溶けかけ。
2024-11-05 22:50:09
2031文字
Public ほぼ日刊
 

所詮は、ボタンの掛け違い

怒りで我を忘れて龍化したヌヴィレットとそれを止めようとして怪我をするフリーナのお話。


「ヌヴィレット! 止めるんだ!……これ以上、誰かを傷つけるな!」
 旅人とパイモンを襲おうとした白い龍の身体に傷だらけのフリーナが抱き着く。旅人とパイモンはその様子を呆然と見つめていた。
……ッ! フリーナ……!」
 旅人が駆け出すも時既に遅し。龍が首を大きく振った瞬間、フリーナの華奢な身体がいとも簡単に吹っ飛び、そのまま、秘境の壁にぶつかって地面に叩きつけられた。
「フリーナ!」
 パイモンと旅人の二人がぐったりとして動かない彼女に駆け寄り、呼びかける。フリーナは僅かに反応を返すも、またすぐに目を閉じた。龍──ヌヴィレットの瞳に光が戻る。
「ヌヴィレット! 早くここを出るよ! フリーナをシグウィンに診せないと!」
 背後で龍化を解いて呆然とするヌヴィレットを旅人が叱咤する。
「ヌヴィレット!」
「あ、ああ……
 ヌヴィレットはフリーナを背負った旅人に続く。その表情はぼんやりとしていて、未だ、彼が現実を上手く飲み込めていないことが分かる。
 三人は死屍累々を乗り越えて、フォンテーヌ廷まで戻ると巡水船に乗り込み、全速力でメロピデ要塞に向かった。

「シグウィン……フリーナは……?」
 治療が終わったシグウィンが三人の前に姿を現す。彼女は頷くと微笑んでみせた。 
「治療は終わったのよ。心配しないで、肋骨が少し折れてしまったけど内臓には損傷がないの。きっと、運が良かったのね」
「肋骨って折れて大丈夫なものなの?」
 旅人がシグウィンに尋ねる。シグウィンは首を振った。
「ううん……でも身体の中の骨だから固定する方法もないの。自然治癒を待つしかないわね……しばらくは痛みが続くと思うから気にかけてあげてね。きっと日常生活に支障が出てくることもあると思うのよ。そういえば、さっきフリーナさんが目を覚ましたから……よかったら顔を見せてあげて? みんなのこと心配してたから」
 シグウィンが扉を開ける。三人は緊張した面持ちで部屋に足を踏み入れた。

「やあ、キミたち……って、なんだい? その驚いたような顔は?」
「フリーナ……もう怪我はいいの……?」
「そ、そうだぞ! 肋骨が折れてるって聞いたぞ」
 旅人が呆然としながら聞いた。それほどまでに、フリーナの様子はいつもと変わらない──否、変わらなすぎたのだ。包帯を身体のあちこちに巻いているにも関わらず。
「良いわけないだろう? しばらくは激しい動きは控えるように、ってシグウィンには念を押されてしまったし……
 フリーナは退屈そうに唇を尖らせた。
「ところで、さっきからだんまりを決め込んでいるキミは、僕に何か聞きたいことがあるんじゃないかい?」
 フリーナがヌヴィレットに水を向ける。彼はフリーナの前まで来ると、頬に貼られたガーゼを撫でた。
「痛いか……?」
「痛くないと言えば嘘になるね……うん……もう、大丈夫そうだね」
 フリーナがヌヴィレットに手を伸ばす。彼が僅かに頭を傾ければ、華奢な手が美しい銀糸をかき混ぜた。いつもは手袋に隠された手にも包帯が巻かれていて痛々しい。
「そんな顔しないで……キミらしくもない。ほら、僕はこの通り、生きているんだから」
 沈黙を貫くヌヴィレットの背にフリーナが腕を回す。
「困ったなぁ……どうしたらキミにそんな顔をさせずに済むのかな?」
 ぽん、ぽん、とまるで小さな子どもでも、あやすかのようにフリーナの手がヌヴィレットの背を叩く。
 ヌヴィレットは終始無言のままで、面会の時間が過ぎていった。

「旅人……
「フリーナ? どうかした?」
 洞天に現れた珍しい客に旅人は目を丸くした。旅人の膝の上では、大の字になって眠っているパイモンが時折、むにゃむにゃと寝言を唱えては、ころんころんと寝返りをうっていた。
「ここでも大丈夫?」
 旅人は、膝の上で眠るパイモンを起こさないように静かにベンチの端に移動するとフリーナに自身の隣を指し示した。フリーナは頷くと旅人の隣に座って、さっそく話を切り出す。
「実は……ヌヴィレットに避けられている気がするんだ……
 旅人は目を丸くする。あのヌヴィレットがフリーナを避けるなんて珍しいこともあるものだ、と。明日のフォンテーヌの天気は雪か、はたまた飴でも振るのだろうか。
「もうっ…………! 真面目に聞いてくれたっていいだろう!?」
「あまりにも信じがたくて、つい」
 ぺろりと舌を出す旅人にフリーナは「こっちは本気で悩んでいるのに!」と、頬を膨らませた。
「ごめん、ごめん……それで、いつから?」
 単刀直入に旅人がフリーナに問いかける。まずは、避けられ初めた時期から原因を探そうと思いついたのだ。
「えっと……僕が退院してすぐ、かな……?」
「うん……それは……しょうがないんじゃない、かな……?」
 なんということだ、一問目の質問で原因探しがおわってしまった──と旅人は頭を抱えることになった。