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ミズト
2015-06-06 03:36:38
3279文字
Public
◆A
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Do you know how much I love you? No, you don't.
表向きはぽやぽやしていながらも暗さを潜ませるバカップルクリ御を第三者視点も交えつつ。
見慣れた指がノートをめくるしぐさをじっと見ていた。
「そうだな、この頃はスタミナの課題も克服して、‥御幸?」
クリスに呼ばれて御幸は「はい?」と笑った。
「何をじろじろ見てるんだ」
「俺はいつでも先輩のこと見てますけど」
「‥‥バカ」
窘める響きは言葉に反してどこまでも甘かった。運良く二人きりになれた寮の一室で、クリスと御幸はチームについての研究を深めている。楽しくも真剣な討議中にまで、恋人モードの甘い雰囲気を持ち込むつもりはなく、御幸は冗談っぽく返した、が。
「‥そんな目で見るなら今夜はこれで一旦区切るぞ」
「先輩?」
クリスは己の名前がついたノートを閉じた。ありゃ、失敗したかな。でもノートのページをめくるだけでその空間を切り抜いて保存しておきたいほどかっこよくて綺麗なクリス先輩に見惚れる気持ちもわかってほしい‥と御幸が内心呟いていると。
「‥こっち、寄れ」
そう言って迎えるように片腕を開いた。向かいに座っていた御幸は弾み出さんばかりの勢いでクリスの隣に移動すると、じわじわと半身を寄せてくっつける。クリスがふっと微笑んで、腕を腰に回した。
「‥へへ」
なーんだ、俺の視線が気になって、集中できなかったのか。あの大人で、理知的で、しっかり者のクリス先輩が!
「笑うな」
「すみません、嬉しくて」
「うん?」
「クリス先輩もけっこう俺のこと好きでいてくれてるんだなって」
照れくさそうにそう話す御幸に、クリスは少し不服そうな表情で、
「けっこうどころの騒ぎじゃないぞ‥」
と言った。
「え?そうなんですか?」
「‥‥もういい」
そう言ってふいっと顔を背けてしまうが、腰を抱く腕の力はいささかも緩まないのでただ愛らしいばかりだ。
「なんですか、教えてくださいよ」
「お前が教えたら教える」
「えー‥俺は‥もういいじゃないですか‥‥今更でしょ」
「却下」
「うぅ‥見てたらわかるでしょ‥俺がクリス先輩のことめちゃくちゃ、‥す、‥‥、‥‥‥だいすきだって」
身を寄せあっていなければ聞き取れないほどその語尾は小さく震えていたが、今は身を寄せあっているので何の問題もなく聞き取ることができた。
「ぜったい俺ばっかりが好きなんだもん、いいでしょたまには‥」
自分の発言の恥ずかしさに、空気を伝わって熱が届きそうなほど頬が熱くなるのを自覚した。調子に乗って「だいすき」などと言ったがよく考えなくても恥ずかし過ぎる。ガラじゃないにも程がある。先輩俺の顔そんなに見ないでください視線が痛いです‥。
「御幸」
クリスの囁くような呼び声は真剣な色を帯びていた。御幸はゆっくりと視線を合わせる。茶金色のきらめきが背景をホワイトアウトさせる。
「‥‥‥俺も好きだ」
ああ、クリス先輩。たとえその言葉が偽りでも気まぐれでも、かまわないと思ってしまえるくらい、今この瞬間、俺は世界で一番幸せ者です。
心外な話だ、と亮介は思った。御幸の目にはどんな紳士だか大人だか王子様だかスーパースターに見えているか知らないが。
「知らぬが仏ってヤツですかねぇ」
「多分周囲にとってね」
倉持の言葉に割とどうでもよさそうに亮介は答えた。洗濯機の前で偶然鉢合わせた二人の雑談はいつの間にかクリスと御幸の話題になっていた。
「御幸が知ったところで幸せオーラがウザいだけでしょ、公害だよ公害」
「こ、‥‥」
昨日、クリス先輩に好きだって言ってもらえたんだ。やたら上機嫌な御幸に倉持が探りを入れると、そんな言葉が返ってきたのが今日の出来事。
「いや言われるまでもなくわかるだろ」
「ハハ‥‥アイツクリス先輩のこととなるとどっか基準がおかしいッスから」
おかしいの一言で済むか、と亮介は思った。クリスの御幸に対する行動の常識レベルもそうだ。恋人同士でなければ犯罪の域、いや、恋人同士であってもそうだろうと思えることを、クリスはあっけらかんとした育ちの良さそうな一切邪気の無い顔で実行しようとし、その度に亮介はやんわり阻止してきたのだが、ここまでその厚意が無碍にされるともう勝手にしやがれという感想しか出てこない。行くところまで行って二度と戻って来んな。
さらに腹立たしいことは、クリスの行動が少々常軌を逸していたところで、「愛ゆえに」という理由を付けられればむしろ御幸は喜んで受け入れそうな点である。世間一般のカップルに対して何の興味も関心も恨みもないが、この二人だけは一度と言わず二十回くらい爆発してくれないだろうかと亮介は願っている。
「御幸が絡むとものすごくめんどくさいクリスに振り回されるのはこっちだってのに、当の本人は気付きもしてないんだから本当に‥爆破するしかない」
「(爆破!?)」
亮介の不穏な呟きにびくりとしつつ、倉持も二人に振り回されたこれまでの出来事を思い出していた。御幸と二人だけで出掛けたはずなのに、翌日クリスから「昨日は楽しそうだったな」と言われたこと(なぜ疑問形ではなく感想文なのか)、うっかり御幸のベッドで寝てしまい、目が覚めたら隣に御幸も眠っていた朝、部活中すれ違いざまに「倉持。どうしてお前から御幸の匂いがするんだ?」と言われたこと。中でも最悪だったのは、冗談で周りから「ほんと二人仲良しだよね、ホモかよw」と揶揄された時で、比喩でなく生命の危機を感じた。軽率な発言の責任を取って俺の代わりに標的になってくれて然るべきだろうと思った。つーか誰がホモだこのやろう。他につるむ人間がいねぇんだよ悪かったな!!
無論このクリスの意味があるのかないのかわからない牽制は倉持ばかりに行われているわけではなく、御幸に近付く人間には程度の差こそあれすべからく行われていた。沢村はクリスに一番懐いていて扱い易いという理由もあるためか、御幸と親しい割には牽制の手は緩めだったが、降谷はかなり厳しそうだな、というのが倉持の見解であった。それでも一番厳しいのは自分に対してなのだが。理不尽にも程がある。
「亮さんがあの二人にやたらちょっかい出すの、わかりますわ」
「そう?ならお前も協力してね」
「えっ」
「返事は」
「‥‥‥‥‥はい‥‥‥‥‥」
亮介とクリス、どちらの敵になっても平穏な生活が犠牲になるのなら、せめて自分の納得できる方で。それが倉持に出来るささやかかつ唯一の選択だった。
穏やかに眠る御幸の頬をそぅっと撫でる。肉付きのいいやわらかな曲線は、普段の鋭い視線に反してあどけない子供のような印象を抱かせた。
――
お前を俺だけのものにできたら。
そんな愛し方は健全ではないとわかっていたから、クリスは己の願望を実行に移すことはしなかったが、もし、御幸が仕方なさそうに微笑んで、首を縦に振ってくれたなら。
――
間違っているとわかっていても、お前を繋いで閉じ込めてしまいそうだ。
こんな暗い衝動は、今だけなのだろうか。時が経てば、もっと優しくて穏やかな愛し方ができるのだろうか。そんなことをつらつらと考えていると。
「‥‥りすせんぱい」
ぽつり、小さな小さな星の光のような声で、確かに御幸がクリスの名を呼んだ。ぶわり、とクリスの全身が温かくなる。寝言でさえ俺の名を呼ぶなんて。夢でさえ俺を見るなんて。かわいい、愛おしい、言葉に表しきれないたまらない感情がクリスの胸でいっぱいに膨らんだ。
――
御幸。大好きだ。大好きだよ。
自分はまだ未熟な子供で。未来のことはわからない。自分の感情さえ持て余す。どうしたって別の存在であるお前の本心なんてなおさら不確かで。それでもこの瞬間のこの気持ちは真実だと信じられる。お前に優しくしたい。お前を幸せにしたい。ずっと一緒にいたい。
隠しても隠し切れないと思うこの気持ちが、どれほどちゃんと伝わっているかわからないけれど。
「“俺ばっかりが好き”か‥‥」
そんなふうに言われたら愛し方に際限がなくなってしまうから勘弁してほしいな、と、クリスは困ったように笑った。
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