アユム
2024-11-09 22:10:29
2339文字
Public khmdワンドロワンライ
 

一本桜と一匹狼

こは斑ワンドロワンライ【いい出会い】ル…ピン・ハロウ…ン、公演後の帰る場所

 ――R1が終わった。桜舞い散る会場を後にして、向かった先はスタッフも揃った打ち上げ会場だった。主役の斑と颯馬を筆頭に千秋と薫も並び、会場のメンバー全員の前で乾杯の音頭を取る。うっかり酒を注がれそうになり、
「俺もみんなもまだ誕生日が来ていないからなあ! 俺なんかは特に図体は大きいんだが!」
と、派手に、しかし心から笑った。

 そしてその隣には、屈託なく笑うプロデューサーの姿もある。
 ついこの間〝腹に据えかねることを言われた〟と颯馬に打ち明けたプロデューサーが、今は当の斑と屈託なく笑い合い、次の企画も成功させましょう! なんて声すら聴こえる。見守る颯馬はほっと胸を撫で下ろす。千秋も薫も、みな同じ笑顔で、憑き物が落ちたようにころころと表情を変えて話す斑を見ていた。

 未成年である二人が会場を後にしてからも、斑と千秋、薫はまだまだ話し足りないとりとめのない話をして、少しのアイドル論を説きあって、気恥しさに笑ったりした。
 それこそが、ずっと渇望していたごく普通の平和な日常と青春なのだと気づいた斑は、顔をくしゃくしゃにしたくてたまらない情動に駆られている。そんな夜。

今日、もしくは近しいいつかかもしれない日に見た桜舞い踊る舞台を胸に閉じ込め、斑の足はただ一箇所を目指した。
 拠点にしていたマンション。なんの拠点かと問われれば今はもう意味をなさなくなったと答えてもいいのだろうか。いつの間にか他人の荷物が増えて、いつの間にか他人は他人ではなくなり、ただいまと声にする前におかえりと声が響くその場所。
「おかえり」
 声がする。
――ん?」
斑は、真っ暗な玄関の上がり口出迎えにきた目の前の人物を見つめていた。
 少し色が白い肌に桜色に染まりつつある頬。力は強いが華奢な肩、腕。その年齢の男子よりほんの少しだけ低い背。最近僅かに低くなった甘いまっすぐな声。アメジストのような瞳。桜色の髪。
……こはくさん」
「ん?」
 斑は夢の中にいるような心地でその名を呼んだ。
 こはくは両の腕を広げてその腕で斑の胸を抱き締め、
……お疲れ、斑はん」
そう紡ぐ。

 言葉にも魔法はあるのではないか。
 胸に沸き起こるこの気持ちはなんだ?

 今度こそ斑は顔をくしゃくしゃにした。こはくに〝斑はん〟と、そう自身を呼ばれる度に胸に湧き上がっていた気持ち。自分は自分だ、斑なのだと、少しずつ愛し愛されるための自信を与えてくれた、甘くて優しくて、時に厳しいその声。その声で呼ばれてしまえばどうしようもない。抱き締めるこはくの肩にくしゃくしゃの顔を埋めて、少しの鼻声が続いた。
……ありがとう」
「ん。舞台もよかったで。こっそり観とったけど、お客はんみんなとびっきりの笑顔で」
少しずつ、こはくの部屋着にできる涙の跡。
……ああ」
「なによりな。斑はんがほんまに心から楽しそうやった」
啜る鼻声。
……ああ」
「ええなあ、そういうん、あったかくて」
……こはくさん」
くしゃくしゃの顔を上げられないまま、斑は続ける。
「君と出逢ってよかった……好きにってよかった、なあ……
いつもよりまろやかで少し細い声、震える声。一音一音、一言一言を確かめるように大切にそこに言葉を置いた。張る虚勢もなく、借りてきた虎の衣もなく、一匹の狼の子供が零すのだ。こはくの耳に、心に、届くように。
「えらい甘えん坊やなぁ?」
 そう揶揄うこはくの優しく甘やかな声が斑を包む。いつだって鋭い怒り声を上げていたこはくも、こうして穏やかに話すようになった。変わっている。斑も、こはくも、確実に。
「好きになってよかったって……本当に、思うんだ」
こはくが少しだけ喉を鳴らす音が静かなマンションの玄関に響いた。
「それぐらい君には助けられた。生涯をかけても御礼を返しきれないぐらいに。俺は……俺は変わることができたかなあ? こはくさんが教えてくれたみたいに、変わ……
「じゅーうぶん。充分じゃ」
こはくの腕の力が強くなる。恐らくベランダの窓を開けているからだろう、外からざあと春の風が吹き込んだ。
……あの日、あの場所で君に逢えてよかった」
……けど、最後に自分の足で立ったのは斑はんやで」
 いつだってその声が導く。斑はまた顔をくしゃくしゃにして、しかし今度こそ顔を上げて告げる。
「好きだ。こはくさん」
凛と、しかしまろやかに優しく、春風に負けないように強く、しっかりと。
……わしも」
 
 芽生えた情は信頼へと形を変え、恋となり、やがて大きななにかになる。それを知っているのは、あの日桜を嫌っていたこはくだ。そして今、その眼前でくしゃくしゃな顔のまま微笑んだ斑もまた、もうその正体に気がついている。

 斑の手が強くこはくの背を抱いて、こはくの腕も緩められることはない。

 君と出逢ってよかった――もう一度そう告げた斑の唇がこはくの額に落ち、子供扱いするなと怒るこはくの唇が斑のそれを攫う。幾度となく触れてきたはずのその唇が今日は特別にあたたかくて、その距離で笑い合った。
 いつの間にか滑り出した斑の手がこはくのシャツのボタンにかかり、こはくは笑いながらそれを制する。
「おいこら、待て」
「いやあ待てないなあ!」
「あーもう」
「トリック・オア・トリート! こはくさんをくれなきゃ悪戯してしまうかもなあ?」
「まったく……もうしとるやろ、困った狼はんやな。そんなこと言わんでも、いつでもやるわ、阿呆」

 かくして、一匹狼は桜の花を手に入れた。

――Happy Halloween!――


fin.

こは斑ワンドロワンライ
【いい出会い】
60min+15min