【カブミス25のお題】2.説得/俺を信じて

ベッドでともに過ごしたあと、カブルーの隣で生家からの手紙を読むミスルンの話。

 ねぇ、信じてって、俺は彼にねだるように彼に語りかける。俺を信じてって、繰り返し、さっきの熱が冷めないうちに、彼を求めながら。そして俺たちはまるで裸の魂が絡み合ってるみたいに抱き合って、重力がなくなってしまったみたいに抱き合って、まばゆい泡みたいな何かに(きっとそれは彼だ)溺れる。俺はそんなふうにして、ずるくミスルンさんを説得する。俺を信じてって、ただそればかりが正しいみたいに。はたして、彼に言葉が届いているかどうかは分からない。ただ、ミスルンさんが何かを隠すとき、俺はそれを痛切に共有したくて、どうか怯えないでってあの人に言うのだ。どうか俺を信じて、全てを打ち明けてって、抱き合うだけじゃなく、悲しみまで俺にくれって。
 そんな臆病な目で俺を見ないでって。
 
 
 ミスルンさんのもとにその手紙がやってきたのは、今から数日前のことだった。それは美しく漉かれた紙に宛名が書かれていて、封蝋も光を帯びてきらきらと、複雑な紋章が光っていた。でも、ミスルンさんはそれをなかなか開かなかった。その数日後にようやく、俺と寝室で抱き合ったあとにペーパーナイフを入れ、ベッドで読み始めたのだった。
 サイドテーブルにはほの明かりを放つランプがあって、それが彼の灰色がかった銀の髪を照らしていた。ほっそりとした横顔の輪郭も、淡く光に彩られている。俺はそれを眺めながら、裸のまま毛布にくるまって、彼の腰にからかうようにだがそっと触れた。するとミスルンさんはそれをたしなめて、手紙に没頭した。
 俺はその内容が気になったけれど、尋ねることができなかった。何せ、それはミスルンさんの生家からの手紙だったからだ。お兄さんとは定期的にやり取りをしていても、ご両親とのそれは、あまり聞いたことがなかったし。
……兄の結婚が決まったそうだ。私はスペアでもなくなったみたいだな。本当に用無しだよ」
 俺がぼんやり考えていると、ミスルンさんが寂しげにそうつぶやいた。もしかしたら、縁が切れたといってもどこかで自分の血のつながりを思っていたのかもしれない。自分を不義の子と卑しんで、両親、特に母親を恨んでいるようだったけれど、それだって血はつながっているのだから。こんな俺だって、たまに母の不貞を疑い家から追いやった、いや殺そうとした生死もしれない父を思うことがあるんだから、彼の複雑な感情は理解できた。
「結婚式には行くんですか?」
 俺は何を言っていいのか分からなくて、結局そんなふうに無神経に尋ねた。するとミスルンさんはどういうわけか少しだけ笑って、こう答えた。
「用無しが行けるわけがない。それに私はあの家の恥なわけだし」
 ミスルンさんは、俺から目をそらし、ベッドから庭を見ていた。エルフの庭園を模したそこは、多分彼の生家を模したところでもあったんだろう。ということは、家族を思うこともあったたはずだ。なのにそんなふうに自分を不用品みたいに言うなんてと、俺は複雑なのだろう彼を思い、何も出来ない自分を恨んだ。
「お兄さんは何て?」
 俺は彼の身体に走る傷をなぞりながら言う。ミスルンさんはさっきの情事の匂いを残していて、肩からかけただけのシャツは、寝室の窓から入り込む冷たい風にゆらめいていた。ランプがそれをあかりの中でたゆたわせ、それはまるで海のようだった。メリニと、北中央大陸を隔てている海のようだった。
「連絡はあった。花嫁の絵も添えられていた。文は嬉しそうだった。だからいいんだ。あの人なら、父や母とも上手くやっていけるだろう」
 ミスルンさんが言う。俺はそれに、そういえば俺は自分の本当の名すら知らないのだと思った。でも、本当に自分の名を知りたいと思うのなら、俺にはいくらかやりようがあった。たとえばヤアドにでも相談すれば、俺の実家を突き止めるのは簡単だろう。でも、俺はそうしなかった。ただのカブルーでいる方がよかった。ミスルンさんの苦しみを見ていたから、俺は臆病になっていたのだろう。そのくせ彼を慰めようとしているのだから、本当に救いようがない。
 そんなふうに考えていると、ミスルンさんが肩にかけたシャツをはらい、俺にのしかかった。くせのある、銀の髪が垂れ、それは彼の顔を覆ってしまう。ベッド脇から俺たちを照らすランプは、その髪を通して彼の義眼がはめられた右目を照らしたが、やはりそこに表情はなかった。
「ミスルンさん?」
「私にはお前がいるんだからいいさ。兄にも、お前の絵姿を送ってやろうか? これが私の男だって、あなたと同じくらいに充分幸せだって」
 そんなふうにミスルンさんは俺をからかったけれど、それだってどこか寂しそうだった。本当は家族に受け入れられたいのだろうって、俺は無神経にも自分に置きかえてそう思う。
 血のつながりは強固だ。いくら憎んでいたって、もしあの人が変わってくれたらって思わずにはいられないものだ。俺だって、父がもし母を追いやらなかったらと考える。殺そうとしなかったらと考える。それは訪れなかった未来だが、もしそうなっていたら――俺の目が青くなかったら、母は幸せに暮らしただろうか、あんな苦しい最期を遂げなかったのではないかと、そんな馬鹿なことを考えてしまう。自分を否定するのは苦々しいけれど、両親に揃って愛された自分を想像するのは、つらいながらも楽しかったから。
「じゃあ、俺たちも式をあげなきゃいけないな。あなたに似合う花を探さなきゃ。あなたはどんな色が似合うかな。ミスルンさん、ミスルンさん……
 裸の俺にのしかかる彼にキスをしながら、俺はその名前を繰り返し呼んだ。ミスルンさん。ケレンシル家の冠がついていないミスルンさん。
 迷宮で出会った時、彼はただただ悪魔を追うだけで、過去を悔やむだけで、今の自分を見ていなかった。冗談でも、この人がこれからの俺たちを考えてくれたのなら、それより嬉しいことはない。
「宰相補佐をこの国から奪えるなんて、私は幸せ者だな……あっ……
 なお俺をからかおうとするミスルンさんの腰をなぞると、彼は可愛らしく喘いだ。俺はそのままミスルンさんを抱きしめ、彼をひっくり返してベッドに押し付ける。そしてまた、彼にいくつものキスを降らせる。
 ミスルンさんはこれからも自分の出生について悩むことだろう。俺はその度に俺を信じてって彼に語りかけるのだろう。何の確証もなく、俺はこの人の生きる理由になりたいと思うのだろう。
 俺はミスルンさんに口付ける。甘く、長く。そして繰り返す。信じてくれって、愛してくれって。どうか俺のことを、ずっと思っていてくれって。