2024-03-08 20:42:24
3636文字
Public 龍如
 

探偵弁護士との邂逅(ハンイチ+八)

※LJのヤガミ氏が🌸と会う話。何でも許せる人向け。

スマホの電源を入れ、時刻を確認する。待ち合わせの時間まではあと三十分ほどだった。やはり来るのが早すぎた、と思いつつ春日は喫煙所で二本目の煙草に火をつける。真面目な恋人は少し早く来るのではないかという期待を込めて待ち合わせ場所に来たが、流石にそんな事は無かった。もう少し自宅で惰眠を貪っていても良かったかもしれない。
メッセージアプリを起動し、何か連絡が入っていないか確認する。が、未読のメッセージは無い。煙ごと息を吐き出し灰皿に短くなった煙草を押し付けた時だった。
「おいコラ、テメェ!待てや!!」
どん底の町という異名を持つ異人町の治安は決して良くない。聞き慣れてしまった罵声に春日は顔を上げた。また誰か絡んで来たのだろうか。それにしては声が遠かった気がした。
「ぶっ殺してやるよぉ!」
声がした方向ではガラの悪い複数人の男たちが黒いライダースジャケットの男性一人を囲んでいた。中にはナイフらしき物を手にした男もいる。近くを歩いていた通行人は怯えて逃げ出していった。
助けなければ、と思った時には春日は走り出していた。男性の正面に立った男が拳を振り上げる。危ない、と春日が声を上げる前に、男の顔面に男性の掌底打ちが命中した。
へ?」
それなりに体重がありそうな男が悲鳴と鼻血を撒き散らしながら簡単に吹っ飛び、地面に転がる。一瞬、男性の強さに周りの男達は狼狽えたが、一人で駄目ならと言わんばかりに、二人の男が左右から同時に襲いかかった。今度こそ不味いのでは、という春日の心配を他所に男性は上に飛び上がると、重力を感じさせない回し蹴りで男たちを伸した。火の粉を払うように、男性は襲い来る男たちを打ち倒していく。
す、すげぇ」
武器を取って戦う事が主な自分とは違い、素手で敵を倒す姿に思わず賞賛の言葉が出た。伝説と呼ばれる桐生の豪快な戦い方とも違う華麗な動きに、春日はしばらく釘付けになっていた。
「あ」
残っている最後の一人に蹴りを浴びせた男性は小さく動揺の声を出した。蹴られた男は真っ直ぐに数メートル離れた春日の所に飛んでくる。
「うおぉっ!?」
完全に油断していた春日は男と衝突し、尻もちをついた。男の頭がぶつかった胸部より、地面に打ち付けた尻と掌が痛む。
男性はまさか近くに人が居るとは思っていなかったのだろう。慌てた様子で駆け寄って来た。
「すみません!大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ……
気絶した男を退かし、春日は顔を上げた。前屈みになりこちらを心配そうに見下ろす男性と目が合う。男性は春日ほどではないが毛量のある無造作な髪型をした目鼻立ちがはっきりした美形だ。年齢は三十代といったところだろうか。戦っている間は気づかなかったが、この整った容姿は至近距離で見るとかなりの迫力だ。思わず固まってしまった春日に、男性は打ち所が悪かったのではと焦る。
「立てます?まさかどっか折れてたり?」
「あぁ、いや、平気だよ。ありがとな」
差し出された手を借りながら立ち上がり、春日は驚嘆していたのを誤魔化すように尻に付いた砂埃を払う。
「いやー、強ぇだけでなくあまりにも男前だからビックリしちまってよ」
「え、ぁありがとうございます?」
予想外の褒め言葉に男性は照れくさそうに後頭部を掻いた。いつも春日が容姿を褒める恋人は照れるどころか誇るので、男性の反応は新鮮だった。
「あ、悪いな。どっか急いでたんだろ?」
先程の様子を見るに、男性は一方的に難癖を付けられただけだろう。ならば返り討ちに遭い、気を失っている男たちが起きるまでに立ち去った方が良い。呼び止めてしまった事を謝罪し、春日は男性に先を急ぐよう促した。
「え、でも...マジで大丈夫ですか?病院とか行った方が...」
「大丈夫だって!俺、身体は丈夫なんだよ」
躊躇っていた男性は何か思い出したようにポケットを探ると、ケースから取り出した名刺を春日に差し出した。
「俺、神室町で探偵やってる八神って言います。何か後から具合悪くなったとかあったら遠慮なくここに連絡してください」
「八神さん、か。わざわざありがとな。俺は春日っていうんだ」
何かあったら連絡する、と伝えて笑顔を見せると、八神は少し安心した様子で会釈した。立ち去っていく後ろ姿を見送ると、男たちが目を覚ました時に難癖を付けられないよう春日も待ち合わせ場所へ戻る。ただの無関係な街人に徹して煙草に火をつけた。


お待たせしました、春日さん」
待ち合わせ時間の五分前に現れたハンは珍しく少し息が上がっていた。更に言えば、声に苛立ちが混ざっているのだが春日はそれに気付かない。
「おー、全然待ってねぇよ」
煙草を処理して春日は労るようにハンの背を優しく撫でる。もしや監視カメラで自分が早く着いている事に気付いて、急いで来たのかもしれない。恋人の息が整うまで待とうと、春日は待っていた間の話を始めた。
「あ、さっきすげぇ事あってさ。チンピラに絡まれてる人が居たんだけど」
「知ってますよ」
春日でも気付くほど不機嫌な声で、ハンは話を遮る。普段、下らない近況報告でも全て聞いてくれる恋人からの冷たい対応に、春日は驚いて口を噤んだ。
「神室町の探偵ですよね。ハンサムな男性で、話し掛けられて随分嬉しそうでしたね。やっぱり美形がお好きなんですか」
コミジュルで見た光景が脳裏を掠める。
ソンヒへの報告を終え、外出しようとした時だった。モニターを見張っていた構成員が、何かに気付いたように小さく声を上げる。つられてモニターに目をやると既に待ち合わせ場所に着いている恋人の姿があった。約束より早い時間から待ってくれている事に、つい顔が緩みそうになるのを堪えていると、モニター内の春日が走り出す。別のカメラで追うと、悪漢に襲われる人間を助けようとしていた。
襲撃されたのは異人町に近頃入り浸っている神室町の探偵兼弁護士だった。かなり腕が立つようで横浜流氓の人間からも一目置かれているらしい。春日が出る幕は無い筈だと思いながらも成り行きを見守っていると、恋人は見事に巻き込まれた。だけではなく、打ち解けた様子で何やら話をしている。会話の内容まではカメラで拾えなかったが、ハンの嫉妬心を煽るのには充分だった。
すげぇ喧嘩強ぇしイケメンだなって感心はしてたけど、別に喜んではいねぇし。あんたと付き合ってる以上、美形が好きなのかって言われると、そうなんだろうけどよ」
ハンから一斉に浴びせられた刺々しい言葉に、嬉しそうにしていた自覚など無い春日は不服そうに口を尖らせる。
ちょっと話しただけのイケメンに心変わりするって思われてんなら心外だなって」
春日としても軽い気持ちでハンの告白を受け入れた訳では無い。恋人が嫉妬深いのは今更気にならないが、浮気を疑われるのは話が違う。怒りが燻っているような春日の言葉と表情に、ハンは苛立ちに任せた発言を後悔した。
「すみません、疑っている訳では無いんですが」
ただ、とハンは付け加える。
「あの探偵も随分お人好しで他人を誑かしているようでして、そんな男が春日さんと話していると、不安で
八神も春日も行動自体は近しいものを感じる。心変わりまではいかなくとも惹かれる事はあるのでは、という焦燥に駆られてしまう。
結局、疑ってんじゃねぇか」
拗ねたような声にハンが慌てて俯いていた顔を上げる。不満気な表情のまま春日は周囲を見回すと、恋人の肩に手を添えて唇を重ねた。リップ音を立てて離すと屈んでいた身体を起こす。
「俺、キスなんて好きな奴にしかしねぇからな」
肩から放そうとした春日の手を掴むと、ハンは恋人の名前を呼んだ。
「もう一回、してもらえませんか」
ここ外だぞ」
つい先程した癖に、遠回しに断る春日を無言で見詰めると頬の赤みが耳まで広がっていく。手を離す気もなければ動く気もない恋人に観念した春日は再び口付けた。


なあ」
結局あの後、何度もキスをさせられ、人が来た事で逃げるように喫煙所を後にした。春日はまだ恋人の感触が残っている口元を手で覆いながら、ハンに問い掛ける。
「あんたは俺がどうしたら安心する?」
正直、町中の情報を網羅出来る組織に属す相手を安心させられる対処法が思い浮かばない。それこそ春日が異人町内で本当に浮気しようとすれば一日と持たずに露見する筈だ。町から出れば、それはそれで不審な動きとして調査されるだろう。心変わりするつもりは無いが、したところでこの恋人からは即座に見つかるようになっている。
本心を言っていいのでしたら、コミジュルにある私の部屋に軟禁しておきたいです」
「いや、それはちょっと」
監禁ではなく軟禁な分、何らかの便宜を図ってくれるつもりなのだろうが、行動制限が付くことは間違いない。流石に受け入れられない発言に、春日は思わず難色を示した。