みなせ
2024-11-06 19:05:08
5232文字
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お菓子より甘い

ジュンひよハロウィンネタ。
ジュンくんにイタズラしようとして返り討ちに合う日和の話。

「ジュンくんっ!トリックオアトリート!」
 ジュンくんの部屋の扉を勢いよく開けてぼくはそう言った。ソファでゲームをしていたらしいジュンくんは、面倒そうな顔をしてじっとりとした目でこちらを見ている。
「おひいさ〜ん、ドアくらい静かに開けてくれませんかねぇ?あんた仮にも貴族でしょうが」
「仮でもなんでもなく正真正銘の貴族だね!そんなことよりジュンくん、聞こえなかった?トリックオアトリートだね!お菓子がないならイタズラするね♪」
「あ〜、そういえばハロウィンって今日でしたか」
 ぼくの言葉を無視してジュンくんはスマートフォンで日付を確認し、事も無げに言った。もうっ、ジュンくんたらつれないね?こういうイベント事は、恋人としては欠かせない行事なんじゃないの?庶民はこういう行事を楽しむものだと思っていたけれど、違うのかな。まあジュンくんの初めての恋人はこのぼくだから、イベントを口実に恋人同士がどんな風にイチャつくかなんて知るはずがないし、知ってちゃ困るんだけど。
 とにかく今日は、合法的にジュンくんにイタズラができる日だ、と思ってぼくはこの日を心待ちにしていた。ジュンくんには「あんたいつもイタズラじゃきかないレベルのわがままやら無理難題やら押し付けてきてますよねぇ?」なんて言われてしまいそうだけれど。あれはぼくの通常運転だし、ジュンくんだって本当は嫌がっていないくせにね。
 問題はジュンくんがお菓子を持っているかどうか、だけど。ジュンくんは普段、自分一人で甘いものを食べることはあまりない。筋トレバカなのも相まって余分な脂質は取ろうとしないから、お菓子だって誰かからもらわない限りは食べているのを見たことがない。だから、十中八九いまのジュンくんは丸腰――否、お菓子など持っていないはずなのだ。つまり、ぼくが勝つのはほぼ確定だね!
「ほらほらジュンくん、お菓子はあるの?ないの?さっさと白状するといいね!」
「うぜえ〜〜……たくもう、ちょっと待っててくださいねぇ」
 ジュンくんの肩を揺さぶって答えを催促すると、ため息をひとつついてソファから立ち上がる。不思議に思いながらそれを見ていると、キッチンから出てきたジュンくんが手にしていたのは、ひとつの小皿。そこにはこんがりときつね色に焼きあがったパイが乗っていた。甘い香りがあたりに漂い、食欲を刺激される。
「どうせあんたが騒ぐだろうと思って、作っといたんすよ。こないだ食べたがってたっしょ?スイートポテトのパイ」
覚えててくれてたの?」
「隣であんな騒がれたら忘れないっすよぉ〜」
 そんな風に言っているけど、ぼくの記憶が正しければ、ぼくがそれに言及したのはたった一度だけ。それも、テレビに映るパイに「美味しそう、今度食べたいね」とほとんど独り言のようにつぶやいた一度きりだ。そのときジュンくんはたしか隣で雑誌を読んでいて、ぼくのつぶやきに反応すらしなかったのに。さっきだって、今日がハロウィン当日だということを今の今まで忘れてましたみたいな素振りをしていたくせに。本当は前もってぼくのために準備してくれていたなんて、相変わらず甲斐甲斐しいというかなんというか。
 ジュンくんのいじらしい愛情にぼくはイタズラのことも忘れて、うんうん、と笑顔で頷く。
「ふふっ、どうしてもジュンくんがこのぼくに食べてほしいというなら仕方ないね!食べてあげないこともないね!」
「素直に嬉しいって言えよ。作りすぎちゃったんで、後で個別に包んであそび部の人たちにでも配りますかねぇ」
「ええ!?だめだめ!ぼくのために作ってくれたんでしょう?ぜんぶぼくのだね!」
「ぜんぶってそんなことしたらぷにぷに通り越してぶくぶくですよぉ。茨にどやされんのオレなんだから勘弁してください」
「ちょっとジュンくん、失礼すぎるね!?」
 軽口を叩き合いながら、ぼくは目の前のパイにフォークを通した。さくりと一口サイズに切り分け、口に運ぶ。パイの香ばしさとスイートポテトの優しい甘みが口いっぱいに広がって、思わず口角が上がってしまう。うんうん、ジュンくんにしては悪くない出来だね!
「とっても美味しいね!ジュンくんは?食べないの?」
「いやオレは、練習したときに何回も味見したんで
ふうん、わざわざ練習してくれたんだ?」
 ジュンくんはしまった、という顔をして、決まりが悪そうに目を逸らしながらごにょごにょと言い訳をした。
「いや、こういうパイは作るの初めてだったしあんた焦がしたらめちゃくちゃ文句言ってきそうだし仕方なくですよ仕方なく!」
「ふふ、素直じゃないのはどっちだろうね?」
「るせーっすよ
 ジュンくんの反応に満足して、ぼくはパイを食べ進める。ジュンくんにイタズラをするという当初の目的は達成できなかったけれど、おいしいパイを食べれて、かわいいジュンくんも見れて、大満足だ。
 最後の一口を収めもぐもぐと咀嚼をしていると、ふいに隣にいたジュンくんが距離を詰めてきた。こくん、と嚥下して、隣を見遣る。
「美味かったです?」
「うん、とっても。ごちそうさま!」
「そりゃよかった。ね、おひいさん、オレもいいすか」
「うん?」
「トリックオアトリート。お菓子持ってます?持ってないですよねぇ。持ってないならイタズラさせてください」
「へ?お菓子は今は持っていないけど、部屋に戻ればあるからちょっとまって
「今持ってないならダメですよぉ。大人しくイタズラされてください」
 ジュンくんがぼくにイタズラなんて生意気だよね!?そう騒ぎたかったけれど、ジュンくんの手のひらがぼくの腰をするりと撫でて、身体がびくりと強ばってしまう。そのまつつ、と背筋を触れるか触れないか位の距離感でなぞられて、腰から甘い痺れが走った。思わず漏れた吐息が自分でも思ったより色を含んでいて、恥ずかしくなって手で口を覆う。
「ちょ、っと変なさわりかた、しないで」
「なにがですかぁ?撫でてるだけでしょ」
「だからそれがっ……ひっ、ぁ」
 背骨を下から上になぞっていた指が、首元にたどり着く。うなじをすりすりと触られて、思わず高い声が出てしまった。そのまま耳へ移動した指が、耳殼や耳の裏を優しく擽る。
 ジュンくん、ぼくが首や耳を触られるのが弱いこと、わかっててやってるよね。ジュンくんの手はぼくより厚くて、少しかさついていて。自分のものとは全く質感の異なるこの手に触れられると、ぼくはすぐ気持ちよくなってしまって、ふにゃりと力が抜けてしまうから、困る。
 なおもぼくの首や耳をすりすりと触ってくるジュンくんに、ぼくは変な気分にならないよう必死で耐える。目をぎゅっとつぶつぶって、触れられると勝手に跳ねてしまう身体を必死で抑えながら甘い刺激を逃していると、目の前でジュンくんが吐息だけで笑うのが聞こえた。
「はは、ぴくぴくしちゃってかわいーおひいさん、他の人のところにイタズラされにいっちゃダメですよ」
「し、ないっ………ジュンくん、だけ」
 それはイタズラ云々ではなくて、ちょっと触れられただけでこうなるのはジュンくんにだけ、という意味だったけれど。そんな意図を知ってか知らずか、ジュンくんはうれしそうに微笑んで、こちらに顔を近づけた。
「おひいさん、口、開けて」
 真っ直ぐ見つめてくるジュンくんの瞳を捉えて、ぼくはこくりと喉を鳴らした。これ以上触れられたら、もうこの熱を見て見ぬふりはできない。止めなきゃって、ダメって言わなきゃってわかってるのに。至近距離で蜂蜜色の瞳に見つめられながらそう命じられたら、決して強い口調ではないのに、なぜか逆らえなかった。恐る恐る口をほんの少し開けると、それをみとめたジュンくんがすぐさま噛み付くみたいにかぷりと口を塞いでくる。反射的に身体が逃げようとするけれど、ジュンくんの手がぼくの後頭部を優しく押さえてそれを許さなかった。髪の合間に指が差し込まれて、地肌を撫でるようにくしゃりと髪を混ぜられ、その刺激だけでもまたぴくぴくと身体が跳ねる。こんな弱い刺激だけで大袈裟に反応してしまう身体が恥ずかしいのに、ジュンくんの触るところ全てが熱を持って、気持ちがいい。
ふ、ぅっ……は、ぁ、じゅん、く、んむッ」
 抗議しようと思って無理やり引き剥がそうとするけれど、また唇を塞がれてしまった。まったく、一体誰がこんな躾のなっていない犬に育てたんだろう。まさかぼくのせい?
 頭の片隅でぼんやりとそんなことを考えていると、口内に侵入してきたジュンくんの舌が口蓋をくすぐるように撫でた。あ、だめ。そこ、ぼくの好きなところ。ジュンくんの舌で何度も触れられる度に、いつの間にか性感帯になっていた場所。クセになってしまった快感に脳みそがとろけて、ぼくは抵抗するのも忘れ、ジュンくんに口内を好き勝手いじられる感覚に夢中になる。もっと、もっとさわってほしい。お腹の奥がきゅうと疼く感覚がして、さらに直接的な刺激がほしくなって、無意識にジュンくんの身体に腰を押し付けた。もっとしてほしい、もっと――
「はい、おしまい」
「へ……?」
 突然離れた唇の感覚に驚いて目を開く。目の前にはどこかしてやったりといった顔をしたジュンくんがいた。
「あんた、人にはイタズラする気満々のくせに自分がされることは全く考えてねえんだもんなぁ。そういうとこほんと危ういんで、気を付けてくださいよぉ」
 そう言ってジュンくんはぼくの使ったお皿とフォークを片し、キッチンへと向かおうとする。え?これでおしまい?ぼくをここまでその気にさせておいて?
 考えるより先に手が動いて、腰を上げたジュンくんの服の裾を掴むと、ジュンくんが振り返ってこちらを見た。引き止めたはいいもののなんと言えばいいかわからなくて、視線を彷徨わせた後言葉にするのを諦め、ただじっとその瞳を見つめる。
なんつー顔してんですか」
 ぼくの顔を見て、ジュンくんは堪えるようにそう言った。わからないけど、きっとすごくみっともない顔をしちゃってると思う。熱くてじれったくて、はやくジュンくんにさわってほしいって顔。そしてジュンくんは、ぼくの求めていることを正しく汲み取ってくれたらしかった。逡巡する様子を見せるジュンくんに、ぼくはもう一度ジュンくんの服を引っ張る。
じゅんくん」
 訴えるように上目で見つめて、名前を呼ぶ。自分の声がひどく舌っ足らずに響いて、少し恥ずかしい。ジュンくんは少し頬を赤く染めて、あーとかうーとか唸った後、観念したように言った。
……すんません、ここじゃあれなんでちょっと待って」
「じゅんくん、はやく」
 再び腰を下ろして手元のスマホを操作し出したジュンくんの腕にぎゅうとしがみつく。ここじゃいつ同室のこはくくんが帰ってくるかわからないから、近くのホテルの空室を探しているのだろう。わかっているけれど、身体の熱が治まらなくて、一分一秒さえ惜しかった。
「はいはい、オレは逃げませんから」
 ジュンくんは苦笑しながら、ぼくの髪に口付ける。今はその微かな刺激さえ甘い感覚に変わってしまうから、やめてほしいのに。というか、ジュンくんだってしっかり反応してたくせに、ぼくがどうしてもって言うから仕方なくみたいなの、とっても癪だね。
「ん、いつものとこ空いてたんでほら、行きますよ。立てます?」
「立てないじゅんくん抱っこ」
「たくもぉ〜、ほら、つかまって」
 立ち上がって身を屈めるジュンくんの首に腕を回して、そのまま腰を支えられて身を起こす。すると少し頭が冷静になって、なんだか自分がとんでもなくはしたないおねだりをしてしまったのではないかと気づいて頬が熱くなった。身体に燻る熱と羞恥の両方で、じわりと視界がうるむ。
「ジュンくんのせいだからね、ジュンくんのせいでぼく、こんな
「あう〜、すいません、やりすぎました。ちょっとくすぐるだけのつもりだったんすけどあんた反応エロいんすもん」
「それで放置はひどいよね!?」
「あれ以上したらオレが止まれなそうだったんすよぉちゃんと責任取るんで、許してください」
 しおらしく謝るジュンくんは、ぎゅっとぼくを抱きしめて頭をポンポンと撫でた。その感覚が気持ちよくて目を閉じていると、でも、と耳元に囁かれる。
「イタズラされてるあんた、かわいかったんで。来年もお菓子用意しないで待っててくれますか?」
 そう言ってジュンくんはいたずらっぽく笑う。やっぱりぼくは、この犬の躾を間違えてしまったらしい。犬なんて可愛いものじゃないのかも。でも今日はハロウィンだからね。悪い狼さんに食べられちゃってもいいかな、なんて。
 きっとぼくは来年も、お菓子なんて持たずにジュンくんの元へ訪れてしまうのだろう。