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ミズト
2015-07-15 23:01:57
1838文字
Public
◆A
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俺の大好きな
クリ御文/シリアスっぽいはずだった。
アンタと過ごした時間は、一応二年もあったのに、と、御幸は苦笑した。
クリスがキャッチャーとして全身をユニフォームと防具で固める姿を、新鮮な気持ちで見ていた。アンタは紛れもなくキャッチャーなのに、その姿がこんなにも見慣れないなんて。胸がどきりと音を立てるほどに。
一体この二年間、俺は何度、アンタのキャッチャーとしての姿を見ることができていたのだろうと、思い返すと胸の奥がつきりと切なく疼いた。それでも今この瞬間を、レギュラー争いも甲子園も関係ない、ただ純粋にプレイヤーとして競い合えるこの時を大事に大事に噛みしめようと、御幸はバッターボックスに立った。
飛び込む白球に体が動く。ほんの刹那、時が止まったような錯覚がしたと思ったら、バットが空を切っていた。ひどく懐かしい感覚がして、目の前の景色が違って見える。
――
ああ、あの日も。確か、こんな風に。
綺麗にバットを空振りさせられ、目の前で小気味よい音を立ててボールを打たれたあの日。
再び試合に出て、ぎらぎらと輝く瞳で、貪欲にアウトを取りに行ったあの姿。
そして、グラウンド全体を操るかのように見事なゲームメイクを発揮する、今。
口角が上がる。全身の血液が温かく感じる。とくとくと心臓が震える。叫び出したいような、駆け出したいような、空に飛んで行けそうな気分。
――
ああ、これだ。
やっぱりこれが、俺の大好きな、アンタの野球だ。
綺麗にトンボ掛けされた、夕日に染まるグラウンドを見つめていた。
「御幸」
予想していなかった声にはっと驚いて振り向く。クリスは何も言わず、御幸の隣に立った。
そのまま、どちらも何も言わず、暫くただグラウンドを見つめていた。その沈黙で何も言わなくてもいいのだと、お互いわかった。
秋が近付く夕日はみるみるうちに地平線へと近づいてゆく。空の片側から紫色に染まってゆく。今日が終わる。クリスと野球ができた日が。
知らぬ間に、雫がひとつ、頬を滑り落ちた。
その気配に気付いたクリスは戸惑った様子を見せたが、御幸が何も言わずただグラウンドを見つめているから、まだ隣に居てもいいのだろうと解釈した。
「
――
もっと」
掠れた声で御幸が呟いた。
「もっとしたかったなぁ、野球」
それが、クリスとの野球を意味していることは、訊かずともわかることだった。
「
――
ごめんな」
それ以外に、言える言葉がなかった。
「‥すみません。困りますよね」
「いや、‥これは本当にすまない、嬉しいんだ」
「え‥」
「お前を泣かせてるのに、なんていうか、‥お前が泣くほど俺と野球したがってくれてるのが嬉しいんだ。‥怒っていいぞ」
どういう顔をすればいいのかわからないようにはにかんで、クリスはそう言った。
「‥先輩ひどい」
「怒ったか?」
「めちゃくちゃ怒ってますよ。思わず先輩を殴り飛ばしそう」
「殴っていいぞ」
穏やかに微笑む美しいその顔に、冗談のかけらも見えなかった。
御幸は拳を掲げて、ぽす、とクリスの胸に置いた。なぜだか笑いがこみあげてきて、声を上げて笑った。クリスが御幸の拳を片手で包む。
「全然痛くないな」
「おかしいな。全力なんですけど」
御幸は笑った。顔中涙で濡らして笑った。笑い声なのか嗚咽なのか判別できなかった。クリスの手が御幸の頬に触れた。あとからあとから零れてくる涙を何度も何度も拭った。その手が温かくて、御幸はもう笑うこともできずにひたすら泣きじゃくった。
やっと涙が落ち着いた頃、グラウンドは藍色に染まっていて、クリスに抱きとめられその肩を濡らしながら泣いていることに気付いた。今更慌てて取り繕ってもしょうがないと、御幸はゆっくり体を離し、「ありがとうございます。‥‥すみませんでした」と礼と謝罪を伝えた。
「‥‥戻るか」
こくりと頷いてクリスの横に並ぶと、顔を覗き込まれて、咄嗟に反対の方向を向いた。
「そ、そんなじろじろ見ることないでしょ‥」
「だって、俺の大好きなお前の顔がひどいことになってるから」
「そりゃあんだけ泣いたらひどいことにもなり‥‥‥‥」
今何かとんでもないことを言われたような気がする、と、御幸が顔を上げた時、クリスはもうすたすたと寮に向かって歩いてしまっていた。停止していた足を再び動かす。その背中を追いかける。見られっぱなしで言われっぱなしじゃ終われない。横に並んで覗き込んだクリスの顔は。
その顔は。
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