つの
1686文字
Public まほやく
 

Welcome to the (noisy) world, baby!(パラロイオーカイ)

この世界はうるさいね、という話。お誕生日おめでとうの気持ちをこめて。ほんのり最中の描写がある。

「おかえりなさい、オーエン! 今回の旅はどうだった?」

 ラボに入店した自分を捉えて、菫色の瞳がチカチカときらめく。飛び跳ねるように駆け寄ってくるから、ふわふわの赤毛がゆらゆら揺れる。一定距離に近づくと自動スキャンが行われて、作りものの心臓がトクトクと高鳴っているのがわかる。ああ、と思う。

……うるさかった」

 そう答えれば、クロエは不思議そうに首をかしげる。

「極北地方に行ったんじゃなかった? 人もアシストロイドもいないような」
「それでも、うるさかった」

 そっかあ、とクロエは頷いたあと、間をおかずに「楽しかった?」と尋ねる。眉をひそめる。

「今の答えから、なんで楽しかったと思うんだよ」

 クロエは驚いた顔をして、それから慌てたように謝った。

「そういう表情だと思ったんだけど、ごめんね」

 そんなふうに話していると、久しぶりの再会にわずかな緊張を滲ませて、それでも穏やかな笑みを浮かべながらラスティカがこちらに歩み寄ってくる。犬型のシノを抱えたヒースクリフも。
 溜息まじりにつぶやく。

……この世界って、本当にうるさい」



 極北地方に向かったのは、たまには完全な静寂を味わってみたいと思ったからだ。「生まれる」前の世界のような。
 永遠の昼。太陽と月のいない空。どこまでも続く真っ白で平坦な氷の世界。そこを歩く自分の鼓動だけが聞こえる。すべてを知っていて、なにも記憶がないというのは、そのようなものだ。なににも価値がなくて、たしかな自分だけがある。
 たとえすべてを知っていても、すべてを触れて、見て、確かめたいと思っているし、そうしてきた。その欲望と選択に疑いはない。だから、これは、きっと「郷愁」に近い感情だ。
 決して戻れない遠い地点への。
 極北地方にはたしかに人もアシストロイドもいなかったけれど、太陽と月があった。潮の満ち引きがあって、風があって、氷は静かに融けていった。



 カーテンを開けるなよ、と文句を言われた。カーテンなんて無意味だ。それよりも確実な情報スクリーンをオンにしているのだから、こちら側で何を行われているのかは見えない。理屈を言っても、「それでも気になるんだよ」とカインは不満げな顔をする。相変わらず非合理的で、非論理的だ。
 無視してあたたかな体温に身体をうずめると、抗議の代わりに甘ったるい声があがった。
 窓の外で色とりどりのネオンがまたたいていて、あらわになった肌を照らしている。イエロー、ピンク、グリーン、ブルー。安普請とはいえ最低限の防音機能は備えているはずの窓ガラスは、それでも遠くの音声コマーシャルを伝えてくる。部屋のなかに注意を向ければ、コンプレッサーの唸り声、冷却ファンの羽ばたき。

「やっぱり、うるさいな」

 つぶやくと、カインがカッと頬に朱をのぼらせて、両手で口をふさぐ。それから途切れ途切れの小さな声で「だから、カーテンを閉めろって……」と囁く。あんな薄いカーテンに防音効果なんてないし、そのことではない。けれど説明をするのも面倒だった。窓の外を走るエアカーのヘッドライトを受けて、うらめしげにこちらを見上げる金の両目が、キラキラと光る。

……息を止めて」

 そんなにか!? と驚きの声があがって、けれどカインは素直に言うことを聞いた。人間のすることだから完璧ではなくて、両手でふさいだ口からくぐもった声が漏れ聞こえるけれど。カインの体温があがって、鼓動が早くなって、ホルモンの分泌量が増えた――興奮している。
 ふ、と笑みがこぼれた。

「今度は声を出して」

 それを合図に、ぷは、と息を吸い込んで、カインが不思議そうにまばたきをした。

「今の、なんの意味があるんだ?」
「確かめてた。おまえの存在がうるさいってこと」
……なんかものすごい悪口を言われている気がするぞ」

 悪口じゃないよ、と応える。悪いとか、良いとかではない。それはまるで物理法則のような事実だ。増大していくエントロピー。
 この世界はうるさくて、きみがいる。