いさき
2020-07-21 21:32:59
1781文字
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「Hiro」という少年の話 2

まだベルスコにならない

「Hiro」という少年の話2

その日は突然訪れたわけではなかった。ネズミ達はじわりじわりとその牙を研いでいたのだ。

ウォッカをはじめ、徐々に何人もの幹部からの連絡が途切れていく。都内に響く発砲音と爆発音、何かが崩れ落ちる音。胸の奥で、遂にか、なんて他人事のように感じていた。
こうなったらベルモットは一番に組織を見捨ててどこかへ身を隠すのだと考えていたが、案外彼女も人の子だったようで、「現場へ向かってくれ」と俺を連れ出した。近くに車を停めると「ここで待っていなさい」と、俺を運転席に残して暗闇に消えていった。逃走ルートを考えてしばらく経った。口寂しさに外に出て、車にもたれかかるようにして煙草を取り出した。いまだに少し離れたところでたまに発砲音がする。彼女は無事だろうか。待機には慣れているけど、連れて行ってくれても良かったのに。なんて思いながら、ハッとしてライターを手から滑り落としてしまった。
連れて行かれて、俺はどうするつもりなんだ。戦うのか、誰と?
自分のことがわからなくなって、目隠しするようにパーカーのフードを被った。
すぐ近くに車が停まった。一台、いや二台か。手前の車から男性が降りてきて、俺に声を掛けてきた。
「今この辺りにはテロリストがいるから危険だ、ただちにここから離れなさい」
スーツの男性は怒鳴るように荒々しい。威圧的な態度を取ることによって自分たちを優位に立たせようとする。組織になんて来なかったら、肩を並べることもあったかもしれない同業者に、俺は張り付けたような笑顔を向ける。
「そうなんですか。でも俺、ここで待ち合わせしてるんですよ」
にっこり笑ってお断りすると、男性は見て取れるほどに不快感を顔に表した。心の中で舌打ちをした時、男性の後ろからもう一人姿を現した。ふらりと揺れた影と目が合って、お互い目を逸らせなかった。
……………?」
まるで貼り付けられたように動けなかった。降谷は真っ直ぐに俺を見ていた。今日は急に呼び出されたから変装なんてしていない。どう切り抜けるべきかと悩んでいると、降谷はホルスターから抜いた銃を俺に向けた。
「お前は誰だ。三年前から組織にいた人間だな?」
景が生きているはずなんかない。小さく動いた唇を見逃しはしなかった。
「待ってくれ。ゼロ、俺だ」
怯えたように両手を上げて、降谷の正面に立つ。コイツは、俺を撃てない。降谷はガチャリと俺に狙いを定める。
「生きているわけないだろ、悪趣味な奴め」
……ごめん、そうだよな、ぜろ」
降谷とこんな風に会うつもりはなかった。声が震える。降谷の前での俺は一体どんな俺だったのか、もう覚えていない。
「その顔で、その声で、これ以上喋るな」
酷く怖い顔をして銃口を向ける降谷は、しかし指先が震えていて、俺は小さく謝ることしか出来なかった。
張り詰めた空気を吹き飛ばすように、俺の背後でビルが弾けた。瓦礫が地面に落下した音がした。振り返って、血の気が引いた。
あれは、彼女が向かった場所ではないか。
俺は迷わず隠していたホルスターから拳銃を引き抜くと、それを降谷達に向けて威嚇した。
「ごめん、俺、行かなきゃ」
俺が彼らの足元に一発放ったのと、降谷が俺の足元に一発めり込ませたのはほぼ同時で、しかし俺は車に飛び乗りアクセルを蒸した。
ピピ、とタイミング良くベルから連絡が来て、予定の道へハンドルを切る。バックミラーを見ると、道交法を無視した車が張り付いて追って来ていた。
裏道に回ると、金髪の女性が片足を引きずりながらよろよろと歩いていた。キキーッとタイヤの擦れる高い音に彼女が振り返る。ベルモット!
「乗れ! 早く!」
俺が助手席の扉を開けた瞬間飛び込んできたベルモットを振り落とさないように、またアクセルを踏み込む。後ろで聞こえる発砲音は、おそらくタイヤを狙って地面を掠めているのだろう。
蒸せ返るほどの血の匂いを纏ったベルモットが後ろに向けて銃口を構えた。
……あいつは殺さないでくれないか」
ベルモットは黙って引き金を引いた。急に空気の抜けたタイヤに引きずられてクルクルと回転しながら後ろの車はスピードを落としていった。
ミラー越しに、車を出てくる降谷を見た。
「待ってくれ!!ヒロ!!」
叫び声が耳に張り付いて、まるで呪いのようだった。