【カブミス25のお題】4.潜入/瞳の中の囚人

不眠症ぎみで城に泊まり込むカブルーと、そんなカブルーを訪ねてくるミスルンの話。

 あなたの目の中に入って、全てを暴き立てたい。あなたが隠すもの全てを暴いて、あなたの偽り全てを暴いて、あなたの中に入り込みたい。
 そう思うのに、俺は何もできないでいる。あなたが一人苦しんでいる夜にも、俺は何の憂いもなくベッドの中にいるっていうのに、俺は何も、何もできないでいるっていうのに。
 
 
 彼のいないベッドでは、なかなか寝付けないのが真実のところだった。まるで母親を求めて泣く子どものようで恥ずかしくて言えないのだけれど、彼がいると、ミスルンさんが一緒にいると、俺は何も考えずに眠り入ることができた。自分の出生の疑惑についてだとか(そう、俺はまだそんなことにこだわっているのだ)、これから先のこの国の心もとなさや気がかりだとかが、あの人に見つめられるとすっかり消えて、自分の心の中が彼だけに支配される。それはまるで瞳から彼が入って俺の全てを暴き立てるようで、恐ろしくはあったけれど安心もした。そんな不安はなんてことはないのだと許された気になって、俺は彼と瞳を合わせながら、静かに眠るのだった。
 だから彼と約束をしていない日は、家に帰ることは少なかった。正直なところ、眠れない夜は仕事をしている方がはかどることが多く、主人のために使用人たちが心を込めて整えてくれた部屋よりも、雑多な書類に囲まれる黄金城の執務室の方が穏やかでいられた。多くの人の期待に答えられていないことが、何となく寂しかったけれど、健全なカブルーでいることが難しいのがつらかったけれど、それが俺なのだから仕方がない。どこか欠損しているのが俺で、それはやっぱり、今さら取り返しがつかないものだったので。
(さすがに眠いな……
 ランプのゆらめきだけが照らす執務室で仕事をしつつ、俺は夜半過ぎになってようやく眠りに誘われた。幸いここには簡易ベッドもあったし、何なら少しゆけば役人用の仮眠室もあったから、今夜家に帰ることはないだろう。俺はそんなことを考え、凝り固まった首を回しながら、ベッドに歩み寄る。あくまでも仮眠なので、ランプはつけたまま。
 眠る前、俺はいつもミスルンさんはどうしているかなって考える。さっさと彼にねだってともに暮らせればいいのにって思うけれど、やっぱりこの国の宰相補佐と、西方エルフ王家の重要な役目を担う彼がともにいることは難しかった。そりゃあ俺と彼がそういう関係なのは親しいものたち、そして上に立つ者たちの知るところにあったが、それだって祝福されるかどうかは分からない。特にエルフたちが何を考えているのかは分からず、彼の家庭環境を考えると、トールマンを名家の男が選ぶというのはやはり醜聞になるだろうから。
 それでも、ミスルンさんは先日兄が結婚したと言い、自分はもう用無しだと言った。だったらもういいじゃないかって思うのだけれど、それでもやっぱり、俺は彼にまぶしい道を歩いてほしかった。困難な道じゃなく、平らにならされた道を歩いてほしかった。
 だというのに、俺はミスルンさんが隠す何か、偽る何かを知りたいと思っている。それが彼を楽にすることだと信じて、俺がいない時の彼を心配しているのだ。本当に心配されるべきなのは、俺の方だっていうのに。
 そんな時、執務室のドアがノックされた。ランプの油を替えにきた侍女だろうかと思ったのだけれど、扉はすぐには開かなかった。俺は慌てて服を着込み、乱れたベッドを天蓋から伸びるカーテンで隠してノックに返事をする。でも、いつものようには応答はない。もしかして、空耳だったかと思うのだけれど、一応扉に手をかける。するとそこからはかすかな魔術の気配がして、俺は驚く。もしかして、と思って。もしかして、あの人が来たんじゃないかって思って。
(でも、こんな時間にどうして?)
 俺は喜びにあふれつつも、疑念を持って扉を開ける。するとそこにはやはりミスルンさんがいて、彼はしゃがみ込んで床に何やら魔法陣を描いていた。
……何をしているんです?」
「魔法陣を描いていた」
「それは見たら分かりますけど、何のために?」
 マルシルのそれとは違って、ミスルンさんが描く魔法陣はエルフ文字が使われていたから、解読するのには時間がかかった。でも、俺はそれを読み終えた時、少し顔を火照らせてしまう。何せ彼が描いたのは、音を外に漏らさない簡単な魔術だったので。
「そんな格好をして、私以外に男ができたか?」
 ミスルンさんが乱れた俺の服を揶揄し、迷宮に潜っていた頃よりは少しばかり落ちた胸の筋肉を触ってくる。ミスルンさんは、そうやって俺の肌に触れるのが好きだった。彼も結構な筋肉質な男だったけれど、トールマンの俺に比べたら大分華奢だったからだろう、多分。
「まさか、あなた以外には男も女もいませんよ」
「本当か?」
「もちろん。入って確かめますか?」
 俺がそう言うと、ミスルンさんは俺の唇を自分のそれでかすめてから、執務室に入った。俺は久しぶりに触れた彼の粘膜に身体が熱くなり、それを宥めるのに必死だった。
「確かに誰の気配もない。隠している様子もない」
「言ったでしょう、あなた以外には誰もいないって。まだ信用できませんか?」
 俺たちはそんなふうにじゃれあって、結局ベッドになだれ込む。俺はミスルンさんに熱心に口付けながら、「どうしてここに?」って尋ねる。すると彼は「眠れなかったから」って、こともなげに言った。白い肌をゆらめくランプの灯りにさらしながら、どこか寂しげに俺を窺った。
 俺はそれに、あぁ、この人はまだ不安定なのにどうしてともにいる約束をしなかったんだろうって後悔した。生家に見捨てられたこの人を、俺は守れるはずだったのに、自分が捨てられた時のことを思って、一人で苦しくなっていたのだ。なんてことをしてしまったのだろう、俺しかこの人を守れないのに。
「ねぇ、ミスルンさん眠れるようにしてあげましょうか?」
 俺は甘ったるく尋ねる。ミスルンさんは少しだけほほ笑んで、でも答えなかった。俺はそれに焦ったくなり、首筋に齧り付く。甘い香り、ハーブの匂い、風呂に入って、湯浴みした後の匂い。俺はそんな匂いを嗅ぎながらミスルンさんに溺れる。本当は瞳を見つめたいのにそれはできないで、彼を救いたいのにそれはできないで、ただ彼の中に入ることだけを考える。そう、それくらいしか俺にはできないから、俺はただ、彼の閉じた目の中の囚人でいることを祈って、この愛しい人にキスをするのだった。それだけでいい、それだけでいいんだと自分に言い聞かせながら、まだ進まない二人の関係を思うのだった。