水樹
2024-11-07 22:09:16
4321文字
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眠っている君に

時間軸は後編&番外編後。
寝てる相手が気付かないだろう、聞いてないだろうっていうのを言い訳に、秘めた思いを吐露するの、いいなって、思って……。

……スグリ…………?」



 慣れない場所。慣れないダブルバトル(一応、ライムさんとはダブルだったけどそれきり)。知らないポケモンも多いから、パーティ構築も練り直さなきゃいけなくて。
 早い話。私はまだ、四天王を一人も倒してはいない。カキツバタは「キョーダイのペースでいいんじゃねえの」なんて言ってくれてるけど。遠目で見たときと、食堂で会ったときのあの態度が、どうしても離れなくて。胸がいたくて、くるしくて。早くしなきゃって思う反面、スグリと向き合うのが、なんだか、怖くて。
 そんなときに、スグリを見つけた。ポーラエリアの休憩所だった。中は温度調整がされているものの、雪がふきこんでくるためか、利用する生徒はほとんどいない。だからいつも、人影はなかった。だから、気になった。相棒から降りて、雪を踏みしめて。近づくほどに、その正体が明らかになっていく。
 よく見えるようになった顔。赤いタンクトップ。着崩した上着。ずるりと落ちている靴下。

……スグリ…………?」

 寝てる。眠って、いる。隈があるから、多分、普段から眠れていないんだと思うけど。こんなところで、そんな格好で寝てたら、風邪ひいちゃうよって。起こして言うべきなんじゃないのって、頭では、思う。だけど、あの冷たくて鋭い瞳を見るのが、向けられるのが、怖くて。立ち去ればいいのに、離れるのが嫌で。

 ゆっくり、近づいて。
 隣に、座った。

 起きる前には、いなくなるから。だから、今だけは。少しでも君が、穏やかでいい夢を見られますようにって、身勝手な願いをこめて。そっと、グローブ越しに触れる。

……あ、おい」
「っ」

 え、目、覚まして…………ない。目は、依然閉じたままだった。ね、寝言……? 君の夢に、私が、いるの?

…………いっこ、あげ、る」

 ひゅ、と喉がなる。その言葉を、私は知っている。忘れもしない。忘れたことなんてない。オモテ祭りで、スグリが、リンゴ飴をくれた、ときの。一番、いちばん、きらきらした思い出。宝物。

 それを。

 わたしは。

 いちど。

 ばらばらに。

 こなごなに。

 して、しまっている。

……っ、ごめん。ごめんね、スグリ。ごめんなさい……

 謝ったって、何にもならないのに。君に、聞こえているはずもないのに。聞き入れてもらえるはず、ないのに。

………………
「!」

 まぶたがひくついた。まつげがふるえる。金色がちらりと見えて、私は直ぐに、その場から逃げ出した。

***

……ん。寝すぎた、かな」

 仮眠のつもりが、少し深く寝すぎてしまったらしい。体がちょっとかたくなってしまっている。それにしても。

「祭りの夢、見るなんて。アオイに会ったからかな」

 いつもは、夢なんて見ない。見たとしても、アオイと最後にバトルした時の夢や、ねーちゃんと鬼さま……オーガポンが、アオイと一緒にどこかへ行ってしまう夢で。どちらにしても悪夢だ。もちろん、祭りの夢も、今の俺には悪夢でしかない。

「はやく、四天王倒してよ。アオイ」

 俺の強さを証明するために。

 次の日。
 アオイはたった一日で、四天王全員を倒した。今までぐだぐだぐずぐずしてたのが、まるで嘘みたいだ。
 ああ、やっぱり君は、トクベツなんだな。

「スグリ。四天王、倒したよ」
「うん。待ってた。この時を、ずっとずっと、待ってたよ、アオイ」

 ボールを構えて。
 正面を見据えて。
 寝る間も惜しんでポケモン強くして。
 吐くほど勉強して。
 なのに。
 なのに。
 どうして。
 君には、届かない。敵わない。
 いや。
 まだだ。
 まだ、負けて、ない。
 今度こそ。
 今度こそ、俺が、勝って。
 勝って。

『何度挑んだって、アオイに勝てるわけないだろ』
『アオイは特別な存在で、主人公なんだから』
『なんにも持ってないおれが、アオイに勝てる道理なんて、あるわけねえべ』

 黙れ。
 黙れ、黙れ。
 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!

 幻聴を振り払って。
 テラパゴスの話を聞いて。
 捕まえて。
 それでも結局、アオイには敵わなくて。
 挙げ句、暴走させて。
 俺は…………おれは。
 何も、変わってなんかいなかった。
 なんにも持ってない、空っぽのまんまだ。

「スグリ!」
「!」
「一緒に!」
「アオ、イ」

 おれを呼ぶその声は、しっかりとした響きで届いて。
 俺を呼ぶために振り返ったその顔は、どこか不安を含んでいて。
 そっか。そうだったんだな。
 君は、特別で、主人公で。でも、それ以前に。
 俺と歳のそう変わらない、女の子、なんだ。

「やっぱ、アオイには敵わないな」
「スグリ……
「ずっと、ずっと憧れてた。アオイみたいに、主人公みたいになりたくて、焦ってた。でもやっぱ、俺にはムリだぁ……
…………そんなこと、ないよ。スグリ、かっこよかった。……ううん。スグリはずっと、かっこいいよ!」
「! そんな、こと」

 人見知りで、臆病で。いつもねーちゃんの陰に隠れてばかりで。ねーちゃんや、他の誰かがなんとかしてくれるのを、じっと黙って待ってるばかりだった。
 アオイに負けて。強くなりたくて特別になりたくて努力して。結果、自分にも他人にも強くあたって。……ねーちゃんにも。心配、多分、してくれてたのに。そうまでして登りつめて、でも、また負けて。
 テラパゴスすらアオイのものになるのが嫌で、今度こそ勝ちたかった。でも、それでもダメで。
 情けないところばかりのそんな俺を、アオイは。
 かっこいいって、言ってくれた。

 ぐわって、何かがこみ上げてきて。
 視界が滲んで、涙があふれて。
 止めようもなく。
 止めようとも思わず。

「うっ……うわああああん!!」

 ちっちゃい子どもみたいに、思い切り泣いた。
 アオイが、俺の手をとってくれている。
 その暖かさを、なぜか知っている気がした。



 休学して。休養がてら帰省して。心も体もゆっくり回復させて。
 そしたら、なんでかな。
 アオイに、会いたくなった。
 俺はスマホロトムを持ってないから、手紙を書くことにした。何度も何度も書き直して、変なところがないかとか、変なこと書いてないか確認して。住所もちゃんと確かめて。

……ちゃんと、アオイのとこに、届きますよーに!」

 その後に起きたキビキビ事件は、今となっては笑い話だ。当時は、まったくもってそんなことはなかったんだけど。
 アオイと一緒に戦って。アオイはやっぱり特別なのかもって思ったけど、前みたいな感じはなくて。

 復学を決めて。それをアオイに話したら、すごく、すごく嬉しそうに笑ってくれた。……あれ? 胸、が、いたい。苦しいわけじゃ、ない、けど。きゅうって、いた、い。

「まだ留学期間残ってるから、待ってるね!」
「う、ん。待ってて」
「バトルしたりブルレクしたり、スグリとしたいこと、たくさんあるんだ!」
……俺も」
「それじゃ、また会おうね!」
……うん」

 アオイは、何度も何度も振り返っては手を振ってくれた。よく見えるように、俺も大きく手を振り返した。その背中が見えなくなるまで、ずっと。



……アオイ…………?」

 カミツオロチのウォッシュを終えて、なんだか妙に静かだなと思った。アオイは確か、オオタチやマスカーニャ達のブラッシングをしてたはずだけど。テーブルをはさんで向こう側にいるはずのアオイは、なぜか見えなくて。

「アオイ……?」
「ンナァ」
「わぷ」

 心配になって近づくと、つやつやのさらすべになったマスカーニャに口を塞がれた。肉球ぷにぷにだな。やわらけ。……じゃなくて。
 …………あ。

……アオイ、寝てるの?」
「ニャウ」

 小声でそう問えば、マスカーニャは頷いた。
 まあ、見ればわかることではあるけど。
 オオタチを膝に乗せて。モココとエルフーンに背中を預けて。右手はブラシを持ったまま投げ出されていて、左手はオオタチの上にあって。
 すごく、気持ちよさそうに眠っている。

……邪魔しちゃ悪い、よな。俺、向こうの片付け」
「ンナウ」
「っ!?」

 ぐい、と腕を引かれてバランスを崩した。そのままエルフーンのふわふわとした綿毛に顔が埋まる。衝撃は吸収されたのか、起きる気配はない。

「ま、マスカーニャ……!」

 危ないだろ。何すんだ。その声は遮られてしまった。立とうとしてもまた座らされてしまう。ええっと…………ここに、いろってこと……? え、あ、アオイの、隣に……!?

「んん……
「!!」

 アオイの顔がこっちを向いた。ちっ……近い……
 全身が固まったみたいに動かなくて。唯一動きを示している心臓が、ばっくばっくとせわしない。
 な、なんで、こんなに、どきどきするんだろう。距離が近いのなんて、別に、いつものことで。なんならねーちゃんに「あんたらいっつも近すぎなのよ! 距離感バグってんの!?」なんて、言われるくらいで。なのに。どうして。今。すごく。
 恥ずかしい。
 照れくさい。
 だけど。
 離れたく、ない。

「すぐ、り……
「!」
「ば、とる、たのしい、ね……
「アオイ……
「ふふっ……

 ……あ、そっか。そうだったんだ。
 俺、アオイのこと。
 好き、なんだ。
 だから、今、こんな気持ちになるんだ。
 ……だけど、これは、しまっておかなきゃ。
 俺とアオイは、“友達”なんだから。
 ……でも、今なら。君が眠っている今だけなら。
 ……言葉にしても、許されるかな。

……アオイ」
「んぅ」
…………アオイ」
…………
「俺、アオイが…………アオイのこと、すき、だ」
……ん」

 ふわふわの綿毛とぽかぽか陽気は、眠気を誘って仕方ない。まだ、見ていたいのに。今ならじっと見ていたって、咎められることもないのに。
 結局は抗えずに、夢の中へと落ちていった。



 後日。
 カジッチュ色の顔をしたアオイに、カジッチュを差しだされながら、「私、も、スグリのこと…………好き、です」なんて言われて。
 聞かれてたの? っていうのと、両思いで嬉しいのと、何でカジッチュ? って疑問に思うのとで、頭がぐるぐるいっぱいになって。

…………わやじゃ」

 おそらくカジッチュ色に染まってるであろう自分の顔を隠すので、精いっぱいだった。