2024-02-02 13:02:17
2716文字
Public 龍如
 

恋愛相談というよりも(ハンイチ)

※7時空。恋愛相談する話。何でも許せる方向け。

ハンに誘われて春日が訪れたのは最近出来たというバーだった。真新しい店だからか店内は混み合っており、客同士の程よい話し声が聞こえる。サバイバーではよくカウンター席に座るが、目的もあるのでここではテーブル席に着いた。注文した酒が配膳され、春日は酒で喉を潤してから正面に座るハンに本題を尋ねる。
「...で、相談って?」
飲みに誘われる事は今までもあったが、相談があると言われたのは初めてだった。サバイバーでは常連である仲間たちがいつ来るか分からないから、と別の店にした事も春日を不安にさせる。それほどまでに重い内容なのか、と。
「その、好きな方が...いまして」
意外な内容に春日の動きが止まる。間の抜けた声が出そうだったのを既のところで堪える。まさか恋愛相談をされるとは思わなかったが、相談場所を馴染みの店から変えた理由は分かった。確かに好きな人を皆に知られるのはこそばゆい気持ちになる。
「へぇ...あんたも好きな人とかいるんだな」
勝手な想像だが、仕事一筋で恋などしないものだと思っていた。もし仮に好きな相手が出来ても、自他ともに認める美貌で直ぐに落とせるものだとも。
「...いますよ。ずっと前から」
春日の発言にハンは顔を顰め、手にした酒を呷る。ずっと前から、という言葉に春日は驚いている様子だった。
「あんたみたいなイケメンが迫れば直ぐにでも惚れそうなもんだけどな...。その好きな人ってどんな奴なんだ?」
この美形を夢中にさせるとはどんな人間なのか。好奇心に駆られながら春日は相手の事を尋ねる。
「...とても美しい方です。生き方も、容姿も、全てが」
余程惚れ込んでいるのだろう。ハンは懸想する相手をべた褒めし、まだ大して酒を飲んでいないというのに頬を赤く染める。
「ただ...並外れて鈍感です」
「なるほど、鈍感か...」
ここまで想われているのに気付かない人もいるのか、と春日はハンに同情する。ホストクラブでの接客経験がある男でも手を焼く相手だ。まともに恋愛経験を積めていない自分が力になれるのだろうかと気弱になりつつも、春日には頼ってくれた仲間を無下にする事は出来なかった。
「デートとか誘ったか?」
「えぇ、何度も。相手から誘って頂いた事もあります。...まぁ、向こうはデートというより友人と遊びに行く、位の気持ちでしょうが」
「んな投げやりになんなよ。誘ってくれてんなら相手にだって気があるって」
春日の慰めに、ハンは面白くなさそうに半眼で睨み付けた。
「...では聞きますが、春日さんは私を誘う時にデートだと思ってますか?」
思わぬ飛び火が来たと春日は目を泳がせる。
「いや...それは......ダチと遊びに行ってるって感じかなー...」
ほら見ろ、と言うようにハンは態とらしくため息を吐くと酒を口に含む。遊びに誘う事が必ずしも恋愛感情に繋がる訳では無いと自分自身で証明してしまった春日は弁明する。
「あー...確かにダチと遊びに行ってる感覚だけどな、俺としてはあんたが仮面外して、素の自分で接してくれるのが嬉しいんだよ。...その相手だってデートとは思ってなくても...何か、特別な気持ちがあるんじゃねぇか?」
春日の言葉にハンはぴたりと動きを止める。数秒後、持っていたグラスをコースターに置くと、右手で顔を覆って俯いてしまった。更に余計な事を言ってしまったかと狼狽える春日に、ハンがぽつりと呟く。
「...そういう...」
「んぇ?」
「いえ、何でもありません」
呟きを拾われるとは思っていなかったのだろう。ハンは言葉を切ると澄ました顔を上げる。
「それで、春日さんはどうするのが良いと思いますか?」
「どうって...やっぱ、真正面から好きだって言った方が良いんじゃねぇか?」
相手は筋金入りの鈍感人間だ。直情的な言葉を伝えた方が良いだろう。それにハンが惚れ込むほど素敵な人柄ならきっと上手くいく筈だ。
「なるほど......春日さん、好きです」
「そうそう!そんくらいストレートに言えば伝わるって!」
頑張れよ!と笑う春日に、今まさに助言通りに好意を伝え、それでも躱されたハンはグラスを握り潰したい衝動に駆られた。何を隠そうハンが好きな相手は目の前にいる春日の事だ。相談という名目でどうすれば告白が上手くいくか聞き出そうと思ったのに、まるで上手くいかない。愛しているのに憎しみが募ってきた。
ハンは残っていた酒を一気に飲み干すと勢いを付けてコースターにグラスを置いた。中に入っていた氷がカランと音を立てる。ヤケ酒のような飲み方に困惑する春日を他所に、ハンはテーブルに身を乗り出した。
「どうし...っ!?」
逃げられないよう春日の両頬をがっしりと掴み、口付けする。舌を入れてやろうかと思ったが流石に止めた。代わりに態とらしくリップ音を立てて唇を離す。
「そろそろ分かって頂けましたか?」
不敵な笑みを向けられ、硬直していた春日は我に返り、のぼせたように赤い顔でまだキスの感触が残る唇を押さえた。
まさか、先程の告白は練習では無かったのか。愛おしそうに語っていたのは自分の事だったのか。自分はドン底の一番だという春日の刷り込みとは真逆の評価に、気恥ずかしさが堪えきれない。
「何が生き方も容姿も美しい方、だよ!」
元ヤクザで、殺しの前科持ちで、オッサンと呼ばれても何ら差し支えない年齢の自分に何を言っているのか。冗談だと言ってもらえれば笑い飛ばせたのだが、ハンは真剣な表情で改めて伝える。
「貴方がどう思おうが、私は貴方の全てを美しいと思っています」
「二回も言わなくていいっての!」
予想外の流れで告白された春日は、あー、うー、と歯切れの悪い声を出した。しばらく唇を噛み締めた後、消え入りそうな声で尋ねる。
返事とかって、やっぱ必要か?」
「勿論です」
後でも良い、と言われるのを期待したが、ずっと前から好きな人を想い続けてきたハンはこれ以上待つつもりは無いらしい。食い気味の返答をされ、春日は却って逃げ道を失った。
俺も、あんたの事嫌いじゃ、ねぇよ?」
緊張と照れ臭さで激しく脈打つ春日の心臓に追い討ちを掛けるようにハンが腕を伸ばす。均整の取れた長い指がまた頬に触れ、春日は肩を竦めた。
「お付き合いして頂ける、という意味で良いんですね?」
あぁ、そうだよ!わざわざ確認すんな!」
「フフ、すみません。鈍感なくせに貴方はいつも思わせぶりな事を言うので、つい」
春日の返事に満足そうにハンは破顔する。その仮面を外したヨンスとしての笑顔が好きなのだ、とはまだ言ってやらない事にした。