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柚子子
2024-11-08 19:45:24
8102文字
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ベリーベリー
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ミルコと飲酒 ラウンド2
爆豪長編『ベリーベリー』の番外編。本編最終話のネタバレを含みます。
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休日出勤を終えた土曜の夜。
苗字
から「今日はミルコと、うちで飲む約束してるからね」と聞いていたから、帰宅した時点でうちにウサギやろーがいたことについては、まあ特に驚くべき事象とはいえない。
そうではなく、問題は、
「おー、帰ったな、ダイナマ。邪魔してるぞ」
「これはどういう状況だ、ウサギてめえ
……
」
「酔った
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が私にメロメロになってる」
「ふっざけんな
……
」
リビングのソファーに座るミルコ、その横に同じく腰掛ける
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。その
苗字
があろう事か、締まりのねえうっとり顔を堂々晒し、ミルコを見つめている。
頭わいてんのかってレベルの腑抜けヅラ、全身の骨が砕けてるとしか思えねえぐでぐで姿勢。
これこそが、眼前に横たわる最大の問題だった。
俺の稼ぎで借りてる家で。
俺の戸籍上の妻が。
俺の同業者に、ほぼ寝取られているみたいな、カスすぎる状況。端的に言って、悪夢としか言いようがない。
と、うっとり顔でミルコにしなだれかかっていた
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が、どんくさい動作でこちらに顔を向ける。帰ったままの恰好で立ち尽くす俺に、
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は気の抜けた顔でへなへな笑った。
「あ、爆豪くんおかえりぃ。ミルコ、紹介しますね。こちら爆豪くん」
「知ってる」
「爆豪くん、こちらミルコだよ」
「知っとるわこのクソ酔っ払いが」
冗談ではなく本気で言っていそうな酔いどれ顔の
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に、俺は怒鳴るのも馬鹿らしくなって溜息を吐いた。
ひとまず、室内にむんむんとこもった酒のにおいを一掃すべく、窓を開けて網戸にする。空気清浄機の電源も入れて最大パワーで稼働させてから、俺は一度身支度をととのえるため部屋を出た。
リビングからはガキみたいにけたけた笑う
苗字
の声が聞こえている。あそこまで酔っぱらっている
苗字
ははじめて見たし、あんなふうにけたけた笑っている声もはじめて聞いた。そういえば結婚したばかりの頃、
苗字
を酔い潰そうとして失敗したことがあった。結構飲ませても、結局少し顔を赤くする程度で終わってしまったが、となると今日はいったい、どのくらい浴びるように飲んだんだろうか。
部屋着に着替え、手洗いうがいを済ませてから、ふたたびリビングに戻った。夕飯は済ませてきている。リビングの空気はさっきよりは多少換気が進んで、ましなにおいになっていた。
ざっと周囲を見る。今ウサギと
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がいるのはソファーだが、酒盛りの形跡がダイニングテーブルの上にも残っている。ソファーの前にはローテーブルもあるから、飲んでる途中でリビングのソファーに移動したんだろう。たしかに、このぐでんぐでんの状態の
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を、高さのある椅子に座らせておくのはやや危険だ。
「で、えーとなんの話れしたっけ」
この期に及んで酎ハイの缶を手にしっかり持った
苗字
が、上目遣いにミルコを見た。ミルコはビールの缶につけていた口を離して、
「だから、最近の私の活躍について良かったところ百個だろ。今九十九まできたから、あとひとつ残ってんぞ」
と、耳を疑いたくなるような返事をする。が、耳を疑うような会話はそれだけにとどまらない。
「んー、あとひとつかぁ。ミルコすごすぎかっこよすぎ最高すぎるから、あとひとつに絞れるかなぁ」
「絞れなかったぶんはまた次回聞いてやるって」
「はあ、優しい
……
。本当にミルコだいすき
……
」
事ここに至って、俺は傍観の限界を迎えた。誰だこの女。俺の知ってる根暗じゃねえんだが。
「おい、どういうことだ、まじで」
声を低めてミルコに問う。ビールをちびちびやっていたミルコは、俺の声に「ん?」どうでもよさげに視線を上げる。
「どうもこうも、
苗字
が酔い潰れたとき恒例の褒め殺し大会だろ。このところむしゃくしゃすること多かったからな。
苗字
に褒め殺させて気分よくなろうかと」
「褒め殺しだァ?」
「ん、もしかしてダイナマ、お前まだ
苗字
のこと酔い潰したことなかったのか?」
他人を酔い潰すことを、しごく当然、当たり前のような口調で語るミルコにおぞけが走る。この女、前々から若干やべえところがあるとは思っちゃいたが、思っていたよりよっぽどかもしれない。
苗字
の交友関係に口を出す気はないにしても、ちょっと付き合い方を見直させるべきなのかもしれない。
そんな俺の胸中を知らず、というか俺の胸中になど興味がなさそうに、ミルコは続けた。
「こいつ昔っから、限界こえて酔いつぶれると褒め言葉製造機になるんだよ。何せ
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は私のこと大好きだからな、タガが外れるとこうなる」
そう言われ、俺はしげしげと
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を見た。真っ赤な顔に、うつろに潤んだ目。どこからどう見ても完璧な酔っぱらいだった。かろうじて会話は成立しているようだが、話している言葉は普段の
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から到底聞かれないような甘ったれたものだし、そもそも呂律がまわっていない。
「まあ、普段はだいぶ酒量セーブしてるだろうし、よそでこんなふうにはなんないだろうけど。今日は宅飲みだからかパカパカ飲んで、そのおかげで久々にこれになってる」
そう言って、ミルコは
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の肩に手を回すと、そのまま
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をぐいと自分の方に引き寄せた。
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はされるがまま、またけたけた笑っている。その顔を見ながら、俺はいかんともしがたい腹立たしさを感じていた。
何が腹立つって、こいつのこの酔いどれふにゃふにゃクソ態度にも腹立つが、ミルコはこれを何年も前から知っていたのだということに、何より一番腹が立つ。会わなかった八年に見逃したさまざまについてはほとんど諦めと折り合いがついているものの、こればかりはさすがにそういうもんだと割り切れる問題じゃない。
こういうのは、真っ先に俺が見てしかるべきだろうが
……
!
わなわなと拳が震える。腹立ちまぎれに、卓上の缶ビールに手を伸ばした。勢いよくプルタブを開けると、しばらく黙っていた
苗字
が「あ」と、ミルコに抱き寄せられたまま、また口を開いた。
「ミルコのかっこいいところ、あとあれえすね。この間の強盗事件の」
「ん? ああ、そういやそんな事件あったっけ」
「あのときの装具の取り回しがぁ、もう本当にかっこよくて
……
。映像見た感じだと、けっこう狭い店内だったじゃないですか。それにあのときのミルコ、重機レベルの義肢つけてたから、正直持て余していてもおかしくないのに、そこをエッジショットとの連携で
……
はあ、思い出しただけでかっこよすぎてどきどきする
……
!」
「そんな褒められるほどの活躍でもなかったけどな」
「そんなことないですよっ!」
「うるせえ。声落とそうな」
ミルコの手が
苗字
の口をふさぐ。じゃれあい、暴れる
苗字
とミルコ。まじで俺は何を見せられてんだ。つーかこのクソうさぎ、絶対に分かってやってんだろ。俺に見せつける気満々じゃねえか。俺はそんなクソ根暗をはべらせてんのなんか、毛ほども羨ましかねえんだが?
疲れた身体に冷えたビールがうまい。ぐびぐび一気に飲み干したところで、ミルコのにやけ顔と目があった。
「やけ酒か? 男の嫉妬は見苦しいぞ」
「んなわけあるか」
「ま、
苗字
の褒め殺し百選聞いたし、ダイナマも帰ってきたことだし、そろそろ私は帰るか」
缶をテーブルに置き、ミルコは唐突に腰を上げた。
苗字
と違い、その足取りはしっかりしている。
苗字
に付き合ってそれなりに飲んでいるはずだが、さすがに現役ヒーロー、正体をなくすような無様な酔い方はしないらしい。
立ちあがったミルコに、
苗字
が姿勢を起こしながら悲しげな顔を向ける。
「えっミルコもう帰っちゃうんですか?」
「飲み足りねえか? あとは旦那に付き合ってもらえ」
そうしてミルコは「ダイナマ、ちょっと」と俺を部屋の隅まで連れて行った。
苗字
に聞かれて困る話もないだろうがと思いつつ、面倒なので連れて行かれるままついていくと、
「もう結構飲ませてるから、あんまこれ以上酒出すなよ」
ミルコが声をひそめ、多少は真面目に聞こえなくもない声で言った。
「結構って」
「あの辺に転がってる缶はだいたい
苗字
が飲んでる」
そう言ってミルコが指さしたのは、今は無人のダイニングテーブルだった。そこには先ほど俺が、ふたりで飲んだのだろうと思った空き缶がずらっと並んでいる。
あれをほとんど
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がひとりで? ということは、俺が思っていた量より、単純に倍の量の飲酒をしていることになる。
「おい! てめえバカだろ!!」
「いやあいつのこと潰そうと思ったら、あのくらいになるんだって」
悪びれた様子もないミルコは「ヘパリーゼ飲ませてあるから大丈夫だろ」と、楽観的なことこの上ない発言で俺の言葉を笑い飛ばした。そして、
「んなカッカすんなって。私はもう帰るから、あとはほれ、お前が褒め殺してもらえば? 多分あいつ、ダイナマにも褒め殺しやるぞ。昔おまえとのことで、私に未練ダラダラで管巻いてたくらいだから」
「
……
」
「
苗字
のことメロメロにしといて飲む酒はうまいぞ!」
「カスの肴すぎるだろ」
「じゃ、そういうわけだから。またそのうちな」
それだけ言うと、ミルコは本当にさっさと我が家を後にした。酔った様子は微塵もなさそうだったから大丈夫だとは思うが、引くほど豪快な女だった。まあ、たとえ帰り道に暴漢に襲われたところで、ミルコが無様を晒すようなことは万に一つもありえないだろうが。
ミルコが帰ったことに今更のように気が付いた
苗字
が、目をしぱしぱさせながらこちらを見る。
「ミルコ本当に帰っちゃったの? 見送り
……
」
腰を上げようとするのを、俺はそのままソファーに押し戻した。こんな酔っぱらいの状態で見送りになんて出したら、どんくさいこいつのことだ。やれ転んだだの、やれぶつけただの、余計に面倒なことになりかねない。ミルコもそれが分かっているから、さっさと帰っていったのだろう。
「いい、いい。もう出てった」
「そうなんだ
……
ミルコともっと話したかったのに
……
」
そう言って残念そうにする
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に、俺はみょうにイラっとした。俺が帰ってくるまでの時間だけでも、
苗字
とミルコはこんな酔いどれになる量の酒を飲んでいる。夕方から飲み始めていただろうことは想像にかたくない。そもそもミルコと
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は、それなりの頻度で連絡をとっているらしい。この期に及んで、別に惜しむようなもんでもないだろうが。
「俺じゃ不満かよ」
さっきまでミルコが座っていた場所にどっかり腰をおろし、ふた缶目のビールに手を伸ばす。俺の文句に、
苗字
は「そういうわけじゃないけどぉ」と、相変わらず呂律の回らない口調で、もごもご聞き取りにくい返事を寄越した。その不服そうな顔に、ますます苛立ちが募る。
「あのウサギやろーには随分な接待してたじゃねえか。おい、こら。ありゃ、一体どういう了見だ? 俺にはあんなん言わねえくせによ」
缶ビールを開けて、隣の
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のほうへと半身を向けた。通じているのか分からないなりに睨んでやると、
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はガキみたいに、むっとくちびるを尖らせた。
「ミルコのことは特別らから」
「ハッ、そうかよ」
「でも爆豪くんのこともちゃんと特別だよー。ミルコの好きはかっこいい強い最高って感じで、爆豪くんの好きはかっこいい強い大好きって感じというか」
「ほぼ同じじゃねえか」
「ぜんぜん違うんらってば!」
いつもの
苗字
よりも張った声が出て、俺は咄嗟に
苗字
の口をふさいだ。もごもご、と俺のてのひらに向け何やら喚いている
苗字
に、面倒くさくなって溜息を吐く。こいつ、酔うとめちゃくちゃ面倒くせえ。
とはいえ、ここまで酔っている
苗字
を滅多に見ることがないのもたしかだ。ミルコの言ったとおりにするのも癪だが、それはそれとして、酔った
苗字
の褒め殺しとやらを、見ないでおく手はない。
苗字
が窒息しかけて静かになったのを確認してから、ようやく俺は
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の口元から手を離した。そうしてふうふうと荒く呼吸をしている
苗字
に、
「特別だって言うならよォ、じゃあ言ってみろや、俺の好きなところ。ウサギに百個挙げられんなら、俺にも挙げられんだろ」
わざと煽るような物言いをする。が、たちまち
苗字
は左右に視線を泳がせた。
「え、そ、それはぁ
……
爆豪くんは『爆豪くん』という包括的なひとつのパッケージとして完成されてるわけらから、個々の要素への個別の評価については、この場での回答は差し控えさせていただきたいというかぁ」
「急に事務的かつ
体
てい
よく断ってじゃねえ!」
この根暗、本当に泥酔してんのか? あまりにもいつも通りのむかつく回答だったものだから、普通に怒鳴りつけてしまった。
苗字
の顔は真っ赤だし、依然として泥酔状態にあるのは間違いない。が、このアホはむかつくことに、ミルコにやってみせたような褒め殺しを、俺には一切見せようとしなかった。まじでなんなんだ、こいつ。褒め殺しをやらないのならば、今の
苗字
は本当にただただ泥酔しているだけのダメ人間ということになる。いいところが一個たりともない。酒カス。今すぐ呼吸やめろ。
バカバカしくなって、俺はぐいっと缶ビールをあおった。
結局のところ、この根暗に何かを期待するだけ無駄なのだ。こいつはこちらが何か期待しているときほど、がっかりの肩透かしを連発するような空気の読めない人間だ。昔から変わらない、俺が何度、こいつに期待して煮え湯を飲まされてきたことか。
「ったく、なァにが『大好き』だ。ウサギのいいとこは出てきて俺のは出てこねえじゃねえか」
どうせ酔っぱらい相手だと思い、文句をそのまま口にする。
苗字
は口をつけるでもなく手に持っていた酎ハイの缶を置き、くちびるを尖らせたままこちらを見た。
「れも、大好きなのは本当じゃん。結婚したいなと思うくらいだから、そうとう好きじゃなきゃねぇ、そんなこと思わないよ」
「へー、そうかよ」
今更とってつけたようなこと言われたところで、それで気分がましになることもない。おざなりな返事をしていると、何を思ったか
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が唐突に、カン! と高い音を立ててローテーブルに酎ハイの缶を置いた。そして俺の方にぐっと身体を傾け、険しい顔で俺の顔をのぞきこむ。
「もしかして爆豪くん、知らないの? 私がどんだけ爆豪くんのこと好きなのかさぁ」
「は?」
「はあぁぁ、本当さぁ、爆豪くんってさぁ、ぜんっぜん伝わんないよねぇ
……
! こんなさぁ、こんな、こんなにさぁ、好きなのに?」
こちらに迫る、
苗字
の目が据わっている。面倒くせえと思いつつ足蹴にできないのは、酔っぱらいの戯言にしては、なかなか言い方が真に迫っているからだった。
アホがなんか言っていやがる、と一蹴するには、あまりにも気持ちがこもりすぎている。おそらくこれは、酔ったはずみに転び出ている根暗なりの本心だ。
寝ぼけているときくらいしか、
苗字
は本心を口にしないもんだと思っていた俺は、思いがけない展開にさすがに多少面食らった。
それでもどうにか、心持ちを立て直す。褒め殺しにせよ今のコレにせよ、普段シラフの
苗字
が言わないことを、酔いに任せて喋りまくっているという点では同じこと。別に俺がひるむ必要などない。
そう自分に言い聞かせたところで、据わったジト目で俺を睨んでいた
苗字
が、ふたたび口を開く。
「私がさぁ、こんなに爆豪くんのこと好きなの、爆豪くんはちゃんと分かってる? 毎日毎日、私が爆豪くんのことばっか考えてんの、爆豪くんはちゃんと知ってるのぉ?」
「
……
おい」
「なに」
「毎日俺のことばっか考えてるっつーのは、さすがに嘘だろ」
「それはまあ、ちょっと盛ったけど
……
」
「盛んな!!!!」
「でも、爆豪くんのこと大好きなのは本当じゃん
……
。ほんと、爆豪くんがみんなに見つかる前に、私が見つけられてよかったって、いつも思ってるもん」
この期におよんでエピソードの水増しをはかる
苗字
は、俺に怒鳴られむっとした顔をした。
「ちゃんと好きになれてよかったって、思ってるんだから」
恨みがましい口調に、俺は大きなため息をひとつ吐く。さっきからこいつは知ってんのかだの、伝わってないだの好き勝手言ってくれているが、俺にしてみれば結婚してからというもの、そっちこそちゃんと理解してるのかと、そう言いたくなるような日々の繰り返しだ。
俺が、この俺がだ。このナンバーワンヒーローとして歴史に名を刻むだろうこの俺が、よりにもよって、この根暗を選んだ。その事実の意味と重さを、こいつはどの程度理解しているんだろうか。
断言してもいいが、こいつは毛ほども理解しちゃいない。なんだかんだ言って、こいつは俺を舐め腐っているからだ。
そもそもが、クソみたいな中学時代、背景に同化した冴えない根暗を見つけたのは俺だった。先に目ざわりなしぐさをしたのはこいつでも、接触をはかったのは俺からだ。
こいつが俺を見つけたんじゃない。俺が、こいつを見つけた。
「アホが。何を自分の手柄みてえに語ってやがる。おまえじゃねえ、俺が、おまえを見つけてやったんだろうが」
懇切丁寧に訂正してやれば、
苗字
はぱちぱちと重たげなまばたきを繰り返す。そろそろ限界がちかいらしい。
「ええ? そうなの? 私が爆豪くんのこと見つけたんじゃなくて?」
「んなわけねーだろ。見つけてやったこと、一生感謝しろ」
「うん、うん。感謝する。一生する」
いつになく素直にうなずいて、
苗字
が俺のほうに倒れてくる。抱きつきたいのか何なのか分からないが、滅多にない
苗字
からのスキンシップだったので、これはこれで受け入れておくことにした。
重くもないあたたかな質量が、安心しきったようにくったりと、俺のほうへと委ねられる。
「爆豪くん、私のこと見つけてくれてありがとう。爆豪くんのこと、好きになれてよかった」
普段からこうならば、可愛げのひとつもあるものを。そう思いつつも、そんなのは根暗ではないことも分かっていた。
俺が見つけて俺が選んだのは、生意気で最悪な根暗女だ。だからこういうのは、こうして時々見られればそれでいい。
ぐらつく
苗字
の頭を、両手でしっかり固定する。ちょうど俺の顔の前、おあつらえ向きの位置にある
苗字
のくちびるに、俺は自分の口を重ね合わせた。
何も言うまでもなく、
苗字
が薄く口を開く。セックスのたび、未だにいちいち恥ずかしがる
苗字
だが、さすがにキスの仕方は覚えたらしい。
俺を迎えるように開かれた
苗字
のくちびるを、俺はじっとりなぞるように、わざとゆっくり舐め上げた。俺に寄りかかっていた
苗字
の背が、びくりと震えたのがわかる。酔っ払っちゃいるが、感じることはできるらしい。
それだけ確認すると、俺はかまわず
苗字
の口のなかに舌をつっこんだ。そのまま遠慮なく、水音をたてて掻きます。
キスの合間にこぼれる
苗字
の吐息が、俺のなかにも侵入してくる。酔っぱらい相手に手加減の必要もないだろう。キスだけで背をわななかせる
苗字
の舌を強く吸い上げると、混ぜ合わせた呼吸と唾液だけで、俺まで酔っぱらってきそうだった。
「酒くせえ
……
」
「飲みすぎ?」
「てめえがな」
俺の言葉に、何が面白いんだか、
苗字
が楽しそうに笑う。録画のひとつでもしておけばよかったと、そんな悪趣味な後悔が、ふと頭をよぎった。が、そんな思考も
苗字
がねだるように舌を絡めてきたことで、あっという間に頭から抜け落ちていった。
翌朝、難儀なことに記憶をひとつも失わなかった
苗字
が「いっそ殺して」と布団から出てこなくなるのは、また別の話だ。
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