第8回読書感想文大会に提出させていただいた名探偵コナン二次創作の解説
支部
「今日は一日俺のもの!」
萩原研二×松田陣平
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13530004
◉はじめに
この度鴇雨らる先生の読書感想文大会に参加させていただきました!他の参加者の皆様からいただいた感想文も具体的で、期待通りのものから私の考えつかないことまで、とても為になる内容でした。今まで自分の中になかった視点からのアドバイスをいただき大変感謝しております。皆様からの感想文を元に、提出した文章を少し推敲致しました。以下に、今回のお話について自分の中で考えていることなどをつらつらと記していきます。
◉お話を考える際の目標にしたこと
今回のお話では読んでくださる方に「え、」と思ってもらえることを目標に考えました。流れから意外な展開にして、驚きに一瞬思考を止めてもらえれば、私としては大成功です。
◉カップリングについて
はじめはブロマンス的なものになるかなと思っていました。爆処として左右なしなお話になるかなと。もしくは個人的に推してる松萩になるかなと。しかしお話を進めていくに連れて徐々に萩原の寛大さというか懐のデカさというか人間的深さというか、彼の偉大さに「この萩原には抱かれてしまう
……」などと思いはじめてしまいまして。左右はどちらでも良かったんですが、内容的には萩原×松田かなと思い、お話が出来上がってから決めました。
◉全体的な描写表現について
「表されているものの多くがイラストとしてわかりやすい表現になっていた、五感で感じることができるものは感触など織り交ぜると現実味も出る」と感想をいただきました。たいへん為になります。小説よりもアニメや漫画に多く触れて育ってきたせいなのか、お話に表現したい場面もアニメや漫画のようなイメージで脳内に浮かび、それを絞り出した言葉でなんとか表現しようとしています。そのため、シーンをパタパタと変えたくなったりセリフばかりが浮かんだりと文章に起こすにあたりいつも悩んでいます。今回の終わりなんてまさにそうで、「へたくそ」のセリフはきっと黒塗りコマ(白塗りでも良いですが)の真ん中に丸い吹き出しで小さく呟くような、そんなイメージでした。せっかく文章にするならセリフだけでは表現できないことを書き表したいとも思います。五感に注目する、というのは私の中で大変新しい視点でした。ありがとうございます。
◉小ネタについて
今回のお話に小ネタを意識して取り入れました。爆処の二人を知っている人(特に同じ幻覚を見ている人)に「あっ、これは
……!」と思ってもらえたら嬉しいなという気持ちです。
例えば、携帯電話関連について。原作の『揺れる警視庁〜』より松田は携帯電話のメールの早打ちが得意、ということや、彼の携帯電話が今の時代ではなかなか見かけることの少なくなった二つ折りのガラケーであることなどを意識しながらお話を考えました。現代のタッチパネル式の携帯電話では防水対応していたりするものもありますが、ガラケーに水は大敵ですよね。正直海に持って行くなんて自殺行為すぎて私には出来ませんが、彼らはそれすらもやいのやいのと楽しんでくれるだろうなと。松田は携帯電話のメールや電話機能のみを主に使用していて、カメラは起動してもインカメは知らないんじゃないか、なんて夢を見たりしています。彼が進んで自撮りすることなんてないと思いますし(しかしwps軸のやんちゃ松田だったら自撮りするかもしれないな〜なんて思ってます)。インカメを使いこなしてそうな萩原がわざわざ外カメで二人の自撮りをした理由については後述します。ラストシーンのサブディスプレイや待ち受け画面の話も、二つ折りの携帯電話をイメージしていただけると良いです。折りたたんで、サイドボタンを押すと小さなサブディスプレイが光る、パカッと開かないと待ち受け画面が見えない、などアクションを起こさなければ辿りつかないんですよね。タッチパネル式だと画面は一つなので、画面点けたら日時も待ち受けも見えちゃいますもんね。
また、松田のスーツについての言及。萩原の「スーツもカッコいいけどさ、私服のじんぺーちゃんも、俺好きだよ」というセリフです。この部分は萩原の死後、松田が親友だった萩原の為に毎日喪服代わりの黒いスーツを着ている、という原作設定から考えています。後に時間軸の設定について詳しく記しますが、このシーンの萩原は、自分が死んだ後に松田が毎日スーツを着ていることを知っているんですよね。
◉時間軸について
こちらのお話は時間軸を明確にしていません。はじめからいきなり日常がスタートします。私が考えていたのは「萩原が死んでから松田が死ぬまでの、おそらく萩原の一周忌にあたる十一月七日」でした。しかしいただいた感想文でも皆様それぞれが時間軸を考えてくれていて、例えば「命日を忘れてしまうほどに萩原の死から時間が経っている」「観覧車事故を回避した松田」などお話全体から真剣に悩み考えてくれていたことがわかり、捉え方が読み手によって違うお話になったことは私として嬉しいところです。絶対に感想をもらえる機会だからこそ、そのような曖昧さや解釈の自由さを持たせたかったので。
◉夢か現か
結局このお話は全部夢だったのか、はたまた思い出だったのか。私自身もお話を考えながらどうしようかなと悩んでいましたが、よくわかりません。夢ではないけど現実ではないような、その真ん中の時間じゃないかなと思ってます。その日二人で海に行った現実はあったけど実際それは二人ではなかった、みたいな。だから萩原は一人でバイクに乗れないし、二人で遊んだ海も側から見れば一人で遊んでいるように見えたかも。でも二人でご飯食べてるし、もしかしたら本当に昔よく遊びに行った時の思い出かもしれない。わかんないです。でもここに登場する萩原は松田が作り出した幻覚やらではなく、本物の萩原研二です。実態のあるなしはわかりませんが。そのため萩原のセリフには萩原自身の想いが詰まっています。
◉海までの描写
「海に行く道中がすべて松田の視点で終わってしまうことが気になった」とコメントをいただきました。海からが大きなイベントになるのでそれまでの道中はそこまで重点を置いておらずさらっと流してしまいたかった気持ちもありますが、上記の「夢か現実かわからない」ことから萩原に多く語らせずに松田が感じたことだけで良いのではないかと思い、割と淡々と流しています。また、彼らはこの海に行くのは初めてではないため、周りの景色が珍しかったり、新しい気付きがあったりなんかは特にないかなと思います。いつもの風景だな、くらいじゃないかなと。
◉海での萩原
海のシーンでは、萩原には明るく振る舞う反面少し陰、というか含みを持たせた行動をさせました。萩原が松田の携帯電話で自撮りをする時にインカメからわざわざ外カメに変える行動です。通して読むと行動に違和感はありますし、お話を完成させてからも削ってしまおうか悩みました。それでも残したのは、最後の待ち受け画面のシーンに持って行くため、というのももちろんありましたが、やっぱり含みが欲しくて。萩原は写らなかったんですよ、カメラに。インカメでもはっきり写らなかったりボヤけたりしてたんです、だって彼はもういない存在なので。ここらへんに、都合の良い夢の世界ではなく現実も混ざっている感を出してました。自分一人でインカメした時に姿がはっきり写らなかった萩原はその後いつもの調子で松田とインカメでツーショしようとするものの、自分だけが上手く写らないかもしれない不安から画面が見えない外カメでの撮影に変更するし、もしかしたらを考えて自分は入らないようにカメラの角度を変えます。それでもツーショを諦めきれないので精一杯のピースサインを松田に寄せて。これが萩原に出来た唯一のツーショだったのです。でもそんな不安は微塵も見せない、だって彼は萩原研二です。そしてきっと、萩原と一緒の時間というだけでそれ以上は考えられない(考えないように無意識に自制している)松田はそれに気付きません。
◉「俺の墓参り、行こうよ」
今までの楽しい雰囲気をぶち壊すセリフ。萩原はどんなこともきちんと言葉にして伝えてくれるタイプだと思っています。なので「着けばわかるよ」などと言葉を濁して墓まで連れて行ったりはしません。例えば、萩原と松田では別れ話を切り出すのは萩原だと思っています。松田は完全に無視して連絡取らなかったり、当て付けのように他の相手と仲良さげにしてみたりする子どもっぽさで、真剣な話はせずに逃げるタイプだと思っています。
◉萩原の墓
前述の通り、お話を考えている時は時間軸を「萩原の一周忌」としていました。そのため、「年季の入った石の中に、ポツリと真新しい墓石が立てられていた。 取り替えられたばかりの生き生きした花が飾られた、手入れの行き届いた綺麗な墓だった。」というのは、まだ一周忌なので綺麗な墓石で、一周忌の夕方なので家族親族の墓参りも終わり墓周りは綺麗に掃除されて花も新しいものに取り替えられているだろうなと。雨風に晒されて汚れて色の変わってしまった周りの墓石に比べて、ピカピカと光る愛しい人の墓石は、松田の目にはなんと残酷に見えたことでしょうか。しんどい。
◉ 「俺のこと引き摺んなよ」
萩原が死んでから一度も墓参りに来ず、毎日喪服代わりのスーツを身につけ、届かないメールをずっと送り続ける松田に、「俺のこと引き摺んなよ」なんて。松田のことが好きだからこそ前を向いて生きてほしい気持ちを前面に出して、自分を過去に置き去りにして欲しくない我儘な想いを隠して笑おうとしても、上手く笑えない萩原。あんなに嘘つくの上手そうなのに、そういうところがいい男なんだよなあ。「スーツもカッコいいけどさ、じんぺーちゃんの私服も、俺好きだよ」もお気に入り。自分の死に縛られて前に進めない松田は見ていられないんですよ、きっと。
◉十一月七日
割とぽつぽつとヒントになりそうなピースは撒いていました。「夏の緑から色を変え始めている木々」「海が冷たい秋」そして墓参りの「夕焼け」。萩原に叩き起こされてから海へ行って墓参りする「今日」が実は十一月七日だったのです。ここが、半分夢で半分現実、な部分。松田は十一月七日を萩原と夢のような世界で過ごします。しかしそんな不思議な世界は日付けが変わると同時に魔法が解けてしまいます。そしてそれは奇しくも、萩原に触れようと伸ばした手が彼に届く前でした。「一日」が終わってしまいました。(「何があっ ても忘れられないと思っていた」萩原の命日を、命日であることすら忘れてしまうほどに月日が経ってしまっていた、という考察もとても好きです。しかし自分の命日を忘れてしまっているようなら、きっと萩原は「俺のこと引き摺んなよ」ではなくまた別の言葉をくれたのではないかなと思います。)
◉「そういうところも好きなんだよなあ」
松田視点でお話を進めていたので、松田が見たこと感じたことは基本的に本文中で表しておりました。しかしこの一言では、萩原への気持ちをふわりと表現しました。松田が待ち受け画面を見て言った「そういうところ」って?という部分は読み手の解釈によって変わっていくところだと思います。私の中のひとつとしては「松田のことがどうしようもなく好きなところ」を思い浮かべていました。松田から見れば、ツーショを撮ろうとしていた萩原が実は松田しか写っていない写真を撮っていた=萩原の目には松田しか見えていない、ということになるかなと。きっと松田にはどうしようもなく松田のことを好きな萩原に見えていて、松田はそんな萩原がたまらなく好きなんだろうなあと。
◉今日は一日誰のものか
タイトルの「今日は一日俺のもの!」は明るく元気な内容かと思わせて本当の内容とギャップを持たせる意図もありましたが、「今日は一日俺(萩原)のもの」という意味を込めていました。松田を独り占めして背中を押すための一日、なんて思っていました。十一月七日ですしね、萩原の日でしょう、と。しかし頂いた感想を拝読していると、この海へ行った記憶が二人の最後の思い出だったらという意味を込めて「今日は一日俺(松田)のもの」かもしれないとも思いました。解釈がたくさんできるのはとても楽しいです。
◉おわりに
今回は親友でありパートナーであった萩原を失ってしまった松田が、萩原に会えた不思議な一日についてのお話でした。いろいろな部分を濁しているためたくさんの解釈や考察をいただき、本当にとてもおもしろかったです。はっきり答えがあるお話だけでなく、読み終わってからどこかぼうっとできるような、そんなお話を作れたらいいなと思います。
また、他の作品への感想コメントで主催様の「誰かが生み出したキャラクターと作品をお借りしてまで書いた作品が他の原作を当てはめても成立するようではまだまだ改善の余地がある」という言葉が印象深くぐっさりと心に残っています。そんなふうに自分のお話を客観的に見れないまでも、他のお話を考えるにあたり、「他のキャラでも成り立つのではないか」と考えたことは確かにあります。彼らにしか出来ないことや彼ららしさを感じられるようなお話を作りたいと思います。
この度はお付き合いいただき、ありがとうございました。
らる先生の読書感想文大会、次回は2020.11ごろ予定らしいです!!絶対に感想がもらえる企画です。同じ目線から違う角度の意見が聞けるのでとても貴重で為になります!!!
今回分のお知らせツイートのリンク貼らせていただきます。興味ありましたらぜひ。
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