ハロウィンクリ御文/ヴァンパイアパロというか魔界パロというか/ヴァッサロードの影響受け過ぎなの丸わかりですがなまあたたか~く見守ってください ※ヴェドゴニャの血を引く人間はヴァンパイアに対して力を封じたりなど有利な能力を持っており、死後ヴァンパイアになります。
赤く光る空に、黒い雲が渦巻いている。空飛ぶ異形の存在が発する軋むような鳴き声、風鳴り、その他得体の知れない音が遠く飛び交っている。今日はハロウィン、この魔界にも、エネルギーが満ちているようだ。
「‥‥」
赤い空の下、眼鏡をかけた男が一人。元はヴェドゴニャの血を引く人間、そして今はヴァンパイアであるミユキは物憂げな顔で、スラックスのポケットの中をまさぐる。今日はハロウィン。トリックオアトリートの声とともに、お菓子を配り、貰う、人間界の風習を取り入れ定着してから久しい。‥‥久しいと言っても人間基準での表現だが。
そしてポケットの中、ミユキの手に触れているのは、小さな箱に入ったザッハトルテ。
ハロウィンは今や魔界において、人間界で言う「バレンタインデー」と似たようなイベントデーとして楽しまれている。わざとイタズラをしたりされたり、単にお菓子を渡したいだけだったり、それをきっかけに親しくなったり。要は楽しければそれでよいのだ。その辺りは魔族も人間も、何なら天界族も変わらない。そしてミユキも、そのイベントに乗っかろうとしている一人であった。その表情は憂鬱だが。
「ようミユキ!入らないのか?」
背後から元気に声をかけてきたのは狼男のエイジュンだ。豊かな毛に包まれた尻尾が左右に振れている。エイジュンは目の前の巨大な城に視線を移した。
「あ?‥ああ、入るよ」
「でもお前、お菓子持ってないんだろ?‥‥あれ、チョコレートの匂いがする」
不思議そうにエイジュンはミユキのポケットに鼻を寄せてゆく。ミユキは慌ててその鼻をつまみ上げて城の中へ引きずり込んだ。
城の大広間はハロウィンパーティ会場になっていて、何千もの妖魔が談笑し、甘味を楽しみ、親交を深めていた。ミユキの姿を見止めた何人かが笑って近付いてくる。ミユキは甘い物が苦手だから、ハロウィンパーティに参加する意義が無いと言えば無いのだが、ミユキの作るお菓子が皆に好評であるため、一応毎年顔を出している。
「ハッピーハロウィン!今年もお菓子はお宅訪問形式か?」
そう声をかけるのは化け猫のクラモチだ。
「ああ、毎年量が増えてくし。欲しかったらウチまで来い」
ミユキのお菓子は好評だったが、段々求められる量が増えてゆくと会場に持ってくるのも楽ではない。ここ数年ミユキはハロウィンのお菓子が欲しい奴は家に取りに来い、と、玄関先に大きなバスケット山盛りのお菓子を置いて、適当なハロウィンを遂行している。トリックオアトリートも何もあったものではない。
それから少しクラモチと話して別れ、ミユキはぐるりと会場を見渡した。人だかりが出来ているひとかどを見止める。その中心にちらりと見えた存在。遠くからでもはっきりわかる。
――クリス先輩。
ポケットの小箱が存在を主張している気がした。人だかりの中心で、知的で男らしく、かつ品の良い造りの顔に微笑みを浮かべているのは、ミユキと同じヴァンパイアの、クリス。そしてその人こそ、ミユキの本日のお目当ての人物であり、ザッハトルテをポケットに潜ませた理由でもあった。
ミユキはもう長いこと、クリスに想いを寄せている。
ヴェドゴニャの血を引く人間であったときから、クリスとは何度か顔を合わせていた。ヴァンパイア退治に有利な能力を持つミユキは、人に害をなすヴァンパイアと闘いながら、人としての生を送っていた。その中で出逢ったヴァンパイアの一人、それがクリスであった。東洋とも西洋ともつかない神秘的な白皙の美貌、ゆるやかに波打つ髪、静かな強さを感じさせる金の瞳、整った長身。つとつとと話す小さな声は夕暮れを湿らす小雨のように心地良く、ミユキはすぐにクリスに懐いた。ミユキは有能なヴァンパイアハンターであったから、ヴァンパイアの間でもそこそこその名や特徴は知れ渡っていた。親しくなってしばらくして、クリスはミユキの体質について、微笑んで言った。
「こんなことを言うのは不謹慎だろうが、‥‥死後、ヴァンパイアになったら、お前とまたずっとこうして――話をしていたいな」
その言葉は死ぬまでミユキの心に輝き続けた。数十年後、ミユキは寿命を迎え、人としての生を終えた。目を開く。棺の蓋を押し開けて、ヴァンパイアとして新たな生を得た。初めて魔界に降りて、再開したクリスは、初めて出逢った時と変わらぬ姿で、ミユキに微笑んだ。死んで生まれ変わっても、胸に抱き続けた輝きに些かの遜色もなかった。
想い続けて数十年。なのにミユキはいまだ、ハロウィンにかこつけてお菓子一つ渡せずにいる。クリスの携えた大きなバスケットを埋める色とりどりのお菓子。渡しに行っても自分はどうせその中の一つに過ぎない。特別をあげたら特別で返してほしい、なんて、過ぎた願いだとはわかっていてもそれが本心だった。
クリスはトリックオアトリートを受けるばかりで、自分からは言わないようだった。わざとお菓子を渡さずに「イタズラ」を求める者も居るようだとどこかで聴いた。その防衛策だろう。そんな浅はかではしたないことをする何者かに苛立ちを覚えた。だがそれが嫉妬の裏返しであることも自覚していた。それでもクリスのために用意されたお菓子は関係なくクリスのバスケットに積み上げられてゆく。ミユキは踵を返した。これ以上ここに突っ立っていても意味がない。玄関に置いたバスケットの中身も補充しなければいけないだろうし。ご馳走の並べられた長い長い机の側でひたすら飲んで食ってしているエイジュンに、「俺帰るわ、お前もお菓子欲しかったらうち来いよ」と声をかけ、豪奢な扉をくぐった。
なんとなく街中の空気が浮き足立っているせいだろうか、ミユキは結局家に戻る気にもなれず、そわそわする気持ちを落ち着かせようと、黒い海が見える断崖へと散歩しに行った。適当な場所に腰を下ろして足をぶらぶらさせながら、ポケットの箱を取り出す。もう自分で食べてしまおう。クリス先輩だって、お菓子が欲しければ玄関に取りに来るだろう。それはそれで恐縮のあまり蝙蝠になって飛び出してしまうのだが、今のミユキはそんなことまで考えられなかった。今日はハロウィンだからか、海も景気よく荒れ狂っている。なんだか海にまで仲間はずれにされたような気持ちで、ミユキはザッハトルテをもむもむ食べた。甘い。エイジュンにでも押し付けてくりゃ良かったかな、と少し後悔しつつ、その甘い塊を飲み込んだ。
暫く海を見つめていた。陰鬱な気持ちも少し和らいで、ウチ帰ってさっさと寝よう、そうだそれがいい、と思い始めた時。
「ミユキ」
小さな声がした。だからこそ聞き間違いも聞き逃しもしない、クリスの声だった。驚いて振り向く。
「ここにいたのか」
黒くて長いマントの裾を翻しながらクリスが歩み寄ってくる。今時珍しい古風な出で立ちも、クリスが装えば舞台衣装か何かに見える。ミユキはこんにちは、とか何とか挨拶をした。クリスが隣に座る。
「エイジュンに聞いたら、家に帰ったらしいから、お前の家に寄ったんだが」
うげ、とミユキは苦虫を噛み潰したような顔をした。今すぐ蝙蝠に化けて飛んでゆきたい。
「会場には来てたろう?すぐ出て行ったみたいだが。声くらいかけてくれればいいのに」
はぁ、すみません、とミユキは謝る。そんなこと言われたって。妖魔バリケードの中を突っ切る勇気なんて持っていない。
「‥‥パーティはいいんですか」
ハロウィンが終わるまでまだ何時間かある。人気者のクリスのことだ、多くの妖魔たちに引き取められただろうに。
「お菓子はたくさん貰ったしな。ご馳走もいただいたし。あらかた満足したから帰った」
食い気本位か、とミユキはおかしくなって少し笑った。それを見てクリスも笑う。
「うん、でもまだハロウィンだしな」
「え?」
悪戯っぽい微笑みを浮かべ、クリスはミユキの顔を覗き込む。自分の心臓がちょっと対応しきれない距離に詰められて、ミユキは思わず首を引いた。
「Trick or treat?」
え、とミユキは狼狽えた。律儀に形式通りに、お菓子を差し出そうとしたが、そうだ、さっき食べてしまったんだと思い出す。
「すみません、‥何も持ってません」
本当に申し訳無さそうに項垂れるその頭を、クリスは驚いた目で見つめた。そして小さく笑うと。
「‥なら、イタズラだな」
え、とミユキは顔を上げる。クリスはさてどんなイタズラをしよう、と考えていた。お菓子を渡せなかった失態と、一体どうすればいいのかわからないのと、イタズラが怖いのとで、ミユキはただじっと固まっている。クリスがミユキの目を見た。何か思いついたのだろう。ふとその手が伸びて――。
「え!」
ミユキの眼鏡を奪っていった。
「クリス先輩っ」
「ふふ。何も見えないだろう‥‥うわ、度きつ‥‥」
ぼやけた視界で、クリスがミユキの眼鏡をかけて悪戯っ子の笑いを浮かべているということは認識できた。俺のバカ、今度からはスペアの眼鏡常備しとこうと変な決意を固める。
「返してください」
「返してほしいなら奪い取れ」
古い悪役みたいなセリフを言ってくすくす笑っている。遮二無二腕を伸ばすがクリスはどんどん仰け反って逃げていく。
「っと」
「うわ」
バランスを崩して、ミユキは、クリスの体の上に倒れこんでしまった。慌てて顔を上げると至近距離で目が合う。さすがにこの距離だといくら視力が悪くても、クリスの目がはっきり見えた。暗い金色の瞳に自分の顔が映っている。そんなことさえわかるような距離だった。頭がぼぅっとする。動くことを忘れる。
「‥‥‥眼鏡」
クリスの声がやけに低くて、ミユキを拘束する。互いの体温が服越しにじわりと移ってゆく。熱くなる。
「返すよ」
まるでミユキが逃げ出さないか窺うように、ゆっくり、じりじりと片手を動かして、眼鏡を外した。その手は傍らに放り出される。
「‥‥チョコレートの」
クリスが少し、顔を傾ける。ミユキの視界がどんどん、金色で埋め尽くされる。
「匂いがする‥‥‥」
唇に、クリスの息がかかって。
「ミユキーーーっ!!」
突拍子もなく飛び込んできた底抜けに元気な声に、二人は我に返ってミユキは飛び上がりながら体を引き剥がした。クリスは小さく、本当に小さく、舌打ちをした。ミユキに聞かれては困る。俺はミユキにとって優しく格好いいヴァンパイアなのだから。
緩やかな坂の向こうからエイジュンの姿がにょっきり生えてきて、こちらに向かって駆けてきた。
「‥‥お前どうやってここに」
「クリス先輩も一緒だったんすね!ミユキの匂いを追ってきたんすよ、いやーコイツの家に行ってお菓子もらおうと思ったらもうカラッポだったもんで!催促に!」
クリスはもう一度舌打ちしそうになるのをすんでのところでこらえた。今度こそミユキに聞かれる。ミユキは無言で目を泳がせている。先程の雰囲気の正体を掴めずに困惑しているのだろう。ハテナマークが周囲に飛んでいる。
「ミユキ!お菓子くれ!」
無邪気な催促にようやく気が付いたのか、ミユキは半分呆然としながら「あ、あぁ‥」と返事をした。エイジュンに引っ張られるようにして坂を降りてゆく、その後ろ姿を見送っていると、ミユキが振り向いた。にこり、彼が好きな綺麗な笑顔を浮かべて、クリスはひらりと手を振った。ミユキも笑って小さく会釈した。
元気に蠢く波の音が響く。風がマントの裾を翻す。
(‥‥おいしそうだったのに)
熱い息に混じった、チョコレートの香りを思い出す。惜しかったな、とクリスはミユキには絶対見せられないであろう表情を浮かべて、自分も坂を降りて行った。
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