nina_40enaga
2024-11-07 18:29:04
3435文字
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ハッピーゆるふわ監禁生活




 コンコンコン、とみっつノックする。それが僕達の合図だった。それから僕はクローゼットに向かって話しかける。
「ただいま! アルバス。遅くなってごめんね。いいこにしてた?」
 バタン、とクローゼットの扉が開く。すると僕の衣装箪笥に住み着いたまね妖怪ではなく、くしゃくしゃの黒髪の愛しい人が出てくる。
「おかえり、スコーピウス」
 それから迷いなく僕をコートごと抱きしめてくれる。コート越しでは彼の体温はさほどわからなかった。
「冷たい。外はずいぶん冷えてきたな」
 彼は季節感を僕の上着の厚さと残った冷気などからしかおもに感じることができない。部屋は適温になるように魔法をかけているから。そして彼はここ半年家の外に一歩も出ていないからだ。
「うん。アルバスがあっためてくれる?」
「もちろん君が望む方法で、そうするけど」
 アルバスは眉を上げ、楽しげに僕のチェスターコートのボタンをひとつずつ外していた。
「その前に一緒にお風呂に入らなきゃいけないし、夕飯を食べなきゃいけないだろ?」
「そうだね、うん、その通りだ」
 彼がチェスターコートのボタンを外しきってくれた瞬間、僕はコートを脱ぎ捨てて、ついでにマフラーも床に投げてアルバスを力いっぱい抱きしめた。瞬時に背中に腕がまわる。温かい。この温かさを絶対に逃したくない。

「アルバスと連絡がつかなくなった。君のところに来ていないか」
 とあの有名なハリー・ポッターからの手紙を受け取ったのは半年前のことだった。しかし僕には心当たりがなかった。仕事があまりにも忙しく、アルバスに会うどころか連絡さえろくに取っていなかった。日の出前に出社して、日付が変わってから家に着くのだ。仕事は嫌いではないけれどアルバスと会えないことにより僕の心が死んでいくのが自分でもわかったが深夜二時に彼を呼び出すわけにもいかない。彼から昔もらった手紙や写真をじっと見たり、脳内の彼と会話することでなんとなく意識を保っていた。ホグワーツの卒業式の日、僕は彼にプロポーズまがいの言葉を口にして、彼からも了承の返事のようなものをもらっていたのに。まさか一度もデートさえできないまま一年が経ってしまうとは予想外だった。
「僕を誘拐してくれない? そしたらなんでもしてあげるから」
 その手紙を受け取ったのはハリーからの手紙に心当たりがないと返事を送った翌日だった。アルバスとハリーの筆跡は、大文字と小文字の大きさが不揃いなところがよく似ている。アルバスに伝えたら気分を害するだろうから、この発見は僕だけの秘密だ。
 誘拐って具体的にどういうことだろう。なんでも、の中に結婚は含まれるのかな。などと考えているとばちん、と音がした。慌てて音がした台所の方に見に行くと、何故か小麦粉まみれのアルバスが立っていた。普段料理なんかしないのに、なぜかいつの日か買い溜めしてあった小麦粉の袋の上に着地したらしい。
「姿現しは苦手だったのに」
「少しは練習したんだ。でも君の今の家、一度も来たことがなかったから座標を上手く合わせられなかった。本当は玄関の前に来るつもりだったんだ」
 粉まみれの床とズボンを魔法で綺麗にしたあと、アルバスは僕を見て微笑んだ。見たことがないほど見事な作り笑顔だった。アルバスも相当限界なのだとわかると同時に、僕は自分のするべきことを全て理解する。
「今から君のこと誘拐するね」
「いいね。どこに誘拐するんだ?」
「来て。ぴったりの場所があるんだ」
 僕はアルバスの手を取って寝室へ案内した。そしてクローゼットの扉を開ける。当然魔法のクローゼットだから、見た目よりは広々としている。服を少しかきわければ、十分暮らせそうな広さはある。
「ここはどう?」
「こんなに快適そうな部屋は見たことがない」
 アルバスはそう言って先ほどよりはうまく笑ってくれた。彼が新しい部屋を気に入ってくれて本当に良かったと思う。

 ハリーには、アルバスから事情を説明する手紙を送ったらしい。内容までは見ていないし、どんな説明なら納得するのか僕には見当もつかなかったがハリーからしつこく手紙が送られてくるようなことはなかったからうまく丸め込んだのだろう。仕事は片付けてきた、と彼は言っていた。しばらく行かなくても、もう行かなくてもいい。と曖昧なことを言って笑うのだ。

 僕たちは、きっと離れていてはいけないようにできているのだと思う。アルバスが僕のクローゼットに住んでくれるようになって以来、僕の仕事はすべてうまく行くようになったし、身体に薄らと現れていた不調も鳴りを潜めた。
「君の仕事ってなんなの?」
 二人で日の出前に朝食を摂っているとき、ふと思いついたようにアルバスが首を傾げた。
「魔法お掃除ロボットの営業」
「ん?」
「魔法お掃除ロボットだよ。知らない? 魔法省でも何十台か働いてる」
「君がそんなのに興味あるなんて知らなかった」
「八十四時間連続稼働できるんだ。最新モデルさ。三本のアームで、掃き掃除、水拭き、乾拭きまでできる。君の家にもどう?」
 説明しながら、僕はアームの動きを再現しようとしたが、二本の腕では完全に再現することはできなかった。アルバスは興味深そうに僕の動きを見つめて少し笑う。
「僕の家にそんなものがあったら君の服を全部吸い込んじゃうよ」
 アルバスはおもしろそうにそう言った。彼の家は今や衣装箪笥なのだった、と思い出す。

コンコンコン、とクローゼットの扉をノックする。仕事のしすぎで頭がおかしくなったと思われても仕方のない行動だな、と頭では理解していた。
「ただいま、アルバス!」
「おかえり、スコーピウス」
 箪笥の扉を中から開けてくれたアルバスを力いっぱい抱きしめる。そうすると、頭の中をひっきりなしに稼働し続けているロボットが止まって、代わりにアルバスへの愛しさでいっぱいになるのだ。
「ねえアルバス、僕が卒業式のときに君に言ったこと覚えてる?」
「“僕は君と友達になれて本当に良かったと思ってる。君がスリザリンに組み分けされたことは、君にとってそうじゃなかったかもしれないけど、僕にとって人生最大の喜びだった”ってやつ?」
「わあ、すごい、覚えてるんだ」
 一字一句身に覚えのある言い回しだった。アルバスがそんなにその言葉を大事に胸にしまって、会えない一年間とそのあとの半年を過ごしてくれていたのだと知って感極まる。
「でもそれじゃなくて、そのあと」
「そのあとってどれ?」
「君と結婚したい。君がその気になってくれるまでいくらでも待つから」
「それなら待つ必要なんかないだろ」
「そう! 君はそう答えてくれた!」
「うん、そうだったと思う」
 彼と話ができるのは早朝と深夜しかない。もし大切な話をするとしたら、それが早朝か深夜の二択なのだったら、深夜の方がいくらかマシかもしれない、というのが最近の僕の考えだった。
「アルバス、僕は君が好きだよ。これは君のことを誘拐して、ますます確信したことなんだけどね」
「うん……僕もべつに、考えなしにここに来たってわけじゃない」
 アルバスはそう言って、僕に二歩近づき、首に抱きついてきた。
「ちゃんとそういうつもりでここに来たよ」
 アルバスの言葉に、耳が急激に熱くなる。僕達の背後にあるのはベッドで、時刻は深夜だった。早朝か深夜なら、深夜がいいと僕が思ったからだ。
「僕はそういうつもりだったけど、君は違うの?」
 次の瞬間、僕はアルバスをベッドに押し倒していた。アルバスが僕に向かって伸ばしてきた手をシーツに押し付ける。アルバスは意外そうに僕を見上げた。簡単に身動きを封じられてしまった彼が愛しくて、絶対に壊したくない唯一の拠り所なのに、ひどく暴力的な衝動が湧き上がってくるのを、コントロールするのが困難だった。
「ちょっとひどくしちゃうかもしれない」
 せめて予告してあげよう、と優しさからそう口にすると、アルバスは楽しそうに笑った。全然作り物じみていないいつもの笑顔だった。
「いいよ。誘拐してくれるならなんでもしてあげるって言っただろ」
「それって僕にしか有利じゃない条件だ。今気づいたけど」
「今気づいたんだ」
 僕の下でくすくす笑うアルバスが愛しくてもう爆発してしまいそうだったから、この気持ちを少しでも伝えたくて、愛しい唇に急いでキスをした。