jirunobunsin
2020-12-15 20:21:11
13236文字
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器の複体

宿虎双子パロです。短編のつもりがなんか長くなってました。アニメでハマって2〜13巻まで読破済み。0巻、1巻、小説版がぜんぜん見当たらなくてネットで予約したら書店に追納されたんですよね。これってトリビアになりませんか?

「ほっへるへんがー?」
「飲み込んでから言えよ」

 それは確かにその通り。手元に残っていたパンを全部口に押し込み、コーヒー牛乳でさらに流し込む。
 もぐもぐもぐ、ごっくん。ごちそうさまでした。

「いや残り全部食えとは言ってねぇから」
「んで? ドッペルゲンガーって、あれ? 会ったら死んじゃうやつ?」
「そうそう、お前のドッペルゲンガーが出たって噂になってんだよ」
「へえ、ウケんね。俺そういうの見たことないや」

 ドッペルゲンガー。それは誰だって知ってる都市伝説だ。自分とそっくり同じ姿をした何か。それに会うと死んでしまうというけれど、ドッペルゲンガーと両方死んだとは聞いたことがない。
 それって、死んだ方が偽物だったっけとこなんだろうか。それとも、本物が偽物に殺されたのか?
 
「やだなー、虎杖死んじゃったら絶対寂しくなんじゃん」
「そうそう。体育祭、絶対負けるし」
「気にしてんのそこじゃん。んで? どこにいたの、それ」
「聞いちゃうのがお前だよな。流石オカ硏」

 いや、陸上じゃなかった? サッカーだろ。野球部だって聞いたけど。
 みんな勝手だ。人の事情なんて知らずに、好き勝手にあれやこれや。
 虎杖悠仁はコーヒー牛乳のストローを歯で噛み潰しながら、誰かが教えてくれるのを待った。
 その間に自分でも考えてみる。ドッペルゲンガーってなんなんだろう。伏黒や釘崎、順平なら知ってるだろうか。残念ながら三人は別のクラスなので、昼休みに聞いてみるしかない。
 ついでにいうと、今は昼休みでもなんでもない、二限と三限の間の休憩時間だ。さっきのパンとは別に弁当は普通にあるので、あれはおやつみたいなものである。そもそも一限と二限の間にも食べているので、クラスメイトからすればいつもの風景だ。

「俺、ゲーセンって聞いたけど」
「あの映画館の裏じゃなかった? ほら、結構やばいやつら溜まってるとこ」
「駅の方の路地で俺見たけど。喧嘩しててさ、まじでやばいと思ったけど、虎杖とちょっと違ったんだよね?」
「違う?」

 そこで、何となくわかった。そういうことか。

「もっと目付き悪くて笑い方が邪悪だったとか?」
「そうそう……ってお前、なんで知ってんの?」
「それ、俺の兄貴だわ。双子の」
「双子ぉ!?」

 聞いてないとみんなが一斉に言うけれど、そりゃ言ってないから当然だ。本当なら言いたくなかった。

「てか、何であいつ東京いるんだろ。あいつ普通に仙台にいるはずなのに」

 あいつはさっさと家を出ると思っていた。なのに、地元に進学なんかするから、こっちが地元を離れて東京で寮生活をしている。まさかじいちゃんに何かあったんだろうか。ちょっと心配だから、後で電話をかけてみよう。

「ふーん、こっち来てたんだ」
「お前、やたらドライだな」
「すごいやつだとは思うよ。めっちゃ頭いいし、俺より喧嘩強いし」
「まじ!?」

 めっちゃ怖いじゃんとクラスメイトは怯えながら、チャイムが鳴ってるのに席に戻らない。次の授業の先生がだいたい一、二分遅れてくるせいだ。責めるほどじゃない遅刻をするくせは、もう半年経つけれど改善する気配ない。

「それで? 名前は?」
「おーい、授業始めるよ〜」
「やっべごじょせんきた、また後でな!」

 五条先生はグラサンだし白髪だしでファンキーだけど、めちゃくちゃ若い。多分まだ二十代。ってクラスの女子が話してた。
 教科は数学だけど、わかりやすくて面白いって言うんでこれもまた人気。でもって、なんかやってたか知らないけど、多分この人も喧嘩はめっちゃ強い。

「それじゃ、テスト返してくよー。いやー、優秀優秀このクラスは赤点なし! ま、僕が教えておいて赤点とるはずないよね。というわけで全員引っかかった問題の答え合わせもしていこうか。はいじゃあ、悠仁から取りに来て」

 でもって、面白いから忘れがちだけど結構鬼畜。先日までテスト週間だったけれど、とにかく必ず一問は引っ掛け問題を入れなきゃ気が済まないらしい。一応途中の計算式とかが合っていればいくらか点数をくれることもあるけれど、狙ってんの勝手くらい赤点もいなければ高得点もそうそう出ない。テストは名前順に返却されるので、真っ先に席を立った。

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「「兄貴が東京に来てる?」」
「らしい。俺のドッペルゲンガーって噂になっててさ」

 昼休みは晴れていれば屋上で昼を食べることにしているけれど、厳しい残暑を感じさせる太陽がめちゃくちゃきつい。そんな場所で一緒に昼を食べている伏黒恵と釘崎野薔薇は別のクラスの友達だ。夏休み前に知り合って、何だかやたらウマが合うから、クラスのみんなよりも色々話している。本当はここにもう一人、さらに別クラスの吉野順平がいるはずなんだけど、前の授業が遅れているのかまだ来ていない。

「なんか聞いてないの?」
「なんも。というか気になってじいちゃんに連絡したけど知らなかったっぽいし。あいつ学校サボりやがったのか、って俺にキレられた」
「そりゃ災難だったな」
「にしても、なんで突然東京なんて来たのかしら」

 双子の兄、宿儺はなんでも出来るやつだ。頭も良くて、運動神経も良くて、でも、性格だけ最悪。興味無い人間はガン無視、気に障ると死ぬほど煽ってなすりつけ、何度巻き込まれたか分からない。
 成績だけは良かったから、高校は奨学生として地元の私立に入学した。絶対出ていくと思ったのに、何故か地元に残ったのはあいつ。じいちゃんが心配だから最低でも月に一回は病院に行くけど、案の定会うようなことは無かった。見舞いには全然行ってないらしい。

「わからん。俺、昔からあいつの考えてることわかんねぇんだよ」
「兄貴なのに?」
「兄貴なのに」

 というか、兄貴だから、かもしれない。同じ顔だから余計わからん。見た目はそっくりなのに、いつも底知れない。

「会えばちゃんとわかんのかな」
「ばっ……やめろ! 絶対探しにいくなよ!?」
「そうよ、やめなさい! あんた、兄貴のせいで迷惑してたってずっと言ってたじゃない!」
「お、おう」

 前にした話をよく覚えているものだ。同じ顔なので(声は似てないけど)よく間違われては喧嘩を売られた。虎杖には強い方と弱い方がいるとよく言われたものだ。おかげでこっちまで喧嘩に強くなってしまった。
 というか、あいつが喧嘩の時に俺の名前を言うのが悪いんだけど。表向きにはこっちが強い虎杖で向こうが弱い虎杖。本当は逆だけど。

「あいつどこにいんだろ」
「やばいとこ寝泊まりしてそう。女のところとか」
「とりあえず虎杖、お前はしばらく一人でうろつくなよ。帰り待ってろ」
「え、やだよ。伏黒待ってたらめっちゃ遅くなんじゃん」

 うちの学校は全員部活に入る決まりなので、伏黒を待っていると寮の門限ギリギリで帰りに寄り道ひとつもできない。ちなみに伏黒が入っているのは五条先生の作ったパルクール部とかいうゴリゴリの運動部だ。頭数合わせで入部させられたのに、なんだかんだ真面目なので、毎日ちゃんと部活に顔を出している。テスト週間も終わったので、今日からまたどこも部活は再開だ。

「じゃあ私行ってあげる」
「釘崎絶対服の店入って待たせんじゃん」
「こんな時にしないわよ! 馬鹿にしてんの!?」

 釘崎は何故かDIY部とかいうのに入っている。オシャレな家具とかをDIYするとかいう名目だけれど、見た目は日曜大工だ。ただ文化部(?)だし、個人作業がメインなので、行くも行かないも結構自由らしい。

「ともかく、一人で出歩くな。既に問題起こしてる兄貴と間違われたら厄介だろ」
「まあ……

 どういう訳か昔から体は丈夫で、体育だけは常に高成績だった。それはあいつにもいえることで、お互いに競り合ってーー大体は、こっちが負ける。
 だから逃げた。本当はじいちゃんのそばに居たかったけど、周りの人間に比べられるのに疲れてしまったから。

「なぁにがドッペルゲンガーよ。そんなドッペルゲンガーがいるかっつーの!」
「知らなかったらそう見えるんだろ」
「あはは、なんで釘崎がキレてんの」
「あんたがキレなさいよ! ムカつく!」
「えっ、なに? どういう状況?」
「あ、順平。遅かったじゃん」

 なんてタイミングのいい。いや、悪いんだろうか。制汗剤の匂いがするから、前の授業は体育だったのかもしれない。

「体育、バレーだったんだ。片付け遅くなっちゃってさ」
「あー、ネットとかボールとか」

 体育の日下部先生は、熱血に見えてそこそこ手を抜く人だ。だからこそ授業はダラダラしがちで、クラスにしっかりした人がいないとだいたい終わりもダラダラする。順平のクラスはそういう感じなんだろう。
 ちなみにキッチリしなさすぎると、逆に授業が早く終わる。だるいしこの辺で良くないって誰かが言い出すから。うちのクラスがそうだ。

「おつかれ、昼買えた?」
「あ、今日はお弁当なんだ」
「今日は?」

 にやにやと釘崎が聞く。すると急に声が小さくなったけれど、今日から、と順平はしっかり答えた。
 順平は今までちょっと学校を休みがちで、早退も多かったから、お弁当を持ってくることはほとんど無かった。それが、今度からはお弁当を、しかもお母さんの手作りのを持ってくるらしい。

「良かったじゃん」
「う、うん」

 平和だ。地元を出て、宿儺と距離を取って、友達がすごく増えてーー。毎日が、ともかく楽しい。宿儺のせいで怖がられていたあの時とは大違いだ。
 だから怖い。あいつは怖いやつだ。もしみんなが傷つけられたら。そう思うと、とにかく怖い。
 なあ宿儺、お前が本当にドッペルゲンガーだったら良かったのに。

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 結局折衷案として、映画研究会に入部している順平と帰ることになった。今日は顧問の先生が放課後いないとかで、ちょうど休みらしい。問題は明日からだ。絶対一人で帰るって言うと怒られる。

「そういえば、悠仁が見たいって言ってた映画、先週公開だったけどもう見た?」
「まじ? 今週だと思ってた。テスト終わってからでいいやと思ってまだ見てない!」

 映画が好きなのになんでオカルト研究会なんだって聞かれることがある。まずオカ研は普通に楽しいってことを先に言っておく。でもってとにかく緩い。一応心霊スポット行く時にはビビりの先輩たちのためについて行くけど、それ以外は行っても行かなくてもいいって約束なので、バイトをかなりの頻度で入れても全然許される。
 今日のシフトはないけど、テストも終わったし明日からはまたバイト三昧だ。

「でも伏黒たちに駅前の映画館は行くなって言われたしなぁ」
「ああ、お兄さんその辺にいるんだっけ」

 映画なんて興味なかったくせに、なんで映画館の近くにいるんだ。せっかくテストが終わったのに、ゲーセンも映画館も行けないし、遠出しようにも駅も使えない。自転車で遠征もできるけれど、通い慣れた場所を使えないことへの不満が勝ってしまう。

「まあまあ、映画は始まったばかりだし、お兄さんもそんなに長くは学校サボらないよ」
「だといいけど」

 とりあえず一週間は様子を見ようというのが伏黒や釘崎の意見だった。仮にも奨学生の身分で、そこまで長くサボることは無いだろうと言うのが二人の意見だ。ちょっと願望も含まれている気がする。

「直接会いにこないところもムカつく」
……悠仁はお兄さんのこと好きなんだ」
「あいつは多分俺に興味無いだろうけど、そりゃ兄弟だし」

 物心着いた時にはすでに、そばに居た肉親はじいちゃんと宿儺だけだった。親のことは興味がなかったので聞いていない。
 じいちゃんが年に一回くらい親について話そうとしてきたことはあったけど、大抵宿儺が興味無いって言っておしまいだった。主にじいちゃんの説教のせいで。
 別に、じいちゃんや宿儺がいればそれで良かった。良かったんだけど。

……じいちゃん、あんま良くないんだってさ」
「えっ」
「まあ歳だから仕方ないんだけどさ。じいちゃんの死に目にあえるかな、俺」
「東京に出てきたこと、後悔してる?」
「こういう時は、ちょっとするかも」

 あいつが地元を出て、自分が残って、それでじいちゃんの面倒を見て……。そんな感じの想像をぼんやりとしていた。現実が真逆になるなんて、あの時はひとつも想像していなかったし、今もちょっと信じられない。

「でも、ちょっと浮いてたのもマジだし、こっち来た時は気が楽だったんだ。いまじゃ順平や伏黒みたいな友達もできたし」
「釘崎さんもね。ちゃんと言わなきゃ怒られちゃうよ」

 他にも、禪院真希先輩(伏黒の親戚らしい)とか、狗巻棘先輩(真希先輩の仲良しらしい)とか、パンダ先輩(パンダの着ぐるみか喋るパンダかは未だに謎)とか、クラスメイトの何人かとか、俺の言うことを信用してくれる人はいくらかいる。仙台にいたときはじいちゃんだけが味方だったけど、今回は違うから、それだけで結構違う。
 なにより、何人か俺が喧嘩してるのに宿儺に罪を着せてると思ってるらしいけど、まわりがそれを否定してくれるから随分助かっていた。ドッペルゲンガーが出てた時間はだいたい誰かと一緒とか、映画の半券があったりとか、そんな感じのことも多い。

「あいつそんなんするくらい俺の事嫌いだったかな」
「心当たり本当にないの?」
「ない! 連絡先も知らねぇもん」

 だから、文句のひとつも言えない。今度仙台に戻ったら、どうにかして一発入れてやろう。
 順平と別れて寮に帰ったあと、寮の電話からじいちゃんに今週末行くと伝えてほしいと対応してくれた看護婦さんに頼めば、学業に専念しろと怒鳴る声が受話器越しに聞こえた。

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 というわけで、金曜日。授業が終わるとそのまま電車に乗って仙台に帰った。当然着く頃には面会時間を過ぎているので、病院に行けるのは明日だ。だから今日は、宿儺が多分いるであろう家に泊まることになる。
 鍵を入れて、回す。それだけの作業にめちゃくちゃ心臓がバクバク鳴った。

「ただいま!」

 けれど、返事はない。じいちゃんの返事がないのは当たり前だけれど、宿儺もいないのは驚いた。いや、いない方がぽいのか。
 拍子抜けした。油断してたとも言える。

「いってえええ!?」

 だからこそ、後頭部にきつい一撃をモロに貰ってしまった。

「てめぇ、ふざけんなよ宿儺! 久しぶりに会った弟に何すんだよ!」
「それはこちらのセリフだ、阿呆め。良くもノコノコと顔を見せられたものだな」
「はあ? お前の方がまた好き勝手やってたくせに!」

 振り返れば、そこに居たのは紛れもない双子の兄。同じ顔を不愉快そうに歪めている。顔の作りは同じなのに、表情のせいか似ていないとよく言われた。
 そのうえ久々に会って一発目がこれだ。正直今から殴り返しても当てられないだろう。なら仕方がない。立ち上がり、今までの恨み節と一緒に今回の騒ぎについてのべつまくなし文句を言ってやった。後ろめたいことがあったりして、わずかでもすきが出来れば、お返しするチャンスもあるはずだ。
 けれど、こちらの予想を裏切って宿儺は目を細めた。これは人をバカにしている時の目だ。

「迷惑しているのはこちらの方だ」
「どういう意味だよ」
「そもそも俺が東京など行けるものか。それなのにお前がありもしないホラを吹聴したせいで、学校からの帰りにじじいから呼び出されて説教をくらったんだぞ。どう落とし前をつける気だ、貴様」
……東京に行けない? どういうことだよ」

 まさかそんな金がないとは言わないだろう。むしろバイト代をすべて見舞いの交通費につぎ込んでいるこちらより金はあるはずだ。じゃあ、何故。

「そもそもお前、今日の俺を見てなにか思わないのか」
「何かって……あ、そう言えばちゃんと制服着てるじゃん。偉い偉い」
「この期に及んで俺をバカにするその命知らずなところには虫唾が走るが、まあいいだろう。なら、何故きちんと衣服を定められた通り身につけているかは考えられないのか?」

 要約すると、きちんと制服を着てるのはなんででしょう、だろう。宿儺の学校は進学校らしいけれど、入学式早々に着崩してじいちゃんから怒られているはずだ。その愚痴は何度も聞いた。ちなみに俺もパーカーを着てるから制服の正しい着方ではないけど、宿儺がヤバすぎて相対的にじいちゃんからマシと思われている。
 それはそれとして、制服を正しく着なきゃいけない理由って、なんだ?

「分からんのか。その間抜けな顔にふさわしい知能レベルだな」
「うるせーよ、変ななぞかけ出しやがって」
「もういい、貴様の知恵に少しでも期待した俺が愚かだった。答えはな、『俺は今週がテスト週間だった』だ。貴様の学校より一週間遅かったんだよ、こっちはな」

 宿儺は学業においては優秀だ。授業中にどれだけ寝ててもテストは高得点を取れる。ただ進学校らしく、時折身だしなみチェックの強化月間があるらしい。それは主にテスト期間に。
 普段はその優秀な成績から多少の素行の悪さや身だしなみのだらしなさは見逃されているらしいが、流石に強化月間は無理らしい。主に先生がチェックに加わる、という意味で。

「改めて聞くが……まさかこの俺が、テストをサボってわざわざ東京に行くとでも?」

 じいちゃんに呼び出されたということは、学校帰りにそのまま行ってこの時間になったってことだろう。だから身だしなみも整ったまま。学校に行って帰ったという間違えようのない証拠だ。

「噂のドッペルゲンガーは、どんな服装だ」
「えっ……知らねぇ」
「誰か声を聞いたものは?」
「いや、それも知らねぇけど……

 いっそ双子の兄がドッペルゲンガーだったらと思っていたが、当然ありえない。それでも、噂のドッペルゲンガーの正体は宿儺だと思っていた。

「それは本当に、人なのか?」

 一気に背筋が冷えて、何も答えられなかった。噂はどうだったろうか。

『俺、ゲーセンって聞いたけど』
『あの映画館の裏じゃなかった? ほら、結構やばいやつら溜まってるとこ』
『駅の方の路地で俺見たけど。喧嘩しててさ、まじでやばいと思ったけど、虎杖とちょっと違ったんだよね?』

 ゲーセン、映画館の裏、駅の方の路地。どこも自分が使う場所で、通り道だ。ただ雰囲気が違うから、そのまま俺だとは誰も信じなかった。だから、ドッペルゲンガーだって聞いて、それで宿儺を思い浮かべて、避けて。

「ふん、気がついたようだな。上がれ、そこにいられても邪魔だ」

 玄関の中に突き飛ばされ、そのまま宿儺は鍵をかけるとさっさと靴を脱いで家の中に上がった。でも、こちらはちっとも動けない。靴を脱ぐことも、逃げ帰ることも、それこそその場にしゃがみこむことだって無理だ。

「なにを怖気付いている。ドッペルゲンガーに会うと死ぬとかいう迷信を信じているのか?」
……あれは、俺のドッペルゲンガーじゃない」
「なに?」
「あれはお前だ、宿儺。俺じゃない」

 クラスメイトの一人は見たと確かに言っていた。少し違ったって。

「あれはお前だよ、あいつに会ったら死んじゃうのはお前だ、宿儺」
「よもやお前、俺を心配しているのか?」

 宿儺は鼻で笑うけれど、こちらは本気だ。だってそうだろう、会ってみなきゃ生きるか死ぬかも分からないけれど、死んだら死にっぱなしだ。

「お前は俺の事どうでもいいだろうけど、俺はどうでもよくない」
……ほう」

 宿儺の目がまた細くなる。眉唾物の噂を信じている弟が目障りなのかもしれない。それでも、大事な片割れだ。

「お前が来てないのはわかった。だから、明日はじいちゃんに勘違いだったってちゃんと謝って、それから帰る。悪かったよ、変ないちゃもんつけて」

 ようやく体が動くようになってきた。靴を脱ぎ、整える。こういう細かいところはじいちゃんからめちゃくちゃ怒られてきたから、自然とできるようになった。ついでに宿儺の靴も直して振り返ると、そこには何故かまだ宿儺が立っていた。

「え、なに、なんでいんの」
「俺の家だ」
「いやそーじゃなくて、なんでまだそこに立ってんだよ」
……そうさな……

 宿儺は何かを考え込んでいる様子だ。いやな予感がする。

「まあいい、詫びに今日の飯はお前が作れ」
「えっ、そんなんでいいの?」
「そうだな、明日の朝飯も追加だ」

 一瞬しまったとは思ったけれど、それぐらいで済むなら安いものか。宿儺はこう見えて味にうるさい。本人が作ったものもそれは美味しいので、それが食べられないのは少しだけ残念だ。
 ドッペルゲンガーの正体は宿儺じゃなかった。でも、たぶんドッペルゲンガーはいる。それも宿儺の偽物として。

「とんだ間抜けもいたことだ」
「悪うござんしたね!」

 なのに、何故か宿儺は楽しそうだ。弟の間抜けっぷりがそんなに気に入ったのか、性悪なやつめ。
 冷蔵庫を開けると、それなりに自炊はしていたのか、材料はいくつか入っていた。これを二人分にかさ増しして使うとなると、明日は買い物が必要かもしれない。スーパーに行く宿儺を思い浮かべて、ちょっとだけ笑えた。

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「「兄貴が東京まで着いてきたぁ!?」」
「そうなんだよ。あいつはドッペルゲンガーじゃなかったんだけど、ドッペルゲンガーはぶちのめしたいらしくてさ」

 月曜日、いつもの屋上で伏黒と釘先に仙台へ帰った時の話をすると、二人はまたありえないと言った顔でこちらを睨んでいた。

「だってあんた、ドッペルゲンガーよ!? 会ったら死ぬって話なのに、何考えてるのよ」
「あーそれね、結局どっちのドッペルゲンガーかによるじゃん。俺とあいつのどっちか。で、俺は宿儺のドッペルゲンガーだと思ったんだけど、あいつは俺のだって言うんだよ」

 宿儺の話によれば、今週はテスト休みとか言って水曜日まで休みらしい。土日を挟んで計五日も休みなんて羨ましい限りだ。じいちゃんには土曜日にこってり絞られ、ついでに何故か宿儺から家の掃除まで手伝わされたせいで、結局帰るのは日曜日になってしまった。
 二人そろって新幹線の自由席におさまるなんて、何年ぶりだっただろう。昨日は寮の窓から部屋に入れて泊めたけど、今日は帰るのかまた泊まるのかは聞いていない。というか、連絡先はやっぱり聞けなかったので、朝出ていったきりどうするのかも謎だ。

「あれ、ドッペルゲンガーじゃなくて実はこの事の予言だったりして」
「ああ、予知夢みたいな」
「いや夢ではないでしょ!」

 釘崎の言葉に伏黒が乗っかる。そんなことがあって溜まるかとすかさずツッコミを入れると、ずっと黙っていた順平はまあまあと場をとりなした。

「でもどうかなぁ、白昼夢ってあるくらいだしね」
「ほらみなさい、吉野もこう言ってるじゃない」
「順平はどっちの味方なんだよ!」

 じゃあ、あれは未来の宿儺の姿だったんだろうか。それはそれで嫌だ。その結果を招いたのは俺自身ってことになる。

「そんなに心配なら、放課後お前の兄貴を探しに行くか」
「伏黒部活は?」
「サボる」
「そろそろ先生キレない?」

 今回、伏黒と釘崎は交互に部活を休んで一緒に下校していた。文化部はもとより、運動部なんて休んでいた期間を取り戻そうと必死だと思うんだけど、何故か平気な顔をしてサボっている。

「半分は出てるし、休む時だって顔は出してる。義理は果たしてるだろ」
「そういう問題なのな」
「そういう問題だ。そもそも五条先生は手足が規格外に長いから、夏油先生がいる時以外は話にならねぇ」

 夏油先生はパルクール部の副顧問だ。五条先生とは親友らしいけれど、お互いとにかく忙しいらしくほとんど一緒にいるところは見かけない。昔はベッタリだったと保健室の家入先生は話していたけれど、大人になったってことだろうか。

「あ、なら私も行く。丁度今日は休みなのよ」
「僕は部活あるから、ごめんね悠仁」
「伏黒は順平のこと見習えば?」
「お前のために言ってるんだが?」
「なんでキレてんの!?」

 伏黒や釘崎はけっこう沸点が謎だ。些細なことでキレたり、しょげたり、忙しい。人のことで振り回されて疲れそうだなと思うのに、それが嬉しいからなんとも言えないのが複雑なところだった。

「ともかく、放課後待ってろよ。私ら置いて帰ったらシメるからな」

 とにもかくにも話はまとまった。帰りは伏黒と釘崎と三人で駅に向かう。頼むから早まってくれるなよと思いつつ、同じ顔が三つ揃うことだけは無いようにと願った。

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「なんでいんの?」
「さあ、何故だろうな」

 三人揃って下駄箱を出て校門に向かうと、何故かそこには宿儺がいた。というか高校の場所は教えていないはずだ。ググッたんだろうか。

「うわ、本当にそっくり」
「マジで双子だったのか」

 伏黒と釘崎もまじまじと宿儺を見ているけれど、あんまりやると多分機嫌を損ねるから、ここはさっさと移動した方がいいかもしれない。学校の前で暴れられても困るし。

「宿儺これからどうすんの? 帰る?」
「いや、もう少しいる。そうだな、腹が減った。付き合え」
「へいへい、お供しますよ。伏黒たちはどーする?」
「「いく」」

 雰囲気からして、目的は済んでるんだろう。ドッペルゲンガーは片付いたんだろうか。というかいたんだろうか。宿儺が生きてるってことは、宿儺が言った通り俺のドッペルゲンガーだったのかもしれない。
 そもそも、ドッペルゲンガーに会って死ぬのって、どっちなんだろう。
 入ったのはいつものファミレスだった。宿儺はどうせほとんど食べないので、適当にシェアできるものとドリンクバーを四人分頼んでしまう。

「で、どうだった? ドッペルゲンガー」
「ああ、『たしかにいた』な」
「ドッペルゲンガーが、いた?」

 声を上げたのは伏黒だ。一番宿儺を警戒していたけれど、その言葉はさすがに聞き流せなかったらしい。

「正確にはお前の偽物だな。似た背丈に風貌の雑魚だった。きちんと話し合いをしたから二度と現れんだろう」
「話し合い、ねぇ。ま、穏便に済んだなら良かったじゃない」
「ふん、皮肉のつもりか? 貴様」

 言葉通りの意味じゃないのは分かるけれど、そこを釘崎が突くとは思わなかった。ずいぶん剣呑なテーブルだ。ほらみろ、店員さんがビビってる。

「ともかく、今回の件は終わりだ。まっつく、お前はいつも厄介事ばかり引き起こす」
「俺のせいなの!?」
「今回はそうだな」

 納得いかないけれど、宿儺が終わりと言ったら終わりだ。それだけは何をしたって変わらない。圧倒的に強くて、頭が良くて、なんだって出来る。だからこそ、何をするもしないも自由だ。今回のは、自分に迷惑がかかったから東京まで来ただけ。
 なんだか悔しい。こういうのは久しぶりだ。行きどころのない思いを持て余しながらコーラをすすっていると、宿儺がぼそりと言った。

「お前、冬休みこそ戻ってくるんだろうな」
「え? なんで?」
……なんで? まさか、あのじじいを一人で看させるつもりか? お前ごときがそんなことを許されると?」
「いやじいちゃんの見舞いは行ったし! そもそも来んなってスタンスじゃん! 勝手に行くけど!」

 夏休みの間に一時帰宅したとかも聞いていない。宿儺の連絡先を知らないから聞かされてないだけとも思ったけれど、毎週病院に連絡してスケジュールは聞いてるから、それはないはずだ。

「そもそも冬休みなんて結構先の話じゃん」
「そうでもないだろう、中間が終わったならすぐ期末は来る。お前の頭なら尚更備えが必要では無いのか?」
「へーへー、俺はどーせお前より出来が悪いですよ」

 まあでも、仕方がないから冬には帰ってやるとしよう。じいちゃんはそれまで元気だろうか。元気だといいな。
 ドッペルゲンガーはもういない。理由は分からないけれど、宿儺の言った言葉は信じられるとなぜだかそう思った。

 --------------- キンッ  ---------------

 ドッペルゲンガー。それは、自己像幻視と言われる自分自身の姿を見ること、または第三者に目撃されることを言う。特徴としては、ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をしない、本人に関係のある場所に出現する、ドッペルゲンガーを本人が見ると死ぬなどがあげられる。
 だが、今回噂になったドッペルゲンガーはあまつさえ喧嘩までしていたという。扉の開閉までは聞いたことがあるが、他人の肉体に干渉できるとは思えない。十中八九ドッペルゲンガーよりもタチの悪いモノだ。

「して、お前の正体はなんだ?」

 わざわざ片割れに化けたモノ。恐らく呪霊だが、人前に姿を表すとなると呪骸の成れの果てという可能性もある。それだけの術者が創った逸物であれば楽しめそうなものだが、果たして。

「おい、どうした。わざわざ来てやったのだ。ドッペルゲンガーならそれらしく『俺を殺して』みせろ。なあ?」

 不愉快なことにそれはいつまでも片割れの真似事をやめない。せめてこちらのフリでもしてみればドッペルゲンガーの逸話に則り、多少こちらに干渉できただろう。だがそれも出来ぬ程度の雑魚。

「あれが見る前でよかったな」

 雑魚は雑魚だが、普通の人間であれば間違いなく死ぬ。片割れであれ、良くて相打ちだ。

「わかるぞ、あれが欲しいよなぁ。あれは『呪霊の器』だ。なんにでも適応し、馴染み、受け入れる。いつかより良い魔を産むための母体になるだろう。だがーーあれはお前のものでは無い」

 かつて両面宿儺の器がこの世にあった。その器と共に呪いの王は朽ち果てたが、王はそれを逃さない。だからこそ、器が人の世に生まれ落ちる度にこうして片割れとして肉を得てきた。

「何度生をやり直そうと厭いはしない。俺は今度こそ器を手に入れ、俺は俺となる」

 その障害になるものはなんだろうと排除する。ただやりすぎると反感を買って、片割れから疎まれ拒まれるので、距離感は重要だ。
 ーーだからこそ、飴と鞭は使いよう。

「なんでいんの?」
「さあ、なんでだろうな」

 間抜けな顔が三つ。片割れと、そのともがらだろう。片割れは一瞬頬に喜色をうかべ、それから隠すように小僧と小娘の様子を見た。どうせこちらが気を悪くするとでも思ったのだろう。
 半分当たりで半分外れ。そうなるように今までやってきた。

「宿儺これからどうすんの? 帰る?」

 帰って欲しいような、いて欲しいような、そんな複雑な顔だ。当然だろう。今回はもう少しばかり飴をやることにした。

「いや、もう少しいる。そうだな、腹が減った。付き合え」
「へいへい、お供しますよ。伏黒たちはどーする?」
「「いく」」

 ともがらもついてくるらしい。今日は機嫌がいいから良しとしよう。片割れが過去の残滓からこちらを無意識に警戒しつつ、それでも今までの積み重ねから心を許しつつある。それを見られただけで、今日の収穫は大きい。

「いつが喰い頃だろうな」
「なんか言った?」
「ファストフードは好かん。別の店にしろ」
「どこ行ったって同じこと言うだろ!」

 そう言いつつ、こちらの意見も取り込んだ無難な店を選ぶ健気な姿に溜飲が下がる。
 礼を言おうかドッペルゲンガー。お前はかつての呪いの王の礎となった。弱いことに目をつぶれば、ドッペルゲンガーという誰もがよく知る話に形を得たのも面白い。片割れさえ選ばなければ、強くなっていただろう。
 ただ他の呪霊のお手つきだけは見逃せないので、どこまで呪霊について教えてやるか、その悩みだけは尽きないのだった。


器の複体 完