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ミズト
2013-11-18 18:24:36
1439文字
Public
ファイブレ
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雨のごとく降る Help me
ダウピノ文
ああ、まずい。ダウトは自室に向かう途中の廊下でふと立ち止まった。
ピノクルの部屋で彼に勉強を教えていた帰りであった。手に提げた鞄のファスナーを開け、中を確認する。やはり、ペンケースを彼の部屋に置き忘れたらしい。取りに戻らねば。ファスナーを閉め、ダウトは元来た道を戻り始めた。
ピノクルの部屋の扉を軽くノックする。忘れ物をした旨を伝えるが、返ってくるのは素っ気ない静寂だけである。いないのか。扉を押すと、ギィ、と数センチほど開いた。不用心な。部屋の主の不在を確認して帰ろうと、目の前の扉を押して部屋の中を一瞥した。そこには、強盗に荒らされてもこうはなるまいというほどめちゃくちゃに物がひっくり返った部屋と、その中心でぽつんと座り込んだピノクルがいた。
「時々こうなるんだ。自分じゃどうしようもなくて」
感情が昂り、物に当たらずにはいられない時があるのだと、薄ら笑いを浮かべ虚ろな目でピノクルは言った。さらに説明を促す目線を送ったが、彼はそれ以上は何も言わず、机の上に置いてあるペンケースを取りに行った。机やベッドはさすがに動かせないので位置に変化はなかったが、抽斗やその中の私物は絨毯にぶちまけられ、シーツは引き剥がされて枕とともにあらぬ方向に飛んでいた。
「はい、忘れ物でしょ」
戸惑った顔のまま動けないダウトにピノクルは続ける。
「大丈夫だよ、学園の備品を壊すようなことはしてないし。もう治まったから。一時的な発作みたいなものだよ」
いつもと変わらない穏やかな笑顔で、はい、と、再びペンケースをダウトに差し出す。白い手の甲に不自然に散った紫色をダウトは見逃さなかった。
「おい、
…
何だこれは」
咄嗟に手首を掴んでジャージの袖を捲りあげた。ペンケースは地に落ちてカシャンと空しく音を立てた。続く静寂が耳に痛かった。白い腕に点々と残る青痣は、見ている方まで痛みを感じるようだった。明日の天気を訊かれたかのような何の抑揚もない声が、静寂を震わせた。
「ああ、床を殴ったり
…
物を投げた時に色々当たるから、それかな。よく覚えてないや」
はは、と情けなさそうな笑み。ダウトには覚えがあった。こいつがこんな笑い方をするときは、これ以上干渉するなという意思表示だ。そして本当は苦しくて助けてほしい気持ちの裏返しだと。オルペウスリングに吞まれていた時がいい例だ。もがいてあがいてぼろぼろになって、助けてほしいのに全て自分で背負おうとしていた時も、こんな風に、何でもないようにへらへら笑っていた。
「救ってほしい」と、こいつが縋ったのは大門カイトだった。フリーセルも共に、と。あの時近くにいたオルペウス・オーダーの俺達ではなく。敵に詫びて、頭を下げて。当然だ。フリーセルを救えるのが大門カイトの他にはいなかっただろう点を除いても、奴は死に行こうとするピノクルに、自らの危険も顧みず手を差し伸べ、俺たちは、俺は、こいつが命懸けで戦っていたことを知ってすらいなかった。
今は。
今なら、こいつ一人くらいなら救えるだろうか。
傲慢だろうか。
「俺のところに来い」
「え?」
「今度はこうなる前に俺のところに来い」
「えっと
…
どういう意味かな」
「物に当たって全身痣だらけにするくらいなら、俺に当たれ。無抵抗の人間相手に怪我はしないだろう」
返事は訊かなかった。どうせこいつは否としか言わない。ダウトは床に落ちたペンケースを拾い、素早く踵を返した。
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