mado-ga-las1
2024-11-06 21:07:10
4094文字
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玩具は楽だがつまらない

たぶん恐らくきっとバソマン
ギャグ モブ→マの暴力表現、様子のおかしいマ、Mっぽいマ

Q. リハビリって言えばなんでも許されると思っていますか?
A. はい。

額の右側が痛いのはもうかなりどうでもいいことだった。石の柱に叩きつけられて皮膚がぱっくり割れてからそこそこ経っていたので、痛みにはもうとっくに慣れていた。俺は(全部取り上げられたが)鎧を身につけ武器を持っていた。そして同様に武装した集団の一員であった。その時点で痛みはいつでも当たり前にあるものだと思った方がいい。
問題は、戦ってもいないのにただただ体のあちこちが痛いだけ、という状態が長い間続いていることだった。そのせいで俺は鬱憤を溜め込んでいたが、俺が自ら望んで作り出した状況でもあった。
囮役を買って出た、と言えば格好はいいが、実のところ誰に頼まれた訳でもない。俺の独断で勝手に囮になって勝手に捕まり勝手に無抵抗を決め込んだ。地下の坑道を引き摺られ、埃っぽい一室まで辿り着くとそこの天井と床を繋いでいる石柱に抱き付くような格好を取らされ、両手首を縛られた。元は遺跡か何かだったのだろうか。そう思っていたら背中を蹴られた。
盗賊団の多くは烏合の衆と言っていいが、頭目だけは別らしい。そいつが聖杯の欠片を所持していて、俺たちカルデアのサーヴァントとマスターの任務は聖杯の欠片の回収だった。俺が捕まったのは頭目の直下の集団で、本当に数だけは多かった。その上魔術で強化されているのかただの人間にしては力も強い。こんなのをまともに相手にしていては、その間に頭目に逃げられてしまう。そこで俺は勝手に囮になることにした。
このグループのリーダーらしい頭の足りなさそうな男が、俺を縛っている縄は魔術師が編んだもので、商人からこれを買ったのだが高い金が無駄にならなくて良かった、というようなことを聞きもしないのに聞かせてくれた。一応対魔力持ちかつ魔具の類いには縁のある身だが、手首にかけられた縄からはそんな力は微塵も感じなかった。魔術の行使なんかしなくても簡単に引きちぎれそうだった。騙されてるっすよアンタら。そう言ったところで、こいつらはもうすぐ壊滅する運命にある。商人の口車には気を付けよう、という教訓を活かす機会は二度と訪れないだろう。だから俺はこっそり舌を出して奴等をおちょくるだけに留めた。
途中からは拷問の建前すら無くなり、俺は憂さ晴らし用サンドバッグにされた。サーヴァントなのでその辺の人間より頑丈だったが、その分気絶もできなかった。額の傷ができた時なんて、柱は表面が崩れて俺の顔と同じくらいの凹みができ、足元には血の付いた破片がばらばら落ちてきて、靴を履いていなかったら指をピンポイントで直撃されて死ぬほど痛かっただろうな、と思った。現界して以来、あれが一番耐え難い痛みであると断言できる。奴等は何故か鉄靴だけは脱がさなかった。単に忘れていただけだろうが、これも立派な武器になる。お陰で寄ってたかって殴られている最中、目に付いた足を高くなっている踵の先で刺すように踏みつけ、ちょっとした混乱を生むことができた。
思った通り奴等は憂さ晴らしに夢中になって、上からの指令を一時的に忘れたようだった。敵戦力を潰せたということで上機嫌になり、途中から酒を飲み始めた。俺ひとり無力化したところであんまり意味ないんすけど。拷問と言うにははちゃちで粗雑な暴力に飽きると、部屋はただの宴席となった。血を失ったせいでぼんやりし始めた頭に、どんちゃん騒ぎが響いてくる。
座り込むこともできたがそうしなかった。柱に抱きついて血が出ていない方の額を押し当て、目を閉じてゆっくり呼吸をした。舞い上がった塵埃を吸い込んで喉がいがらっぽい。その上肺を膨らませるたびに肋骨が痛む。何本か折れているらしい。口の中で折れた歯を転がすと、舌に刺さったので吐き出した。
そのうちに、宴会騒ぎはさっきまでと違うざわつき方になった。誰かが頭目からの指示を思い出したらしい。全員が泡を食って立ち上がり、手に手に武器を持って狭い木の扉に殺到した。背中という背中が出入り口で押し合いへし合い、つっかえながら出ていくのを横目で見ていたら、急に流れが変わった。今度は出ていった奴等が押し戻ろうとしているらしい。
理由はすぐに分かった。くぐもって反響した銃声が聞こえてくる。にわかに部屋の外の足音は乱れ、それから喚き声と悲鳴と何かがどさりと倒れる音ばかり聞こえるようになった。まだ出ていなかった何人かがこっちに走ってくる。俺を人質に使うつもりらしかったので、縄を引きちぎって蹴り飛ばしてやろうとした。
しかしうまくいかなかった。力を入れると縄は簡単に裂けて両腕が自由になったが、血を失いすぎているのかめまいがして、足がふらついた。右目に血が入り、その上から髪がべったり張り付いて視界が狭い。柱に手をついて体を支えた。その腕だの肩だのを乱暴に掴まれ、引っ張られる。振り払おうとして顔を上げた瞬間、そいつと目が合った。
バーソロミューはカトラスを一振りして、俺を掴んだ二人の盗賊の頭を跳ね飛ばした。薄暗い地下室の、天井から下がるランプの光すら、あのデカくて派手なつば広の海賊帽のせいで遮られ、俺の印象に残ったのは青い眼の色だけだった。
この数時間ですっかり仲良くなった石の柱に寄りかかり、ずるずると床に座り込んだ。黒革のブーツが死体を蹴り転がして場所を開ける。よく見ると首無し死体は腐敗がかなり進んでいて、着ている服は襤褸同然だった。
後から聞いた話だが、盗賊団の手下の大半はいわゆるゾンビだった。聖杯の欠片の力を借りて蘇らされた彼らは見た目を取り繕われ、死人だという自覚もなかったらしい。どうりで部屋の中が死体の臭いでいっぱいだった訳だ。蝿もぶんぶん飛んでいて、俺は柱を抱きしめながらこんな場所で酒飲んで美味いのか、などと贅沢なことを呑気に考えていた。
目の前で長い脚が折り畳まれる。俯いた俺の視界にはバーソロミューの胸の辺りまでしか見えなかった。顔を上げる気にならない。上からデカい溜め息が降ってくるのだから尚更だった。
「マンドリカルド」
マスターも人が悪い。おそらく主たる作戦目標の遂行とは別に人員を分けてこちらへやったのだろうが、この采配は独断で行動した俺への罰と言っていいだろう。
「立てるか」
質問口調なのに、有無を言わさぬ力で脇に手を入れられ、抱き起こされる。強制的に目が合う。
美人の真顔は怖い。長いこと、それこそ十年くらい見ていなかったように思えるその顔は、本当に恐ろしいほど綺麗だった。俺は見惚れて、安心して、暗いところから急に明るい場所へ出て強烈な太陽の光を浴びたみたいにくらくらして、なんで俺はこんな薄暗い地下でボロ布みたいになってるんだろうって考えていた。でもそれは自分のせいだったのだ。
俺は急におかしくなってきた。俺が、俺こそが真正のバカに思えた。横隔膜の痙攣が始まって、それを我慢するために左手をそこに当てた。背を折り曲げて笑うと手首の縄の痕がよく見える。バーソロミューはいきなり笑い出した俺に驚いたみたいだった。笑いを堪えて俺は言った。
「どうすかこれ」
右手で指したのは目元だった。べったり張り付いた前髪。目の前のこいつが好きなやつ。視界は半分になったまま、乾いた血のせいで表情筋を動かすとぱりぱりと俺にしか聞こえない音がする。
「黙れ」
返答は端的だった。その声が冬の夜の空気みたいに冷たいのが俺には嬉しかった。黙らせるために平手打ちの一つでも食らわせてくれたらもっと嬉しかった、だってこいつは他人には決して理不尽を働かないのだ。俺が他人だから殴らないのかもしれない。でも俺は一応アンタと付き合っているので、俺を殴らない理由がそっちの方だったら嬉しいんすけど、どうでしょうか……
「なあ俺、あんなことして、マスター怒ってるよな」
「ああ怒っている。私もとても怒っているよ」
「本当にな、本当にあいつら、こいつら(俺は転がっていた死体を蹴り飛ばし、折れ曲がったところから腐った骨が飛び出した)、それしかやることねえのかよ、ボコボコ殴りやがって、クソ下品なこともいっぱい言われて、」
喋り続けながら俺は歩かされていた。肩を貸されていた。バーソロミューの肩の位置が俺には高すぎて、俺は右肩だけ紐で吊られている人形みたいな姿勢だった。その格好も全身の痛みも気にならなくて俺は喋り続けた。
「あんまり殴られるもんだから頭まわんなくなって、縛り方も黒髭が持ってたエロ本で見たことあるやつだし、そのうち俺犯されるのかなとか思って。エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!」
俺は腹を押すと変な鳴き声を出すあの素っ頓狂な鳥のおもちゃの顔真似をしながら「エロ同人みたいに!」と叫び、折れていない左脚でなんとか飛び跳ねようとしたが、それはうまくいかなくてちょっと上下に揺れただけだった。それから激しく咳き込んだ。あとで黒髭は殺す、とバーソロミューが呟いたのが聞こえた。その時はあんまり意味を理解できていなかったが、後から思えば黒髭には本当に申し訳ないことをしたと思う。
「マスターに会う前に気絶しておけ。あとで死にたくなるぞ」
「大丈夫っす、俺今全然死にたくないから平気」
「後悔すると言っているんだ。アドレナリンでアッパーになり過ぎるとこうなんだな、君は」
「なぎこさんばりにアッパーっす、マジ生きたい」
「もうこれアッパーじゃなくてアッパラパーじゃないか」
バーソロミューはもう怒っていなかった。毒気を抜かれたと言わんばかりで、めちゃくちゃなことを言い続ける俺に若干引いていた。そのくせたまに笑って、足がもつれる俺をときどき持ち上げるくらいの勢いで引っ張って歩かせた。俺はもう一度バーソロミューに怒られたくて、あの冷たい目で射殺されたくて、色々言ってみたが駄目だった。
坑道を十分くらい歩いたところで、バーソロミューは俺の鳩尾に思い切り肘鉄を入れた。息が詰まり、俺は簡単に昏倒した。その直前にバーソロミューに向かって非難めいたことを口走った気がするが、のちの俺はバーソロミューの判断に心の底から感謝することになる。