2024-10-16 08:30:37
1443文字
Public 龍如
 

仕事終わり(ハンイチ)

※付き合っている🍞🌸が電話する話。後半が薄暗いです。何でも許せる人向け。

ひと仕事終え、コミジュル内の自室に戻ったハンは疲労感から大きく息を吐いた。早くシャワーを浴びて寝てしまいたい。モッズコートに隠していた銃やナイフを取り出すと、それぞれを軽く拭き取ってから整備用の机上に並べた。本格的な手入れは明日でも良いだろう。
グローブを外した手でポケットに入れていたスマホの電源を入れる。使用する為のパスワードを入力し、画面に映し出された通知に気付いたハンは思わず顔を綻ばせた。誰に見られる訳でも無いというのに、スマホを持っていない左手で緩んだ口元を覆い隠しながら、送り主の名を見詰める。
恋人である春日からのメッセージ。
たったそれだけの通知で疲れを忘れられるのだから、我ながら現金な人間だと思う。ハンは数分前に届いていたメッセージに目を通すと、返信せず通話アプリを開いた。登録してある番号を押し、春日が出てくれるのを待つ。
もしもし?」
数度の呼び出し音の後、愛しい恋人の声が鼓膜を震わせる。正確には電話越しに聞こえる声は単なる合成音声で、本人の声では無いのだが、今だけは忘れる事にした。
「すみません。可愛らしい連絡を頂いたのでつい電話してしまいました」
「可愛らしいって、あんたなぁ『今、時間あるか?』って聞いただけだろ」
呆れたような口調とは裏腹に頬は赤く染まっているのだろう。電話故に表情を眺められない事が口惜しい。
「充分可愛らしいですよ。私との時間を考えてくれている、という意味でしょう?」
「あーうん、まぁ……つーか、あんた今日の仕事は?もう終わったのか?」
「ええ、滞り無く」
誤魔化された、と思いながらハンは嘘偽りなく答える。そっか、という春日の声がしてから、暫く悩むような沈黙が続いた。
……これから俺の家に来れ」
「勿論です!」
「返事早ぇな!?」
普段の明朗な声音とは対照的に、もじもじと尋ねる様子が愛おしくてハンは春日が言い切る前に食い気味で返答した。月が変わる度に春日のスケジュールは教えてもらっているが、急用さえ無ければ明日は休みの筈だ。そして今の時刻は恋人が眠りにつくには少し早い。ならば、この誘いは期待しても良いだろう。
「シャワーを浴びたら直ぐに伺います。それまでお待ち頂けますか?」
お、おう。待ってるからな。じゃあ」
「あ、春日さん」
?」
全く照れていない風を装いながら通話を切ろうとする春日を呼び止める。ハンは自分の左手を口元に寄せると手に吸い付き、通話口に向けてリップ音を響かせた。
「愛しています」
「──な」
「フフ、ではまた後で」
逢瀬の約束を取り付け、ついでに恋人を照れさせたハンは終話ボタンを押して長く息を吐いた。愛しい人との会話のおかげで、冷え切っていた心がじわりと暖まる。
浮かれ始めた頭を現実に引き戻すように、暗転したスマホの画面に赤い飛沫を浴びた顔が映った。鼻から下をマスクで覆い隠していた事が分かる程、目元や額に汚れが飛び散っている。こんな姿で恋人に会う訳にはいかない。ハンは逸る気持ちを抑えて浴室に向かった。
汚れた衣類を脱衣所に置かれた洗濯機に放り込み、浴室に入って頭からシャワーを浴びる。お湯と混ざり薄くなった赤色が排水溝に流れて行くのを見届けた後、愛用のシャンプーを手に取った。
鉄の臭いが残らぬよう念入りに髪を、顔を、身体を洗っていく。これから会う大切な恋人に、殺しをしてきたと悟られないように。
鏡に映った顔はすっかり綺麗になっていて、酷く白々しく見えた。