蘇芳
2024-11-06 19:34:01
7966文字
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秋の夜長はこともなし

軌跡の小話
秋の夜を過ごすいつかの話でひとつ。クロリンになります! クロウのつらつら

 夜の闇を退ける明かりが、隅まで行き渡る部屋の中に微かに耳に届く音量のラジオから、近頃よく聞くようになった恋の歌がしとしと流れていた。
 日が落ち、夏の生温い風に変わって冷え込んだ風が鈴虫の鳴き声を近く遠く、乗せて運ぶ秋の夜長。
 それほど大きな音ではないうえ家の外からだというのに、不思議とラジオから流れる音の間を縫ってクロウの耳に鈴虫が奏でる音色がりりり、と届く。よくもまあ聞こえてくるもんだ、ソファに深く座り聞くともなしに聞こえてくる音より、すぐ隣から聞こえてくる音にクロウは耳を傾ける。
 ゆるやかに進む時間に食欲の秋を詰め込んだリィン手製の鍋をたらふく食べ、満たされた腹を抱えて、とりわけ、すぐ隣から聞こえてくる安心しきった穏やかな音に。
 くつくつと出そうになる笑いを堪えてクロウは己の肩に頭を預け、成人して久しいというのに随分と幼い表情で、すぅすぅ寝息を立てるリィンを眺める。
 ここは安全だ、と言わんばかりの安穏とした寝息と寝顔。慣れ親しんだ愛しい体温が、じんわりと触れ合った部分から伝わってくる感覚は何度経験してもし足りなく良いもんだと、そのもたらされる温もりに釣られてクロウは大きな欠伸を零し、目尻に滲んだ生理的な涙を拭った。
 まるで無抵抗で全幅の信頼を寄せる赤ん坊のような有様に生存戦略ではないが、なんとはなしに見守っていたくなる教官をしている時や剣聖として立つ時とはまるで違う、随分と甘ったれな顔つき。
 惚れて、惚れられていると自負するクロウの隣にあって警戒心を持たないのは喜ばしくもあるが、ある意味では腹立たしい。そんなだから、頻繁にパクッとクロウに食われてしまうのだ。クロウだけが食えるものだとしても、それはそれ。
 最早クロウが、状況に応じて臨機応変な時はあるだろうが、リィンを本気で害することはない。だが、それは黄昏を超えて奇跡の上に成り立つ今、だからだ。
 だというのに、思い返せばクロウはリィンに心の底から本気の警戒を向けられたことなんてないな、と。
 敵対していた時ですら、クロウがパンタグリュエルで手ずから用意したフィッシュバーガーをなんの躊躇もなく口にして飲み込んで、毒でも妙な薬でも仕込んでいたらどうするつもりだったのか。
 妙な薬の当ては、ありすぎるほどあったのだ。なんだかんだとお節介なところのある、あの魔女が艶然と笑って無味無臭よ、と掲げた小瓶に入った、あからさま過ぎる薄いピンク色で、更に妖しさ満点でほのかに発光していた水薬とか。場所が飛空艇で、はめ殺しの窓でなければ、あらん限りの力でもって空の彼方にぶん投げていた自信がクロウにはある。空の女神には迷惑なことこの上ない。
 クロウの様子を見てすぐに消し去られたその小瓶の必要になったらいつでも言ってちょうだい、はまだ有効だろうか。どんな効果があるのか、それとも見た目はブラフでなんの効果もないのかすら、実のところクロウは知らないが。
 あろうとなかろうと、今ならちょっとしたスパイスにはなる、とリィンに知られればジト目を向けられることが必須なことをクロウは考えたり、考えなかったり、やっぱり考えたりした。
 後々、毒を仕込まれてると思わなかったのか、とクロウがリィンに聞けば、目をまんまるにした渾身のきょとん顔で考えもしなかった、と。毒、毒か、そう呟きながら過去を思い返しているのか、遠くを透かし見るような眼差しをリィンはクロウに向けた。
 当時は考えもしなかったな、クロウだし。それと今ならはっきり、あり得ないと断言できる。なによりソウルフードだと紹介するものに、そんな異物は仕込まないだろ、とリィンは笑って言った。
 考えもしなかったには、怒ればいいのか喜べばいいのか。クロウだし、なんて仲間を信じ抜くのは美徳だが、あの時は敵対していのだからそこは疑え、とクロウは言いたい。あれだけⅦ組に連れ戻すと宣言していたリィンらしいといえばらしいが。
 その愚直なまでの真っ直ぐさに、梃子でも揺るがない頑固で強固な意志。それにクロウが負けて絆されて、負けたのは最後の最後だったが絆されたのはさて、いつ頃だったか。
 真面目でどこか不安定で、ついちょっかいを掛けてしまった後輩。クロウだけに生意気な口をきく甘え下手で、甘えたな同輩。
 記憶の中で、どこにでも同じ物がいくつもあるがクロウとリィンの中ではあの時の、たった一枚の50ミラコインが存在を主張する。ふたりの始まり、なんて言えばロマンチックだが蓋を開けてみればあるのは増えに増えた利子。だが、期限はないのでクロウは気長に返すつもりだ。
 それこそ細く長く、一生が終わる直前あたりに返しきるのでいいだろう、と返済計画をぽろっとリィンに零せば笑っていいと思うぞ、と。その笑顔の嬉しそうなこと嬉しそうなこと。眩しい笑顔に、簡単に一生なんて許すもんじゃないと言いたいところだが、縛って縛られてはお互い様だとわかっているから、クロウもリィンに笑って返す。
 ソウルフードに妙な仕込みはしない。そこを、ああもきっぱり、リィンに断言されるのはこそばゆい。仕込むつもりは最初からなかったが、いくら手段を選んでいなかったとはいえ、祖父との思い出もある味に泥を塗りたくなかったのもある。
 それにクロウがソウルフードを作ったのは、リィンに故郷の味を食べさせたいと思ったからだ。何故かと聞かれれば、それが2人で落ち着いて食事が取れる最後の機会だろうと。だから、クロウは無駄にしたくなかったのだ。
 その機会に忘れられないものを、なら会えなくなる相手の故郷の味、ソウルフードだな、とも。今、考えればなかなかに重い。しかもなんと手作り。なかなかじゃなかったな、重すぎる。それが今ではリィンに作ってほしいと度々せがまれるのだから、本当に人生とはわからない。
 ああ、でもこうして自分本意の頼み事を滅多にしないリィンが、頻繁に作ってくれと言うようなものになっているのだし、忘れられないものにする、という目論みは成功していそうだ。クロウはうっすらとした笑みを顔に浮かべる。他人に見られればクロウからリィンを引き離そうとするだろうなと、想像に難くない笑みを。
 見ていなくとも、そんな笑みを浮かべた自覚のあるクロウは変わらぬ笑みのまま、一度手にしたものは、もう二度と手離さない、そう己に誓う。離れていかないよう、奪われないよう最大限の努力と、警戒を。離れないようにする為に必要なのはクロウの手腕によるが、そういったクロウ個人の範囲外からもし、リィンをクロウから奪うというのなら、容赦も慈悲もなく、クロウはリィンに伸ばされる手を切り落とし、二度とリィンに向かないよう、全てを削ぎ落とす。迷うことも躊躇することもなく、絶対に。
 そんな執着心を向けられているリィンが、向けているクロウのものである今は、僥倖でしかないのだ。
 パンタグリュエルで向かい合ってフィッシュバーガーを食べていた時に、こんな未来が来るなんて思いもしなかった。この時はもちろん死ぬ気は微塵もなかったが、クロウが国家に弓引いた大罪人であることは紛れもない事実。内戦が終わればクロウはリィンと二度と会うことはないだろうと考えていたからだ。
 それが蓋を開けてみれば奇跡に奇跡を重ねた現状。
 最後の晩餐はまだまだ先に。


「名前を聞いたら食べたくなったな……責任を取って作ってほしい」
 
 隣で健やかに眠るリィンの声が鮮やかにクロウの脳裏に浮かび上がる。
 フィッシュバーガーから連想された最近の出来事だ。

「へぇへぇ、仰せのままに。別腹まで掴んじまった責任は重大だもんな」
 
 すうっと細まったリィンの目の奥に妖しい、クロウの腹の底をずくりと重くする光が瞬いた。端がほのかに上がり、うっすら開いた唇から掠れた吐息と共に悩ましげな声音が零れる。腹を擦るおまけつきで、だ。
 知らず知らずのうちに、クロウの喉が鳴った。

「ああ、重大も重大だ。クロウのじゃないと満足できない身体にされてしまったからな」
「っ! おま、お前、よそでやるなよ!」
「なにをだ?」
 
 くすくす笑いだしたリィンを、こいつは、と勢い良く捕まえて腕の中に引っ張り込んだクロウは、その髪をわしゃわしゃかき回し米神あたりに唇を寄せて、んなやり方誰に教わったんだ? と答えがわかりきったことを問えば鏡を見ればわかるぞ、と。なにが可笑しいのか、くすくすと笑い転げるリィンの緩んだ目尻にクロウが音を立てて口づければ、お返しに送られたリィンの口づけのやり方が、リィンを抱きしる力を強くしたクロウにとても、似通っていて。
 もちろん、鏡を覗き込めばそこに見られるのは、クロウ・アームブラストという名前の、悪い男だ。
 まったく、赤い制服をまとった素直で純朴で真っ直ぐな青少年を、なんて男にしちまったのかね。鏡の中で隠しきれない優越感が滲む笑みを浮かべる己を、クロウは指で弾いた。
 懐かしいリィンの制服姿が脳裏に思い浮かぶ。まだまだ幼い顔立ちだった出会った頃に比べれば、隣で寝こけるリィンの輪郭はほっそりとしている。温泉好きの賜物か吸いつくような触り心地の肌は健在で、いつだってクロウを楽しませてくれるのだ。ほんの少し無防備に開いた男らしく薄い唇が見た目よりずっと柔らかいことも、クロウは身をもって知っている。
 だからつい、手を伸ばす。
 剣聖の名を冠して規格外の気配察知能力を有しているのに、こうも無防備にいられては、触れずにいられない。どの程度触れればリィンは起きるのか、今と似た状況の時にクロウは試したことがある。仲間内ですら、凄い時は起こそうと意識を向けただけ、肩に触れる寸前、呼び掛けただけで起きてしまう、そう言わしめるリィンに対して。
 髪を梳いてさらさらとした指通りを楽しみ、次にその指を移動させて頬に触れた。起きない。頬の感触を確めてするりと撫で、続けて耳をなぞり、耳たぶを柔く揉む。まだ、起きない。なら続けよう、唇の端をつり上げて笑ったクロウはその唇で、リィンに指で触れた場所を同じ順番で辿った。いつもより唇に感じる温度が低くてこれはこれで悪くねぇ、と己の唇を確かめるようにちろりと舌で舐める。
 ちと勝手にされ過ぎじゃねぇかと思い始めたクロウだったが、止まるつもりは微塵もなかった。
 微塵もなく、すぅすぅ一定の間隔で零れる吐息を乱しにかかる。乱れた吐息にまざる水音、一気に上がる熱。流石に起きたリィンから唇を離し、真っ赤になってはくはくと濡れた唇を戦慄かせるリィンが端的に言って寝込みを襲われた、と理解するかしないかの狭間で、無防備をさらす恋人に触れないほうが失礼だろと宣ったのは、なにを隠す必要もないクロウである。
 リィンに怒られた。いや、少し違うか。リィンに怒られたは怒られたクロウだったが、怒った以上にリィンは拗ねた。
 どうやらリィンは寝起きなのと諸々の所為で、状況判断が壊滅的になっているようだ、とクロウは目を細めて思った。怒った理由は拗ねた理由と同じで、意識がない時ではなく、ちゃんと起きている時にしてほしい、というなんとも可愛らしい理由を話す。判断能力を壊滅に追い込み、寝起きだけが原因ではない、舌足らずな口調にさせた元凶に向かって。
 獣の前にある、ただでさえ極上のご馳走にご馳走を追加されてしまえば待て、ができるはずもなく。
 そう言うなら、触れない場所なんてない、と。錯覚でも勘違いでもなく、余すところなくリィンに触れたクロウは、それはそれとして意識がない時でも触れると息が上がってぐったりしているリィンに向かって宣言した。

「そいつは俺だけの特権だしな。リィンも同じなんだし、俺の意識がない時に好きにすればいいんだぜ」
……覚悟、しろ」
「ククっ、いくらでも」
 
 有している権利をはっきりさせただけの遣り取りのあとに、リィンが意識のないクロウに触れたかどうかをクロウは知らない。意識がないのだから当然なのだが、意識のない己にリィンがどう触れるのか知りたいクロウは、鋭意たぬき寝入りの訓練中である。
 今のところは連戦連敗。よく考えなくても、目の当たりにした各方面から、ちょっとおかしい、とまで言わしめるリィンの気配察知、観の目にたぬき寝入りが見破られない道理がなかった。それでもと、クロウがたぬき寝入りをすれば必ずリィンに鼻を摘ままれるのだから、バレたバレないがわかりやすい。
 剣聖の感覚を全て誤魔化せる訓練方法を模索中のクロウはその手応えのなさに、そろそろ達人に教授願うことを視野に入れる。リィンにそこまでするのかと、どこか呆れたような、眩しいものを見るような目を向けられた。リィンが知っての通り目的を持てば、どこまでもするのがクロウという男なのだ。
 それに対して「なら、俺も全力で観の目を使っていくな」と、どこまでも真剣な眼差しと悪戯を思いついた子供のような笑みを、リィンは浮かべた。
 更にそれに対し、観の目を攻略する正攻法を全面に押しながら、リィン自身を揺さぶって仕掛ける奇襲じみた作戦に変更しようと思ったことをクロウは静かに心の中にしまう。
 まあ、どこからでもかかってこい、的な雰囲気を醸し出すリィンには、様々な立場で相対してきたクロウの考えなんて筒抜けなのだろうけど。もう勝負じみてきた遣り取りはなんとも、心躍るものだ。
 リィンに言うつもりはないが、今こうして蘇り歩む道の中で、それがどんなことであろうとも、リィンに関すること全てに手段は選ばないとクロウは決めている。どんなことになろうと、だ。

「んっ、……ふぁ」
 
 物思いにふけるクロウに寄りかかり、肩に頭を預けたリィンが身じろいだ拍子に鼻先に落ちて、邪魔そうにしている宵闇色の髪をクロウはそっと耳に掛け直した。その瞬間、むずっと鼻を動かしたリィンに起こしちまったかと動きを止めたクロウの耳に飛び込んできたのは、眠ったままのリィンによる「もう、食べられない」という寝言だった。

「くっ、ふっ!……っと。笑ったら、流石に起きちまうな」
 
 寸前でリィンの頭が乗る肩を揺らさずに堪えたクロウは預けられたリィンの重みと温もり、無防備な寝息を感じ取りながら確かに食い過ぎたな、と思い返す。だがそれは美味かったのだから仕方がないし、後悔もない。
 山ほどの多種多様なきのこと葉野菜に数種類の根野菜。リィンが一本釣りした見た目からして脂が乗っていることがわかる、まるまるとしたサモーナ。その中に鎮座するのは味の決め手になる、つやつやと真っ赤に輝くにがトマト。つまり、今夜はトマト鍋だったということだ。
 火の通りにくい具材から煮て、最後に葉野菜を入れる。くつくつ煮立つ鍋から香る匂い、最初は酸味が強く感じ取れたが根野菜がトマトスープを吸ってほのかに赤く染まり、きのこ類にはつやつやとした張り。葉野菜はくたくたになってサモーナがふっくら、ふくよかになる頃には様々な食材の旨味が染みだしたトマトスープからは酸味の角が取れ、なんとも胃と食欲をくすぐる旨味たっぷりの匂いが立ち上っていた。
 綺麗に並べられた具材に全力で美味しさを主張する鍋が目の前にあって、クロウは迷わず写真を撮る。いい感じに撮れた写真に満足して、今は簡単に思い出を残せるな、と。感慨深く、ほんの数年前まではカメラに専用の感光クォーツが必要だったというのに、今では誰しもが手にできて発達し続ける文明の利器を指でなぞり、真剣な表情でトマト鍋の具材を深皿に盛り始めたリィンの写真もクロウは撮るのだった。
 増え続ける写真をリィンを誘って整理しよう。いつかの思い出話に花が咲いて、きっと一日じゃ終わらねぇだろうな。そう思いながらクロウは深皿に盛られたトマト鍋を、満面の笑みと自信を漲らせた眼差しで差し出してきたリィン、という思い出を残した。
 最初から最後までリィンが手掛けた、それこそクロウに指一本も出させなかったトマト鍋は絶品だった。
 深皿にバランス良くリィンが盛った葉野菜は良くスープが絡まりながらも葉野菜の特有のしゃきりとした歯ごたえが残っていた部分もあり、くたくたに煮込まれた部分との食感の違いが楽しめたのだ。
 きのこ類も根野菜もスープの味が染みていながらも素材の味が失くなおらず、絶妙なバランスでただただ美味い。
 脂が乗りに乗ったサモーナは酸味のあるにがトマトと合わさり、脂のくどさを取って濃厚であるにも関わらず、するする食べ進められていた。
 そして最後のシメ。
 食材全ての旨味が凝縮しているスープを、リゾットにするかパスタにすかで迷いに迷ったがクロウとリィンだったが結論から言うと両方を食べた。スープを取り分けてリゾットにはチーズを、パスタにはにがトマトを追加して食べた。
 どちらも美味かったので、両方作ったのは正解だった。

「まあ、食い過ぎたのは認める……
 
 身じろぎが多くなってきたリィンの髪がクロウの首筋をくすぐり、その口からは言葉になっていない声がぽつ、ぽつと零れだす。目覚めが近いのだろう、思うより長いリィンの睫毛が震え、徐々に瞼が上がっていく。寝起きでとろりと潤み、濃さが増した紫色が垣間見えた。クロウしか見ることのない、ほんの少し、肩が触れ合う距離で見なければわからない、普段とは違う瞳の色。
 ぱちりと瞼が瞬いて現れた紫色の目に、はっきりとクロウが映り込んだ。もう一度、ぱちっと瞬いた目がクロウを認めて、ゆるりと綻ぶ。

……クロウ? あれ、おれ寝、てた?」
 
 ラジオから流れる誰かを思って恋慕う歌や、鈴虫が風に乗せて近く遠くへ届けようとする求愛の音色に比べるべくもなく、あまりにも短いというのにクロウという音が、なんとも甘くて、なにより甘くて。耳にしたクロウを喜ばせる。

「いつの間に……肩まで借りたようですまない」
「んな気にすることじゃねぇって……でもそうだな、気になるってならカードゲームに俺が満足するまで付き合うってのはどうだ?」
「そんなことでいいのか?」
「おっ、言ったな?」
 
 失敗したかもしれない、と顔をしかめたリィンをよそに、クロウはいそいそとカードゲームの準備を始めた。準備していたのでは、と思うような早さでクロウとリィンが出会ってから手にしたカードゲームがずらりと並ぶ。
 少し草臥れてはいるが、大事にされているクロウとリィンが最初に遊んだブレードがクロウによって手際よく配られた。

「こいつらぜーんぶ、それぞれリィンが俺に三勝するまで寝れない耐久朝までコース!」
「なんだ、わかった。それなら秋の夜は長いから、十分な睡眠時間が取れるな」
……言うじゃねぇか。ぜってー朝まで寝かせねぇ」
 
 迷わずクロウを真っ直ぐに見つめる真剣な紫色の目と、その目を受けとめ見返す本気の赤色の目の視線が重なる。
 火花が散った。
 ラジオから流れていた恋の歌はとうに終わり、帝都のマーテル公園で開催されるイベント情報に続いて天気予報が明日は気持ちの良い晴れだ、と明るい声が告げる。それも終われば、ピッっという音が響き始めた。ピッ、ピッ、と続く、時報だ。
 交わった視線の中で取り決め、2人は手早く手札を確認する。準備は整った。

「表」
「そんじゃ、始めっとすっか!」
 
 ピッ、ポーン──。
 長い夜の始まりの、ゴングが鳴る。
 クロウのコイントスで、くるくる宙を舞ったコインが部屋の明かりを反射しながら落ちた。