派手に輝く観覧車やビルを横目に、春日は夜の空を映した黒い海を眺める。柵に凭れ、吸っていた煙草を口から離して煙混じりの息を吐いた。少し離れたベンチでは若いカップルが時折はしゃぎ声を上げながら仲睦まじく戯れている。今日は来ないのだろうか、と思いながら春日は短くなった煙草を携帯灰皿に入れた。
「こんばんは、春日さん」
「うおぉっ!?」
足音無く現れた男に春日の肩が跳ねる。気に掛けていた本人の登場ではあるのだが、会う度に気配を消して話し掛けられると心臓に悪い。
「すみません、また驚かせてしまいましたね」
「ったく、ちょっとは足音立てて来てくれよ…」
謝罪しつつも本当に悪いとは思っていないのだろう。ハンはクスクスと意地悪く笑っている。毎回止めて欲しいと伝えてはいるのだが、改善する様子は見られない。もう少し強く言うべきなのだろうが、この端正な顔を見ていると怒る気も失せる。それに春日自身もこのやり取りを楽しんでいる節があった。
「今日はもう来ねぇのかと思ったぜ」
二ヶ月程前からだろうか。春日が一番ホールディングスの仕事を終え、今日のように浜北公園でぼんやりしていると偶然ハンと鉢合わせた。一時期は行動を共にしていたとはいえ、裏社会に身を置くハンと頻繁に連絡を取り合う訳にも、気軽に会いに行く訳にもいかない。久しぶりに会えた嬉しさから、つい話し込んでしまった。それからというもの、春日は仕事終わりに浜北公園で一服しながらハンを待つ事が習慣になっている。
「…春日さんは私と会えるのがそんなに嬉しいんですか?」
「そりゃ当たり前だろ」
「え…?」
意外そうに聞き返すハンに春日はしまった、と視線を彷徨わせる。誤魔化すように後頭部を掻いて笑顔を向けた。
「あんただけ連絡もなかなか取れねぇし…仲間が元気でやってるって知れるのは嬉しいだろ?」
この言葉も嘘では無い。が、本当はこれだけでは無い。春日はハンに好意を持っていた。名を打ち明けてくれる程に心を開いてくれたところ、普段は澄ましている癖に意外と可愛らしい面もあるところ。他にも色々とあるが、敵対していた時には分からなかったハンを知って、春日はすっかり彼に惹かれてしまった。
だが、この気持ちを伝える気は一切無い。一回り近く年上で美しくも無い男からの好意など、この美男は嬉しくも何ともないだろう。寧ろ気持ち悪いと罵られる筈だと春日は思い込んでいる。他人の恋愛であればそんな事は無いのでは、と慰める癖に、自分の事になると消極的な気持ちしか湧いてこなかった。
「あぁ……そういう意味ですか…」
小さくハンがため息を吐く。危なく勘付かれるところだった、と春日は胸を撫で下ろした。恐らく本当の気持ちを知られてしまえば、こうして会う事もできなくなってしまう。仮に会ったとしても嫌悪の表情を向けられるか、他人として扱われるかだろう。それだけは何としても避けたかった。
「なぁ、この後は時間あるか?どっかで一緒に飯でも食わねぇ?」
しかし、なるべくなら一緒に過ごしたい。恋愛感情を持っていると分からないように。気さくな友人、くらいに思ってもらえればそれで良い。
「…ええ、ご一緒します」
「よし!じゃあ…あんたは行きたい所あるか?」
「いえ、春日さんにお任せします」
少し思案して行き先を決めた春日は案内すると言ってハンより数歩先を歩く。目立つ髪型とワインレッドのジャケットを着た背中を眺めながら、ハンは再びため息を吐いた。
『…思わせぶりな事ばかり言いやがって』
誰にも聞き取れないよう母国語で恨み言を呟く。この鈍感な男は自分が好意を抱いている事どころか、態と会いに来ている事にすら気付いていないのだろう。そのくせ気を持たせるような発言をしては仲間だから、と言って舞い上がりかけた心を奈落に突き落とす。他意は無い、と言わんばかりの笑顔も最早憎らしくなってきた。
「…ハン・ジュンギ?どうかしたか?」
「いえ…そろそろ大事な話をしなければ、と思っていました」
「大事な話…って何だ?」
「デートの最後にお伝えします」
「デ…!?」
──気付かないのなら、真正面から想いを伝えてやるまでだ。
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