THE_ENDuuu
2024-11-07 10:38:51
7027文字
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不必要な宝物(灯有)

付き合ってない灯有。灯←有から始まりますがハピエン。視点が変わって読みづらいかもです。

side:yu

 灯世の生活に俺が必要なくなった。簡潔に言えば、灯世は俺がいなくても眠れるようになった。流石に公共の場では不用意に眠る事は難しいようだが、それでも人並みの生活は送れているようだ。実際灯世が長丁場の単独護衛の仕事を引き受けた際も問題なく遂行し、疲労は滲み出ているものの、何事もなかったような顔で帰宅した。

(やっとだ……

 心の中で漏れた声の真意は、自分でも定かではなかった。喜びなのか安堵なのか焦燥なのか。そのどれもが当てはまるようで不適切なようにも感じる。しかしチリチリと腹の奥を揺らすような感情の名前を知らないままに、それを落ち着かせる為、私物の整理を始めた。所謂断捨離というものだ。元々私物は少ない。収集癖もなければインテリアなどに興味があるわけでもない。それでも、ここ数年着ることのなかった服、いつの間にか増えていたアクセサリー、大方頭に入っているレシピ本、意識してみれば不要なものに溢れていた。それらを精査して行くとそれなりの量になり、逆に言えば大きめの鞄があれば私物は大方持ち出せるくらいの量になった。

(こんなことして何になるんだろうな)

 灯世に出て行けと言われたわけでもなければ、不必要だと突き放されたわけでもなかった。灯世からその言葉が出るとも思っていない。実際灯世の生活から“俺が必要でなくなってから”3ヶ月は経っているが、特に大きな変化がないのが答えだろう。それでも必要な儀式だった。答え合わせをすることを避けてきた感情への言い訳が一つ減ったから、新しい言い訳を探してハリボテの壁を作る。灯世の側にいることは自分のエゴではないと。必要とされないなら自分に未練はないと、そういった言い訳をもう何年も続けている。デスクの引き出しの中に残されたサイズの合わない指輪、使いきれない量のハンドクリーム、観光地で灯世が買った用途の分からないペナント、もういつのもかも分からない多数のガラクタにも思える物。その中には、数年前に自分と共に海を超えて来たものもある。灯世から贈られたそれらを捨てる事もできない事には気づかないふりをして。



side:tomose


 有がいなくても睡眠が取れるようになった。正確には、有が居なくても身の安全が約束されている場所でなら眠れる様になった。

(やっと……だな)

 有に負担をかけているのは誰の目から見ても明らかであったし、自分でも嫌というほど理解はしていた。時間の不規則な仕事をお互いが受け持つ中で、己の睡眠のために側にいてくれというのはたいそう自分勝手な都合に付き合わせたと思う。それでも有は何年も、何年も、嫌な顔ひとつせず側にいてくれた。尽くしてくれたという言葉を使っても大袈裟ではないだろう。だから、有の負担がひとつ減るなら嬉しかった。

 いつだったかの夏、俺が特務の案件で夜の時間帯の仕事に出ていた時、有が神家と代理と夏祭りに出向いたと話していたことがあったのを思い出す。世間話というよりは淡々と状況報告をするような話し方であったが、有の声色は柔らかく、きっと良い時間だったんだろうと思わされた。そんな時間がこれから増えるといいと思う。飲みの誘いだって、イベント後の食事会だって、自分を気にかけなくていい。有は気付いてないけれど、有はあの場所が好きだから。

 仕事を終え、自宅のドアを開けると、スパイスのいい香りが鼻腔を通る。慣れ親しんだ日常に肩の力が抜ける心地がした。ただいま、と声をかけながらキッチンを覗くと、想像通り有が夕飯の支度をしているところだった。

「おかえり。早かったな。夕飯あと10分くらいでできる」
「予定より少し早く終えれたんだ」

 それでもいつもの食事より少し遅い時間。きっと帰宅の予定に合わせて用意をしていてくれたんだろう。先に食べていてもいいと言っても「別に合わせたわけじゃない」と返されることも分かっているので何も言わずに食器を並べることにする。食器棚を開き、スープの器と大皿を取り出そうとして手が止まった。

……食器、少し減ったか?」

 違和感を感じたのはいつもよりも隙間の空いた食器棚。感じたままを疑問にすると、有はスープにスパイスを入れながら少しだけこちらを見やる。

「あぁ……俺のマグカップ、3つもあったから少し処分した」

 そう言われ、マグカップの定位置である食器棚の右上を見ると、確かにそこには有がいつも使っている青色のマグカップしか残っていなかった。有の瞳の色に良く似た、少しグラデーションのかかったシンプルなマグカップ。いつだかの有の誕生日に神家が贈った物だったように思う。記憶が正しければ、元々持っていたグレーのものと、何かの景品でもらった控えめな柄のついたものが食器棚から姿を消している。

「別の食器を増やすのか?俺もの使ってないものがあるから処分してもいいが」
「いや、そういうわけじゃないから必要ない」

 ただ、掃除をしていただけだ。そう言って有は出来立てのスープを器によそう。そのいつもと変わらない横顔に、何の根拠もない胸騒ぎがする。ただ使っていないマグカップを捨てただけ。事実、捨てられたものは最近姿を見ていなかったし、洗い物を溜めることのない有には不要な物だったのだろう。それでもその胸騒ぎを無視することはできなかった。

……何故、捨てたんだ」
「?……だから掃除のついでだと……
「他に処分したものは?」

 一瞬だけ硬直した背中に、胸騒ぎが杞憂でなかったと確信する。

……自室の使っていない物だ。別にきっかけも理由もない。」

 らしくないなと思った。有はいつも俺の目を見て話をする。大事な話も、些細な事も。俺はその、視線と同じく真っ直ぐな有の言葉を気に入っていて、こちらを見て話してくれるその時間が好きだった。だから、スープをよそう手は止められているにも関わらず、一向に合わない目線に少し息が詰まる。つまりきっかけも理由もあったんだろう。当たってほしくない心当たりに目を細めるも、そのまま閉じてしまったら、再び開いた時には大切なものがなくなっている気がした。

 食事の用意を放り出し、有の部屋に足を向ける。後ろから呼び止める声が聞こえるが構うことはできなかった。鍵をかける習慣のない扉は、ドアノブに手をかけると難なく開く。

「灯世ッ……

 追いついた有が俺の腕を掴んだ時には視線は室内を見渡していた。整えられた室内は相変わらずだが、記憶のものよりいささか殺風景に見える。その証拠に、部屋の隅には段ボールと紙袋にまとめられた、“掃除”による不用品がそれなりの量まとめてあった。嫌な予感がいよいよ形を成してきて唇を噛み締める。

……出ていくのか」

 遠回しな言い方は悪手だと感じた。心理戦で有に勝てるとも思っていない。直球なその言葉は意識するよりも冷たく固い声で吐き出されたが、取り繕う余裕はない。背後で息の詰まる音がする。それが図星だと言っている様で、また喉が絞まる心地がした。

……迷惑をかけていたとは思ってるが、有もこの生活を気に入ってくれていると思っていた。」
「灯世……俺はそんなつもりじゃ」
「必要があるから、側にいてくれただけだったか?」
「違う、出て行かない!聞いてくれ……
「じゃあ!……全部、話してくれ」

 全部聞くから。喉の奥が震えるのが分かる。初めて両親の墓前に立った時とも、初めて引き金を引いた時とも異なる、輪郭の曖昧な焦燥。よっぽど酷い顔をしていたのか、自分を写す有の瞳は小さく揺れている。
しかし、今度はしっかり自分を写している。そのことに酷く安心していた。

……言い訳が、欲しかった」
「言い訳?」

 ぽつりぽつりと話す有の言葉を、取りこぼさないよう拾い上げる。

「灯世に、俺が必要じゃなくなって、それでも変わらず側にいる言い訳だ」
「待て、それでなんで出ていくんだ」

 言いたいことは山ほどあった。そもそも俺が有を必要じゃなくなったなんてあるはずないのに。

「だから、出ていくつもりはないんだ。……俺からは。ただ、灯世からそういう話をされたらすぐ動けるように……

 話が見えてこない。何故自分の側にいる為に身一つで姿を消せれる準備が必要なのか。それでもまだ有の瞳がこちらを向いていたから、言葉を待つ。全て聞くと言ったから。

「俺が、縋っているわけじゃないって、俺の汚いエゴじゃないって言い訳が、必要だった。灯世から出ていけと言われたらそうできる準備があれば、いつでも出ていけるって建前があれば……

 そこまで言って下を向く。馬鹿馬鹿しいと思った。有にも、20年側にいてそうさせてしまった自分にも。

……つまり、自分はそのつもりじゃないけど、出てけと言われるまで居てやるって事か」

 棘のある言葉だったと思う。それでも自傷のつもりだった言葉に傷ついた顔を見せたのは有だった。そんな顔するなら、どうして。

「灯世が、そんな事を言うとは思ってない。けど、そういうことになる。……悪かった」

 その声は怖いくらいに穏やかで落ち着いた声だった。有の落ち着いた声が好きだ。低くて耳障りの良い、言葉を置き並べるような話し方。あの国にいた時も、日本語を使うようになってからも、今こんな状況だって変わらない。きっと有の言葉は嘘じゃ無い。それでもなにか隠している事はある。

「何故、その言い訳が必要だった?」

 その一言にピリっと空気が変わった気がした。おそらく、これが核心なのだろう。息遣いが感じられるくらいの沈黙。けれど逃げられない事を悟ったのか、重々しく、それでもはっきりとした口調で話し始める。

……灯世を、大切に思っている。ただの同居人の枠を超えていると判断した。だから、それでも側にいても良い理由を、探した」

 辿々しく、それでも一言ずつはっきりと告げられる言葉に、驚くものはあった。今までそんな素振りすら感じた事はなかった。20年間1度もだ。しかし、その答えを聞いて冷えていた心へ血が巡るのを感じる。なんだ、そんな事だったのか。

「俺は、有とならキスやセックスをしても良い」
「ッ……、何言って……
「そういう事だと認識したが、違うか?」

 有は見た事ない表情をしていた。高揚とも絶望とも取れる様な、今まで知ることのなかった顔。まだ新しく知ることなんてあるんだなと思う。いや、まだ知らないことの方が多いのかもしれない。有の気持ちだってたった今知ったばかりだ。

「俺は有と一緒にいたい」
「だから、出ていくつもりはない。自分で自分に折り合いをつけたかっただけだ。灯世が何かする必要はない。俺は掃除をしただけ。これまで通り何も変わらない」
「変わらない事が有の望みならそうする。ただ、そうではないと受け取った。」

 それならば叶えてやりたい。そういうと、あからさまに苛立ったような表情をした。理性的で自分に対して甘い有が、自分に見せる感情的な一面。これも知らなかった有だ。

「勘違いだ。今のままでいい。余計な感情は邪魔なんだ。同情もいらないし、心配しなくても明日からは元通りにする」

だから今日は出てってくれ。そう言って部屋から俺を押し出そうとするゆう。その手は酷く冷たくて、怒りも、苦しみも、戸惑いも感じられた。何故、拒むのか。この手を取らせてはくれないのか。有が俺の事を性愛の欲で見ていたのなら応えても良いと思った。確かに、今まで考えたこともなかったが、想像してみたら可笑しいほど自然に胸に落ちてきた。思春期のような高揚感すら感じている。ずっと探してたパズルのピースが見つかった時のような、それが元の形であったかのような錯覚すら覚える。

 そうすると、場違いな苛立ちが出てきた。有の気持ちに蓋をさせていた自分を棚に上げて、どうして伝わらないのだとやきもきする。その苛立ちが愛情なのだと気付いた時には有の肩を抱き寄せていた。友愛なのか性愛なのか、はたまた自分のしらない言葉に当てはまる何かなのかは分からない。それでも、その衝動の止め方も分からずに固く閉ざされた唇に自分のそれを重ねた。


side:yu

 頭が真っ白になるとはこういう事かと、他人事のように思う。キスなんて、身体の一部分の接触でしかないと思っていた。握手やハグと同じ。その行為に感情は要らなかったし、感情を産むことなんてなかった。そのはずなのに、灯世が勢いのままに押し付けてきたそこからはジワジワと熱が湧く。熱伝導のように広がって、感覚のなかった指先に痺れを産み、心臓は無様に存在を主張する。

「な……に」

 目は見れなかった。見る事ができなかった。こんな事をさせてしまった罪悪感につま先を見下ろすことしか出来ず視線を逃す。それでも掴まれる肩からは意識の外に追いやれないほどの熱を感じる。

「こんなこと……させたかったわけじゃない」
「させられたとは思ってない」
「違う」
「違わない」

何が違わないのか。献身と忠誠と贖罪の籠に押し込めて、はみ出る感情は殺してきた。灯世にそれを悟られた事は無いはずだ。灯世は自分の事を信頼してくれていたが、それ以上の気持ちは無かった。だから適切な距離を保っていた。それで上手くやれていた。籠の中の感情を、外に放してやりたい気持ちはなかったんだ。驕りでも自意識過剰でもなく、灯世の事だからそれがベストなのだと分かっていた。けど今はその眼が何を考えているのか分からない。

(同情じゃないなら、なんだっていうんだ)

期待してしまう答えと、決して踏み入れてはいけなかった答えが重なるが、それは正解では無いとけたたましく警告音が鳴る。ますます頭の回路が上手く繋がらない。

「俺のはそんな綺麗な気持ちじゃない。受け入れたら後悔する」

 辛うじて搾り出した抵抗に、灯世はひと呼吸起き、大きくため息をつく。

……分からずや」
「は?なに……

 急に拗ねたような、幼い言葉を呟く灯世に戸惑い顔を上げる。先ほどまで射るような鋭さを持っていた瞳は、今は不機嫌そうに細められていた。

「キスは嫌だったか?」
……灯世?」
「嫌じゃなかったらこれからもする。そうだな、寝る前とどちらかが出かける前に」
「灯世!」
「出て行かないんだろう。ならこちらも長期戦に入る」

 こちらの言い分なんて聞きやしない。いや、全て聞き入れて理解した上でやっているから質が悪い。そんな分が悪い勝負、結果は見えている。その証拠に、鍵を捨てたはずの南京錠がガチャガチャと音を立てて、今にも外れそうだ。

……灯世にされて嫌なことなんてない。ただ、それを手に入れて良い立場じゃない。考え直してくれ」
「嫌じゃないなら続ける。寝室も同じにするか?」
……おい」

この男は、どこでなんのスイッチが入ってしまったのか。先ほどまで拗ねていた顔は、今は楽しそうに笑っている。こちらの感情が全くもって追いつかない。

……クリスマスツリー」
「は?」
「クリスマスツリーを買おう。うんと大きいやつ」

 なんなんだ、俺を置いて1人で楽しそうに脈絡のない話をするな。俺はずっと混乱していて訳が分からないのに、何故今まで縁の無かったクリスマスの話をするんだ。男2人の部屋にツリーなんて必要なものか。言いたい事が顔に出ていたのか、スッと目を細めて灯世がこちらに向き直した。

「必要じゃないから買う。そうだな、もうすぐ有の誕生日だから大きいぬいぐるみでも買おう。ソファも空いているしな」

 要らない。どれだけ大きい物を買うつもりなんだ。そう口にまででかかったが、きっとそれが狙いなんだろう。灯世に贈られた物を、俺が捨てられない事を知っているから。持ち出せなくて、嵩張る物を押しつけようとしている。まさか、クリスマスツリーとぬいぐるみを足枷にされるなんて思っても見なかったが、おそらく俺はそれらを置いてここを出る事はできない。

「分かった。分かったからぬいぐるみは勘弁してくれ。」
「そうか?有に似たネコのぬいぐるみがあったんだが……
「待て、それいつから考えてたんだ」

 すっかり冷めたスープを温め直す頃には、不思議なくらいにわだかまりもなくなっていた。自分の気持ちはおそらく受け入れられていて、望む以上の物を既に返されている。何年もぐずぐずと押し殺して必死に飼い慣らしていた気持ちを、こんな一瞬で乗り越えてスッキリした顔をしている灯世にいくらか不満もでるくらいだ。それでも、この命を灯世のために捧げるまでは、このぬるま湯に浸かっていたい。「美味いよ」と律儀に食事の感想を伝えてくれる、この一瞬を少しでも長く、隣で感じていけたらいい。

 それから灯世は事あるごとに「不必要な物」を俺に贈ってくる。インテリアだったり身につける小物だったり、まんまとそれらを手放せない俺の部屋は幾分か賑やかになって落ち着かない。背丈の大きさのあるクリスマスツリーと、目付きの悪い猫のぬいぐるみ、そして結局拒むことの出来なかった1日2度のキスに絆されて、不必要な俺は今日もここを動けないでいる。