※ この作品は無断転載禁止AI学習禁止です(こゆ)
破れ鍋に綴じ蓋
シャチが家出をしたのが二日前のこと。
ペンギンが夜通し探して、朝方に捕獲した男は一向に謝らなかった。挙句に、意固地なまま放たれた言葉は「探してくれなんて頼んでない」ときたもんだ。
仕事が立て込んでいたこともあり、ペンギンは寝不足のまま出勤して、仕返しにとその夜は無断で職場に泊まった。シャチからの連絡はもちろん無視。精一杯の譲歩のつもりか「ごめんね」と白熊が頭を下げているスタンプにも、今更かよと無視を決め込む。
丸一日顔を合わせず、ポコポコ送られてくるLINEのスタンプを既読にして生存の確認にした。
それでも腹の虫は治らず、もうしばらく職場に泊まってやろうかと思った。しかし、それを許してくれないのが訳知りの上司というもので、せめて着替えを取ってこいと無理矢理帰宅させられてしまう。
仕方なく、“着替えを取りに行く” ことにした。
ぼーっとしていたので、いつもの習慣からスーパーに行ってしまい、多少かさばる荷物を手に自宅マンションに向かった。
出来るだけ静かにドアノブを回す。
ペンギンがそっと部屋に入ると、真っ暗な部屋の奥から何かが飛び出してきた。
「
……おかえりっ」
上擦った声。玄関に立つペンギンの、その手提げ袋から飛び出したネギやら白菜を見て、シャチがパァッと顔を輝かせた。
「いや、すぐ出るから」
思いの外、大きな声になってしまった。慌てて音量調整をして続ける。
「服、取りに来ただけだ。またすぐ職場に戻る」
期待が満ちていた顔に、徐々に絶望の影が落ちる。そっか、と力なく呟くシャチ に、ペンギンは、う゛っと唸った。
「シャチ
……電気、つけねーの」
「今日休みで、んで、暗くなってるの、気付かなくて」
「今夜は寒いから、寝る時エアコン付けろよ」
「ん、わかった」
この声は絶対にわかってない。そうやって冷えた部屋で薄着で寝て、風邪をひいて、大丈夫かと聞くまで黙ってるんだこいつは。ペンギンは数秒心の中で葛藤して、どさりとスーパーの袋を置いた。
「今日、鍋にしようかと」
「
………何味?」
「うどんすき鍋」
「あ」
シャチがくしゃっと笑った。
「一番好きなやつ」
クソ、負けた。ペンギンは歯噛みして悔しがった。
この笑顔に勝てるやつがいるなら、いますぐ俺の代わりにぶん殴って欲しい。
——今晩はこのまま自宅で過ごします
そう上司へメッセージを送れば、『勝手にしろ』と無機質な一言が返ってきた。
そうして、二日ぶりの我が家で鍋を囲む。春菊に卵を絡めたものを勢いよく頬張り、アチッ! と騒いでいたシャチが「そういえば」と箸を置いた。
「参考までに聞きたいんだけど」
「なに?」
「ペンギン、今回どこで許した?暗い部屋で待ってたとこ?駆け寄ってお出迎えしたとこ?」
「あ゛? つーかよく考えたらシャチ謝ってなくね?」
「え、ごめんって、さっき仲直りのチューしたじゃん」
「いきなり吸い付いてきて舌噛むのは仲直りのチューとは言わねェよシャチ、反省してねーだろ」
「喜んでたくせに〜。してるしてる、嫉妬?もほどほどにするし勝手に家出もしねーし多分」
肉あげるから許せよ、とペンギンの器に肉を投げ込んでくる。俺の金で買った常陸牛だろ、と睨みつけると、シャチはまあまあ、と笑った。
「んで、ペンギン。決め手はどこだった?」
「
……笑った顔」
「あー、そこか、りょ」
シャチはあははと笑った。
「今後の参考にすんなァ」
「なんでそんなテクばっか身に付けるかな
……頼むから怒らせない方法を学んでくれ」
「ペンギン、ごめんな?」
きゅるん、とした顔で見上げてくるシャチに鋭く舌打ちをする。どう見ても反省していない男は「それにしても」とからっと暢気な声を上げた。
「正解はイッカクだったなー、哀しそうに笑って見せるのイケたって。伝えとこ」
「
……は?」
「クリオネは健気さ押しで、だから暗闇に薄着で。下手にご飯とか作んない方がいいかなってアドバイスを元にアレンジしてみた。ベポなんかひでェんだよガルチューでどうにかなるって! したらウニが押し倒すのもアリとか言ってさ最低じゃん?」
「最低だなそれは付き合う友達考えろよ
……ってそうじゃなくて」
ペンギンは手元のビールを一気に流し込んで、据わった目で言う。
「飯食い終わったらそのグループLINEにちょっと降臨するわ。スマホ貸せ」
「なんで!?やだよ」シャチが立ち上がる。
「えっ、ペンギンに話したってバレちゃうじゃん」
「ひとのことネタにしといてどの口が!っていうか、そのグループにローさんいる?」
「もちろん、ほら」
シャチが出したスマホの画面にはペンギンのおおよその帰宅時間が告げられていた。
最悪だあの人!そうペンギンが叫ぶ。
スマホ貸せ、やだよ、そうギャアギャアと騒ぐ男たちと鍋の蒸気で、ふたりの家はすっかり暖まっていた。
【了】
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