nini/mmdr.
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消えた終着地

イベント記念再公開!1個上の先輩が2個下の後輩と付き合って間に挟まれる松本稔のジェントルメンキューピット日記🏹

友達になった時。恋人になった時。家族になった時。
はじまりの理由はろくに誰も尋ねてこないくせに、喧嘩した時、別れた時。離れ、終わった時にはあれこれ理由だ原因だ悪いのはどちらだと聞いてくるのだろう。それを聞いて何の役に立つのだろう。真面目に答えるのも馬鹿馬鹿しい、例え双方に明確な落ち度があったとしても振り返るのは野暮以外の何物でもない。そうと分かっていても酒は人を狂わせる。元々あった素質が悪い方に最大限に引き出され、目の前のミョウジ先輩は明らかに苛立ちながらも要だけは黙秘を続けていた。


「アイツ悪い奴ではなかったろ?結構お似合いだと思ったんだけどなー」
「そうね」
「ちょっと束縛気味っちゃ束縛気味か」
「そんなことないよ」
「じゃあなんで」
隣で聞いてる俺の方が腹立ってきた。先輩は元彼を下げることも嘘もなく、可能な範囲で丁寧に答えてやってるというのに、なんで、どうしてなんて下世話にも程がある。いつか堪忍袋の尾が切れるんじゃないかと内心ひやひやしながら烏龍茶に切り替えた。嫌な予感がする。
「ミョウジさ、もっとニコニコ笑ってた方がいいぞ?せっかくの美人が台無しだって。だから別れたんじゃねえの?」
「いいのよ、美人じゃないし。田瀬くん何飲む?ビール?頼んでくるね」

そう言って座敷を立ち、ホールの店員さんに注文し先輩はどこかに消えた。俺が怒れば先輩が止め、先輩が怒れば俺が止め。そんな高校時代を思い出したからか、気が付いたら田瀬さんに正論パンチをかましていた。余計なお世話ですよ、と。しかし相手は酒に飲まれた22才、ただでは潰れてくれない。
「さっきから何だよ。お前ミョウジのこと好きなのか?護衛するならちゃんとやれよ」
「好きか嫌いかなら好きですよ」
澱みなく言い返された田瀬さんは突如玩具に飽きるような、あるいは飼い犬に手を噛まれたような。眉と目尻と口角がとっ散らかった顔してグラスごと席を離れていった。



さて。面倒な方の先輩は追い払ったが、また別の面倒を抱えている先輩が帰ってこない。まさかと思って隣を見れば座布団の上にも横にもテーブルの下にも見慣れたスポーツブランドのバッグが見当たらない。
やられた。あの状態で逃したら俺の命が危うい。幹事に耳打ちだけして急いで靴を履いて上着を羽織りながら階段を下りた。
確か家はこの県道の向こう。酒も好んで飲まない彼女が形式的に参加だけする飲み会の帰り道に寄るとすれば。ぽつんと緑色に光るコンビニを覗くと、なにやらレジでお会計をしている姿が見えた。白い袋とカップを受け取り、ぺこりと頭をさげてこちらへとやって来る。まさか俺に追いかけられ待ち伏せされているとも思わずに。やってることがストーカーみたいだな、と少し自分が怖くなる。

「脱走者1名発見しました」
「まっ!つもと!」
「何買ったんすか」
「え、肉まん。食べる?」
「いやいいっす」
「歩きながら食べようと思ったんだけどなぁー松本いると食べにくいなー」
「うそうそ、全然食えるでしょ」
「えへへ。食ーべよっ」
もっと、ニコニコ?そんなの相手次第だろ。
俺が直接聞く限りだと先輩に猛アプローチした元彼は、確かに思慮深く下品な声で騒がない美人というだけで勝手に期待値を爆上げしておきながら、いつまで経っても先輩側から何も求められない事に痺れを切らすだけでは飽き足らず、強硬手段として物理的に手を出したが突っぱねられたという。ビンタしちゃった、と彼女が話していたのでよっぽど脈がないのにアクセサリー感覚で欲しがったら拒絶された、とでもいうところだろう。そもそも、恋人同士だと思っていたのはその男だけだった可能性が大いにある。
そして今彼女には、いるのだ。想い人が。



「そろそろ擦り切れてきたんじゃないですか?バッグ」
「んー?」
ホットコーヒー片手に器用に肉まんを頬張る彼女の肩に掛かるのは、元沢北のバッグ。お揃いのが欲しいと言ったのに俺のが欲しいって言われちゃって、と電話の向こうでヘラヘラと鼻の下を伸ばしていたのはつい先日、日本時間朝8時。やっと始まった二人に、明確な理由などない。引き合う力は強かったけど如何せん距離が距離、くっつくまでに時間を要しただけのことだ。

「もっと怒っていいのに」
「わたしー?」
「うん」
「だって泣いたって怒ったって寝て起きれば忘れるでしょ?酔っ払ってたから、って」
あいつなら彼女が泣いても怒っても、寝ても覚めても想うだろうしまずもってそんな酒の飲み方をしない。無意識だろうけど先輩は沢北の逆をことごとく敬遠している。こればかりは結果論であるが、よくもまぁ収まる所に収まったなというのが二人を引き合わせた俺の所感だ。何にせよ先輩が不愉快だったことには変わりない。それなのに美味そうにはふはふと肉まんを食べ平気な顔していられるのか。最後のひとくちを飲み込み、鉄紺の空の向こうに星以外の何かを真っ直ぐ見るような瞳が切なげに光った。
「別に沢北の彼女だからって我慢しなくていいんですよ?」
「カノジョだって。ふふふ」
論点ずらして平気なふりして、まったく。喧嘩になったらなったで俺が守るから大丈夫だっつーの。だから我慢するな。今すぐ俺が届けてやるから。



「あっ、すいません電話出ていいっすか!?」
「どぞどぞ」
「すいません、あっ、もしもし?おれおれ。あ?詐欺じゃねえよ!」
ふふふと隣で笑いを堪える先輩、そんな余裕を見せられるのも今のうちだ。両手でコーヒーカップを包んで歩行者信号が青に戻るのを待つ何も知らないあなたへ、大根役者からの贈り物を。

「先輩先輩」
「ん?」
「ちょっと代わってもらっていいっすか?多分深津」
「多分?」
違和感ありありの展開に口をへの字に曲げる彼女の手から生あたたかいカップと俺の携帯電話を交換すれば、もう出るしかない。もしもし?といつも通りの喋り方を出来たのは最初だけ。戸惑い、驚き、恥じらい。声色とは言うが、本当に声って色で染められるものなんだな。
歩行者信号が青に変わり車が来ていないのを確認して彼女を見ると、電話と海の向こうに夢中。渡らないわけにもいくまい、右手にコーヒーカップ、左手で彼女のコートをつまんで引っ張った。

「あっ、松本、これ、電話」
「もういいの?」
「え、あ」
「ちゃんとバイバイしたら代わって下さい」
流石に不意に仕組まれた電話で隣に俺が居ては話も広がらないだろう。それでも構わないのだ。記憶の上書きは早ければ早い方が良い。
恋人同士の会話は二言三言交わして区切りをつけ、代わるねと言って携帯電話を差し出されたので冷めたコーヒーカップを返す。もうすぐ彼女の家へと続く路地に入る。


『びっくりした?』
電話の向こうにわざと問いかけたのに隣の彼女からぺしん!と背中を叩かれた。まったく、こっちの顔色はすっかり良くなったし、あっちの声は彼女と全く同じように色付いてやがる。
『松本さん、もしかして家まで送ってます?』
『あ?うん』
『ありがとうございます。飲み会、心配してたんで』
『ああ』
『部屋入っちゃ駄目ですからね』
『ばーか』
今ここでそんな馬鹿なことするくらいならお前のいない間にとっくに掻っ攫ってるよ。本気で言っている訳では無いのも、ただただ心配しているのも分かる。ほら、そんなお前のことだけを好きでいる彼女はアパートの駐車場の前で俺に礼を言う。ここから先は大丈夫だよ、と綺麗に線を引いて。
「ありがと」
「いえ、先輩も一応女性ですから」
「それもだけど。沢北」
「まぁ……キューピットのアフターフォローサービス?」
「手厚いね」

またね、と別れて来た道を戻る。話し相手もカップもない帰り道は冬の風が冷たく身に沁みる。
いつから気になって、いつから割り切って、いつから恋を捨てたのか。そんなの自分でも分からない。彼女を捕まえたコンビニに立ち寄り肉まんを買って両手を温めれば、なんだか自分で自分に褒美をあげている気分だ。
嗚呼、キューピットも楽じゃない。