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織音
2024-11-08 23:00:36
6702文字
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永遠を誓って
「僕たちの『永遠』は、『失う』ことによって完成される。」
終戦IF軸の里指。僅かにですが21章の内容あります。
殆ど幻覚と捏造で出来てるので注意。
指が里を亡くした後の話。
幸せでいてね。
某日、いつもと変わらない夏の日。レースカーテンが揺れた音で目が覚めた。
パタパタと揺れるそれによって和らげられた日光が差し込み室内を照らしている。どうやら外は快晴のようで、白い病室の中に空の青を僅かに映していた。
「
…………
今、は」
「今は午前十時ですよ」
柔らかい少女の声が降ってくる。視線だけを声のした方へ向ければ、病室の白によく似た色の存在が立っていた。
ベッドの側から覗き込むようにこちらを見ていたのは長い白髪の少女
――
の姿をした、よく見慣れた構造体。
「
……
リーフ、おはよう」
「おはようございます、指揮官」
もう指揮官じゃないよ、とこの数十年で何度伝えたかもわからない言葉を口にして、苦笑いしながら体を起こす。苦戦しているところをリーフが手を添え介助してくれた。ありがとうと小さく笑えば、リーフははい!と満面の笑みを咲かせる。
「随分光が強くなってきたね
……
今日は何日?」
「二十三日です。もうすぐ八月になりますね」
今年も暑くなりそうですね、と開けられたカーテンの先、病室の窓の外に視線を向ける。そこにあるのは空中庭園の鋼鉄の無機質な街並み
……
ではなく街路樹と夏の日差しの中を往来する人々。
大通りに面した大きな病院の一室。人の往来がよく見えるこの病室は、今はもう数少ないお気に入りの場所であった。
どうして僕がこんなところにいるのか、という疑問もあるだろうが、まずは現在の状況を説明しようか。
結論から言えば、人類はパニシングとの戦争は終結した。あまりにも永かった戦いを経て、ようやく人類は勝利し地球という生命の揺り籠に帰還を果たした。
コンステリアを中心に進んだ復興作業も、数十年経った今では幾つもの国を再建し、人類は昔のような栄華を取り戻していた。僕は記録の中にある『黄金時代』しか知らないが、かつてのその時代と比べたとしてもきっと遜色はないのだろう。
そんな平和な世界。誰もが望み、待ち侘びた世界で今を生きている。文字通りハッピーエンドを掴み取ったわけだ。
そして地球奪還を果たした僕たち指揮官や構造体たちはといえば、精鋭部隊などを含む空中庭園の軍部は解体された。それと同時に構造体たちの扱いについて世界政府で議論が交わされたが、議長や数多くの人の尽力があったおかげで、最終的に『人間』として扱うという結論に至った。『人間』として生きる為の肉の殻を捨て、戦いに身を投じた構造体たちも遂に『人間』本来の姿を取り戻した。
勿論、その戦闘機能や身体能力を活かして国防などを担う軍に所属する者もいれば、医療に関する知識を活用して医療従事者となる者もいる。しかし、多くは人間に混じり、人間と同じように働いて『普通』の生活を送っているらしい。
――
どうして『らしい』という言葉を使うのかといえば、外の世界で暮らす彼らに直接会っている訳ではなく、毎日此処に訪れるルシアとリーフから聞いたことだからだ。
窓の外から既に見慣れた病室へと視線を戻す。拍動を可視化する心電図、点滴、何かよくわからない医療用の機械。その全てと心臓の拍動、呼吸。それが今、僕を生かしていた。
ここからは僕の現状について話をしよう。まあ、大凡察しがついているだろうが
――
もう僕に残されている時間は残り僅か、らしい。
長年、過労で倒れるほど働いたり過酷な戦場で生きてきたせいか
……
はたまた単なる衰弱か。どれかは分からないが、いつこの命の燈火は潰えてもおかしくないらしい。
長くて二週間。早ければ明日にでも、と告げられたのがおおよそ一週間前。所謂余命宣告というやつである。
もうそんなに時間がないのかと思う反面、何処か納得している自分もいた。ベッドから体を起こすこと、それさえも一人では難しくなっていたから。
そうやって宣告され、死が近づいていく体で自分の終わりなんてものを考えるが
……
僕は相当運が良いな、なんて思う。
理由は幾つかあるが、何より一人で死ぬことを考えなくて良い。一秒後の保証さえない戦場で苦しみながら散るのではなく、緩やかに滅ぶことができるのだから。それに最期は苦しくないと聞いているからなのか、別段恐怖もない。思い残していることもきっとないだろうし、きっと今死んだとしても未練なんてないなと他人事のように思う。
そんなベッドに縫い留められる生活を続けている僕の元へ毎日足繁く通うルシアとリーフ、たまに訪れるクロムやバンジ
……
多くの構造体の皆との会話が趣味らしい趣味のない僕の唯一の日課だった。
「指揮官、私は戻りますね。あとでルシアが来るみたいですが
……
もう一度お休みになった方がいいと思いますよ」
「あぁ、分かった。ありがとう」
「はい。それでは、ゆっくりとお休みになってくださいね」
リーフが部屋を出ていくのを見送ってから、再びベッドに身体を沈める。開いたままの窓から雑踏の喧騒が聞こえていたはずなのにそれもどこか遠く、ひとりの病室は酷く静かになってしまった気がした。
目を閉じて、静かに時間が過ぎるのを待つ。いつもの退屈な時間。それさえももうすぐ終わってしまうのだと思えば何処か特別に思えた。
折角ならば死ぬ前に、目に映る全てを焼き付けておこうか。そう思い目を開いた、刹那。
「指揮官」
青年の、声がした。
「
……
誰か、いるのか」
聞き慣れたクロムやバンジの声とは違う、落ち着いたテノールだった。視線だけを声がしたはずの方へ向けるが、そこには誰もいない。
「指揮官」
そもそも扉の開いた音がしなかったのだから聞き間違いかと目を閉じれば、次は聞き間違いなどではないと告げるように耳許でそのテノールが響く。穏やかに自分のことを指揮官と呼ぶその声に、ふと既視感を覚えた。
どこで聞いたのだろう?パニシングとの戦争が終わるよりも、もっと前?ずっと、ずっと昔よく聞いていたはずの声
……
よく聞いて、いた?
「誰、だった
……
かな」
……
早く思い出さなくては。
不思議な焦燥感に駆られ、緩やかに思考を巡らせる。知っているはず、覚えているはず。今思い出さなければ、きっと永遠に思い出す機会を失ってしまう。また失ってしまう前に、早く
……
『また』?
『指揮官』
記憶の中の声が響いた。
「この
……
声
……
」
あの青年の声と同じ凛とした響きを持った
……
僕が好きだった声。
「あ」
忘却というベールを被っていた記憶が、鮮やかな青の色彩を伴って溢れ出す。場所や思い出、言葉と声、体温と、ずっと
……
ずっと忘れていた誰よりも大切な、僕に愛をくれたひとの名前。
「
…………
リー」
ずっと、ずっとずっと呼びたかった、ただ一人の名。忘れてはいけなかったはずの名前。
「君、だったんだ」
その名前と共に思い出したのは、一人になってしまった日の記憶。
リーが亡くなったあの日。傷だらけの手で彼の亡骸を拾い集めたことを思い出した。ルシアとリーフの制止も聞かず、満身創痍の身体を引き摺って。せめて手の届く範囲だけでもと、傷付けないように、慎重に、丁寧に。
拾い集めた破片を彼に返して機体ごと抱きしめた。鋭く破損した部分が刺さり、満身創痍の身体に新たな傷を作る。自分の血と青い循環液、混ざり合わないそれらが互いの身体を濡らした。赤色が滑っていく青い命の海の中で一人抱き留めた冷たさを思い出す。
『
……
ゆっくり、おやすみ』
二度と開かれることのない眼に微笑みかける。不思議と涙は出なかった。きっと彼と交わした約束のせいだ。
『また会おうね、リー』
無限に続く未来まで、僕の傍で約束を果たしてくれるんだろう?
そう信じた。そう願った。それでも失う痛みが心を蝕みやがて、忘却という人間の理によってリーを忘れた。
くれた言葉も温度も優しさも、全てが呼吸するたびに色褪せて、錆びついて。僕の中の君が死んでいた。しかしそれを思い出させてくれたのは
……
生き返らせてくれたのは幻にも似た、彼自身の声。
……
忘却は人である限り避けられないもの。だとしてもこんなに大切だった君を忘れてしまうなんて、と自嘲的に口角を上げる。
「
……
こんな、君を忘れていた薄情者を、迎えに来てくれたのか」
返事は無い。目には見えないがきっと『そこ』にいるの彼に向けてあの頃よりも皺がれた手を伸ばす。
しかしその手は何にも触れることもないまま、ベッド上に力なく投げ出された。ああ、もう
…
時間か。最期が苦しくないって本当だったんだな。本当に
……
ただ眠るだけみたいだ。
開ける状態を保つことすら難しくなった瞼が閉じてしまう前に、微睡んだ声で彼の名を呼ぶ。
「今、行く、から
……
あと少しだけ
……
待って、て
……
」
ベッド上に投げ出された手の、指先から緩やかに力が抜け、遠ざかる全ての感覚にゆっくりと瞼を閉じる。
「
……
待っています、指揮官」
あと少し待つくらい、苦ではありませんから。
命を手放す最中にしてはやけに鮮明に聴こえる、声。
走馬灯というやつか、もしかしたら本当に
――
。
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次に目を開けた時は、よく見慣れた執務室の椅子に座っていた。
どれくらいの間目を瞑っていたのだろう。一瞬にも満たなかったのか、もっと長い間だったのか。目覚めたばかりのはずなのに何故かよく目が冴えていて、あの重くなっていく瞼の感覚は一切残っていなかった。
「
……
夢
……
なわけないか」
椅子から立ち上がる体が軽いのも酷く懐かしく感じてしまうのは、きっと先程まで老いた体だったというだけではないのだろう。
どうやら今の姿は『指揮官』をしていた時の姿らしい。年齢で言えばおおよそ■■歳くらいだろうか。先程まで全く違う姿の老体だったというのに、若い頃の姿に戻っているというのは何処か不思議な感じがする。まあ
……
一人で歩けるというのは嬉しいけれど。
「
……
」
ざっと観察したところ、記憶の中にある執務室とほとんど変わりはない。デスクに置かれた戦術端末に、ミニロボ。唯一違うとするなら、時計に表示された時間がある一瞬で止まっていることくらいだろうか。
まあ、この部屋にいても何が変わるわけでもないのだろうと渋々数十年ぶりに座った執務室の椅子から降りる。彼が調整してくれた椅子というだけあって座り心地が良く、あともう少しくらいは座っていたかったが、また後でと別れを告げて執務室の扉を開いた。
――
扉を開いた外の世界は無機質な空中庭園の廊下ではなく、青い光を放つ反転異重合塔が聳える清浄地だった。
しかし記憶の中にある清浄地とは異なり、建物や道の細部はブロック状に欠けたり、解像度の低い映像のように荒かったりと、崩壊と構築を繰り返しながら本来の形を再現しようとするかのように蠢いている。
遠くから遠雷にも似た音が響いた。驚いて視線を向ければ、その場所だけが異様に色褪せ、急激に朽ちていく。そして消失しては欠けた部分を埋めるように清浄地の形を再現していく。
どうやら、今のこの世界は僕の記憶を写しているらしい。いつの日か目の当たりにした、荒廃しきった清浄地や赤い異重合塔の姿が現れてはエラーのように修正されて消失し、また現れるを繰り返す。
さて、どうしたものだろうか。此処が僕の想像通りの場所なら
……
確信は持てないが、きっと死後の世界とかいうやつだろう。本当に存在するとは思っていなかったが
……
扉を開けた先がこの場所であったいうことは幾らか彼と関係があるのだろうか。
「いるの、君も」
崩壊の音に掻き消され、その言葉は何処にも行けないまま消える。
この言葉が届かなくとも構わない。時間なんて幾らでもあるんだ、彼が見つかるまで探せば良い。此処ではきっと、時間など意味を成さないの数列に過ぎないのだから。
視線を上げ、一歩踏み出そうとした瞬間。
「指揮官」
凛とした響きを伴って、空間に聞き慣れたクロムやバンジの声とは違う
……
落ち着いたテノールが響く。
導かれるように声の方へ向けた視線の先。先程まで自分という存在以外、誰ひとりとして存在していなかった世界に、新しい影が一つ。
――
その影の双眸は、どこまでも透き通るような青色をしていた。
「
……
ぁ」
もう鼓動を手放した、存在意味も意義も失ったはずの心臓が大きく脈打ったような気がした。
刹那、清浄地を写した世界は崩壊と構築のループから解放され、空も異重合塔も何もかもが澄んだ青色に染まる。荒廃していつかの絶望に塗れた瞬間があの日、あの時
……
反転した異重合塔から『彼』が帰ってきた、人類が一縷の黎明を見た瞬間に塗り潰される。
硬質な靴音にも似た音が響いて、一歩ずつ青色が近付いてくる。
会いたかった、寂しかった、いなくならないでほしかった。そのひとへ伝えたいことは幾らでもあるのに、言葉が喉につかえては声にならないまま、もう不要なはずの呼吸になって吐き出されていく。
手を伸ばせば、触れられる距離。しかし、まだ目の前にいる存在が本物なのか幻なのかわからなくて。いつかの夜の中、記憶の中にしか存在できない青に縋ろうと虚空に伸ばしていた指先のように酷く震えていた。
「
……
久しぶり、だね、リー」
目の前の存在に触れられないまま、ようやく幾つもの言葉がつかえる喉から出てきた言葉は、普遍的な再会の言葉だった。
「えぇ、久しぶりですね。指揮官」
それに答えた構造体の、彼の眦がふっと緩む。その綺麗すぎる微笑みに、あの日枯れ果てたと思っていた涙が零れた。
数十年越し、鼓動を手放し生を失った先で果たされた
……
彼との『永遠』の約束。
「ようやく
……
来てくれた」
僕たち二人を引き離した数十年の『永遠』が今、確かに綻んだ。
「全く、随分待ちましたよ」
思い出すのもこちらに来るのも、全部遅いんですよ。
皮肉めいた言葉の割に優しい声色も、頬を滑り伝う涙を指で拭ってくれる優しさも。その彼らしさがどうしようもなく懐かしくて。
「本当に、君、なんだよね、リー」
「えぇ、本物ですよ」
偽物のはずがないでしょう?まさか疑うんですか。と言外に滲ませながらリーは言う。
「疑うのなら、触れて確かめてみてはいかがですか。ああ、それとも貴方のミニロボに組み込んだボイスデータを全て暗唱して差し上げましょうか。あれは僕と貴方しか知らないはずですから」
「
……
リー」
「はい」
聞き慣れた、澄んだ返事が世界に響く。
いつの間にか忘れてしまっていた
――
もう一度聞きたかったと焦がれた声が鼓膜を震わせて、頬を伝うだけだった涙はついに止められなくなった。
「
……
会いたかった、リー」
「僕もですよ、指揮官」
「っ、リー
……
!」
「此処にいます」
リーは何度も名を呼ぶこちらの手を取り、確かめさせるように繋いだ。いつかの白日光のように確かで、どこまでも穏やかな光の中で柔らかな笑顔を浮かべて、真っ直ぐにこちらを見つめる。
「夢でも幻でもありません。僕は
……
確かに貴方の傍にいます」
きゅうと微かに力が込められて、その指を絡めるように繋がれる。その手は温かくも冷たくもない無い。しかし確かに感じるこの熱はきっと、彼に触れなければ気付けなかった死ぬまで
……
いや、死んだって消せない彼への、恋だった。
どう足掻いても僕はこの恋には抗えないし、彼と繋いだこの手を離すことも出来ない。互いから目を逸らすことすら許されないこの上なく甘美で、残酷な運命に目を細める。
もうどうしたってお互いから逃げることなんて出来ないのなら
……
一つだけ、聞いても良いかな?
どんな答えだっていい。どんな言葉だっていい。逃れられない運命なんかじゃなくて、君の意思で、君の声で、君の言葉で
……
君の、答えを聞きたい。
手を繋いでいてくれる?時間という絶対的なルールさえ通用しない、確かなこの永遠の中で。
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