宰のその言葉の通りだ。
 今迄も,この展開から度々そう云う行為に何時の間にか発展して居た。
 今日のように太宰から仕掛けられて,気付いたら“然う”なって居た。
 恋人なんかの様な甘いものじゃ勿論ない。唯,性慾を晴らす為,其れが一番の目的なんだろうと中也は思っている。太宰にとっても然うであろう。何故ならば,相対的に,それは大きな仕事が終わった時が極端に多かったのであるから。
 中也の心に蟠りを残して毎度終えていた。
 「手前ェは何でこんな事すんだよ………?」
 「ん〜,気持イイから〜?」
 「そ」
 噫,矢っ張り思った通りだったと,中也は溜息を吐いた。だが,太宰は未だ話を続けた。
 「あとさぁ………ちゅーやが欲しいから?」
 「は?」
 耳を疑い,一転,中也は思わず太宰の目をじっと見つめた。その目には莫迦だと思える様な顔した自分が映っていた。静寂が一瞬この部屋を通り過ぎた。
 「なあんて」
 太宰はそう云ってふにゃあと破顔した。
 「ッ何時もの奴かよ本当意味わかんねぇよ………
 力がぐっと抜けて,其の儘,中也は机に雪崩れ込む様に突っ伏したのだった。
 その後もちょくちょく太宰はちょっかいを仕掛けて居たが,気付けば,何時もの様に可也呑んでいたであろう,中也の瞼は重く,落ちてきそうになり全身は鉛の様に重たくなって,太宰のちょっかいに抗えなくなった。勿論酒に酔って居るのだ,何にも抗える訳もなく,何時もの如く射干玉の暗闇の世界に呑み込まれていった。
 それを太宰は頬が赧らむままぼうっと眺めて,暫時の後,中也の大腿の元へ崩れ落ちた。
 *****


 それから中也の目が覚めたのは数刻後の事だった。
 「……何だよ…………
 全身が非道く重く,頭痛も何時もより酷い。そしてもふもふと温かい。
 「は?」
 慥か机に突っ伏して寝て居た筈なのに,何故か背中が柔らかい。抑,今中也自身は俯せになっているどころか,天井が目に入っている。そこで,今蒲団にいるのかということをはっきりと自覚した。
 唯その事実は可怪しなものだ。自分自身で動いた様な記憶は一切ない。
 戸惑っていると,近くで静かな寝息も聞こえた。………その事に強い衝撃を受けた。
 「…………真逆な
 寝息の主は未だ完全に寝付いている様で,その場から一向に動き出す様子はない。
 大凡の見当は既に付いていた。そうして,寝息のする方へとそっと顔を向けた。
 中也の予測した通りに其処には紛れもない,太宰が居た。ぐっすりと夢の中らしい。蒲団に埋もれる様に潜っていた。
 その事に気付いた中也は,急に焦りがふっと湧き出てきた。
 其の儘勢いで,太宰に掛かっていたその掛蒲団を思い切り剥ぎ取った。唯,一刹那後,大きな溜息を零した。
 「はあ焦らせんなよ此奴!」
 中也の思考とは裏腹に,太宰は確りと服を着ていた。今更,無論の事だが,中也自身もだ。それに,何か衣服が乱れた様子は一見見えなかった。安堵もあって,膝から雪崩の様に崩れ落ちた。
 一方で,行成冷えた空気を全身に浴びることとなった太宰は,呻いた後,そっと瞳を覗かせた。
 「お早う中也。なあに如何したのかい,行成起こして」
 「起きてたのかよ」
 「起きるも何も,今迄ぐっすりと夢の中さ。好い心地だったのに。なのに行成中也が私に冷えた空気浴びせかけるから起きたんだよ?」
 凝と状況を眺めて,太宰は口角を一杯に上げて云った。
 「…………あ,若しかして………何か勘違いした?」
 その言葉で中也は身動きが取れなくなった。
 太宰はやおら身体を起こして,声を漏らしながら一つ伸びをした。
 「成程ねぇ………
 「は,違ェからな!何も疚しい事はしてねェからな!」
 「否,それ完全肯定しちゃっているもんだよ?中也。そういう事云っている人は大体しているものだよ?
  まあ何を云いたいかはこの現状見ちゃえば誰でも分かるとは思うけどさ。私と中也がまたシたとでも思って焦ったんでしょ?」
 図星を突かれた中也は如何にも斯うにも出来ず,太宰の激しく胸倉を掴んだ。
 「………嗚呼然うだよ,手前ェが思うように焦ったんだよ俺は!だからなんだよ!?手前ェは何やらかすか分からねぇから疑ったんだよ,悪いか!?」
 「そんなに食ってかかんなくっても。君の癪に触れる様な事した覚えはないのだけど。別に調べて貰っても構わなかったよ?元々そういう関係な訳だからさ」
 太宰は飄々とそう云い,にっこりとし,手をひらひらとした。
 猫の如くするりと逃れられた中也は,口惜しさから,苦虫を噛み潰したようになった。
 「手前を調べる程俺は暇じゃねェよ」
 手を撲るように離すとくるりと太宰に背を向けた。
 「へえ,ああそう」太宰はニヤリと笑みを浮かべた。
 「君にとって好いことが見つかるかもしれないのに?」
 「はァ?」
 「私の口からは云う訳にはいかないけどね」
 「勿体ぶるんじゃねェよ,気色悪りぃ」太宰の目には,そう云いながらもうずうずと気になってしょうがなくなっている中也が鮮明に映った。
 「気になっちゃうの中也?こう云うのは自分で探すのが楽しいって云うのに」
 「——嗚呼ッ,調べればいいんだろ!?調べれば!!って何處調べればいいんだよ!?」噛み付くように尋ねる。
 「五月蝿いなぁ,考えればいいでしょ?中也には折角腦があるんだから!」
 「手前が調べろって云うから調べるんだろうが!ヒントぐらいくれたって佳いだろ!」
 「調べたくないなら強要はしないけど?」
 「手前が散々興味湧くような事撒き散らしたんだろうが!」
 それはいつの間にか,日常的にある云い争いへと発展していった。
 ギャイギャイと一頻り言い争って,何方から共なく互いに黙り合ったのは,結局それから約30分後の事だった。
 「結局誤魔化すんじゃねぇよ,何か云いたい事でもあんだろ」
 中也は吐き捨てると太宰は苦々しく笑った。
 「はぁ……此処まで来るとさ………まあいいか。私も面倒になってきたし…………………中也?」
 「ん?——ッ,太宰ッ,お前何してんだよッ!?」
 太宰は腕を一杯に伸ばすと,中也の腕を蒲団へ引き摺り込んだ。中也は慌てて躰を捻って反応したが,時既に遅し。気付けば全身は太宰に吸い込まれる様に向かい合って抱かれて仕舞っていた。
 「………此処まですれば気付かないかい」
 太宰は俯いて,ぎゅっと中也を己の胸に押さえつけた。
 「此処までって………
 それっきり中也は黙り込んだ。
 「流石に分かっただろう
 「………
 ふと中也が顔を上げると太宰の耳はほんのり色付いていた。すると先程とは打って変わって,中也の心の奥底からむくむくと悪戯心が湧き上がった。
 「なァ太宰」
 「?」 
 「此の儘如何する?」
 「ん?如何するって………
  するりと中也は手を太宰の服の間に差し込む。厭,何,と太宰は非道く動揺するが抵抗は強くなかった。それを尻目にそうっと,“あの夜”の時の様に手を這わせた。太宰の全身の包帯が,中也の手にはきっちりと感じられるが,その行為を幾度やったか正確には覚えていない程関係を結んで居たのだから,如何すれば太宰が悦ぶか,きっちりと分かっていた。
 その手は,まるで蛇の様にするすると這っていく。太宰は知らず知らずの内に震えながら中也に然りと抱き付く。軈て耳元からは太宰が,喘ぐのを我慢する様な押し殺した声まで届く。下の方は既に痛い程硬くなっていた。
 「ちゅ,ちゅーや,何してんのっ!」太宰は震え声で問うた。
 「だってそういうことだろ?元々」中也はニヤリと笑った。
 「なぁ,本当なんだろうな?太宰の,その伝えたい事は」太宰に一番好く効く処をそっと撫でた。太宰は一瞬息が詰まる。
 「ッ………そんな事,嘯いたって,誰が,得するんだい?」顰めっ面で答えた。
 「まァ,そうだよな——なあ,如何する?此の儘」
 中也は再び問いながら,太宰をゆっくりと蒲団に寝かせた。その目はもう獣,そのものだった。
 「——君が望むままに——
 今度は淀み無く,だが当初とはまるで変わって,余裕無き笑顔を見せながら,太宰は答えた。